002 両親の旧友
その男、ブッチを家に招き入れた二人は、とりあえずテーブル席に腰掛けさせてから、コーヒーを差し出すことにした。
「コーヒーは久しぶりだ。ここから南は、まともな店がなかったからな……」
静かにコーヒーを飲んでいるブッチをそのままに、カナタはユキがいるカウンター裏に入り込んできた。
「……お
「どうだろうな」
道中、話してみたがユキやカナタの名前も知っていたのは確かだ。
カナタはともかく、普段妹から『お
「少なくとも、俺達を
ただし警戒は忘れずに、と後ろ腰に差し直した小太刀を指で叩きながら、ユキは告げる。カナタはとりあえず納得した、とばかりに軽く鼻を鳴らしてから出て行った。
「シチューはあるか? 特にビーフシチューが好物でな」
「ありますよ。ちょっとお時間はいただきますが」
シチュー等の鍋物を作り置きすることは多いが、あまり長持ちするものではない。事前に客が多く来ることが分からない限りは、注文されてから一鍋分を作って応えることが大半だ。
鍋を煮込んでいる間、ユキは目を離さないまま、ブッチに声を掛けた。
「父や母とは、死ぬ前に別れたんですか?」
「ああ、面倒な仕事が舞い込んできてな」
一度コーヒーを飲み干してから、ブッチは
「それで何年か南の端にいたんだが、面倒事を片付ける度に別の面倒事が舞い込んできやがって……おかげでここに来れたのが今になっちまったんだよ」
「南の端、というと……『魔界』、ですか?」
大陸世界『アクシリンシ』において、大陸を一つの円とするならば、円周上を囲うようにして存在する魔物や魔族達の
ブッチは暗にその通りだと、首を
「この辺りの冒険者や傭兵は、そのほとんどが
「南の侵略のことは聞きました……ひどい戦いだった、と」
フィルの両親も、その戦いに鍛冶職人として参加していた。
戦火の規模は後方の
「ああ、酷い戦いだったさ。生き残れたのが不思議なくらいだ」
よく見ると、
キッチンからでも分かるのだ。小さな傷はきっとそれ以上だろう。
「ブッチさん、傭兵だったんですか?」
「正確には元冒険者で、お前等の両親に雇われてから傭兵、専属の護衛になったんだ」
それと、とブッチは付け足した。
「さっきみたいに敬語じゃなくていいぞ。面倒だし、そこまで立派な人間じゃないからな」
「そこはまあ、適当に……腕前の方は?」
「そうだな……」
そこから先は、ユキの目には留まらなかった。
ブーツに仕込んでいたハンターナイフを抜くと、裏から回り込んでいたカナタの首元に当て、振り下ろしかけていたフライパンを宙に止めた。
「まあ、これくらいはな」
「……なんで分かったん?」
「想像力は武器になる。あらゆる想定をしてきたからこそ、俺は生き残れたんだ」
ナイフとフライパンが降ろされたタイミングでユキはカウンターから出、丁度出来上がったビーフシチューをブッチの目の前に置いた。
「
「毒味は?」
「毒盛るなら、あの奇襲は逆効果だ」
皿に盛られたビーフシチューが、徐々に姿を消していく。それだけ空腹だったとみて、ユキは追加の皿を用意しに戻っていく。
「おっちゃん、強いねんな~」
「そうしなきゃ生き残れなかったからな……」
空の皿を
カナタはフライパンを肩に担ぎながら、カウンター席の一つに腰掛けた。ユキに背を向け、次の皿を待つブッチの方を向いて。
「で、これからどないするん?」
「面倒事を片付けて良かった数少ないことの一つは、金に困らないってことだ。しばらくは適当な所で、のんびり暮らすさ」
そう言っていくらかの金銭を出すと、テーブルの上へと順に並べ出した。
「多めに出すから、お前さんの持ってた火薬も、少し分けてくれないか?」
「ええけど……なんに使うん?」
「それは……」
言葉を繋げる前に、ブッチは店先の異変に気が付いた。
ユキもカウンターから出てきて、カナタの
「……最近何か、恨みを買ったか?」
「今朝、食い逃げとっ捕まえた位やな」
「つまりその仲間か?」
人望があったのか、それとも仲間をやられた恨みか、盗賊の集団がダイナーの前に集結しているというのが、話のオチだろう。
問題は、そのオチでどちらが負けるか、ということだけだ。
「音を聞く限り、ざっと十人程か……」
ブッチは荷物からベルトと、
「ちょっと片付けてくる。待ってろ」
「ええけど……
「ああ……」
ホルスターから抜いた、古びた
「……今回は手持ちだけで十分だ」
その様子を、ユキやカナタは見に行かない。いや、その必要はなかった。
「殺せたよな、俺達……」
「ほんまに、おとんらの友達やったんやな……」
そう、いつだって殺せたのだ。銃の恐ろしさは、自分達が
だからこそ、分かるのだ。あえて銃を
「……なあ、一つ思いついたんだが」
「奇遇やな……」
銃声は止んだ。都合十二発、
分からないが、次に店に入って、いや戻ってくるのが誰かなのは、二人にはすぐに分かった。
「……うちもや」
「……で、あのおっさんを雇ったと?」
「ああ、部屋は空いていたしな」
その日の夜。
入り口近くに新しく
そしてフィルに事の
「一日三食の住み込み、賃金は成果報酬だから、存外安上がりで済んだんだよ」
「向こうも静かに暮らしたい、とか言ってなかったか?」
「『どうせやることは変わらない』ってさ」
それが、ブッチに恨みを持つ者達が襲ってくることなのか、それとも単にそれ以外で稼ぐ方法を知らないのかは分からない。だが少なくとも、今朝浮き彫りとなった問題は、あっさり解決したとみていいだろう。
「まあ、お前達が決めたのなら好きにすればいいが……ところでカナタは?」
「ん? そこらにいないか?」
気がつけば、カナタは店内にいなかった。
「ブッチさん、カナタは?」
「ああ、あの嬢ちゃんなら出掛けて行ったぞ。仕舞ってる火薬取りに行くとかで」
「あそこか……」
それだけ分かると、特に心配事はないとユキは皿に盛りつけたステーキをフィルの前に置き、ブッチに彼を紹介した。
「おお~できとるできとる」
店の裏、よりも少し離れた場所に、小さな小屋があった。その中は地下への階段と、その周囲に木製の道具が所狭しと並んでいる。しかし、そこには鉄をはじめとした金属はなく、代わりに硫黄や木炭が積み上げられていた。
そして、カナタは地下で作られているものの出来栄えを確認しに来たのだ。
「こんだけありゃ、足りるやろ。にっしっし……」
毒素防止用の口布の中、カナタはほくそ笑みながら、必要な分だけを抜き取っていった。
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