第2話 隣人の車

つい先日、妹から聞いた話。


2年ほどの前になります。


3つ下の妹が、職場の都合で一人暮らしをしていた時期がありました。


そこは郊外の大きな工場地帯だったので、


周囲に従業員用のマンションやアパートが沢山建てられていました。


妹は手頃なマンションの一室に引っ越して、


初めての一人暮らしを満喫していたようです。


その風向きが変わったのは、


引っ越して二ヶ月ほどしてからでしょうか……



先に他県で一人暮らしをしていた私は、心配性の両親から頼まれて、


母が作った自家製の佃煮だの、どこでも買えそうなお菓子の山を


抱えて妹の部屋を訪ねました。


エレベーターで、小学生と幼稚園くらいの女の子二人と、


手を繋いだお父さんらしき男性と一緒になりました。


どうやら同じ五階、しかも妹の部屋の隣人のようです。


とても感じの良いご家族みたいで、これなら妹も安心でしょう。


私は子供たちとバイバイをして別れました。



しかしその話をすると、なぜか突然、妹の顔が曇ったのです。


そして「お母さん、一緒じゃなかったでしょ?」と聞きます。


「ええ、お父さんだけ、子供達と。あのくらいの子って可愛いわね。」


妹は思案気な顔で私を見ました。


言っていいのか悪いのか、迷っているような顔をしています。


「私、まだ母親って人、見てないんだよね…挨拶の時も会ってないし。


見てないっていうか……変なところを見ちゃってるというか……」



しぶしぶ話し出した妹によると―――


「早番の時、あたし、3時くらいに家を出るのよね。


で、ある朝、車に乗り込もうとしたら、隣の車に人が乗ってるのよ。


真夜中だから正直吃驚したわ。


ほら、ウチとお隣、駐車場も隣同士だからさ。


うちの車内灯が付いたら、隣の車に長い髪の女の人が乗ってるのが


見えたのよ、後部座席にね。


下俯いてるから顔とか全然見えないし、ピクリとも動かないんだけど。


それに冬なのに半袖着てるのよ、暖房もつけないで。


だから考えたのよ。


きっとご主人と喧嘩でもして、ここで朝まで過ごす気なのかも、とか。


だから気になったけど、見なかった振りをして車を出したわけ。」



ところがその後、数回同じことがあったのだそうです。


「もしかしたら……ほら、家庭内暴力とか……あるじゃん。


それで車に逃げ込んでるのかも、とか色々考えてさ。


一度さり気無く、奥さんお見掛けしませんねって、旦那に聞いてみた


けど、今は実家に帰ってましてなんて誤魔化されちゃったし。


まあ、確かに余計なお世話なんだけども……」


どうやらそれで微妙な顔になっていたようです。


私はどう助言すればいいのか分からなくて、


「他所の家庭に口出しするのはどうかと思うけどね……


まあ、また同じことがあったら取り合えず声をかけてみれば」と言い、


妹も「じゃあそうする」と答えました。



それから一週間もしなかったでしょう。


妹は碌々荷解きもせぬうちに、実家に戻ってしまいました。


両親も驚いたでしょうが「もう二度とあそこへは帰りたくない」


という妹に泣きつかれたのだそうです。


理由は頑として言わないそうで、両親も困惑していました。


私も面食らってしまいました。


あんなに楽しそうだったのに、やはり家が恋しくなったのかしら。


結局その時は、それで話は終わってしまいました。



先日、妹が真っ青な顔で私を訪ねてきました。


そして「お姉ちゃん、私、呪われてるのかも」と言うのです。


彼女は来年、大好きな彼氏と結婚をするのです。


そんな馬鹿なことがあるはずがない―――


そうして私はやっと真実を知ることになったのです。



結果から言うと、あの車の女性は奥さんではありませんでした。


妹はあの後、実家から戻ったという奥さんに会ったそうです。


ふっくらして、コロコロ笑う、似ても似つかぬ人だったと。


妹は混乱してしまいました。


では真夜中、あの車に座ってる女性は一体誰なのか?


数日後、早番の時、妹はまたその女性を見かけました。


やはり半袖で後部座席に項垂れて座っているようです。


ハッキリしないことが嫌いな妹は、意を決して窓を叩きました。


そして、その時初めて、女性の胸から下が血だらけなこと、


ぐらりと顔を上げた女性の顔がぐちゃぐちゃだったこと、


自分が悲鳴を上げたこと……後は何も覚えていないそうです。



妹は速攻でそのマンションを逃げ出しました。


話すとその女性が付いてきそうで誰にも話せなかったと。


しかも数か月後、新聞であのお隣の家族全員が自動車事故で


亡くなったのを知ったのです。


きっとあの女性が道連れにしたのでしょう……


私もそう思います。



それで終われば良かったのですが、どういう運命なのでしょうか。


先日、妹の彼氏が海外へ行く後輩から激安で手に入れたからと、


わざわざ妹に見せにきたのだそうです。


そして妹は再び見てしまいました。



後部座席に項垂れて座る半袖の女性と、


運転席に被さる父親と、助手席に項垂れて座る母親と、


そして後部座席に投げ出されてもげた子供達を――――



半狂乱の妹に懇願された彼氏は、


仕方なくあの車をまた誰かに売ってしまいました。


それから車がどうなったかは、神のみぞ知るです……












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