003 人手不足、健在

「ここまで働かされるとは、思ってなかったんだがな……」

「うちらかて、そう思うてたわ」

 弾切れの廻転銃リボルバー再装填リロードしながらぼやくブッチ。カナタもフライパン片手に、カウンター席に腰掛けながら一息入れていた。

「……で、片付いたんですか?」

「どうにか、な」

 もう一丁の方の廻転銃リボルバーを分解整備しながら、ブッチは答えた。

「というか聞いていないぞ。こんなに盗賊の類が多いなんて」

「普段はここまで頻繁ひんぱんじゃないんやけどな……」

 元々、『オルケ』は盗賊とは無縁の場所だった。

 確かに盗賊の類が多い地域ではあるものの、突発的な強盗タタキならともかく、組織だっての行動目標ターゲットとしてはうまみがないのだ。いちいち襲う理由はないと、素通りされることの方が多い。だから今まで二人だけでなんとかやってこれたのに、ここまで来ると、何かが起きたとしか思えなかった。

「この銃もそろそろ限界だな。せめて部品パーツが間に合ってくれればいいが……」

「おっちゃん、西に行けば銃位買えるんちゃうん?」

 この世界にも、銃は存在する。

 今は大陸の西側にしか存在しないが、魔法にとって代わる武器として、今後重宝されていくことは、前世の記憶から容易に想像できた。

 まだ製造が追いついていないので相場は高いだろうが、今のブッチにはそれだけの金銭があることは、彼がここに住み始めて三日しか経っていなくても分かる。それだけの蓄えを見る機会は、十分にあった。

 しかしブッチは軽く肩を竦めるだけで、テーブルの上で分解整備を続けている。

「これでもご先祖様の遺品だからな。完全に使えなくなるまでは付き合ってやるさ」

 銃身バレルに布を通して残ったかすをこそぎ落としながら、ブッチはそうぼやいた。それだけ大事に使ってきたことがうかがえる光景だった。

「だが、これからどうするんだ?」

「ほんまやな……おにぃ、もっと雇わへん?」

「だからそんな金、どこにあるんだよ?」

 そんな予算はどこにもない。

 飲食店だから飢え死にはまぬがれているものの、まとまった金銭はないに等しい。しかし食料品の物価が上がっている以上、それもいずれ破綻はたんするだろう。

「他にいい手はないものか……」

「火薬は売らないのか?」

 そうブッチが提案してくるのもうなずける。

 数打ちの粗悪品でもない限り、武器の相場が落ちることはまずない。特に火薬は消耗品だ。その価値を理解している者におろせば、それなりの金にはなるだろう。

 しかし、ユキはその提案を拒んだ。

売れない・・・・んですよ。目をつけられたくないし」

 そう、今の平穏な生活を望むのであれば、それは決して行ってはいけない。武器を増やすということは、それだけ平穏をけずることになるのだから。

 しかし予想ができていたのか、ブッチは気にすることなく、清掃を終えた部品を組み立てていく。

「じゃあ賞金稼ぎに、ここの情報を売るんだな」

 だからその提案に、ユキとカナタは疑問を覚えた。

「というと……?」

「俺が原因かとも考えたが、どうも違うらしい。未だに連中の事情は分からないが、ここには盗賊共が集まってきている。つまり……賞金首もだ」

「……賞金稼ぎに護衛させる、と?」

 その発想はなかった。

 たしかに、賞金稼ぎは賞金首が狙いやすい場所に集まってくる。それに、彼等とて人間ならば、食事を欠かすことはできない。つまり黙っていても、勝手に盗賊を狩ってくれる上に、顧客までついてくるのだ。

「店の方は、俺が守ればいいだろう。後はそいつらが勝手に片付けてくれるさ」

「でも……来るん? 賞金稼ぎとか」

「そいつは情報屋次第だが……当ては?」

 ユキは黙り、カナタも首を横に振った。

 そもそも、一介の定食屋ダイナーが情報屋を頼る機会等、普通はないだろう。

「となると、俺の伝手だと……首都に行かないと無理だな」

「首都って、『ヤズ』の?」

「この町は『ヤズ』が統治しているんじゃなかったのか?」

 しかし今、長期間店を空けるわけにはいかない。

 長く空ければそれだけ、店に盗賊や泥棒が居座ってしまうかもしれないからだ。けれども、少なくともブッチ一人は『ヤズ』に送らなければ意味がない。

「……しょうがない。また店を休みにして、あの人に留守番頼むか」

「頼りになる知り合いでもいるのか?」

 ブッチの問いかけに、ユキはうなずいた。

「といっても、よそで働いているから、いつもは無理なんですけどね」

「というか生きとん、あの人?」

「いつも弁当買ってるし、生きてるだろそりゃ」

 善は急げ、とばかりに店番のユキを残して、カナタとブッチは『あの人』がいる場所へと向かった。

「ほ~い前進」

「くっそぉ~!」

 盗賊共を連行しながら。




「ここ、フィル坊の工房なのか?」

「そや。おっちゃん、ここ来るの初めてやったっけ?」

「注文はダイナーで済んだからな。ここまで来る理由なんてなかったし」

 盗賊を詰所にいる衛兵に引き渡した後、二人はフィルが開いている工房に来ていた。

 開いている、といえば店舗として営業していると思われるだろうが、実際は鍛造で個別の仕事をしていることが多い。鋳造用の鋳型もあるので量産の仕事もできなくはないが、この町にいる限り大口の注文の必要がない為、個人の依頼を受けていくしかないのだ。

 ブッチがフィルに依頼したのも、この町で唯一の鍛冶職人だからだ。とはいえ腕前は確かな上に、昔銃の部品パーツも造ったこともあるらしいので頼んだというのもある。

「看板のない工房、か……」

「両親が亡くなってから、看板降ろしたんやって。それでも依頼は来るらしいから、食い扶持ぶちには困らんみたいやけど」

 昔は店舗としても用いられていたのだろう、入り口をくぐると、武器や防具を並べる為の棚や等身大の人形マネキンが、ほこりかぶったまま転がっている。

 そして、二人が会おうとしている人物は、そんなほこりまみれのカウンター席の裏にいた。

「……ん、あんたか。後ろにいるのは初顔だけど」

「どうも~レイさん」

 長身の褐色で、白金髪プラチナブロンドの目立つ女性だった。暢気のんきくわえている煙草の灰は、細身には不釣り合いな胸の谷間に少しこぼれている。ちなみにカナタは視線を首から下には決して向けない。嫉妬しっとするしかないからだ。

「こないだここの坊ちゃんに依頼した者だ。ブッチ・バールテク、今はカナタ嬢ちゃん達の世話になっている」

「俺はトレイシー・ラテニスタだ。よろしく」

 立ち上がると、その高身長がいやでも目立つというのに、『俺』という一人称がその異様さをさらに際立たせていた。

「ああ、よろしく……義足か?」

「分かるのか?」

 今のトレイシーの格好はシャツと上着、ズボンという簡素なものだが、ブッチは足音だけですぐに気づいた。

「昔、戦争でちょっとな。今はここの店番兼護衛で食わせて貰っているんだよ」

「俺も銃士隊で参加してた。酷いとこだったよ」

「こっちは輸送隊。まったくだな……」

 軽く握手する二人。

「……まさか兵站へいたん基地にまで戦火が広がるなんて、誰が予想できる?」

「本当酷かったよな……戦争はもうこりごりだ」

 カウンターの裏から椅子を引っ張り出し、再び腰掛けると左足を叩いた。その音は皮膚を叩く柔らかいものではなく、どこまでも金属質な響きだった。

「冒険者になりたてでいきなり兵隊なんて、できるもんじゃないわ。若気のいたりだわ、あれ」

「本当、金目当てでもやるもんじゃないな」

 そうは言っているが、カナタはフィルの両親から、生前に聞いたことがあった。

 あの防衛戦争は、その戦火の酷さから、強引な徴兵が後を絶たなかったと。

 本来、冒険者は自分が望んだ依頼をこなして生計を立てる者達のことを指す。しかし、普通ならば自分の命惜しさに逃げ出すはずの彼等ですら、多くの者が戦争への参加を選択したのだ。

 その戦争に負けるということの重大さが、その恐ろしさを理解することの容易さが、彼等をき立てたのだということを。

「……って、うち等がしんみりしてもしゃあないやん。レイさん、フィルは?」

「ああ、中にいるよ。ちょっと待ってろ」

 そして呼び出されたフィル。丁度作業の合間だったのか、呼ばれるとすぐに出てきた。

「どうしたよカナタ、また留守番か?」

「そう、またレイさん貸してくれへん?」

「レイさんは?」

 肩をすくめるだけ。別にどちらでもいいのだろう。

「まあ、こっちは新規受ける予定ないからいいけど……あまり長居はするなよ」

「心配せんでも、一週間位で帰ってくるわ」

 まあ妥当だな、とブッチは内心賛同した。

 ここから『ヤズ』の首都までは馬車で三日も掛かるのだ。往復で六日、結果を待つ用事ではないので、一日もあれば事足りる。

「一週間か……ついでに鍋一杯のシチューも頼む。レイさんの食事もな」

「さすが雇い主、しっかりしてるな」

 視線で黙るように言うフィル。しかしいつものことなのか、トレイシーは悪びれた様子もなく笑うだけ。

「というわけだ。遅れないでくれよ、雇い主が色々溜めそうなんでね」

「溜めないよっ!?」

 フィルに構うことなく、トレイシーはカウンターの裏に隠し置いていた細剣レイピアを腰にげ直したのだった。

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