頭突きファイター

御法川マドンナ

頭突きファイター (シナリオ)

☆初めに

この作品はボイスドラマの脚本として書かれたものです。





    Scene 1  [浴室]




少年: 混ぜるな危険!

     酸性タイプの製品と一緒に使う、カッコ混ぜるカッコ閉じ・・                                                                    

  と、有害な塩素ガスが出て危険です。

    あいにく酸性タイプの製品が家に無いので酢と混ぜます。

    出よ!有害な塩素ガス!

     おかあさんごめんなさ・・・・っ




   Scene 2  [コロシアム裏通路]




スタッフ: お兄ちゃん、お兄ちゃん、・・・ああ起きた。

      駄目だよこんなトコで寝ちゃあ。待ち時間長いのは解るけど

      さ。

                       

少年: え、・・・・あれ?・・ここどこ・・?


スタッフ: 記憶跳んでる。よくあるよくある。

      選手控え室は・・・と、ここがすいてるか。


少年: え?なに?選手???


スタッフ: ハイハイハイ、大丈夫大丈夫。

      選手さん追加はいりま~すっ。





Scene 3  [選手控室]



  (室内に数人の男女。

   コマンドー風巨漢。

   ゴスロリ風少女。

   格闘ゲーム風美女。

   車椅子に座った痩せた子ども。)



少年: 何ですかっ?! ここ何処っ??!


少女: 記憶跳んでる~。よくある、よくある。


美女: 試合の後遺症だね。


子ども: ヘッドバット・ドランカー。


巨漢(以下テント): ヘッドバット・ドランカー様だろ。 歴戦の猛者                                            

       かもしれないぜ。

       まあ自己紹介といこうぜ。

       俺はテント。出場5回目だ。


少女(以下フリル): あたしフリル。2回目だよ。


美女(以下チチ): チチって呼んどくれ。3回目さ。


子ども(以下キャノン): キャノン。初出場。



一同(少年以外): (少年を見つめて)・・・・・・。



少年: 僕・・・僕はっ・・。 え~~っと、・・・ガス。


テント: オーケイ、ガス! お互い手加減抜きでいこうぜ。

     見てみろ!


 (外を見る)


少年: うわっ、すげえ・・・。ローマのコロッセウム?闘牛場?!



チチ: 頭突きコロシアムさあ。


テント: あの場所に立つ俺たちが、


フリル: 御意見無用、


キャノン: 情け無用の、


一同(少年以外): 頭突きファイター!





   【 主題歌「 頭突きファイト」】


【出来ねえ 勝てねえ 許されねえ  そいつが一等くだんねえ

コックピットを誰に譲っちまってんだい?

オギャーと吼えた夜明けから アデューとささやく黄昏まで 

オマエが世界の主人公なんだぜ

ZUTSUKIファイト! ぶちかませ

ZUTSUKIファイト! 守りは要らねえ

コロシアムは超満員 オマエがメインイベンター】






Scene 4   [闘技場 + 選手控室]




リングアナ: ・・・エイト・・ナイン・・テン!!


  (ゴングの音。大歓声)


リングアナ: 勝者、モンキィ~っリィ~ズゥ~ム~~っ!

     3分11秒、華麗なフットワークによる、まさかの後頭部へ

     のヘッドバッド!

     敗れたルーフ選手、まだ起き上がることが出来ません。 

    あっ、いまリングドクターが担架を要請しました。ルーフ選手     

     担架での退場となります。

     あっ、指が動きましたね、意識は有るようです。



テント: うっわ~っ。あのモヤシ、あなどれねぇな。


チチ: 図体だけじゃ駄目ってことさ。


フリル: だってさーっ、良かったね、キャノン。


キャノン: うるせえよ。


少年【独白】  待て待て待て~っ。落ち着け僕。

      あれがズツキファイター? こいつらもそうって事?

      てか、もしかして僕もやるの?!!


チチ: ガスだっけ? 坊や記憶は戻ったかい。


少年【独白】 怖っ。


キャノン: 男に坊やとか言うんじゃねぇよ。むかつくババァだな。


少年【独白】 怖っ。


チチ: おやおや悪かったねえ、キャノン坊や。


テント: ストーップ、ストップ。

     ガスが引いてるじゃねぇか。勝負は闘技場でやってくんな。


   (ノックの音)


スタッフ: 失礼しまっす。 (見回して)

     フリル選手、スタンバイ願います。3試合後です。


フリル: やりィ。 みなさん、お先にごめんあそばせ~。


  (ガウンを羽織ってフリル出て行く)


少年【独白】 あの子、手が震えてた・・・。


キャノン: トーナメントリストの順と違わないか?


チチ: 坊やは初回だから知らないんだね。

    頭突きファイトグランプリは、選手が残り50人になった時点で

    順不同になるのさ。 対戦相手は大会執行部の裁量によってラン

    ダムに決められる。


キャノン: ・・・・・。


テント: チチ、キャノンをからかうな。

     執行部の裁量ったって、実際はさっきみたいに運営スタッフが

     テキトーにパワーの釣合いそうな選手同士組んで行くのさ。

     勝ち抜きだから結局釣り合わなくなるけどな。ハッハッハッ。


チチ:  闘技場で対面するまで自分の対戦相手は判らない。

    障害者枠も取っ払われるからね。坊やも覚悟決めときな。


キャノン: 誰と当たったって怖かねえよ。 

  俺は・・・自分より怖いもんはねえ。


チチ: ・・・ガキ扱いして悪かったよ、キャノン。

    あんたは頭突きファイターだ。


少年:(外を見て) ちっ、血~~~っ!


     (一同、闘技場を見る)


キャノン: 大流血だな。


少年: 滅多打ちですよ、なんで止めないんですか?!


チチ: 片膝立ってるだろう。倒れてないからさ。


テント: 頭突きファイトの勝敗は、KOとギブアップでしか決しない。


少年: 頭ですよ、急所じゃないですか! 死んだりしたらどうするんで

    すか?!


チチ: そしたらKO負けさ。


テント: 死人はボコボコ出るぜ。それが頭突きファイトだ。それが売り

     とも云うな。


少年: そんな・・・。


キャノン: あんた本当に頭突きファイターか?

      チチ、コイツ何かおかしくねえか。


チチ: 運営スタッフが連れて来たろう。観客が迷い込むようなところで

    もない。


テント: 闘技場に立てば思い出すさ。ファイターならな。


少年: ・・・棄権・・、とかってアリなんでしょうか。


キャノン: やっぱ変だぜコイツ!


チチ: 頭突きファイターはみんな訳ありさ。

    キャノン、あんたもそうじゃないのかい?


テント: 頭突きファイトは自分の強さを証明する為に行われる。

     棄権という概念そのものが無いのさ。 急病になろうが親が死

     のうが出るぜ。


少年【独白】 狂ってる。こんな所にいたら殺される。

       ・・・殺される? あれ? 僕は、お風呂場で・・・。



      (ゴングの音。 大歓声。)



リングアナ: 勝者、パーパァーーッス!

    11分05秒、顔面への打ち上げ頭突きによるKO勝利です。


少年【独白】 KO。血まみれだ・・・・・。





Scene 5  [回想]



いじめっ子①: どーすんの?(暴行)  呼び出しに遅刻してくれちゃ

       って。(暴行)(微かな悲鳴)

       オレら待ってたのよ、待たしていいの?(暴行)


    (少年、頭を抱えて身を縮める)


少年: 先生にッ、呼び止められてっ・・・


いじめっ子②: 先生出ました~(暴行)  

      なァ、オレらお友達じゃね?(暴行)

     友情よりセンコー取るの、悲しいな~(暴行)傷つくな~ッ

    (暴行。大きな悲鳴) 声でけえよゴミ、誰か来ンだろ。


少年: すい、すいません。


いじめっ子①: 謝んなくていいから慰謝料くれよ。


少年: え・・・


いじめっ子①: 7万でいいよ。オレら優しいべ。 いつもの友情代と合

        わせて10万。


少年: そんなの無理に決まって・・・ああああ!!


いじめっ子②: おお鼻血ブー。


いじめっ子①: ワリィワリィ(笑)。服に血が付くとカアちゃんが心配

       するんだっけな。


いじめっ子②: 明日までに10万だ。持ってこなかったら殺す。


少年: ウチにそんな大金無いですっ(暴行)


いじめっ子②: 持って来いって言ったんだ。 できなきゃ殺す。





Scene 6  [選手控室+闘技場]



少年: ころす・・・殺される・・・・おかあさん・・・


チチ: 本当に様子がおかしいね。 記憶が繋がったかい。


少年: ・・・はい・・つな、・・繋がりました・・・・。


テント: そいつはめでてえや。  

     おっ、フリルだぜ。次の次だな。


少年: 彼女、出て行くときに震えていました。


キャノン: 震えたらいけないか?


少年: なんで闘うんですか?


一同: ・・・・・・。(じっと少年を見る。)



  (外から微かにリングアナの進行アナウンスが聴こえる。)



テント: ・・・なんで闘うか、か。 参ったね、まさか此処でソレを訊

     かれようとはな。

     ・・・どうしたもんかな?



チチ: 悪くないかもしれないねえ、誰かに知っておいてもらうってのも

    さ・・・。

    キャノン、あんたはどうだい?


キャノン: 俺は・・・。あんた達が話すなら話す。


チチ: 珍しくしおらしいじゃないか。解らないじゃないけどさ・・。

    テント、あんたから始めとくれよ。


テント: お前もしおらしいぜ。

    此処は本当に頭突きファイターの控室か?!


少年: おしえてください。


  (ノックの音)


スタッフ: 失礼しまっす。  テント選手、スタンバイ願います。

   3試合後です。


テント: おう。 

     ・・・どうやらみんなの理由は聞けそうもないな。

     初めて人に話すから、上手くは話せないぞ。


    (外から試合中の歓声)


テント: 俺は戦場の生き残りだ。

     兵士じゃなく、一般市民だった。 家と家族を亡くしてさまよ

     っていたところを傭兵に拾われたんだ。

     そいつがどういうつもりで俺を養子にしたのかは、未だに分か

     らない。凄く無口な男だったしな。身体的にも性的にも虐待さ

     れなかったから、かなりラッキーだったんだろう。

     奴は俺を戦場に連れ歩いた。

     無論足手まといだ。 チビの頃はキャンプで使いっぱしりをや

     っていたさ。

     前線に出たのはガス、丁度お前くらいの年からだ。 俺は体が

     でかかったから小柄な成人と大して変わらなかった。

     養い親が戦死して、奴の口座を引き継いだんだ。


キャノン: 養い親の名前は?


テント: フランシス。 なんでだ?


キャノン: 別に。 ただ、知っておこうと思って。


テント: ・・・お前、意外と可愛いなあ!

     おおっと、睨むなよ。


少年: 続けてください。


テント: おう。どこまで話したっけ?


チチ: 養い親がフランシス。


テント: そうだった。も~う、キャノンの奴が意外と・・・


キャノン: 続けろよっ!


テント: わかったよ、何だよ・・・

  え~~っと、そうだ。  そんなこんなで俺は傭兵となって世界中の

  戦場を渡り歩くことになった。今でも現役だぜ?

  やってみて判ったんだが、どうも俺には適性があったらしい。 20

  年も前線でドンパチやっててヒヤッとすることは数え切れん位あった

  が、死にもしなけりゃ死ぬような大怪我も負わずにきたんだ。

  仕事ぶりも我ながら惚れ惚れする出来で、俺はクライアントにモテモ

  テだった。


キャノン: 自慢か。


テント: 事実だ。

     俺はトントン拍子に出世して、ギャラもうなぎのぼりだった。

    ・・・・10年目くらいからかなァ、妙な不安感に駆られるよう

    になったのは。

    ランクの上がった俺は、戦場で少佐と呼ばれる身分になってい

    た。 

    一個小隊を指揮し、作戦会議を招集するまでになったんだ。

    本国の兵隊たちは当然、外国人の傭兵に上官づらされれば反発す

    る。 しかしその俺に命を守られていることが解ってくると子犬

    みたいになついてきた。 可愛かったぜぇ。

    ところで俺の在籍している処は、民間のエージェント・カンパニ

    ーだ。 平たく言うと傭兵専門の派遣会社だな。

     俺はオーダーに応じてあっちこっちの戦場、あっちこっちの軍

    隊に派遣される。

    先月殺害計画を練った人物を今月は警護するということもある

    し、半年前に命懸けで守った橋を、これまた命懸けで破壊しに行

    くこともある。 

     そこにはかつての部下がいるんだぜ?

    俺はオーダーに従って作戦を成功に導く。

    誰の成功だ? 部隊か?本国か? 誰の栄光だ?

    戦友や部下が死ぬのは悲しい。 だが本当は俺の軍隊じゃない。

     誰の悲しみだ?誰の痛手だ?

    ・・・俺はだんだんわからなくなって、自分が薄っぺらの紙切れ

   か何かになってどんどん消えていっちまうように感じた。 体がど

   んどん透き通って、戦場の灰色の影だけになっちまいそうだった。

   今もそうだ。

    頭突きファイトはネットで偶然見つけたんだ。 

   「自殺」で検索したら「自殺行為」のメニューで出てきた。ワハハ

    ハ。


キャノン: 笑えねえよ・・・。


テント: 頭突きファイトは、「自分の強さを証明する」という。

   俺はそれを一番知りたい。自分の存在を証明したい。

   俺はOKだ、消えていかないと証明されたい。武器でなく、痛みの

   返る肉体で闘いたい。鍛え上げた拳足でなく、鍛えられない頭と顔 

   で闘いたい。


チチ: 過去4回出場して、証明出来なかったのかい?


テント: 成功病でな。 完全に勝ち抜かないと勝った気がしないんだ。

     毎回同じ相手に当たった時点で敗退さ。


チチ: ドラァグクイン。


テント: そ。 ビッグバードのお姉さまさ。


キャノン: 女性なのか?!


少年: なんですか、そのビッグなんとかって?


チチ: ドラァグクイン。 通称ビッグバード。

   我らが頭突きファイトの5年連続チャンピオンだよ。

   どこがビッグバードか、女性か?(笑)  見りゃわかるさ。


テント: ありゃ見なきゃわかんねえな。

    ・・おおッ、始まってるじゃねえかフリル戦。

    うおお?? なんじゃありゃ!!


キャノン: フリルがふたり?




リングアナ: 闘技場の円形に沿って牽制し合いながら完全対照に

     ゆっくりと回る二人のファイター。

     縦ロールのツインテールに巨大なリボン、アンティーク風

     ドレスにレースの手袋・・・シルエットは完全に同じ。

     こうして見ていますと私も混乱してまいります。

     ドレスとリボンが白黒がフリル選手、ピンクと白がピンク

     選手です。 

      動いたーっ!!

     両選手同時に飛び出し、円形闘技場中央で火花散るような

     ヘッドバッティング!

     猫のように同時に飛び下がる。



フリル: 痛った~。 避けなさいよバカ!普通に交通事故じゃん!


ピンク: そっちが避ければいいじゃん! ああもうっ、おデコだけ

     じゃなくて歯も痛い!


フリル: あたしなんか耳も痛い!

     くっそ~っ、攻撃でもないのに痛くて損した!


リングアナ: どうやら攻撃ではなかった模様です。

       アップで観るとカラーコンタクトも色違い。

       フリル選手がグリーンでピンク選手がパープル。

    両選手、再びサークルに沿って回りながら、ジグザグに間合いを

    詰めてゆく。


フリル: ちょっと、真似っこしないでよ。


ピンク: してない。


フリル: してんじゃん!バリバリしてんじゃん!


ピンク: そっちが真似てんでしょっ!


フリル: してない。


リングアナ: 組んだ!ワン!ヘッドバ~ット!

    二人同時に掴み合い、真正面から強烈なヘッドバット!

   頭突きファイトではワンカウント、一秒以内のグリップが認められ

   ています。

   両選手しゃがみ込んで痛みに耐えます。どちらが先に立つか?!


ピンク: 立てば?


フリル: そっちこそ。


リングアナ: なんでしょうか? 今、両選手立ちかけてしゃがみ直す

       ような、妙な動きを見せました。

     

フリル: いや~~~っ! もうヤダ、妙って言われた、ミョウッ!


ピンク: 最悪っ!


フリル : だからこっちのセリフだ!


ピンク: いちいちエラソー、てめえ何様だよ!



リングアナ: 両選手、リング中央で罵り合っております。

     これは頭突きファイト史上初の口喧嘩に突入した模様。

     マイク、マイク!

   今まさにクレーンにて、リング中央にマイクが吊り降ろされます。      

   ヘッドバ~ット!真正面!


フリル: 此処は私のリングだ、出て行けーっ!


ピンク: あっ、さっきアタシって言ってたのにワタシだって~っ。

     一貫性なし!


フリル: さっきのは私語、いまは公式だバカヤロウッ!


    (ガッ!)


ピンク: 痛あっ! バカヤロウとはなんだコノヤロウッ!


   (ガッ!)


フリル: ヴゥッ! 

  私はオマエと違う、誰とも違う。

  真似すんな真似すんな真似すんなーーっ!


   (ゴイーーーーーーン!!!)


リングアナ: 決まった~~~ッ。

      フリル選手、膝下からの弾丸頭突き。見事にピンク選手の

      顎を打ち上げました!

      場外まで飛んだピンク選手、起き上がれるか?!

      ワン、ツー、スリー、フォー、ファイブ、シックス、

      セブン、立った!

      ファイティングポーズです!

      ピンク選手、真っ赤な唾を吐き捨てる。


ピンク: 自分のこと特別だと思ってんだろうブス。


フリル: 黙れうざい! 見るだけでうざい!


ピンク: オマエ消えろ。


リングアナ: なんと申しましょうか。女性ならではとも云える、

      何らかのイデオロギー合戦の様相を呈して参りました。

      男の私には怖いものがございます。

  

フリル: その服!流行ってるから着てるだけだろう。

     ひとりのくせに100人みたいな顔してるから判るんだよッ!


    (ガッ!)


ピンク: だからどうした。 流行ってるからいいんだろうがッ!


   (ゴキィッ!) 


ピンク: オマエみてえのが心底イラつくんだよ! 流れに沿えや!

     空気読めや!

     しらけさせんじゃねーよ、公害!


フリル: 公害ってなんだ! どんな害があるのか言ってみろコルァ!


ピンク: ウザッ! ウッズァーッッ!


フリル: 言えねえのかよ。


ピンク: こ・わ~い。 

     みなさ~ん、ブスがこわ~い。


      (ゴガッ!!)


ピンク: いっ・・・てーな、ブス! マイナーブス!


フリル: 私がマイナーならお前らはコピーだ! 

     パチもんの量産品だ!実体のない煙だ!


ピンク: 意味わかんないんですけど~!


     (ゴン!)


リングアナ: 両選手、激痛に耐えかねてリング内を走り回っています。

      翻るパフスカート、翻るロングツインテール。 

      なんだかんだシンクロ率が半端ないです。

      フリル選手ダーッシュ! あ!転んだ!


ピンク: キャハハハハ、だっせー。

     皆さ~ん、笑ってやってくださ~い♪


フリル: ・・・いちいち客を味方につけようとしやがって。

     ホントに笑いたいんなら、てめー一人で笑ったらどうだ。


ピンク: ・・ンだと? 


フリル: ひとりじゃ笑うことも出来ねえのかよ。


ピンク: ・・・あのさあ、 あ・の・さーッ!

    そーゆーとこが嫌われてんだよ。お前、嫌われてんだよ!

    みんなに!

    浮いてんだよ!わかんねーの?! 


フリル: あーあわかんねーなあ! わかってたまるか!

     だって私は、みんなじゃないも~ん。


ピンク: イラつくし!

    沈んでろよゴミが! 死んでろよ! 死ねエ!


リングアナ: フリル選手、額から流血です。

       グリップ!ワン!正面ヘッドバット!

       ピンク選手、後退します。


ピンク: お前友達居ないだろう。


リングアナ: ダブルグリップ!ワン!ダブルヘッドバーット!

      ・・・ダブルダウン。 ワン、ツー、スリー、

      フォー、・・・


少年: フリルーーーーーッ!!!



リングアナ: ・・フリル選手ファイティングポーズ!

      ナイン、テン、ゴング!


    (ゴングの音。 大歓声。)


リングアナ: 勝者、フゥリィール~~~ッ。

      14分4秒、正面ダブルヘッドバットからのKO勝利です。

  額を血に染めたフリル選手、フラフラ揺れながら控室方向へ

  ブイサイン。

  脳震盪ですね~、正面観客席は反対ですよ~。


チチ: ・・・ふぅ。  

   ああびっくりした。 ガスには驚かされるねえ。

   まさか此処から勝敗を決めちまうとはね・・・。


少年: 僕、名前を呼んだだけで・・・。

    第一聞こえた訳ないですよ。


チチ: 聞こえたのさ。 だから勝ったんじゃないか。

   女ってのは男に支えられると百倍の力が出るもんなのさ。


キャノン: へーっ。それってガスはフリルに気があるってこと?


少年: そんなんじゃ無いですよっ。

    ただ、あの時・・・・・

   僕はあのピンクの女の子が凄く憎かったんです。


チチ:

キャノン:  ・・・・・・。


少年: クラスメイトみたいで。


キャノン: くらすめいと・・?


少年: 学校の怪談ですよ。 ひとりのくせに100人の顔をした

    お化けがいるんです。


キャノン: 俺は学校に行ったことがないが、なかなかエキサイティング    

      なところなんだな。


少年: 学校に行ったことがないの?!


キャノン: スーパーマーケットもないぜ。

      ゲームセンターもペットショップも。


チチ: ご覧。テントだよ。

    いつの間にか出て行ったねぇ。


    (ノックの音。)


スタッフ: 失礼しまっす。 キャノン選手、3試合後です。

      介助要りますか?


キャノン: 要らない。


スタッフ: わかりました。 必要になったら声かけてください。


キャノン: ありがと。 

     さて、と。


少年: 立てるの?! え、歩けるの?!


キャノン: 驚きすぎだ。 俺の悪いのは脚じゃない。


少年: ・・・・・・。


チチ: 聴かせておくれよ。 闘う理由ってやつを。


キャノン: え~~~~っ、いいよ。


少年: お願いします。


キャノン: 俺の理由を訊いて、ナンかお前の役にたつのかよ?


チチ: テントの闘う理由を一番熱心に聴いていたのは、キャノン、

    あんただよ。


キャノン: ・・・・・・じゃあ、ガスに条件がある。


少年: なっ、なんですか?


キャノン: 俺に敬語をつかうな。


少年: ・・・・・。


キャノン: 俺とお前は対等なファイターだ。

      へりくだられる理由はねえ。


少年: ・・・・。わかった・・・。わかったよキャノン。



  (キャノン、車椅子に腰掛け、服のジッパーに手をかける。

    一気に引き下ろし前をひらく。)



少年: (衝撃で声が出ない。)


  (肋骨の透ける薄いからだに咲き乱れる内出血の黒痣。

   それ以上に目を疑わせる、無尽に走る縫い目。 

   一本は喉元から下腹部まで一直線。)


チチ: ・・・一体、この、大量の縫い目と黒痣は・・。


キャノン: 痣は第一試合のモンだ。


チチ: ・・・また集中してボディに食らったもんだねぇ。

    この身体でよくもったもんだ。


キャノン: もたないかと思った。 こう、このジッパーがドバァ!と

      ひらいて(笑)。


少年: どうして笑えるのさっ。


キャノン: 泣いてもしょうがねえだろう。

     さっきも言ったとおり、俺の悪いのは脚じゃない。

     ボディの中身、サーキュレーションだ。


少年: サーキュレーション。


キャノン: 人間の身体は、臓器で得た酸素や栄養分を血液に溶け

     込ませて全細胞に届け、不要な老廃物を血液で受け取ってまた

     臓器で分解除去する。

     臓器と血管で出来た、言ってみれば命のサークルだ。

     俺はそれが全部わるい。


少年: 病気なの?


キャノン: 生まれつきの欠陥だ。

    産まれて一時間後が最初の手術だった。それから数え切れない位                      

    手術と処置を重ねて今日まで生き延びてきた。


少年: 治らないの?


キャノン: 病気じゃないからな。

    使えないモンを使える形にする手術、人工物と入れ替える手術、 

    移植手術。 まぁ、手術手術手術だ。


少年: それで学校に行ってなかったんだ・・・。


キャノン: 結構忙しいんだぜ? 手術室とICUと透析室をサークル  

      していたんだ。

     ・・・やがて不具合と対処のいたちごっこに限界がきた・・。


   (外から頭突きファイトの歓声)


キャノン: 最大の原因は俺の成長だそうだ。

     急激にでかくなる容れ物に部品が追い付かなくなったらしい。

     余命とやらは1~2年だとさ。  

     1年と2年じゃ倍違う、その幅ってのは何なんだろうな?

     ともかく俺は退院とやらをし、生まれて初めて病院の外へ

     出た。

     余命を大切に、ってやつだ。


少年: キャノン。


キャノン: 家には病院の個室より広い俺の部屋ってのがあった。

     パソコンやステレオ、天体望遠鏡、大量のゲームソフト、

     餓鬼の好きそうな物で溢れかえっていたさ。

     壁紙なんか青空に雲の柄だぜ?

     ・・・その部屋でおふくろが言ったんだ。

     キャノン、したいことをしようね。

   犬を飼う?世界一周はどうかな。それとも学校へ通ってみようか?

   おふくろは、目に涙をいっぱい溜めて微笑んでいた。

   それを見て俺はぞっとした。  あんなにやすらかなおふくろの

   顔は初めて見たからだ。

   病院でもよくおふくろは涙ぐんでいたさ。ポロポロ泣いていたこと  

   もある。

   でもあんな表情を見せたことは一遍だって無い。

   彼女はいつも張り詰めていて、運命と闘っていた。 

   追い詰められながらもガッツに満ち溢れていた。 

   なのにそのとき、おふくろは既に死者を見る目で俺を見ていた。 

   ひとつも見逃すまいと『生前の息子の面影』を見つめながら、

   悲しく微笑んでやすらかだった。

   手術室へ向かうストレッチャーの横で俺の手を握り締めながら、

   キャノン還ってこい還ってくるんだよと叫んだ、あの頼もしい

   セコンドはどこへ行ってしまったんだ!

   俺はずっと闘ってきた。 死の恐怖と。薬の副作用と。移植の

   反作用と。痛みと苦しみと絶望と!

   余命1~2年だ? 先のことなんか知るか!俺は生きているんだ!

    したいことをしようねだ? させてもらおうじゃねえか。

   俺は頭突きファイトに出て、自分が死人じゃないことを証明する。

     ・・・それが今、俺がここにいる理由だ。


    (ゴングの音)


リングアナ: ギブア~~ップ!

      フラウアン選手ギブアップ! 7分07秒、MCカーン選手

      の勝利です。



チチ: ・・・本来頭突きファイトは、自分の強さを証明する為の一発勝

    負だ。

    トーナメントは満足できない一部の勝者の為のスペシャルステー

    ジさ。

    だから人数が一気に減るし、全ての枠が取っ払われる。 テント

    みたいなゴリラにフリルがあたることだってあるのさ。

     自殺行為と呼ばれる由縁だよ・・。


キャノン: 命のために命を張るのは馬鹿げているか?


チチ: ・・・いいさ。 頭突きファイターはみんな訳ありだよ・・。



少年【独白】  命・・・。

        僕が現実から逃げる為に簡単に手放してしまった

        命・・・。

        逃げる程の現実だったろうか?

        僕はおかあさんにイジメられていることを知られたくな

        かった。

        おかあさんがどんなに悲しんで苦しむだろうと思ったか

        らだ。

        ・・・そんなに弱い人だったろうか・・・?



キャノン: じゃ、行くかな。

      ・・うわっ、なんだ?!


   (豪雨のような大歓声)


チチ: ドラァグクイン・・・!



 

リングアナ: 降~~臨! 闘技場の中央で両手を大きく掲げ、観客に応

      える長身の人影。

      お馴染みの純白のロングブーツとレモンイエローに染めた

      ダチョウの羽根のロングガウン。

      軽量のガウンが大きく翻るさまは往年の子供番組『セサミス

      トリート』のビッグバ―ドそっくりであります!



少年: あれがチャンピオン・・・。


キャノン: でけーっ。



リングアナ: えーっ、皆様! 私の声が聞こえますでしょうか?!

      まさに割れんばかりの大歓声。 これぞメインイベンター。

       チャンピオン!

      ドラァグクイン選手の登場です。



キャノン: 口紅!おえ~っ。男だろ?めっちゃ厚化粧・・・。


チチ: 真っ赤なルージュと付けまつげはビッグバードのトレードマーク

    さ。



リングアナ: 対しますはこれまたメインイベンター!

      無冠の帝王、テント選手~~~ッ!



    (さらに盛り上がる大観衆。 沸き起こるテントコール。)



キャノン: おっさん人気あるなぁ。


チチ: そりゃそうさ。 ビッグバードと当たって生きている唯一のファ

    イターだからね。


キャノン: ・・・決めた、ここで観る! ガス、一緒に応援しようぜ。


チチ: アンタ間に合うのかい?


キャノン: 車椅子でカッ飛ばすからいい!

      ここのがよく見えるんだもん。


チチ: 変なところで年相応だねぇ。



少年【独白】  頭突きファイターは特別に勇敢な人間たちで、僕なんか

      とは人種が違うんだと、どこかで思っていた。

      でもこの時、僕の腕を抱え込んだキャノンから伝わってきた

      のは、確かに恐怖だった。

     彼だって怖いんだ。

     フリルも震えてた。・・・テントだって、どんな顔で出て行っ

     たのか僕は知らない。

     当たり前だ・・・。自殺行為と呼ばれているファイト。殺し合

     い覚悟の闘技場。  怖くない人間なんているはずないよね。

     それでも闘う・・、自分の強さを証明する為に。自分の存在を

     証明する為に。

      ・・・僕は?

     自分を証明するなんて、考えたことも無かったよ。

     否定されたらされっぱなしで・・・僕自身も僕を否定してい

     た。

     キャノン、きみは命のために命を張ると言っていたけれど、僕

     は自分に命があることさえ、解っていなかったのかもしれな

     い。

     僕は、僕の命がかわいそうだ・・・!




リングアナ: 頭突きファイト、GO!



   (ゴングの音。) 



リングアナ: ポキポキと首を左右に振り、かるくジャンピングするドラ

     ァグクイン選手に、首と肩を回しながらのんびりとテント選手

     が近づく。


少年:

キャノン: ・・えっ?!



リングアナ: 一瞬にして立ち位置が入れ替わったー!

       ともに四肢を地に付け、超低構え。 羽根のガウンが闘技

       場を掃いて広がります。



ドラァグクイン: 逢いたかったわァ、タフガイ。

      アンタとやんないとワタシ、お誕生日が越せないのよねぇ。


テント: いくつになったかい? ビッグバード。


ドラァグクイン: レディに歳を訊くもんじゃないわ。

       ワタシ、ケーキにその年ファイトで殺した数だけローソク

       を立てるのよねぇ。

      「さようなら」って言って吹き消すの。

       悲しくってとってもロマンティック。 いつもちょっぴり

       泣いてしまうの。


キャノン: フリルの時よりマイクが増えてるぜ。


少年: チャンピオン待遇ってやつですかね?


キャノン: てめえ、敬語!


少年: チチさんに言ったんだよっ。


キャノン: チチだって対等なファイターだ!


少年: 彼女は年上だし女性だろっ。


チチ: あたしゃ年上でも女性でもないよ。


少年:

キャノン: えええーーーーっ!!!


チチ: 嘘だよ。


キャノン: ~~~~っ、ババァ、俺は心臓がわるいんだぞ・・・。


少年: キャノン大丈夫?!



リングアナ: ドラァグクイン選手弾丸ダッシュ! テント選手捌き・・

      ましたね、

      何でしょう今の音は?

 スローVTR出ます。大スクリーン映像をご覧ください。

 砂煙だけ残して瞬間移動したかのスピードで突進してきたドラァグクイ

 ン選手の側頭に掌を当てて体を回転させて頭突きを捌いたテント選手。

 ほぼ同時にドラァグクイン選手も体を反転。 リング上に三つの砂煙!



キャノン: 速ぇえ。ホントに人間か?


少年: 手を使っていいんですか?


チチ: 攻撃以外ならセーフだよ。 だがビッグバード以外にあれだけ強

    く当てたら、攻撃とみなされてアウトだね。



リングアナ: 今回もこの対戦カードは実況が追いつきません。 以後、

      ドラァグクイン選手をチャンピオンと短縮して呼ばせて頂き

      ます。 闘技場中央!

     出ました、千手観音~~っ!!

     超高速で展開されるグリップの奪い合い。捌き合い! 

     この対戦カードのみで目撃することのできる、名物中のど名物

     でありますっ。 

     まさに芸術、ハイレベルの証!  タタタタタ・・という、こ

     のリズミカルな音、そして残像で幾本にも見える腕!  これ

     ほど美しいグリップの捌き合いがあっていいのか?

     いいんです!

     これはわたくし達観客を頭突きファイトの極楽にいざなう観音

     様なのですぅ!

     皆様合掌~~っ。



少年: 凄い・・・。いつまで続くんだろう?


チチ: このカードでグリップは勝敗を決するからねぇ。

    あの二人にとって一秒がどれだけ長いか・・わかるだろう?



リングアナ: ほどけた! っとテント選手突進!激突!

   チャンピオン場外へ! 砂煙でよく見えません。

   大スクリーン。砂煙が収まってゆくなかで顔前に上げた両腕をゆっ

   くりと降ろすチャンピオンのアップ! 


  (沸き返る大観声)


リングアナ: ・・・御覧頂けましたか?! ガードです!

     頭突きファイトグランプリ登場以来初めて!遂に!チャンピオ

     ンがガードを見せました。 

     チャンピオン顔つきが変わっています。完全に男の顔!。意外

     とイケメン、失礼、相変わらずお美しい!



チチ: よく腕が折れないもんだ。


キャノン: 当たると同時に後ろに跳んだんだ。 俺の第一試合あればっ

      か。


少年: そうだったんだ。


キャノン: 飛ばされては起き上がるの繰り返し。 カッコワリー。


少年: でも勝ったんじゃないか。


キャノン: 執念、執念。 体重が少ないから通用したんだ。

     ナインカウント迄ひっくり返って休むようにしてたしな。


チチ: アンタらしいねえ。 



ドラァグクイン: ギブアップ逃げは許さないわよ。 タフガイ、ローソ

         クにしてあげるわ。


テント: どっちも避けたいが・・・どうかなァ?!


リングアナ: テント選手ダッシュ!チャンピオンハイジャ~ンプ!



チチ: 捕れる!着地の瞬間!



リングアナ: けっ、蹴った~っ!  チャンピオン、テント選手の頭部

      を蹴って回転、テント選手の背後へ! テント選手背面ヘッ

      ドバット!チャンピオンスライド! 肩口ギリギリ。


ドラァグクイン: おっかな~い。


リングアナ: チャンピオン、背中越しにテント選手の頬にキッス。 赤

      いルージュがべったり。

      両者回転、体を入れ替えます! テント選手の手にチャンピ

      オンのガウン。



少年;

キャノン; おっかな~い。



リングアナ: テント選手、ガウンをチャンピオンに放る。

      千手観音~~~!

      ガウンを挟んでのグリップの取り合い。 イエローのガウン

      が後光のようです!

      皆様合掌~~っ。



少年【独白】  ・・ガウンが落ちない。空中でバラバラになる。・・バラバラに・・・



   (キャノン、いきなり少年の背中をドツく。)


少年: 痛ァ!・・ななな、何?


キャノン: 震えが止まったかよ。


少年: !・・。うん。・・・サンキュ。


キャノン: おう。



リングアナ: チャンピオングリップ!ヘッドバーット!

      テント選手後退、チャンピオン追撃! テント選手転げて逃

      げます。

      下からキ~~ック! 

      チャンピオン飛び退きました。 ・・・テント選手相当追い

      詰められましたねえ。 チャンピオンが避けなければ反則負

      けの危機でした。

       スローVTR出ます。

      正面ヘッドバット、1,2,3発目でテント選手が振り払っ

      ています。



少年: あんなにまともに受けなくても。


チチ: 頭の一番硬いところで受けているのさ。

    額の上が最も硬い。 首へのダメージも少ないよ。


キャノン: 下手に外すと脳が揺れてKOを食らう。

      正面から受けるのが一番安全だ。


チチ: まぁ、人生と同じだね。


キャノン: ババァが偉そうに。


チチ: 女にババァって言うと早死にするよ。


キャノン: !!!っ

     このアマ、言っていい事と悪いことがあるだろう!


チチ: ホホホ、興奮すると心臓に悪くてよ。


キャノン: ~~~ッ!!!


少年: やめてくださいチチさん!  ほら、キャノンも落ち着いて!



リングアナ: テント選手大流血!

      目に流れ込む血液を汗のように拭います。 赤鬼の形相っ。



キャノン: 折角のキスマークが消えちまったな。


チチ: あんたもそう思うかい。 あの男に足りないのは色気だよねぇ。


少年【独白】 もう仲良くしてる・・・。



リングアナ: テント選手ダーッシュ! え?後ろ廻し蹴り、っと、これ

      がフェイント! グリップ!ヘッドバーット!

      チャンピオンの顔面を捕えました。



少年: うわぁ・・・。



リングアナ: チャンピオン顔面が破壊! 

      完全に鼻が陥没しています! 折れた歯を吐き捨てました。

      レフェリー拾って差し上げて~っ。 高速回転で間合いへ!

      耳後ろ死角へのグリップ!

      テント選手スウェーでかわします。そのボディへ弾丸ヘッド

      バーット!

      テント選手捌ききれず肩で受けました。グリップもフェイン

      トだったかっ。   脱臼か骨折か、テント選手左腕がブラ

      ンブラン。

      ダブルグリップーッ!

      がっつり頭髪を掴み合い! 側頭頭突き、連打、連打!

      一瞬のグリップの連続と頭突きの連続! 両選手の上半身が

      かげろうのようにぶれて見えます。

      飛び散る血!汗!歯!



チチ: キャノン大丈夫かい?


キャノン: ・・・ああ。



リングアナ: ・・ダブルダウン!

    ワン、ツー、スリー、フォー、ファイブ、シックス、チャンピオ

    ン立ちましたッ、ファイティングポーズ!

    テント選手立ちかけ・・ああ駄目です。 ナイン、テン!


   (ゴングの音。怒涛の大歓声)


リングアナ: 勝者、ドラァァァグクイ~~ンッ!

      19分ジャスト! 側頭部への連続杭打ちヘッドバットから

      のKO勝利です!



チチ:

少年:

キャノン: (拍手)


チチ: ふう。

    試合前だってのに何だか疲れちまったよ。

    やはりビッグバードの壁は厚いねえ。  



リングアナ: テント選手起き上がっています。

     顔をタオルで押さえたドラァグクイン選手が、ひざまずいて何

     か話しかけています。

     マイク拾いきれませんね、なんと言っているのでしょうか?



キャノン: どうせロクでもない気持ち悪いことだろ。


チチ: 身もフタも無いガキだよ・・・。


キャノン: 俺もう行くわ。 ガス、ドア開けてくれ。


少年: あ、うん。 

    ・・・・・キャノン。


キャノン: あ?


少年: ・・・・・・。


キャノン:  ・・・・・

     俺さ、頭突きファイトに出て良かった。

     病院の外に友達が出来たしさ。


少年: ・・・・。


キャノン: カッコイイいい女としゃべれたしさ。


チチ:(のけぞる。)


キャノン: じゃあなッ!


  (車椅子を急発進させてキャノン出て行く。)


チチ: ・・・やられたッ!  ありゃあ天性のタラシだよ。

    まったく、テントの奴に爪の垢のひとつも・・・どうしたいガ

    ス?

    アンタ・・!!泣いてんのかい?!


少年: (ポトポト涙を落としている。)


チチ: 弱ったね、あたししか居ないじゃないか・・・。

    あ~よしよし。 大丈夫だって、ね?  あの子は死んだりしな

    いよ。

    憎まれっ子世にはばかるっていうか、殺しても死なないっていう

    か・・とにかく!心配いらないって! ね?


少年【独白】 チチさんが見当違いな感じで慰めてくれていた。

     僕は嬉しかったんだ。 キャノン、君に友達だと言ってもらえ

     て。

     君の強さに圧倒されてた。怖気なさが眩しかった。

      ・・ねぇキャノン。 僕は、もうひとりじゃないって感じる

     よ。

     身体の中に光が入ったみたいだ。 そこから君の声が聴こえる

     みたいだ。

     ・・・たたかえ・・・・。

     強くなりたい。強くなる、君のように。



少年: チチさん。


チチ: なんだい。


少年: チチさんは何で闘うんですか?


チチ: ・・・。  

    とりあえず涙を拭きな。鼻をかみな。水でも飲みな。


   (少年、涙を拭いて鼻をかんで水を飲む。)


チチ: あたしは人を探しているのさ。


少年: ・・・。


チチ: あんたいくつだい?


少年: ・・15です。


チチ: ・・・あたしは12の時に子どもを産んだ。


少年: ―――。


チチ: 子どもの父親のこととかは勘弁しとくれ。 今となっちゃあ関係

    ない。


少年: はい。


チチ: あたしも幼かったから、自分が妊娠していることが分らなくて

    ね。

   腹が出てきてから使用人が気付いて両親に報告したんだよ。

   あたしゃこう見えて結構名の通った家のお嬢でね。 

   家はなによりも体面を重んじる。

   娘よりもね。

   産むしかないとこ迄胎の子が育っていたから産ましちゃもらえた

   が、出産の全身麻酔から醒めたときにゃ、子どもは里子に出されて

   跡形もなかった。

   探したさ、それこそ必死にね。あたしの子どもだからねぇ。

   探して探して探し続けて、やっとのことで4年前、ひとつの情報を

   掴んだんだ。


   (外から頭突きファイトの歓声)


チチ: 子どもは男の子で、偽名を使って頭突きファイトに出ている。

 

   (外から頭突きファイトの歓声)


少年: 頭突きファイトに・・・。


チチ: ショックだったよ。 頭突きファイトは世間じゃ自殺行為だの殺

    人ショーだの言われてるからね。

    外国の子どものいない富豪に里子に出したとだけ聞かされてい

    て、どうか幸せに生きていて欲しいと祈っていたが・・・そう幸

    せでもなかったようだねえ。


少年: ・・・・。


チチ: あたしはすぐに頭突きファイトにエントリーした。

    大会出場までは、そりゃあ忙しかったよ。 離婚して会社を人に

    譲って勘当されてその合間に体を鍛えて。  

    是が非でもトーナメントまで残りたかったからね。


少年: 解りません。

   お子さんが頭突きファイトに出ているからといって、なぜチチさん

   がそうまでして出場しなければならないのか。


チチ: 解らない、か。

   そうだよねぇ、元夫にも言われたさ、「理解できない」ってね。

   ボンボンの割にゃいい男だったのに、結局傷つけちまった。

   あたしは子どもの顔も声も知らない。子どもに触れた事も無い。一

   遍だってね。

   本当に産みっぱなしなんだよ。

  そんなあたしがさ、あれから25年も過ぎて、頭突きファイトに出場

  している青年に何があげられるって言うんだい?

   あたしゃ決めたんだ。 

  息子の立つこの頭突きコロシアムの円形闘技場にあたしも立つ。 

  そこから見える景色をあたしも見る。 息子が命をさらすなら、あた

  しもさらす。

  ・・・トーナメントまで残れれば男女枠が無くなる。もしかしたら闘

  技場で息子に逢えるかもしれない。

   頭突きファイトではワンカウント、一秒以内のグリップが認められ

  ている。

  一秒だけ、抱きしめてあげられるかもしれないじゃないか。

  ・・・まともじゃないかね・・。

  でもどんなに小さな可能性でも、ゼロじゃない。 そうだろう?


少年: ・・・顔もわからないのに、ですか。


チチ: 会えばわかるって信じちゃいるが、どうだろうね?

    わからなくても抱きしめるさ。


少年: 命懸けですよ。


チチ: そうだね。


少年: ・・・母親って、

   母親って、みんなそうなんでしょうか?

   子どもが苦しんでいたら、そこへ行こうとするものなんでしょう

   か?


チチ: 本音は苦しみを除いてやりたいとこだが、そうもいかない。 

   苦しみだって、子どもの人生だからね。

   ただ、せめて共有したいのさ。 

   親なんてのは、みんなそうなんじゃないのかい?

   あたしみたいのが親を語るのもおこがましいがね。


少年: チチさんは、立派に親です。


チチ: あれま。いくらなんでも立派は言い過ぎだ。

    ・・でも嬉しいよ。ありがとうよ。



少年【独白】 おかあさん! 僕は間違えた。間違えてた!

       苦しむことだって、あなたの権利だったんだ・・・!



スタッフ: 失礼しまっす。 ああ、やっぱ居らした。

     次の試合、選手一名が急な欠場になりまして。


チチ:(十字を切る。)


スタッフ: 男性の選手、すみませんが直ぐ出られますか?


少年: ・・・はい。


スタッフ: すいません、助かります!

     重ねてすいませんが、名簿に記載漏れがあったらしくて。

     お名前頂けますか?


少年: ユウイチローです。


チチ: ・・・・。


スタッフ: ユウイチロー選手、ですね。

     直ぐに対戦カードを差し替えますので、ファイティングゲート

     迄お急ぎ下さい。


   (スタッフ出て行く。)


ユウイチロー: すいません、僕も訳ありなんです・・。


チチ: ・・・そんな気がしていたさ。


ユウイチロー: チチさん、あなたと話せて良かったです。

       上手く言えないけれど、感謝してます。

        ・・・行きます。


チチ: ・・・あぁそうだ。アンタの対戦相手、キャノンかも知れない

    よ。


ユウイチロー: エッ!


チチ:(ニヤニヤ笑いながら)

    だったらどうするよ?


ユウイチロー: ・・・・・全力で闘います。  

       友達をがっかりさせられませんから。


チチ: それでこそ男の子だ。

    行っといでユウイチロー。 アンタのメインイベントだよ!


ユウイチロー: ハイッ!!



   (ガラスの割れる大音響)





    Scene 7   [校門前]


(学生服姿のユウイチロー。 頭にハチマキのように包帯を巻いている。)



ユウイチロー: 結局、僕の塩素ガス自殺は失敗に終わった。

    気が付いた時は病院のベッドの上で、室内に医者とおかあんと

    警官二人がいて、なんだか大ごとな感じだった。

    身体中の痣や傷を見た医者が警察に通報してしまっていて、ただ 

    の喧嘩だと説明してもなかなか信じなくて苦労したよ。 

    いじめによる自殺未遂だろうと大正解で攻めてくる警官は手強か

    ったけれど、僕はもういじめられるつもりも自殺するつもりも無

    かったから、塩素ガス自殺もイタズラで突っぱね通したんだ。

    結果親子でこっぴどく絞られて、家に帰ってからもおかあさんに

    絞られ直した。

    そんなことより、僕がどうして死ななかったのか聞いてくれよ。

     僕はガスを吸ってバタっと倒れて、しっかり目張りしたお風呂

    場のガラスドアを頭で突き破ったんだ。

    頭でさ!

    正確に額の上、頭の一番硬いところさ。

    その証拠に今、僕の額の上には真一文字に縫い目があるんだ。

    おかあさんは跡が残るんじゃないかと気にしていたけれど、僕は

    一生残ればいいと思ってる。 ・・・大切な友達を忘れないため

    に。

    あの場所や時間は何だったのか。在ったのか無かったのか。 

    そんなことは、僕はもうどうだっていい。

     僕は、御意見無用、情け無用の頭突きファイターだ。キャノン

    の友達だ。

    闘うよ、震えても、怖じけても。 

    自分の強さを証明する為に!

     ここからが僕のメインイベントだ・・・!



声(リングアナ):  頭突きファイト、GO!



   (主題歌「頭突きファイト」)

                           




END

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頭突きファイター 御法川マドンナ @madonna

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