お題③「浜辺の漂流物」

ノイジー・コミュニケーション

 自分の中では大切に集めてる宝物に間違いないんだけど、他人から見たらゴミでしかなくて、見せるのが恥ずかしいものってあると思うんだ。

 俺の場合、この海岸で拾い集めたものたちがそれにあたる。瓶に入れられてたけど栓が甘くてビショビショになり、もう読めなくなってしまった手紙。もしかしたらインテリアかアクアリウムに使えるのかもしれない流木。なんとなく綺麗だと思うけど、欠けたり割れたりしている貝殻や珊瑚の残骸。適当な瓶にいっぱい詰めてみたりしたシーグラス。

 どれもこれも「もしかしたら」値打ちものになったかもしれないけど、他人に見せたら「なあに、そのゴミ」と一蹴されて終わったものばかり。だけど、俺にとっては宝物なんだ。毎日というわけではないが、ときどき遊びに行ってはゴミを拾い、その中からこういった宝物を選り分けて隠しておくのが小さな頃からの習慣だ。

 俺は生まれ育ったこの町の、この海岸が大好きなんだ。砂浜も海の水も、キレイな白と青ってわけじゃあなくて灰色がかって暗いし、ゴミだってたくさん落ちてるし流れ着いてくるけど、それでも好きだ。前述の通りキレイなわけじゃあないから滅多に人も来なくて、居ると落ち着く。ここは間違いなく俺の第二の棲家と呼べる場所だった。

 ……だというのに、最近になって奇妙な輩がやって来るようになり、頭を抱えるようになったんだ。


 俺も通う地元の高校で、オカルト部なる謎の組織──万年人数が足りていないため、正式には部活として認可されていない──を立ち上げたその女は内田と言った。

 中学までは別の土地で育ったらしい内田は、高校生になってこの町に来るようになってかららしい──曰く、「この土地には何かある」。さらに言うと、「この海岸から特に強いが感じられる」とのことだ。

 そうして内田は、毎日放課後になると海岸に来て、謎のノイズを発する携帯ラジオ片手に謎の呪文を唱える「儀式」を日課とするようになった。

 俺にとっては大迷惑だ。いや、直接絡まれたことがあるわけじゃないけど……。勝手にやっててくれる分にはいいんだけど……。俺の習慣が、単なる海岸の清掃活動だと思っててもらえればよかったんだけど……。


「外崎くん、今日もまたゴミ漁りスカベンジ?」


 までバッチリ目撃されちまったからそうは行かなくなったんだ。何も言わず清掃活動に勤しむ健気な同級生と思われるならまだしも、ゴミ漁りが趣味の人間だとは思われたくなかった……。

 ゴミじゃなくて俺の宝物なんだと説明したことはあるが、「でもゴミじゃない」と一蹴され済みだったりする。


「よくやるわね、まあ別に私に迷惑かかってるわけじゃないから止めないけど……」

「意味不明な儀式やってるお前にだけは言われたくない」

「私から見たら外崎くんの行為だって意味不明だわ。あのね、教えてあげるけど、その瓶に詰まってるものは宝石じゃなくてただのガラスよ」

「俺がシーグラスを宝石だと思い込んで集めてると思ってんのかよ……。んなわけねーだろ、わかった上で集めてんだよ」

「ふーん。ますます意味不明ね。ゴミじゃない」

「ゴミじゃねーよ」


 その日もほぼ習慣と化した言い合いを繰り広げてから、各自の作業に入った。俺は砂浜のゴミを拾い、内田はシートを広げてその上にラジオを置く。

 耳障りな雑音しか流さないそれは、あえてどこにも周波数を合わせておらず、「ここではないどこか」の電波を拾おうとしているらしい。うるさいだけで気が散るからやめてほしいのだが、これが儀式において一番大事な要素だと言うから、一度も絶やされたことがない。

 そして内田は、波音とは似て非なるノイズに感覚のすべてを預けて、目を閉じ指を組んで祈り始める。口元で、誰にも届かないような音量で呪文のような何かを呟き続ければ、儀式はそれで終わり。内田の気が済むまで行われるそれは、時に俺が選定を終えて帰った後も続くことがある。

 そこまで熱心にやって、一体何と交信したがってるのかと訊いたことがあるが、「ここではないどこかであればどこでもいいのよ」とだけ返ってきた。えらく適当だなと思ったし、実際適当なんだと思う。

 まあ、別に、いいけど。俺だって何がゴミで何が宝物になるかどうかは、毎回適当に決めてるし。

 とにかくその日もそうやって、各々自分が満足するための行為を適当にやってただけだった。……はずだった。

 しかし、その日は満月だった。それに伴って潮の調子もいつもと少し違っていた。それが原因だったのかはわからないが──内田のラジオが、明確な音を引き当てた。


「はじめ まして。そちらに いっても いいですか?」


「……、……外崎くん今喋った?」

「いや? 内田が喋ったんじゃねえの」


「すみません びっくり させました ね。そちら へ むかいます」


「えっ?」

「えっ?」


 作業中は、喋らない。俺と内田の間に敷かれた暗黙の了解が破られ、波音ともノイズとも違う、明らかな第三者の声色が乱入した。

 当然のように面食らう俺たちを無視するように、ザザアと海面を掻き分ける音が響く。真っ黒くパカッと割れた水の向こうから、にょろにょろと伸びる無数の何かが姿を現した。

 タコの腕のようにしなって伸びるが、太さや質感は細い海藻のそれに近く、人間の髪の毛のように無数に組み合わさってひとつの身体を成している。そしてその中央部分にまん丸い目が一つだけあるから──早い話、それはバケモノだった。

 バケモノは、言葉を失って硬直する俺たちに微笑みかけるよう、目を細めて水滴を引きずりながら近づいてくる。


「および いただけました ので きました」


 俺はなんとか動かせる視線だけで内田に訴えた。お前が呼んだんだからなんとかしろ、と。しかし内田もこんなことになるとは思っていなかったのか、ピクリとも動けずにいる。

 バケモノは、そんな俺たちに構うことなく話を続けた。


「および いただきました ので だいかを ようきゅう します」

「えっ?」

「えっ?」

「だいか です。ただで よばれた わけでは ありますまい」


 想定してもいなかったことを言われて、俺たちはようやく声を上げることができた。ダイカって? 代わりになる価値のあるものと書くやつ? 無言のうちにそんな会話を交わした気になって、それでも結論が出なかった。おそるおそる、内田が口にする。


「代価って……具体的に何をお支払いすれば」

「あなたがた が かち の ある と おもったもの なんでも みせて ください。わたしが かんてい して ひつような ぶん だけ うけとります」

「もし、あなたのお眼鏡にかなうものが用意できなければ?」

「この ち に あるもの すべてから ひつよう な だけ しぼりとります」


 返答を聞いて、終わった、と思った。内田も同じことを思ったらしく、膝から崩れ落ちていた。

 学生である俺たちに用意できるものなんてたかが知れている。金でも、食料でも、用意できて数万円分が精一杯だ。同じ人間にすらそれで満足してもらえるとも思えないのに、ましてやこんなバケモノの望むものなんてわかりもしないのに。

 それでいて払えなければ搾り取られるときた。俺たちだけじゃなく、この地にあるもの全てから。これが「終わり」じゃなかったら何が終わりになるんだよ、と思った。

 どうにでもなれとすら願えないのって、こんなに苦しいことなんだな。そう思いながら無意識に逃避する視線の先に、俺の宝物の山が映っていた。バケモノも、追いかけるようにそれを見た。そして、


「おお すばらしい。この うつくしい ほうせき ほしい。これを いただきたい」


 瓶に詰まったシーグラスを腕の先で指し示し、少し興奮したような声色でそう言った。

 腰を抜かしたまま喋れなくなった内田の代わりに、俺が答える。


「あの、これは宝石じゃなく、ただのガラス……なのですが」

「そうですか。けれど うつくしい すばらしい。わたしは これ が ほしいです」

「それでいいなら、どうぞ、好きなだけ……」

「ありがとう ありがとう。それでは さらば また きかい が あれば」


 海水で濡れたままの腕で器用に瓶を拾い上げ、子供が大事なぬいぐるみをそうするように抱えたバケモノは、満足げに瞬きをした。そして別の腕を振って、海の方へ帰っていく。その姿が水底へ完全に消えてしまうと、思い出したように波音とノイズがザァザァと鳴き始めた。

 数分たっぷり硬直していた俺だったが、ふと我に返って座り込んだ内田のことを思い出す。駆け寄って腕を差し伸べたが、内田はそれを取ることはせず、じっと海を見続けていた。


「……外崎くん」

「うん」

「明日からも、ゴミ漁り……じゃなかった。宝物集め、やめないでね」

「……お前はもう、儀式をやめろよ」


 俺もそれに倣って海を見つめる。すっかり日も落ちて暗くなった夜の海に、真っ白い月光が散らばってさざめくばかりだった。

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