はじめての吸血

「本当に感謝してるんだ、助けてくれたこと……だからお礼に何でもするよ! 俺にできる範囲でだけど。」

目の前にいる小柄な金髪の少女にそう訴えると、彼女はうーんと言いながら顎に手をやり、何やら思案した後顔を上げた。

「何でもいいんだよね? ……それじゃあ、さ。」


30分後、俺は少女をマンションの一室に連れ帰っていた。

「お邪魔しまーす! うわあ、綺麗な部屋だね~! 男の人とは思えないほど片付いてるし。」

「あ、ありがとう。だけど大声出さないでくれないかメリッサ……こんな真夜中に君みたいな未成年を連れ込んだと知られたら誤解を受けそうだ。」

「あっこれすっごくキレー!! 自分で作ったの!?」「……って聞いてないし!」

俺の言葉も耳に入らない様子で、少女――メリッサはリビングのテーブルに置いてあるボトルシップをキラキラした目で見つめている。

困ったな……まあ、作品を褒められて悪い気はしないが。

(しっかしこうして見ると普通の人間の女の子にしか見えないな。)

つい先ほど10人以上の暴漢を叩きのめしてドブ川に放り込んだ人物が彼女だなんて誰が信じられるだろう?

コホンと咳払いし、彼女の注意を惹く。「それで、さっきの約束の件なんだが。」


俺はメリッサを奥の工作室兼寝室に案内する。——この部屋に女性を入れるのは初めてだ。少し緊張してしまう。

扉を開くと、木材やボンドの入り混じった嗅ぎ慣れた香り——趣味の工作に使う素材の香り——が鼻を掠めた。

「悪いね、散らかってて。」「んーん? そんなことないよ! ふんふん、この匂いはオークとチーク、それにココヤシかな?」

保管している木材の種類を一瞬で嗅ぎ当てられ、俺は目を見開いた。

「さすが、よく分かったな! その通りだよ。……全部船に使う木材なんだ。」「ボトルシップに使うの?」「そうだよ。だけど本物の船も同じ素材が使われる。」「へー!」

素直に感心する声に思わずにこりと笑いつつ壁際の革のソファーに腰掛け、メリッサを見る。

「ええっと、ここに座ればいいのかい?」「うん。……でも、本当に大丈夫?」

頷いた彼女は、少し不安げな表情になって続けた。


「吸血鬼に首筋を噛ませるなんて怖いでしょ?」


俺は大きく頭を振る。

「とんでもない! 本当に怖い目にはさっき遭ったさ。君が暴漢を倒してくれなかったら俺はあの場で死んでた。」


そう。先ほど俺は仕事を終えて家に帰る途中、人気のない路地裏でガラの悪い連中に因縁をつけられて襲われた。——俺が外国人であるなどというしょうもない理由で。

そいつらに母国を侮辱されて腹を立てた俺が言い返すと、逆上した彼らはナイフを取り出して切りかかってきた。

もう駄目だと思った時、メリッサがその場に颯爽と現れて彼らを倒し、俺を助けてくれたという訳だ。

どう見ても10代半ばにしか見えない女の子が2倍も体格のある男達をなぎ倒していく様子は映画かアニメのようで、俺は恐怖のあまり幻覚でも見ているのかと思った。

けれど、呆然としている俺を見てメリッサは言ったのだ。「自分は吸血鬼だ」と。

それで納得がいった。——吸血鬼は戦争のために生まれた種族だ。実際に見るのは初めてだったが——

吸血鬼は血も涙もない野蛮な種族だと俺は聞いていた。けれど実際は、吸血鬼である彼女は見も知らない俺を助けてくれた。

俺は自分が吸血鬼に誤ったイメージを抱いていたことを恥じ、彼女に何か礼をさせて欲しいと申し出た。

彼女の返答は「じゃあ首筋から直接血を飲ませてくれる?」だった。いつも輸血パックの血ばかりで飽きていたらしい。


俺はソファの上で上半身裸になって、首筋をエタノールで拭き終えた。

「準備は大丈夫? ……できるだけ痛くないようにするからね。勿論、飲みすぎないようにするし。」

俺の背後でメリッサが言った。「気分が悪くなったらすぐ言ってね? ……じゃ、噛むよ?」

彼女は俺の肩に手を掛ける。その直後、俺は強い痛みに刺し貫かれた。

「~~~~ッ!!!」

じゅるじゅる咀嚼する音と共に首筋から血が吸われていく。

数十秒ほどそうしていただろうか。メリッサがようやく俺の首筋から口を離し、止血にかかる。

「……もういいのか?」「うん! ご馳走様でした!」答える彼女は心底満足気だった。

「こんなにおいしい血は久しぶりだったよ! ありがとう。」

「それは良かった。俺も吸血されるなんて初めてでいい経験になったよ。」いまだ首筋がじんじん痛むものの、本心から俺はそう答えた。

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