独房の会話
月の宮
独房の会話
刑務所の独房で交わされる会話が、小さなスケールで行われている。
「起きてるかい?」
壁越しに、囚人服の男が語りかける。その声は軽やかで、とても罪を犯した人間とは思えない。
「何の用だ」
低い声が答える。
独房の夜。
見張りの警官もいなくなったころ、その会話は始まる。
「少し話そうじゃないか。なあ?」
「今日はもう眠る」
低い男の声に苛立ちが含まれていることを、軽やかな男は感じ取った。
しかし、それで引き下がるような男ではない。
「おまえさん、新入りだろう。なぜここに?」
「……」
低い男は答えない。無視をしているのだ。
「当ててやろうか? 殺人だろう」
「……」
「それとも泥棒か? あんまりそういう声じゃあないが……」
泥棒の声には、特徴がある。
極端に高いことだ。彼が今まで会ってきた泥棒は、みなそうだった。かん高い声で、とにかく早口でしゃべる。
顔にそこまで迫力がないので、そのような振る舞いを覚えたのだろう。
「なあ、おまえさん。誰を殺したんだい?」
軽やかに、相手の領域に突っ込んでいく。
「黙れ。節度のない奴め」
軽やかな男は、その言葉で笑い出した?
「〝節度〟だって? そんなものが、犯罪者にあると思うのか? もしあったら、今こんなところにいねえよ」
「俺は無実だ」
「みんな、そう言うんだ」
しばらく沈黙が流れた。
「おまえさん、名前はなんて言うんだ?」
「アルだ」
「エルだ。よろしくな。ま、ここでの生活もじきに慣れるさ」
「そうか」
それきりで、その夜の会話は終わった。
エルは、この新入りを、今後どうからかってやろうか考えていた。
翌朝、隣の独房から、死んだアルが発見された。隠し持っていたロープで、首をつっていたのだ。
エルはそれを聞いて少し驚き、
「まあ、よくあることさ」
と言って、窓を見上げた。
独房の会話 月の宮 @V-Jack
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