009 貴族令嬢は魔法使いの悪役令嬢だった

 この大陸世界『アクシリンシ』には魔法がある。

 一応は形態化された技術ではあるものの、それを使うには絶対的な条件がある。祖先にその条件を満たしている者がいれば、その子孫にも使える場合はあるにはあるが、少なくともユキやカナタ、ブッチには使えない。

 しかし、シャルロットには使えた。

「【火炎アレブ】――【打撃ユフレメク】!」

 打撃系火属性魔法【火炎・打撃】、シャルロットが最も得意とする魔法だ。

 強化媒体ばいたいである杖の先端に火を灯し、その塊を棍棒のごとく振り回す。ただの打撃ではない、まさしく炎そのものを叩きつけられるのだ。ただ盾で防御するだけでは決して防げない。

「ほらほらかかって来なさいな~ほ~っほっほっ!」

「悪魔だっ! こいつは悪魔だっ!」

「衛兵でもここまでやらねえよっ!」

 杖を振り回しながら、嬉々として盗賊共を追いかけていくシャルロット。

「元気だね~……若いな」

 店先にもたれかかりながら、ブッチは廻転銃リボルバーに手を載せつつ、その光景を眺めていた。

 杖先にかかげた炎は攻防一体の武器となっている。盗賊共の中には弓を持つ者もいるが、振り回される灼熱しゃくねつに矢を燃やされるだけなので、構えはしても放とうとしない。

 かと言って剣を振り回そうにも、近づいた途端に燃やされてしまうだろう。

「ほらほら~(プスン)…………あ」

 だが、その光景も長くは続かなかった。

 熱気にされ、次々と倒されている中、あと一人というタイミングで杖先から炎が消えてしまったからだ。

「【火炎アレブ】――【打撃ユフレメク】っ! ……【火炎アレブ】っ!」

 どうやらもう使えないらしい。

 原因については色々と思い当たることはあるが、今ここで問い質すわけにはいかない。

「…………ここは感謝、するべきかしらね」

「気にするな」

 適当に手を撃ち抜いて最後の一人を無力化してから、ブッチは廻転銃リボルバーをホルスターに納めた。




「……素人ならそうと、最初に言っといてくれないか?」

「おかしいわね……」

 盗賊達を換金し、無事支払いを済ませたシャルロットは、自分が何故魔法を使えなくなったのかを考えていた。

「【火炎アレブ】……あ、使えるようになった」

 どうやら一時的に使えなくなっていただけらしい。その様子にあきれながらも、ブッチはカウンター席でこう問いかけた。

「お前さん、もしかして……『刻印』で魔法を身につけたのか?」

「そうよ、それ以外に手があるの?」

 シャルロットのげんに、ブッチは納得がいったようにうなずく。

「まあ、血縁者にいなければそうなるわな。しかしよく見つけたな……」

「おっちゃん、どういうこと?」

 頭に疑問符を浮かべるカナタに、ブッチは説明した。

「魔法が使える人間は二種類しかいない。刺青いれずみるか聖痕せいこんきざまれることで魔法を使えるようにした者と、その子孫達だ」

「痛そうな話やな……」

「人の身で超常の力を使おうとするんだ。それくらいの代償は払わなきゃならないんだよ」

 実際、魔法を使えるようにするには、魂に干渉しなければならない。

 その為には特殊な刺青いれずみを入れることで直接きざむか、宗教による洗礼を受けて魂を昇華させなければならないのだ。しかしそれらを行った者の子孫達は確実ではないが、その魂のを継承し、何もしなくても魔法が使えるようになる時がある。この世界で魔法を使える者の大半は、『継承』された魔法を行使している者達というのが一般的だ。

「もっとも、魔法を継承した人間が増えすぎたせいでわざわざ刺青いれずみ入れようなんて奴はほとんどいなくなったから、魂に干渉する技術も徐々にすたれてきているがな……どこにいたんだ? その肝心かんじん彫師ほりしは」

「『テミズレメ』からの逃亡者。こっそり逃がすことを条件にってもらったのよ」

「やっぱり国の管理以外じゃ、裏社会アンダーグラウンドしか当てはないか」

 そう言ってブッチは、カウンターに肘をついた。もしかしたら、魔法を使うことに対して、何か思うところがあるのかもしれない。

「おっちゃん、魔法使いたかったんやな……」

子供ガキの頃はそりゃ、憧れたものさ。今は廻転銃こいつ一筋だけどな」

 そう言ってホルスターの銃床を指で叩くブッチ。

「それより、その彫師ほりしに魔法の使い方を教わらなかったのかよ?」

り方知ってるだけで、魔法については詳しくなかったのよ。そいつ」

「いますよね……やり方だけ覚えて、興味を持てない理屈は全無視な人」

 ユキの瞳がある一点を見つめているが、その先にいる人物は我関せずと店の床を掃除している。

「お陰で火縄銃あれ、俺が全部設計したんですよ」

 興味のあることしか覚えない。人間なんてそんなものだろう。

「まったく……火薬は作れる癖に」

 小声であることも含めて、言っても仕方ないと考えたのか、ユキは淹れたてのコーヒーをブッチ達に振る舞った。

「おにぃ、うちの分は?」

「カウンターの中、だから仕事中は遠慮しろっての」

 それでも準備はしてあるという用意の良さに、ブッチはふとあることを思った。

「……なあ、お前等双子だったよな?」

「そうですよ」

 しかしブッチが話を続けようとするものの、ユキは先にシャルロットの方に近づいて行った。

「ところで話が途中でしたけど、これからどうするんですか?」

「ふっ……決まっているわ」

 シャルロットは立ち上がると、杖を高々とかかげてこう宣言した。


「革命軍を立ち上げて、王位を簒奪さんだつしてやるのよっ!」


 実に力強い発言だが、周囲の視線はどこか冷たげだった。

「……お客さん、テーブルの上に足を載せるのはやめて下さい」

「…………」

 ユキの言葉に静々と、シャルロットは足を降ろした。

「まあ、『ヤズ』を乗っ取るよりかは成功する可能性はありますけど……別に革命する程じゃないでしょう、『ヤィあの』国は」

「今は、ね……」

 シャルロットはどこか歯切れ悪く、そう告げた。

「王はともかく、元婚約者でもある王子の方は、上に立つ器じゃないわ。王となる為の教育は受けていたけど、教えられたことしか・・できない。分かりやすく言うと……」

「……ゆとり?」

 カナタの声に、シャルロットは思わず振り向いた。

「あなた……ゆとり教育とかって分かるの?」

「他にも土日休みとか?」

 ブッチは首をかしげるだけだが、ユキはカナタ達の会話で、あることに気づいた。

「……あなた達転生者?」

「正確にはおにぃとうちやな、貴族のねぇちゃん」

 カナタは気楽そうに告げるが、ユキは若干じゃっかん、頭が痛くなっていた。

「シャルでいいわよ。親しい者からはそう呼ばれているから」

「うちはカナタや、よろしゅうな」

 女同士、気が合ったのだろう。

 きっかけはともかく、同郷意識からか二人は意気投合したらしい。後は時が二人の絆をはぐくんでいくに違いないだろう。

「革命の話はどうなったのやら……」

「まあいいじゃねえか、置いといてやんな」

 腰に手を当てて溜息をくユキを、ブッチは軽くなだめた。

「ただ……あまり転生者だの転移者だのは言いふらさない方がいいぞ」

「分かっています。二人には後で言い含めておきますよ」

 もしここが地球であれば、頭のおかしな妄想ととられるだけで話は終わるだろう。それを隠し通して生きるのも、転移や転生による知識や能力を活かして生きるのも、当人達の自由だ。

 だが、この世界は違う。

 偶発ぐうはつ的にこの世界に転がり込んだ者もいれば、意図的にび出された者もいる。異世界の住人が存在すること自体が当たり前・・・・になっているのだ。


 そして……その利用方法も。


「こんばんは……っと、今夜は賑やかだな」

「いらっしゃい。まあちょっとな」

 余計なことを漏らす前に、とユキは夕食をりに来たフィルをカウンターのいつもの席にうながし、料理の前にカナタ達を二階へといざなったのであった。

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