002 金策の時間です

「何か、もうけ話はないものか……」

 昼食時ランチタイムも終わり、一通り片付けを終えたユキは店先に出て一服していた。マグカップにコーヒーをれ、おだやかに流れる風を感じながら空を眺めている。

 大して仕事がない現状は、つまり客足の少なさを示し、さらには売り上げの少なさを表していた。無論、収入がゼロではない上に、前回の盗賊退治の報酬が多少なりともあるのだから、今のところ赤字で足が出るということはない。

 だがそれはあくまで現状維持であり、改善されるというわけではなかった。

「いっそあの令嬢の言う通り、バーガーを広めに首都へ行くか? でもそうすると、絶対に真似されるんだよな……」

 ローズシリーズのような特殊な製法を用いる武器と違い、ハンバーグパティの調理方法なんて、別に秘奥の技術とかそういうものではない。そもそも肉をミンチにする挽く発想があるかどうかだけなので、転移者や転生者でなくとも、作ろうと思えば誰でも簡単に作れる。実際、精肉機自体はすでに存在しているのだ。

 競合相手のいない田舎町ならまだしも、腕の立つ料理人が多い首都で売れば必ず真似されてしまうだろう。おまけにこの世界に、特許なんて便利な制度なんてあるわけがない。

 ……それ以前に、調理法に特許制度が適用されるのかは分からないが。

「誰にも真似できない料理……いや、別の発想がいるな。一度料理以外で金を稼ぐ手段を考えるべきか?」

 空から視線を移し、今朝届いた新聞を流し見てみるが、大した内容は書かれていなかった。うまいもうけ話でもあればいいのだが、そんなものがあれば誰もが飛びついている。おまけにこの新聞の発行は三日前だ。たとえ書かれていたとしても、どうせ何もかもが手遅れだろう。

「さてどうするか……ん?」

 ふと、ある紙面に目がまった。

 それは、最近出てきた魔物の手配書の欄だった。

 この大陸世界『アクシリンシ』において、大陸を一つの円としたその境界の外にも、大地が続いている。それが魔物や魔族達の巣窟そうくつ、通称『魔界』だ。一応周辺に位置する国等が侵略を妨害しているが、それぞれが独立して防衛を行っている以上、隙間から抜け出てくることもある。

 それが国外に発生スポーンする魔物達だ。基本は冒険者や国が定めた『勇者』と呼ばれる者達が対処しているが、別に一般人が狩ってはいけないという決まりはない。

 そもそも専門家でなければ討伐自体が不可能なのだから、一般人が手を出すなんて事態は通常起こり得ない……

「この魔物……」

 ……はずだった。




 新聞を読んだ翌日、再び店を休みにしてトレイシーに留守番を頼んだユキは、カナタ達を引き連れて町外れまで来ていた。しかも小太刀と装填、着火済みの火縄銃マッチロックたずさえて。

「本日の外出の目的は、この魔物の討伐です」

 農耕地帯よりさらに離れた場所にある沼地地帯。同じく武装したカナタ、ブッチ、シャルロットに対して、ユキは昨日読んでいた新聞をかかげた。

「この沼地に大型の水魔ケルピーが出ると記載されています。しかしながら、討伐されたという話は聞いていません。つまり……獲物は未だ、この沼地にいる!」

「しゃぁあ!」

 ユキの宣言に、シャルロットもまた愛用の杖をかかげて吠えたぎった。

 新聞を読んでいた時、大型の水魔ケルピーが『オルケ』の近くにある沼地地帯にて目撃されたという記事を読み、ユキは早速とばかりにこの討伐を計画したのだ。

 水魔ケルピーとは水辺にむ馬の姿をした魔物で、水中に人を引きずり込んで喰い殺す存在だ。おまけに人に化けることもできるので、『魔界』からしれっとここまで歩いてきたのだろう。でなければ川沿いにしか移動できないはずなのだから。

「まあ魚介類だったら、そもそも『魔界』から出てこれないか」

「つぅか『魔界』って、水魔ケルピーが生きられる水辺とかがあんねんな……」

 賞金に目がくらむ二人を、カナタとブッチは数歩離れた位置で、あきれた眼差しで眺めていた。

「というかおにぃ、大丈夫かいな……」

「珍しいよな。ユキ坊があそこまで欲に目がくらむなんて」

「そうでもないで。前世むかしから調子に乗りやすいああいう性格やから、それ直そうと普段は冷静ぶってるだけやし」

 しかしユキは、背後でそんな会話が繰り広げられていることに気付かないまま、火縄銃マッチロック片手に周囲を見渡していた。シャルロットも貧乏暮らし(今日の朝食もゆで卵一個だった)から脱却だっきゃくできるとみてか、あちらこちらへと杖先を振り回している。

「ご飯……豪華なご飯…………」

「シャルも、元は貴族令嬢やろうに……」

 前世知識があるというのは、予想以上に影響が大きかったらしい。本来ならば生活レベルの低下に適応できずに自殺するか、あっさり野垂のたれ死んでしまうだろうに、かの元貴族令嬢は図太ずぶとく生きびているのだから。

「しかし討伐の噂は聞いていないが、本当に居るのか? その例の大型水魔ケルピーってのは」

「でも新聞の目撃情報は、この沼地で間違いなさそうやで? ちょっとおにぃ!」

 カナタに声を掛けられ、ユキは一度振り返った。

 ブッチとの話で改めて意識しているはずだが、ユキはカナタに対して特に態度を変えることはなかった。前世含めて長いこと、兄妹分として生活していた為に慣れきってしまっているのだ。むしろそばにいるのが当たり前な関係すぎた弊害へいがいともいえる。

 しかしそんな裏事情をおくびにも出さず、ユキはカナタに応えた。

「どうしたカナタ?」

「魔物狩るのはええけど、どうやって探すつもりなん?」

「安心しろ。俺がおとりをやる」

 ユキが一人で沼地に近づき、水魔ケルピーが現れたところを全員で攻撃する。

 そう指示を出し、カナタ達を少し離れた場所に固めて待機させてからユキはゆっくりと、沼地へと近づいて行く。

「というわけで、俺が襲われたら一斉攻撃で仕留めるということで」

おとり、私が代わった方がよくない?」

 自分が一番の火力持ちだと理解しているのか、はたまた手柄目当てなのかは分からないが、シャルロットがそう提案してきた。しかしユキは、静かに首を横に振った。

「いや、一説によれば女子供は食わないらしい。だから俺が行く」

「だったら俺でもよくないか? ユキ坊」

 ブッチの提案も拒否するユキ。どうやら完全に、賞金に目がくらんでいるらしい。

「さあ出て来い。黒字経営に貢献こうけんしやがれ賞金首め……」




 その様子を、カナタはじっと見つめている。表面上は平然としているが、内心は心配でいっぱいだったからだ。

「おにぃ……自分らが魔物狩りに参加しない理由、完全に忘れとるな」

「火力不足だろ?」

 ブッチも火縄銃マッチロックの性能は、すでに理解していた。

 たしかに人間相手であれば脅威だが、皮膚の厚さや耐久度の高い魔物相手であれば勝手が変わってくる。急所を狙わなければ致命打にならず、再生能力が高ければそれ以上に連続で撃ち込まなければ討伐できない。

 前世分も長く生きていると現実が見えている為か、普段のユキやカナタは、賞金稼ぎという職業に魅力を感じることはなかった。

 しかし今回は経営がかっているのだ。背に腹は代えられないのは分かるが、あまり思考が回っている様子が見られない。やはり多少は、冷静さを欠いているようだった。

「それもあるけどな……ここ、水場・・やんか?」

「…………あ」

 その一言で、カナタが伝えたいことが、ブッチにも理解できた。

 しかし、状況の方が先に動いてしまった。


 ――バシャァアア……!


「出てきやがったか賞金首……ってああっ!?」

 突如沼の底から現れた馬の頭をした人型の魔物にユキはおののく。

 けれどもそれは、相手に対して恐怖を抱いたからじゃない。

「状況判断に対する経験値が足りない、ってところか」

火縄銃自分らが水に対して無力やって、忘れてどないするねん。おにぃ……」

 カナタの目の前で、ユキは水で湿気しけてただの鉄の棒と化した火縄銃マッチロックを、仕方なく棍棒として構えていた。

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