001 (一名を除いて)景気のいい話

 連日押し寄せてくる盗賊達の元凶を討ってから、数日が経過していた。

 どうやらこの近隣の盗賊達は先日討伐したサンティアゴ・クレーティとアレクシス・ハーンパーの二人につどっていただけらしく、頭目達がいなくなった途端、一気に減少したらしい。その為、食い逃げや強盗にうこともなくなり、ようやくおとずれた平和を謳歌おうかしていた。

 しかし、そうなってくると問題が二つある。

 盗賊達が襲ってきた原因、『このダイナーにローズシリーズがある』という噂が何故、所有者が旅立って数年後の今頃になって流れたのか。

 おまけにブッチの話が本当であれば、この店に存在していたローズシリーズの一つ、アイリスローズの持ち主は今、ここより北にあるという小国『ペリ』から旅立った後らしい。それなのに噂が流れた理由は、未だに判明していない。不気味な話だった。

 それにもう一つ、問題がある。

 このダイナーには現在、四人の人間が住んでいる。

 元々住んでいたこの店の経営者ことユキとカナタの転生者兄妹。その両親のかつての仕事仲間で、戦争帰りの元冒険者ブッチ。そしてここ最近『オルケこの町』に来た、ここから真東にある小国『ヤィ』の元貴族令嬢、シャルロット・デュク・ヴィノクロフの四人だ。

 いや、元貴族であることから、もう『公爵デュク』という爵位を表す為に用いられるミドルネームは名乗れなくなるだろう。

 しかし、問題はそこではない。シャルロットがこのダイナーに来た理由の方が問題なのだ。

 そう、元貴族令嬢は……現在貧乏だった。

「硬貨が一枚、硬貨が二枚、硬貨が三枚……」

「シャル~、朝食どないするん?」

「ちょっと待って……今考えているから」

 行商も再開され、危険だからと遠のいていた客足も徐々に戻りつつある中、一人だけ好景気とは無縁の者がいた。それがお金欲しさに賞金稼ぎになったシャルロットだった。

 ここ数日は賞金首がこのダイナーおとずれることもなく、同時に彼女の収入もゼロとなった。これまでの景気が嘘だったかのように、今のシャルロットは朝食代を節約するか我慢するかの瀬戸際にまで追い込まれているのだ。

「今更思ったんだが……」

 その様子を入り口近くにこしらえたテーブル付きの椅子に腰掛けながら、ベーコンエッグをかじっていたブッチはあきれた口調で漏らした。

「シャルロット嬢ちゃんにとっちゃあ、元凶叩くのに協力しない方が良かったんじゃないのか?」

「『覆水盆に返らず』っ!」

 そう吠えるものの、それで体力を消耗したのか、シャルロットはカウンターの上へと突っ伏してしまった。

「……どういう意味だ?」

「『こぼしたミルクは元に戻らない』、って言えば分かりますか?」

「つまり『過去は変えられない』、ってことか」

 そう納得するブッチに、ユキはコーヒーを給仕サーブしてから、カウンターへと戻っていった。双子の妹であるカナタは、今は店先をいているので、店内にはいない。

 だから視界にいなかったことも原因の一つだろう。ユキの脳裏に余計な思考が浮かんでしまったのは。

(そういえばあれって……『一度離婚した夫婦は、元に戻ることができない』が転じたことわざだったよな、たしか)

『覆水盆に返らず』のことわざに思いをせるものの、ユキにとっては若干かつ大きく違う為に、どうしようもできない状況だった。

 ただの離婚とかであれば、再婚する可能性もゼロではない。前世で暮らしていた『地球』世界でも、日本という国の中ではほとんど聞かないが、海外の映画とかだと、夫婦仲が元に戻る物語も結構存在する。特に子供を通して友人関係を続けるなんてことも割とザラにあった。

 しかし、自分のような状況は滅多めったにないだろうと、ユキは内心で自嘲じちょうしてしまった。

 元恋人同士が双子の兄妹として転生するなんてふざけた組み合わせが、そう簡単に転がっているとは思えない。いや、そう思いたくはなかった。

 しかもここは大陸世界『アクシリンシ』、つまり異世界だ。『地球』世界の常識が通用しない場面もある。まさしく、今がそれだった。

「結婚か……」

 ようやく注文が決まったのか、ゆで卵一個という一番安い割には微妙に手間の掛かる料理を準備しながら、ユキはカナタがいるであろう方向に目を向けた。

「そういえば……あいつは知っているのか?」

 特に深く考えている様子を見せない彼女のことだ。もしかしたら、二人でいるだけでも十分満足しているのかもしれない。

 ただどちらにせよ、機会を見て確かめる必要があるだろう。

「……カナタ」

 彼女の気持ちを。そして、現状をどう考えているのかを。

 皿の上にゆで卵を入れたエッグスタンドを載せ、ユキは店内に戻ってきたカナタに手渡した。

「この皿をシャルロットに」

「はいな」

 ただそれをいつするか、それが問題だった。

「それっぽい態度見せておきながら、『実は他に好きな人がいました~』なんて平気でやる奴だからな……なんであいつ、好きになったんだっけ?」

 永遠の謎だ。そう考えながら、ユキはゆで卵を作るのに使ったお湯を自前のポットに注ぎ込んだ。もったいないので、自分用のお茶をれる為に。




 盗賊騒ぎが収まっても、仕事をはじめとして、生きていく上でやることは多い。

 特に今回は採算度外視で元凶をったのだ。賞金首を詰所の衛兵に差し出したものの、この町で唯一の鍛冶職人であるフィル・クロスライトの工房内でほこりかぶっていた臼砲きゅうほうも、タダでは使えない。また、その工房の店番兼護衛であるトレイシー・ラテニスタにもダイナーの方の留守を任せていたので、二人に対して掛かった経費や給金を支払うと、賞金の大半が消えてなくなってしまう。

 おまけに、今回使用した大量の火薬にも、生成には材料がいる。人目をけて作成した硝石塚にも維持費は掛かるし、火薬を作る為には硫黄や木炭も必要となってくるのだ。

 特に、硫黄が厄介だ。近くに活火山でもあれば話は別だが、この近辺では簡単に手に入らない代物なので、その分費用がかさむ。

 だから実質、ユキとカナタのもうけはほとんどないに等しい。ブッチもまたその分け前が少なくなった口だが、彼は元々金銭面で困らない程のたくわえがある。しかし、シャルロットに関しては事情が異なってくる。

 手持ちがなくなる前に金銭を得ようと賞金稼ぎにこの町に来たものの、その大元をった以上、シャルロットに収入を確保する手段はない。

「一度出稼ぎに行くべきかしらね……」

「その後戻ってくる理由があるのか? 武器以外で」

「食事も込みよ。ここ以外にバーガーが食べられるお店なんてないでしょう?」

 そう言われてしまうと、ユキには反論する余地がない。

 たとえ相手が散々悩んだ挙句にゆで卵だけを注文することすら苦渋の決断と化す程のふところ事情だとしても、自らの料理が認められるというのは嬉しいものがある。

 ……『オルケこの町』の中で、他に競争相手がいないことに目をつむったとしても、だ。

「しかし金か……」

 マグカップに先程作ったお茶をそそぎながら、今後のことを考えた。

「もう少し、ゆっくり暮らしたかったんだがな……」

 公私共に考えることが多く、気晴らしに飲んだお茶ですら気休めにならないことに、ユキの溜息が尽きることはない。

「おにぃ、うちにもお茶れてぇな」

「はいはい……」

 カナタの分のマグカップを取り出し、ポットの中身を全て注ぎ込んだ。

「中身半分位だな。いるならまたかすが?」

「とりあえずはええわ。おおきにな~」

 休憩がてら話し込もうとしているのか、水をがぶ飲みして空腹をまぎらわそうとしているシャルロットの近くに腰掛けるカナタを眺めながら、ユキはマグカップを静かにかたむけた。

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