010 革命軍本部(仮)

「ここを革命軍本部とします!」

「よし断る帰れ」

「おにぃ……シャルに帰る場所ないで?」

 妹にツッコミを入れられるユキだが、カナタの言葉は無視して今日の仕込みを続けた。

 フィルが帰った後、寝る前に会話をしていると段々とけ、今では気軽に話せる仲になり、口調も砕けてきている。しかしそれがいけなかったのだろう。

 カナタが調子に乗って火縄銃マッチロックまで見せたのがまずかった。それで勝手に戦力に加えられたら、たまったものではない。

「じゃあ出ていけ頼むから」

「嫌よ。せっかく武器があるのに」

「だからこっちは静かに暮らしたいんだっての!」

 カウンターを越えてユキの怒号が飛ぶが、シャルロットは意にかいさず、テーブル席に一枚の大きな布を広げていた。なにやら刺繍ししゅうをしているようだが、内容はおそらく革命に関連しているものだろうが、わざわざのぞんで賛同の意をしめす必要はない。

「もうほっといたらええやん、おにぃ

「そうもいくか……それよりカナタ」

 カナタをカウンターの裏に呼び寄せてしゃがみ込ませると、ユキも目線を合わせて問いただした。

「お前……あの場所のことは教えてないだろうな?」

 あの場所とは無論、カナタが管理している硝石の生成場所、火薬工房のことである。

「あのな、おにぃ……うちかてそれくらいの分別はあるわ」

「ならいいが……あそこのことは黙っていろよ。面倒なことになるからな」

「はいな」

 軽く手を叩き合い、話は終了と二人はそれぞれの仕事に戻った。

 仕事をしている間も、シャルロットはずっと布一枚と格闘していたが、さすがに客が来る前には止めさせるべきかもしれない。

「おうお前等、おはようさん」

「おっちゃんおはよう」

「おはようございます」

 モップ片手に挨拶するカナタに続き、ユキも挨拶した。シャルロットの方は作業に没頭ぼっとうしているので、ブッチが出てきても返事はしなかった。

随分ずいぶん熱心に描き込んでいるな……」

 ブッチは一度旗らしきものを眺めてから、カウンター席に腰掛けてユキにモーニングの注文を投げた。

 フィルも来て、同じくカウンター席に着いてから朝食を注文し、口にして弁当を持って帰る。今日もまた、同じ日々が始まると予感させる光景……のはずだった。

 ……シャルロットさえいなければ。

「そもそも革命してどうするつもりだ。自分の王国でも作る気か?」

「それこそまさか、ね」

 昼食時まで少し時間がある中、手持ち無沙汰だったのかブッチはシャルロットに声を掛けた。ユキやカナタのように勧誘されていたということもあるが、ふと気になって口が開いてしまったのだ。

「正直言って、今の王様が亡くなればあの国の将来は真っ暗よ。世継ぎは元婚約者フィアンセのぼんくらただ一人。そんな奴に全権任せたら、遅かれ早かれ国が滅びるわよ。だったらその前に『ヤズ』の属国にするか、せめて民主制に変えないと、民が路頭に迷うことになるわ」

「責任感の強いこって」

「前世から似たようなことやってたら、そうなるわよ」

 ようやくできた旗を広げて、その出来栄えに満足したのか、シャルロットは丁寧ていねいたたみ始めた。

「別に真面目とか、そういうものじゃないんだけどね。昔っから何故か委員長、って言っても分からないか。リーダーとか代表とか、そういうのに推薦すいせんされやすかったのよ」

 つまり環境が、彼女をそうたらしめていたのだろう。

 しかしシャルロットには嫌々やっている様子が一切見られなかった。

「だからかしらね……自分がそう生きないと気が済まなく・・・・・・なっているのは」

「まあいいが……そいつは義務じゃないんだから、あまり気負きおいすぎるなよ」

 入り口近くにこしらえた椅子に座りながら、ブッチはそう忠告した。

 今日はまだ、盗賊の類はこの店に来ていない。平和と言えば平和な日だった。

「しかし今日は暇だな……」

「いつもはもっと来るの?」

「不衛生な場所とかに出てくるゴピーブリと同じ位にな」

 しかし今日に限って、今のところ盗賊はやってこなかった。

 平和に越したことはないのだが、そうするとブッチは蓄えがあるからともかく、その日暮らしのシャルロットにとっては収入がなくなることを意味する。

「しかし暇だ……」

「本当ですよね……」

 客席の片付けバッシングも終わり、洗い物も片付いて手持ち無沙汰になったのか、ユキもカウンターから出てきて話に加わってきた。

「お客も来ないですし、商売あがったりですよ」

「そうだな。閑古鳥も……ところでカナタ嬢ちゃんはどうした?」

 店内が、あまりにも静かすぎた。

 閑古鳥すら鳴かないことで、ようやく事態に気づいたユキは、双子の妹を探そうと辺りを見回すものの、その姿を確認することはできなかった。

「火縄銃の稽古じゃないの?」

「この辺りじゃ銃声がうるさすぎて練習できないし、してたらすぐに分かる」

 シャルロットの予想をユキは否定した。

「それもそっか、火薬も高いし」

 火薬に関してコメントすることなく、ユキはカウンターの裏に隠していた小太刀を腰に差した。

「となると……」

 店の外に顔を出すと、ユキの予想通りカナタはいた。


 シャベルを構えて穴を掘りながら。


「……また落とし穴か」

「いや、暇やからつい……」

「つい、でいちいち客落とそうとすんじゃねえよ!」

 しかしカナタは手を止めず、土を土砂運び用の一輪車ねこぐるまに載せている。

「大丈夫やって、もうこの町で落とし穴には・・引っかかる人間なんておらんやろ?」

「……お前が一人残らず叩き落したからな」

 麻布あさぬのを広げて土をかぶせるカナタだが、この店の前で土の色が変わっている時は危険信号落とし穴なのは、『オルケこの町』の常識だ。

 ……これが常識となるのも、少し考えものだとユキは思っているが、決して口にしない。いや、むしろできなかったと言うべきか。

「で……他に何を仕掛けた?」

「それは……」

 カナタが渋々しぶしぶ口を開こうとした時だった。

 恒例こうれいの盗賊共が襲い掛かってきたのは。

「……わざわざ走ってくる意味が分からん」

「おまけに他の店、全無視やで」

 一応質屋も、『ヤズ』にある大手銀行の支店も通り道にあったのだが、足取りは明らかにダイナーこの店を向いている。

「本当に原因を探った方が良さそうだな。何か考えないと……」

「でもおにぃ、おっちゃんの伝手以外に何か当てあるん?」

「それなんだよなぁ……」

 盗賊を無視したユキ達は店の中に入る。道具はそのままだが、面倒事には代えられない。

「お客さんの相手、お願いします」

「あいよ~」

「よっし稼ぎ時!」

 ブッチとシャルロットは立ち上がり、それぞれ武器を持って店の外に出ようとする。

「……あ。落とし穴の手前・・・に気をつけて」

 カナタの警告は間に合わなかった。


 ――キャーッ!?


 ユキ達が慌てて店先に戻ると、シャルロットが一人足を縛られた状態で逆さ吊りになっていた。ブッチはそちらをなるべく見ないようにしながら、盗賊達相手に鉛玉を撃ちこんでいる。

「……お前何やった?」

「落とし穴も目新しさがないマンネリやから……けたところで逆さ吊りになる罠仕掛けといテッ!?」

 バシン、とカナタの頭を叩いてから、シャルロットを指差したユキは中へと戻っていった。

 さすがにスカートの中を堂々と覗く趣味はない、と真摯しんしな男性陣一同は仕事へと戻っていくのであった。

「……それより助けて欲しいんだけど」

「はいはい、ちょお待っててな」

 必死になってスカートを押さえているシャルロットをゆっくりと降ろすカナタ。

「早く片付けてくれないか、おい!」

 しかしそれ以上に必死になっているのは、飛び道具ボウガンを撃ち抜いて流れ矢を防いでいるブッチであることを忘れてはいけない。

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