無音の問いかけ

「ん?どうした?」

肩を優しくさすってくれる細くて柔らかい手。

しゃがみこみ視線が直接顔に当たる気配を感じる。

全く嫌な感じがしない。

その途端、声のない涙が溢れた。

「何かあったのかな?ちょっと待てる?すぐ来るね」

肩を2回叩くのを合図に部屋を出ていった。

その優しさとは裏腹に、扉の固くて重い金属音が、心臓をビクつかせる。


「ん?どうした?」

(くるしいです…死にたいなんて思ってもないのに、勝手に息が止まっちゃうような…苦しい!)


私の声は、心の中で叫んでるのに、聞こえるのは持ち込んだ小さな時計が時計を刻むだけの、無音の空気が流れる空間だけ。


コンコンッ

「失礼しまぁす。神尾さん、タカハシです」

さっきとは違う、太くて柔らかな声が高い位置から聞こえたと思うと、すぐに体の近くの空気がフワッと優しくなった。

「我慢してたんだね」

(ごめんなさい!ごめんなさい!)

「しんどいね…。これしか出来ないけど、少し落ち着く薬飲もうか。持ってくるね」

涙がここまで出るのかと思うくらい、ここまで体に力が入るのかと感じるくらい、自分ではどうにも出来なかった。


顔を見て話すのが苦手な私には、マスクは鬱陶しくもあり、この時程マスクを外したいと思ったことは無い。

声にならずとも口は動いていたから。

このご時世、病院には体温を測る機械は当たり前に置かれ、入院する際には、感染症にかかってないか検査もする。

入院したばかりで、ある意味隔離処置中だった。

心の声を聞く為に、必要な表情の半分が見えなくなって、どれぐらいの年月が経ったのだろう…。


コンコンッ

「神尾さんっ、水も持ってきたからまずは飲もうか」

首を縦に振り、うっすら目を開け手を出し、少しだけ口を出すと薬を飲み込んだ。

湿って霞んだ視界のすぐ横に、同じ高さの目線にしゃがんでいる看護師さんが見えた。

薬を出してくれた手は大きく、あたたかい。


「しんどいね。頑張って我慢したんだね。少し横になってみて?」

(はい。ごめんなさい…)

首をまた縦に振り、力でガチガチになっていた体の痺れの勢いを殺しながら、ベットに横になった。

「また様子見に来ていい?プレッシャーになる?」

コクッ

「じゃあ数時間後は?」

今度は首を横に振る。

「じゃあ…来ないっ。安心してまずは休んでね。」

冷たい扉の優しくしまる不思議な感覚を感じながら、自分の不甲斐なさにまた泣きながら、心から来てよかったと思った。


(本当にありがとうございます…ありがとうございます…)



もし声を出して聞けたなら、私は一つだけ聞きたい事がある。

でも、今は考えるのはやめよう。


そしていつの間にか夢の中に落ちていた。



テレビも娯楽も自由も無い世界で

最初に来てくれた看護師さんやタカハシさん、知らない沢山のここにいる人達と、ただただ静かに笑っていた。

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