008 賞金稼ぎは貴族令嬢?
ユキ達が首都から戻って来て、そろそろ三日になる。
しかし盗賊の類は未だに
「まだ三日、それとももう三日、どっちだろうな……」
「おっちゃんの策、失敗したんちゃう?」
今日も今日とて
何故ならスローライフとは無縁の、鉄火場まみれの現状なのだ。不平不満の一つも言いたくなるのは仕方ない。
換金した賞金でユキの淹れたコーヒーを飲むものの、その心が落ち着くのはしばらく先になるだろう。
「かもな……参ったな」
読みが外れたのであれば、またすぐ次の手段を考えればいい。だが、その手段が思いつかないので、考え込む羽目になっているのだ。
「別の手段を考えないとな……」
「そういえばブッチさん、原因の方は何か進展ありましたか?」
カウンターの裏にいるユキが話しているのは、首都で出会った情報屋のことだろう。しかしブッチは首を振り、コーヒーを飲み干してから答えた。
「まだ連絡はない。正直なところ、滞在中に調べはつくと思っていたんだが……面倒なことになりそうだ」
日もそろそろ暮れてくる。
気の早い客が
「仕方ない。後で考えるとして、ちょっと早いが晩飯にでも……」
ブッチがユキに注文を入れようと声を掛けようとした時だった。
――バンッ!
誰かが
「一名様入りま~す。いらっしゃいま~せ~」
「本当大物だな、嬢ちゃん……」
カナタは客が来たものと掃除道具を置き、メニュー片手に近寄っていく。
「それにしても……一体誰だ?」
身に着けているのは、少し豪華なドレスだった。
社交界で身に着けるような
黒に近い茶髪が背中を
「……って、返事ないけど大丈夫かいな?
「おい、どうした?」
店に入ってすぐ
「…………ん?」
少し違和感を覚えたが、珍客が反応を示したので、ブッチの意識は
「…………ぁ」
「どないしたんや? お~い……」
カナタがしゃがみ込んで顔を覗き込む。万一に備えてブッチの手はホルスターの
「……お腹空いたぁ~」
顔から床にのめり込むのうにして倒れ込んだ彼女に対して、ブッチの手は空回って宙を
「ああ、お腹一杯……満足したぁ」
「えらい減ってたんやなぁ……鍋もう空やで」
ユキが空になった鍋を洗っているのを眺めながら、カナタはそう声を掛けた。しかし珍客の方は満腹になった腹を
「ユキ坊、それが終わったらスペアリブ頼むわ」
「分かりました」
注文を投げ入れてから、ブッチはカウンター席に座る珍客の隣に腰掛けた。その際に、彼女の杖を手元に置くのも忘れずに。
「……で、どうしたよ? そんなに腹
「ちょっと、ね……」
客が別の客に声を掛けるような店ではないのだが、登場の仕方が不吉だっただけに、ユキもカナタも、ブッチの行動を止めることはない。
……いや、ユキの場合は調理に集中しているだけなのだが。
「婚約破棄された腹いせに、
もう聞きたくない、とばかりにブッチが珍客のドレスの
「原因はお前か? どこで賞金掛けられたか知らないが、こっちはお前さん目当ての盗賊共に迷惑しているんだからな」
「ちょっと! 何のことか知らないけど、昨日一昨日で賞金掛けられるわけないでしょ、ぎゃんっ!?」
それを聞き、ブッチは足を停めた。
「嬢ちゃん……それは本当か?」
「むしろこっちは賞金稼ぎに来たのよ。というかあんた、元とはいえ貴族に対してなんて無礼な……」
「
テーブル席に移動するブッチ達。他に客もいないので、カナタや調理を終えたユキも、その近くへと集まってくる。
「そもそも嬢ちゃん、一体何者だ?」
「何者って……ヴィノクロフ公爵家の令嬢よ。知らない?」
「というと、あんた、いやあなたはシャルロット様?」
「お
ユキの口から、
「……お前はいいかげん、新聞を読めよ」
ブッチの注文したスペアリブをテーブルの上に
「読め
「それでも世界情勢くらい知っとけ。……と言っても、たしか半年位前の話だったはずだ。東の『ヤィ』って国で、そこのシャルロット様が王族と婚約したのは」
新聞には丁度、その『ヤィ』という国で祝賀パレードが開かれることが記事になっていた。何ヶ月も前から準備に入っていると新聞には記載されている。そこにある写実画にはたしかに目の前の珍客、シャルロット・デュク・ヴィノクロフの顔が
「ほら、ここにも書かれている。もうすぐ披露宴が行われるはず、なんですが……」
ユキは珍客、シャルロットを見て
それだけ、突然の訪問となったのだから。
「……何故ここに?」
「『ヤズ』へ逃げている最中に、偶然立ち寄ったのよ」
『ヤィ』という国は、ここから真東にある。その途中に『オルケ』へと立ち寄るのも、偶然としてはあるのかもしれない。
しかし彼女は、その口から
「……賞金目当て、って聞いたが?」
「噂を思い出したのよ。『
差し出された革袋の中に、金銭がほとんど入っていなかった。ここでの支払いには到底足りないのが一目で分かる位に。
「手持ちが底をついて、売れるものもその杖だけ。だけど杖を失ったらこの先、何もできなくなる。だからお金を稼ぐ為に、一度ここに立ち寄ることにしたのよ」
つまり『
そう……
「……食い逃げは困ります」
「非常事態よ、賞金首が来るまでは支払いを待っててくれない?」
強盗の真似をされるよりはましなので、ユキ達は仕方なく、その提案に乗ることにした。
それに、わざわざ皿洗いを命じる必要はなかった。
「元は貴族令嬢だろう。戦えるのか?」
「護身術の心得位はあるわよ。それよりも……」
シャルロットは立ち上がると、ブッチに手を伸ばした。
「……杖、返してくれないかしら?」
ブッチから投げ渡された杖を軽く
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