浮霧

私の正面、崖の方向に木々が茂っている

車のライトが照らす先から上に目線を暗闇に向けると

そこに白い煙が浮いている

木々の上の方だ


はじめは誰かの煙草の煙が漂っているのだろうと気にしなかったが、それから目を逸らして周囲をある程度見てから視線を戻すと”それ”はまだそこにあった


煙という表現が正しいかわからないが、例えるならば電気の灯りをしばらく見たり、眩しい灯りを見たりすると、しばらく残像が残ることがあると思う

瞬きをしても付いてくるあれだ


漆黒の山中に車のライトが照らしている

私はきっとライトが目に入ったことによる残像だと思い

”そこ”から目線を周囲に動かしながら瞬きを繰り返したが”それ”は付いてこなかった

光の残像ならどこに目線を向けようと瞬きするたびに現れるはずだが、


”それ”は違った


・・ずっとそこにゆらゆら浮いているのだ・・


初めて見る”もの”だ


私からの距離はどれくらいだろうか、それほど離れていない

そもそもこの広場がそれほど広くないのだ

暗さと何とも言えぬ違和感が私の神経を意味もなく研ぎ澄ませる


私は凝視した


正面の木々の上に浮かぶその白い煙を見続けた


確かにあるのだ


ずっとそこにあるのだ


周りには皆がいる

皆普通に会話したり笑ったりしている

車のエンジンもかかっている

ライトも付いている

隣には先輩もいる

ここには9人の男がいる


そして今、

”それ”はまるで皆を上から見下ろすように暗い木々の上の方、

その前に、浮いているのだ


楕円のような白い煙

縦に長いような白い煙


・・私は目を逸らさず見続けた・・


縦に伸びていく・・・白い煙

上と下が”にゅう”と伸びていく


・・えっ・・


白い煙が・・・・


私はまだ見続けている


白い煙はその輪郭のをなぞるように形を変えていく

それは一瞬だった




少し下にうなだれるような頭

垂れ下がる長い髪

力なくだらりとした両腕

かすかに帯が見える

着物だ

帯から下がない

袈裟懸けのように上半身だけが




私は思わず耐え切れず目を逸らした

視界の隅にかろうじて入るように再びそこにゆっくりと目を向ける・・


顔があった


もう無理だ

私が隣にいる先輩に話そうと顔を向けたとき、


先輩は、今まさに私が見ていたところに目線を送っていた


同じものを先輩も見ているのだ・・


「先輩・・あれは・・」

「いうな」

「・・ですよね?」


「ここで絶対みんなに言ってはダメだ。山を下りよう。もう十分だろう」


先輩と忙しくそんなやり取りをした後、私は皆にそろそろ帰ろうと持ち掛けた

結局何も無かったな、などとつまらなそうにしている者もいたが、気にしている場合ではなかった


あの浮いている女が視界にちらちら入ってくるのだ


視界の隅でもわかる


鮮やかな朱色の着物


元から赤いのか、それとも・・・


長い髪ははっきり黒く


顔は真白で黒点のように目鼻がある


ただの白い煙だったそれは、


今や鮮やかな色彩を木々の上の方から放っている


そしてひとつ大きく変わったのは・・・


下に垂れ下がっていた両腕が前に伸びていたこと・・



皆それぞれ再び車に乗り込んでいく・・・

その時だった

一人が暗い道路を指さして叫んだ


「なんだあれ!!!」
















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