第2話

「僕は君を知らない――――」


思わず出てしまった言葉に僕は急いで口を閉じるが、時は既に遅い。

放たれた言葉に彼女は表情を崩し大粒の涙を流す。


「そんな、ひどいよ。そうちゃん……忘れちゃったの?」


「えっと、忘れるもなにも僕は――――」


君をしらない。と言いかけて今度こそ口を閉じた。


「申し訳ないけど人違いじゃないかな? 僕は確かに秋山 颯汰だけど、秋山 颯汰なんて名前の人はどこにでもいるよ。それに僕が君の探している秋山 颯汰だという証拠はあるの?」


「そこまで言われると自信はない。でも、昔と雰囲気とかが変わっていないから……。だから確かめさせて欲しいの。もしも人間違いだったら何でもする! だからお願い!」


「そんな、別に人間違いだったら別にそれでいいいよ。それより、何を確かめるっていうんだ?」


僕がそう言うと彼女はゆっくりと僕の頭部を指さした。


「頭……後ろ向いて頭を見させて。私の知っているそうちゃんならそこに傷跡が残っているはずだもん」


僕は、わかったと一言添えて彼女に背中を向ける。

じゃあ、失礼するねと彼女も僕の頭部に手を伸ばし髪を掻き分けるが、一瞬にして手が止まった。


「あった……」


「あったって、君の言う傷跡が?」


「うん……全く……変わってないよ。やっぱり、そうちゃんだよ」


僕はその時、驚きよりも恐怖の念が遥かに強かった。

当然だろう。面識のない人に突然まるで昔会ったことがあるように言われるだけでなく、自分でも知らなかった傷跡を指摘された。これ以上ない理由だろう。


「ごめん、証拠はあるのかとか自分で言っておきながらその先を何も考えてなかったよ。でも、本当に僕は君のことを知らないんだ! 覚えているとかそういうのではなくて本当に知らない」


彼女はあからさまに不服そうな表情でため息をつくと背負っていたリュックの中から紙を取り出し何かメモを残すと雑に切り離すと、ほらと言いながら僕にそのメモを渡した。


「私の電話番号だから思い出したら連絡して。忘れないで登録しておいてね」


と言うと彼女はさっきまでとは一変し、軽い笑みを浮かべて後ろに手を組んで前かがみになりながら僕の顔を覗き込んだ。


「今日は色々とありがとうね。それとそうちゃんは忘れちゃったみたいだけど、久しぶりに……12年振りに会えて嬉しかった。また会いたいから絶対に連絡してよね。じゃあ、またね!」


一方的に話を進めると彼女は手を振りながらキャンパスの出口の方へと歩いて行った。

僕の心の中にはまだ恐怖は残りつつも彼女が先程放った言葉が頭の中で混乱していた。


「12年前……小学1年生だよな……」


当然僕も小学校には通っていた。6年生には修学旅行に京都へ行き、5年生には職場見学、4年生や3年生の時は正直何をしていたかなんて覚えていなくて、2年生の時はドキドキしながら初めての教室に入り、小学校に入ってからの新しい友達がいっぱいできたり――――


「……小1の頃の記憶なんて無いな」


そう思うと彼女の言っていた事もあながち間違いじゃないのかもしれない。

記憶の残っている彼女と記憶の残っていない僕。

どっちが正しいかなんてわざわざ聞かなくても分かる。

彼女の涙を思い出し、再び罪悪感に浸っていると自分に腹が立ち両手に力が入ると同時に右手に握られたメモを握り潰してしまっていた。


「あ、しまった……」


僕は丁寧にメモを開けるとそこには彼女の言った通り11ケタの電話が丁寧にハイフンまでつけて書かれていた。


「登録しておけって言ってたよな」


ズボンのポケットに入れていたスマホを取り出し、画面を見ると太一と舞彩からの電話とLINEが10件以上通知されていた。


「完全に忘れてた……」


メモを丁寧に畳み、ポケットに入れるとすぐに太一に電話をかけ直した。

その後大学の校門の前で不機嫌なオーラをガンガンに漂わせ仁王立ちしている舞彩とそれを宥めるのに必死な太一に何度も深く謝罪をし、ファミレスでドリンクバーと昼食を奢ることでこの件は一旦片付いたが、僕の中の彼女へのモヤモヤとした気持ちは晴れることなく、ただただ情けなくも自分の身に起きたことを親友と幼なじみに伝えることしかできなかった。

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