獏の職業

 私は獏である。

 今日も悪夢を見たという報告を受けて、仕事に出る。

悪夢は美味しく、悪夢を食べることでご飯を食べることができている。

まずは一つ、今日報告された悪夢だ。以下に記す。



 学校の二階までが水に浸かる最後を迎えたらしい。

 授業を受けている場面から始まった。雨が大量に降っている。よくある大雨だろうと思っていた。しかし全く雨脚が弱まる気配がなく、むしろ増していった。一度家に帰るよう、学校から通達があり、それに従って帰路についた。傘などが役に立つはずがないような土砂降りで、びしょびしょになりながら帰った。やっと家についたと思ったが床下浸水していて、もう家の中まで入ってくることは秒読みだった。どうしよう、とりあえず大切なものを二階より上に上げた。家にはロフトがあり、それが救いだったことがあとになって分かった。

 学校は避難所に指定されており、四階建ての建物だった。学校から招集がかかり、再び学校に赴く運びとなった。学校につく頃にはもう足が完全に水に浸かるほどになっていた。おかしいな、と私は思った。ここは台地である。台地は雨がここまで貯まるような土地ではない。この台地から降りたらどうなってしまうのだろうかと不安になった。ひとまずやっとの思いで学校にたどり着き、風邪を引かぬよう濡れている服などを脱いで一息つく。しかし雨の影響はすぐそこまで来ていた。一階に水が入ってきている。学校に置いてある自分の持ち物が濡れないように移動させる必要がある。私はひどい置き勉癖があり、ロッカーから教科書が溢れていた。毎日のように溢れた荷物について怒られていたなと思い出した。そんなことを考えている場合ではない。教科書が濡れそうになっているんだぞ、一刻も早く上の階に移動させる必要がある。私は荷物を紙袋にまとめて、二往復ほどして全てを運び終えた。ここからどうなってしまうのだろうという不安と、久々に血が足りていないこの身体には重すぎる運動をしたこととでぐったりしていた。そのままぼうっとしていたら一階が完全に水に浸かった。そのうち二階にも魔の手がやってくるだろう。先ほどと同じような作業をもう一度やった。いつになったらここから帰れるのだろうか。そんなことばかり考えていた。そこは水で囲まれた本当の意味での閉鎖空間だった。ここで目が醒めた。



 本当はこういった悪夢を残すような、記述するような行為は食べる、とりわけ吸収することで相手からそのような夢を見ないようにするといった作用を持つ悪夢食は悪夢を残してしまっては本末転倒だろうという意見もある。しかし自分が見てしまった悪夢を食べることは叶わないため、記述してもよかろうという結論に至った。このせいで悪夢を見た人がいたら申し訳ないなと思ったが、獏にも休息が必要だった。

 獏という仕事柄、時々カウンセリングを受けることが義務付けられている。そろそろカウンセリングを受ける時期なのだろうか。しかし私にとってカウンセリングで少しだとしても感情を吐露して楽になるということは果たして正しいのかずっと考えていた。本当はカウンセリングなど受けたくはなかった。カウンセリングを受けるとき、少なからず自分の感情と向き合う必要が出てくる。これが私にとって、薬であることは重々承知していた。しかし、それも行き過ぎたら毒になるのだろう。物質的な薬と同じだ。とりわけ私は自分の感情について考えることは好きだった。だからこそ、カウンセリングはやや私にとって感情のことを考える時間を増やしてしまっていた。しかし、悪夢食は全く嫌いではなく、むしろ好きなのである。この仕事のために少しつらくなるぐらいなら少しは我慢できるだろうと思った。

 カウンセリングの日が明日に迫っている。明日は何を話そうか。

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