004 首都への旅路

 小さな町だと、交通手段一つとっても不便なものだ。

 うまやはあるので馬車を用立てることはできるが高く、護衛も自前で用意しなければならない。乗合という手もあるが、一定以上の人数が集まらないと採算が取れないので、この町ではあってないようなものだ。

「で、俺達はどうやって行くんだろうな……」

 翌日のこと。

 戸締りをした店先で壁にもたれながら、ブッチは店番をしに来たトレイシーにそう話しかけていた。

 ユキ達はここにいない。『を用意する』と言い残して、ブッチをここに待たせてどこかへと行ってしまった。

あれ・・を見るとブッたまげるぜ。なにせ、この世界の物じゃないんだからな」

「そういうことか……乗れる・・・のか?」

 ブッチも人生経験が長い以上、なんとなくだが、その足とやらに察しがついていた。

 そして、その問題点も。

「俺も乗せて貰ったことがあるが、あれはすごいな。長時間使えないのが難点らしいが」

「むしろ使える方がすごいがな。普通は無理だろ?」

 その辺りの理屈は分からないのか、トレイシーは肩を竦めるばかりだった。

「昔、『ヤズ』に行った時に見つけたんだと」

「そうなのか……ちょっと楽しみだな」

 年甲斐もなくはしゃいでいるように見えるブッチに、トレイシーも細剣レイピアを叩いて応える。

「そういや、お前さん。腕は?」

「そうだな……」

 くわえていた煙草が、唇から離れて落ちていく。

 静かに落ちる煙草に、ブッチもトレイシーも、視線が離せないでいる。離れたのは、それが地面に落ちた瞬間だった。

 カカッ!

「お見事……だがそこを狙うことはないだろう?」

「野郎相手なら、そっちの方が手っ取り早くてね」

 ひたいに銃口を突きつけられながらも、トレイシーは鞘に納めたままの細剣レイピアの先端を、ブッチの股座に向けていた。抜き打ちは互角、しかも相手は長物だ。それを考えれば、実力はブッチと互角かそれ以上だと分かる。

「しかし銃なんて面倒臭いもの、よく使えるな」

「結構愛着があってな。そう簡単には手放せそうにないんだわ」

 細剣レイピアが離れると同時に、廻転銃リボルバーもホルスターへと戻されていた。

 今回の旅路の為に、銃弾は可能な限り準備してきた。

 よっぽどのことがなければ、十分な程に。

「さて、と……そろそろかな」

 その言葉と同時に、ダイナーの裏手から聞き慣れない振動音が響いて、そのまま音が消えた。それを聞いたブッチは、足元に置いていた荷物を持ち上げる。

「じゃあ行ってくる。後は任せたぞ」

「あいよ。ごゆっくり」

 トレイシーと別れて裏に回ったブッチが見たものは、ある意味予想通りだが、ある意味では予想外の物だった。

「随分強引にくっつけたな。これも『車』、ってやつか?」

「おっちゃん、よう知っとるな」

「長く生きているとその分、こういうのも見る機会があるんでな」

 ブッチは知らないが、それは『地球』世界で言うところの、三輪電気自動車だった。しかし電気による充電は、天井に設置したソーラーバッテリーで行える。その為故障せず、太陽が昇り続けている限り、半永久的に乗り回せる代物だった。

 ユキが座っている運転席は一人用で、後ろに荷台はあるが人の乗れる場所はない。だからだろう、カナタの乗っている荷馬車を強引に固定して、馬の代わりに引っ張れるように改造しているのは。

「カナタと一緒に、荷馬車の方に乗って下さい」

「あいよ……これならもっと、早く着くんじゃないか?」

「日中を休みつつの鈍行どんこう運転なんで、せいぜい一日しか縮まりませんよ」

 つまり三日の行軍を二日で済ませられるということだ。それだけでも馬車よりは早く着くので、その分時間的な余裕ができる。

「それに途中でこれを隠さないといけないので、そこまで近くには行けませんから」

「全体的に早けりゃ十分だ」

 運転席側に背中を向けているカナタと向かい合いようにして、荷物を置いたブッチは荷馬車に乗り込んで腰掛けた。

「ほな行こか。おにぃ!」

「はいはい、出発」

 軽い、以前聞いた時よりは静かな駆動音を響かせながら、三輪電気自動車は首都へと向けて発進していった。




 しかしさすがに馬力がないのか馬車よりは少し早い位で、上り坂にいたっては後ろから押さなければならなかった。

「まあ、馬車より楽だからいいが、これ絶対別料金だろう……」

「そう、言わずに……」

 運転をカナタと交替したユキと共に、ブッチは荷馬車を後ろから押し上げていた。基本的には整備された馬車道を進んでいるので、ある程度は平らなのだが、それでも坂道はある。

 その度にカナタが運転し、ユキとブッチは後ろから押す羽目になっているのだ。

「もう少し平らに整備してくれたらよかったのに……はあ、ようやく越えた」

「ほんと、きつい……」

 もう日暮れも近い。空の色が変わり始めたので、一行はこの近くで野営をする為に一度、馬車道を逸れた。

「半端に早い、ってのも考えものだな。丁度宿場との中間地点とは」

「と言っても、これ・・じゃ泊まれないんで」

 コンコン、と三輪電気自動車を叩くユキ。知っている者もいるだろうが、この世界の人間にとっては、初見の者が多いのも事実だ。だから宿場が見える度に少し遠回りをして、目撃者の数を増やさないように配慮している。

 それに対して、ブッチも言ってみただけだと、手を振って話題を切る。実際、遠回りすることについては、特に文句はなかった。

「さて、飯はどうする?」

「とりあえずは干し肉で。野菜と煮込んで食べましょうか」

 昼は弁当でバーガーを食べたが、ここからはその場その場で用意しなければならない。通い慣れているユキ達や旅慣れているブッチにとっては、大した手間ではなかったが。

「野菜洗うついでに川まで水を汲んでくるので、ここで待っててくれませんか?」

「見張りか、二人だけで大丈夫か?」

「いつもやっていることなんで」

 そしてカナタが三輪電気自動車の荷台から出した細長い包みを一つ受け取ったユキは、そのまま荷物を分け合ってから、川へと並んで歩いて行った。

「ふぅ……」

 適当に焚火でも起こしているかと、ブッチは枝を折りながら火を点ける準備を始めた。




「野菜の皮きしてるから、見張りよろしく」

「はいな」

 背中合わせに腰掛けたユキは川で野菜を洗い、カナタは布包みから中身を取り出していた。ブッチの姿は見えるが、かなり離れているので、いざという時は自分達で身を守らなければならない。

「しかしおにぃ、身を守ってくれるのは嬉しいけど……二人きりになれへんなぁ」

「……口閉じてろ。聞かれたらどうする?」

 話しつつも、洗い終えた野菜の皮を次々とく手は止まらない。

 中身を抱え込むように持つカナタも警戒に目を凝らしているが、その意識は、後ろにいる双子の兄に向けられている。

「別にええやろ。こっち風下やし、声も抑えておけば聞かれんやろ?」

「そりゃそうだが……いいかげん、諦めたら・・・・どうだ」

「自分はできるん?」

「……やろうと努力しているよ」

 それだけで二人の会話は終わり、野菜を扱う音しか響かなかった。




 その後は特に問題もなく、予定通り出発した二日後に、南の大国『ヤズ』の首都へと辿たどり着いた。

 三輪電気自動車は首都近くにある森の中にある小さな洞窟内に隠している。いつも隠している場所なので、他にも以前持ち込んだ荷物を隠している程だ。

「包みは置いてきてよかったのか?」

「説明が面倒なので」

 ユキの腰には、包みの代わりに小太刀を腰に差している。

 カナタは手ぶらだが、懐に火薬を仕込んでいるので、無防備というわけではない。むしろ相手を殺さない為に、自分が前に出なければならない程だ。

「まあ、後は俺がなんとかするよ」

「お願いします。さて……」

 辻馬車から降りる人達に混ざり、入国手続きの列へと並ぶ三人。

「毎回思うが……俺達もこの国の人間なんだけどな」

「属国なんて、そんなもんさ」

 こればっかりはブッチに同意だと、ユキは内心でうなずいていた。

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