@otyn0308

夢という物質

 夢は一般的に揮発しやすい物質で、書き留めておかねばすぐにその意識からなくなってしまうだろう。夢の保存方法は脳における記憶以外に外部記録媒体への自然言語による記録が用いられている。時折絵で表現する手法が見受けられるがあまり一般的ではないのだろうか。

 しかし、この文書に依る記録には欠点もあり、使われた語彙などから夢の解釈に齟齬が生まれる可能性があるということだ。また、自分の中にもあまり残らないことが多いので自分の見た夢であるにも関わらず正しく解釈をできないなどの問題が発生している。

 そこで提案されたのが揮発した夢を保管する装置である。尤もこれはただの小瓶なのだが、頭の上に小瓶を置き、同時進行で文書での記録を進めるといったものである。夢は頭から最も揮発しやすいとされており、頭の上に小瓶を置くことでそれをキャッチできるのではないかと提案されたものである。当初は見た目の奇怪さから敬遠されたものの、いまはデザイン的観点からも改良が施されており、小瓶を頭に直置きするのではなく小瓶を乗せる台が用意されその下で違和感なく記録作業を行えるものとなった。しかしこれでもビジュアルに不満を持つ利用者は多いようである。さて次はどう改善しようか。

 このとき採集された夢の揮発物は夢そのものであり、この摂取が望まれた。夢とは何度も見たいものとそうでないものがあるが、記録とともに夢物質が保管されるのであれば後から娯楽目的での鑑賞も可能である。また、記録しておくことで夢占いや夢診断への流用もでき、書類手続き一つで夢物質の提供が可能になった。

 この夢の摂取方法は簡単で、小瓶に入った気体を鼻から吸うだけである。30分から1時間程度待つと眠気が襲ってきて、それと同時に夢の世界へと入っていく。この摂取に置いて必要なことは夢文書をよく確認しておくことと、その後自分がリピートした夢を再び小瓶に収めて夢文書の作成をすることである。夢文書の確認を怠り悪夢を見たという事例が絶えない。その際は常勤の獏が悪夢を食べて夢体験者を楽にする処置が施される。獏は夢を食べるとして有名な生き物であるが、いい夢は食べず、悪夢を食べることを生業としているものが多い。古来より獏は悪夢払いの象徴であった。寝具には獏の絵が添えられたりすることもあったようだ。ここでようやく獏は本来の業務に取り掛かることができたというわけである。

 夢情報の提供は簡単にできるようになったものの、その利用には制限が多い。また、この夢物質の吸引はまだ研究段階であり、一部の認められたものにしか許可されていない。夢というのはその人のことを表すものであり、完全にその人と関係のないことが証明されない限り夢へのアクセスはできないものになっている。このシステムにもまだ脆弱性は存在しており、夢情報への不正アクセスは後を絶たない。夢情報にはアクセスできても自我へはどうやったってアクセスできないというのにどうして不正までして夢を入手しようとするのだろうか。

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