夢の収集方法2

 夢を収集し、内容を保管するためにもまず夢の物質について調査及び決定をする必要があった。夢物質とは何なのか、どのように分泌されるのか調べる必要があったのである。



 夢物質の根幹をなすものは実は一種の細胞で、これを夢細胞とする。夢細胞は脳内で記憶を司る部分において夢に関する記憶が受容体を介して細胞に格納される。脳内で生成された夢細胞は人体における他の細胞と同じように時間経過で破壊が進む。これは数時間程度で進行していく。夢細胞には夢物質が格納されている。そこから今まで夢細胞だったものが破壊され、今まで我々が夢物質だと認識していたものが揮発を始める。その際、破壊されたものは物質として血中にも溶け込むため血液によって体をめぐる。この作用によって血液検査などの脳を介さない手法での夢物質の採集を可能としていたのである。


 夢物質を生成する部位を夢生成体と呼ぶことにした。この夢生成体は記憶を司る部位である大脳辺縁系に位置し、レム睡眠時に一度本来の記憶は大脳辺縁系の中の夢生成体で処理され、その処理中に見るものが夢とされている。その夢も神経伝達物質のやり取りで行われているわけであり、夢物質は夢を見ると同時に生合成される。寝すぎると疲れると言われることがあるが、生合成ではエネルギーを消費するため、この言説と合致する。覚えていないだけで寝ているときはどこかのタイミングで夢を見ている可能性が高い。



 細胞の死には二種類あり、何らかのを受けて破裂し、内容物が周囲に放出する「壊死」と、自動的に細胞が徐々に小さくなり死滅する「アポトーシス」の二通りである。


 また、夢細胞によってはアポトーシスで自動的に死滅するものがある。先述の通り、アポトーシスではその細胞は徐々に小さくなって内容物を放出することなく死滅する。夢を見ていないと感じる場合はその夢細胞から夢物質が放出される前にアポトーシスによって死滅し、夢物質が放出されていないだけで実は夢を見ているのである。


 大脳辺縁系では身の回りで起きた事柄が目や耳、手など外部からの情報を得る器官によって認識され、記憶として処理・格納される。そして次にその記憶が神経伝達物質によって夢生成体に引き渡され、そこで情報の処理をしている際に我々は夢を見る。その際に夢物質を同時に生合成している。神経伝達物質によって夢生成体から放出された夢情報は夢細胞の受容体を介して夢細胞に格納される。

 また、夢細胞の集まりである夢組織が夢生成体の隣に位置しており、夢組織は夢を格納するために準備された夢細胞から成っている。また、一日に使う夢細胞の数は決まっており、夢組織全体の三割ほどである。夢細胞は夢格納後必ず死滅するようプログラムされているので、毎日三割失われているが、細胞分裂とも呼ばれる分化も速いので滞りなく夢の伝達から記憶、そして忘却に至るまで夢に関する事象が成り立ってきた。

 これは余談だが、人体の中での細胞の分化の速さは夢物質が一番速いのではないだろうか、いや、割合で見たら夢細胞の分化が速いかもしれないが、細胞数を考えた場合消化管細胞が圧倒的に強いな、などと考えたりしていた。


 夢細胞が破裂し、夢物質が放出されるものも細胞の死滅と言えるが、こちらは何らかの障害を受けて破裂し、内容物が周囲に放出される壊死に当たる。先程、夢に関する記憶は夢組織の夢細胞にすべて格納されると記述したが、夢とは人間の人生における記憶のほとんどを占めるものを処理される最中に見るものであり、情報量は膨大と言ってまったく差し支えなく、膨大という言葉だけでは表現できない程の量がある。その情報量を格納することになる夢細胞にとって、大脳辺縁系および夢生成体からもたらされるその情報群は既に許容量を超えている。夢細胞にとって受け取る情報が許容量を超えることは障害そのものであり、それが引き金となって壊死を引き起こし格納していた夢物質を放出することが起きてもなんら不思議ではない。尤も、夢細胞は許容量オーバーによる壊死が大半である。


 夢細胞への夢物質の伝達は夢生成体と夢組織の間の夢物質が放出される部位に近いところから順に行われていくが、格納は浸透圧を用いて受け取った細胞から隣の細胞へ、といったようにこれが連続して行われ、夢組織全体の三割という規定された一日に使える細胞数を上回ることのないように行き渡る仕組みとなっている。しかし、格納可能な細胞の数に限りがあること、また情報量は膨大であることから夢情報の受け渡しをしている間にも許容量を大幅に超え、破裂していく細胞が多く存在する。これは必ずしも順番に起こるわけではなく、少ししか格納していなくてもその細胞の限界に達することはよくある。そして放出された夢物質は順に揮発を始める。夢の記憶が抜け落ちるということはこういったことで起こるのである。また、夢の記憶保持が難しいことについて別の要因も考えられる。それは、現実世界における記憶自体の保持が難しかったり、夢生成体から夢細胞に伝達する際の夢物質の伝達ミスも容易に起こるということだ。神経伝達物質がすべて伝達できるわけではないことは以前から判明している紛れもない事実であり、夢情報を完全に取得することは不可能との結論に至った。


 また、以前は自分が見た夢を小説のように流れがわかるようになる段階まで補完できるよう夢に関する技術の向上を前向きに考え、躍起になっていたが、それももできない場合は多く出てくるだろうな、と夢に関する研究及び開発の難しさについて実感した。研究とはこういうものの繰り返しなのだろうと予測してはいたものの実際に問題に直面すると心が折れそうになる。しかし、この優柔不断な私がやると決めたことだ。成し遂げなければならないと気持ちを新たにした。



 そういえば最近悪夢をまともに仕事として食べていないことに気づいた。職業獏が増えたのか、はたまた夢を見る人間が減ったのか、みんないい夢を見ているのか検討もつかないが、いい夢を見ていてほしいなと私は思った。

 こんなことに思いを馳せているうちにメールが一通届いた。悪夢食の依頼だ。待てば来るものなのだなと思った。悪夢は獏にとって美味しいのである。ごちそうだ。今回の仕事が研究の癒しになればいいなと思い、メールに返信をした。明日も早い。早めに作業を切り上げて寝ることにした。


 そういえばつい数日前カウンセリングがあったことを思い出した。友人に聞いたところ、このような医療従事者などがカウンセリングを受けることををスーパーバイズというらしい。さて、先日のカウンセリングに話を戻すと、自分の体調についてうまくやっていけているんだなととても褒められた。あと、自分の将来について少し相談して話し合えた。全てとは言わないがなんとかなるといいなと思った。カウンセリングは私が話すばかりになってしまうから答えがほしいとき何も返ってこないと少し寂しい気持ちになる。しかし相手も人間で、わかることやわからないことがある。今回は少し双方向的なカウンセリングになってよかった。


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