お題②「打ち上げ花火」

ロックンロール・オア・ダイ

 俺の名前は業・超カルマ・コエル。フリーのロックンローラーだ。

 今日もギター片手に駅前に立って歌をうたうぜ。エレキじゃなくてアコギだけど、ギターが一本ありゃロックンロールはやれるんだぜ。

 昔はエレキもやってたんだ。でも、俺のロックンロール魂をわかれない奴らとばかりしかバンドを組めなかったモンだから、一旦休止してるぜ。この広い世界の何処かに俺の魂と共鳴するロックンローラーもいるのかもしれないが、今のところメンバー募集は全部フラれちまってるから地元ココにはいないのかもしれないぜ。

 でもいいんだ。ロックンロールは独りでもやれる。ギターと魂がありゃあいい。だからやるぜ。今日もやるぜ。


「どおおおぶねえええずみいいい、みたいにいいいい」


 ジャカジャカ鳴らすぜ。熱唱するぜ。みんな知ってる親しみやすいナンバーだぜ。

 昔はオリジナルソングも作ってたんだが、みんなには理解するのがちょっとだけ難しい魂を込めてたからぜんぜ……あまりウケなかったんだぜ。だから考え直したんだ、まずはみんな知ってるようなわかりやす〜い有名曲を歌って注目を集め、俺の存在を知ってもらってからオリジナルで勝負するんだぜ。今だけ甘んじて人様の曲を歌ってるんだ。今だけだぜ。

 ギターケースをこれでもかとかっ開いて置いてるのに、一円も投げ込まれないぜ。いつものことだ。でもいいんだ、ロックンロールは金じゃない。魂を理解してもらえればそれでいい。だけどたまには金をもらいたいぜ、腹が減るし電気もガスも水道も家賃も払えなくなるからな。

 そんなことはどうでもいい。とにかく歌うぜ。……今日はやけに通行人の数が多いぜ。それに、特に女どもは着物を着てる……浴衣か。違いはわからないけどそういうのを着てるぜ。

 ふと駅の奥の方に目を凝らす。なるほど花火大会のポスターが貼ってあるぜ。みんなそこに行こうってんだな。好都合だぜ、通りすがりの奴らをみんな俺の魂でアツくさせてやるぜ!


「りんだりんだああああ、りんだりんだりんだあああ〜ああ〜っ」


 熱唱だぜ。いや、もはやこれは熱唱を通り越して絶唱だぜ。俺の魂のすべてを込めている。

 しかし誰の足も止まらない。履き慣れない下駄を履いているのに愉快そうにカランコロン鳴らして、その音が響き渡るばかりだ。それでも俺はその音に負けないよう歌うばかりだぜ。喉が擦り切れたって汗のかきすぎで干からびたって誰も俺を止められねえ。歌うぜ。

 ……さすがに少し疲れてきた。でも誰も足を止めないから曲を変えるぜ。お祭り気分で浮かれてる奴らにロックンロールは少し暑苦しすぎたのかもしれない。だからもう少しマイルドに、ポップな曲にしてやるぜ。


「ろまんてぃいいっく、恋のアアアアンテェナぁわぁああああ」


 これは可愛らしい振り付けもある曲だからみんな立ち止まって一緒に踊ってくれるはずだぜ! どんどん歌うぜ。ギターも本来こんな激しい音じゃないはずだけどかき鳴らすぜ、ロックンロールアレンジだ。歌うぜ。歌うぜ。

 ……この系統の曲を数曲歌い続けたけど誰も立ち止まらないぜ。流石に疲れた。一回休憩だ、トイレに行って手洗い用の水道から空きペットボトルに水を汲むぜ。戻ってきて飲むぜ。ぬるいぜ、自販機で買えばいくらでも冷えた飲み物は手に入るとはわかってるが、少し……少しだけ節約したいからこれで我慢だぜ。

 とにかく歌い続けるぜ。次は何を歌ってやろうか、大衆向けのポップス、ポップス……。……そんなのを歌っても誰も聞いてくれなかったじゃねえか。じゃあなんだったら立ち止まって俺の歌を聞いてもらえるんだよ。俺の魂はそんなに理解できないものなのか。

 理解できない。誰も理解できない……ポップスでさえ……であるなら……これなら……。


「あるう日っ、森のなーかっ、くまさんにっ、出会ーったっ」


 ここまでレベルを下げてやったぜ、みんなのために。これなら誰でもわかんだろうよ、だから振り返って俺の歌を聞いてくれよ、聞け、一秒だけでもいいから、嘘本当は全曲聞いて大金を置いて帰ってほしい、お願いだから、頼むから聞いてください聞いてくださいお金ください……。……。……。

 …………ついに「森のくまさん」も残すところ最終番を歌うのみになった。だが誰も聞いてくれねえ。ギターケースの中身は当たり前のように空っぽだ。……だが俺は負けねえぜ、この命尽きるまで歌いきってやる、歌って、歌って、歌って……


 ──そうして絞り出した俺の絶叫にも近しい歌声は、打ち上げ花火の巨大な爆発音にかき消された。まだ駅に残っていた奴らが、早く行かなきゃと焦り始める。もちろん俺には一瞥もくれずに。

 人々は外へ外へと走り去っていく、去っていく、去っていく……俺はそれを見つめることしかできずに、俺は、俺は……


「────お嬢さんっ、お待ちなさいッ!!」


 ────そして俺の中の何かがた。すでに歌ってしまったはずの歌詞をもう一度繰り返す。そして、小走りで俺の横を通り過ぎようとした浴衣の女の頭めがけて──ギターをフルスイングした。

 この日のために気合を入れてヘアメイクしてたんだろうな。綺麗なセットヘアを容赦なく粉々にする。女がつんのめって倒れる。ガイ──ンとアコギの空洞部分から間抜けな音が鳴った。聞いたことない音だぜ、ギターからこんな音を鳴らせたのは世界できっと俺一人だけだぜ。

 そのことを誇らしく思った刹那、女のカレシと思わしき男が悲鳴を上げた。だから次はコイツだぜ。女を殴るために思いっきり右から左へ振りかぶったギターを、左から右へ勢いよくスイングし直す。男も倒れた。

 周りの奴らは続々悲鳴を上げて俺から逃げようとする。ムム、逆に俺を取り押さえようと向かってくる奴もいるぜ。いいぜ! ロックンロールだ!

 ギターを右へ左へ下へ上へ振り回す。どいつもこいつも殴り倒す。倒れ伏す人々の浴衣の袖がおかしな方向に振られる。帯が解けて乱舞する。乱痴気騒ぎの熱狂。ギターが真っ二つに折れて張っていた弦が弾け飛ぶ。花火がまた打ち上がったらしい。簪が地面に突き刺さる勢いで払い落とされる。暑い。熱い。慣れない下駄では上手く走れないからコケる奴がいる。ソイツに巻き込まれて一緒に倒れる奴がいる。熱気がヤバい。花火がまた打ち上がったらしい。折れたギターのギザギザになった破片を人に突きつける。キングクリムゾンのジャケットみたいな赤い血が飛び散る。混乱。怒号。絶叫。汗のにおい。花火の轟音はもはや遠い。人の口から飛沫のように撒き散らされる唾の輝き。鈍い音。悲鳴。

 最高だぜ!! 満員のライブハウスみたいだ。全身が汗でびしょ濡れになってるのがわかる。これが俺の求めていたロックンロールかもしれねえ。こんなに楽しいのは初めてだ!! だからまだまだ歌うぜ、ララララ、ランランランランラ────ン!! 歌ってたら青い服の警察が来たぜ。いいぜ、それもロックンロールだ。

 花火はまだまだ続いてるんだろうがもう音は聞こえないぜ。俺や、みんなの声の方がデカくなったからな。いいぜいいぜ、最強のロックンロールだ!! もっと盛り上がろうぜ! サークルモッシュみたいに渦巻く人の波に揉まれて暴れるのは最高だ!! アツいぜ!! ロックンロール!!!


「俺のロックンロールを聞けえええええ、さもなくば死ね!!!!!」

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