005 首都の情報屋
一週間で店に帰らなければならないので、首都では長くとも二泊しかできない。
しかしブッチにとっては日帰りを覚悟していただけに、多少はゆっくりできるというのはとても魅力的に感じた。
「情報屋に
「買い物位ですよ。衣服とかはこっちの方が数もあるんで」
「お
そうカナタに言われて、ふとユキは用事を思い出した。
「そうだ、食材だ。物価上がってるし、こっちでまとめ買いしていくかな?」
「ああ、たしかに……そっちも聞いとかないとな」
物価が上がったとはブッチも耳にしている。
ただ、その原因にまでは心当たりがなかった。交易路が潰れたのだろうという予想は立てているが、実際に起こっていることまでは把握しているわけではない。なにせ今回の旅路に、今のところトラブルがなかったのだから。
なので今後のことを考えると、調べておいて損はない。
「で、これからどうする? 情報屋と会えるのは夜だから、先に宿を押さえてきてもいいし」
「そうですね……こっちも早朝に市場とかに行っておきたいんで、今のうちに押さえときましょうか」
というわけで、三人は手が空いている内にと、宿を押さえに向かった。
「で、どこにするんだ? 俺の通いつけは治安の悪い裏道にあるから、止めといた方がいいが」
「そこ、絶対安宿でしょう……近くに俺達の通いつけがあるんで、そっちにしましょう」
そして着いた宿屋に荷物を置いた三人だが、ブッチの方は情報屋に話を通さなければならないので、すぐに出て行ってしまった。
同じ部屋を取っているユキとカナタは、二つ並ぶベッドに向かい合って腰掛けている。ブッチを待つ間、特にすることもないので手持ち無沙汰なのだ。
「二人っきりやな……」
「することもないけどな」
そしてそのままベッドに倒れ込むユキ。ここに来るまでは固い地面の上で寝ていたのだ。疲労も溜まっていることだろう。
「お
「やなこった
「あ~も~いけず~」
しかしユキは構うことなく、そのまま昼寝する姿勢に入った。それでカナタも諦めたのか、同じくベッドで横になっている。
(やっぱ無理、だよな……)
身体を休めようとも、心が休まらないユキだった。
ブッチが戻ってきたのは、夕刻前のことだった。
「晩飯前に片付けて、帰りに飯食ってくるか」
案内されたのは、よくある酒場だった。
ユキやカナタは今まで来たことのない店だが、ブッチは勝手知ったる場所なのか、人手も年季も入っている店内をずんずんと進んでいく。
「オーウェン、久し振りだな」
「ブッチか、お前引退したんじゃなかったのか?」
「その引退先でちょっとな」
オーウェンと呼ばれた男の向かいの席に座るブッチ。ユキとカナタはその後ろに立って待つことにした。
「ちょいと噂を流して欲しいんだ。実際根拠もあるから、楽な仕事だろう?」
「……内容は?」
連絡を受けていたのか、テーブルの上にはグラスが一
グラスを二つ並べて、事前に注文した酒を注ぎながら、オーウェンはブッチの話に耳を
「賞金首の居場所だ。警護目的で賞金稼ぎを張り込ませたい」
「また古い手を使うな……場所は?」
「『オルケ』にあるダイナーなんだが……」
……ポトッ
「……どうした?」
「ブッチ、聞いてないのか?」
落とした葉巻を拾い上げて火を消すと、指を振ってブッチに顔を寄せさせた。
「『オルケ』で珍しい武器が流れているって、妙な噂が立ってるんだよ」
「噂? なんでそんな噂が……」
空いたグラスを取って、その中に金を入れてから突き出す。
ブッチから差し出されたグラスの中身を抜き取りながら、オーウェンはその情報を口にした。
「古株の賞金稼ぎの連中は、銃の類が出回っている、って言っちゃいるが……裏の方では、得体のしれない武器だと噂が飛んでるんだよ」
後ろで肉がぶつかる音がするが、ブッチは後で問い質そうと、気にせず続きを
「まあ、精々飛び道具の類だとは思うが……それで商売
「それだけにしては、誰も来なさすぎだ……他にも何かあるのか?」
「いや、高額の賞金首が『
原因不明の事態に少し空気が重くなるものの、仕事は仕事と、この場では一度割り切ることしかできない。ブッチは酒の入ったグラスを
「……できればそっちも調べておいてくれるか? 噂の方も、しっかり頼むぞ」
「ああ分かった。
「それで頼む」
話は済んだ、とブッチは席から立ち上がる。
ユキとカナタもブッチに従い、共に店を後にした。
「……そういえば、」
店を後にし、夕食をどこで
「お前等、両親の
「いや、お
「それならいいが……」
話は終わりと、久し振りの都会に浮かれるカナタは、先に歩き出していく。
はぐれないよう視線を切らさないまま、ブッチはユキに話しかけた。
「本当か?」
「……『実行犯は』、の部分は伏せています」
カナタには聞こえないことを確認してから、ユキは続きを口にした。
「後で、話せませんか?」
「……ああ、分かった」
二人きりには、簡単になれた。
というかカナタが腹一杯食べ過ぎて、『満腹満腹~♪』とさっさと寝床に
未だに騒いでいる客の中を突き進み、奥のテーブル席に腰掛けて向かい合う。
「じゃあ
「……フィルの両親が作った武器を
ブッチは、ユキの言葉を肯定した。
「そうだ……ただし、取引先は国の中枢や諜報機関という、表沙汰にはできないところだ」
「それがずっと、気になってたんですよね……」
ユキは静かにグラスの
「なんで田舎町で鍛冶屋やっている夫婦と、わざわざ首都間を交易する必要があるんですか?」
効率を考えれば、首都もしくはその近郊に工房を構えればいいはずだ。それなのにわざわざ田舎町に住むフィルの両親もそうだが、ユキ達の両親が首都と渡りをつける必要もない。
ユキの疑問に、ブッチは答えた。
「詳しくは話せないがな、フィル坊の両親はある特殊な武器を作れる家系の
そして同じ頃に、南の魔王チェヌブとその軍勢の侵略が始まったのだ。
「俺が護衛できない間は『行商しない』と言っていたんだが、別の用事でもあったのか、あいつ等は
「俺が知りたいのは、その先です」
今世での両親の
「犯人は盗賊ですが……賞金稼ぎに殺されている。
ブッチには、ユキがこう言っているように聞こえていた。
……口封じに殺された、と。
「その賞金稼ぎも、調べてみたら素性を
「……本当は知っていたんだな、
ブッチのその言葉を、ユキは一切、否定しなかった。
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