第3話

* * *


「で、結局私達への連絡すら忘れてその子とイチャイチャしてたんだね」


そして今に至り、僕達は大学から徒歩10分くらいのファミレスで昼食をとりながら遅れた理由として彼女との話を2人に話した。

僕の身に起きたことを彼女と昔面識があったことを除いて。

これを除いたのは単に負い目を感じたからだ。覚えていなかったとはいえ、彼女に放った言葉や女子を泣かせてしまったなどの罪悪感は後になってより深いものになっていた。

話終えると舞彩は頬杖をつき、空になったコップにさされたストローで氷を回しながらあからさまに嫌味を含んだ言葉を投げかけた。


「別にイチャイチャなんてしてないよ」


「じゃあ、なんで遅れたの? 颯汰の話はなんとなく分かったけど、それから何をしてたの? それを今私はまだ聞いてないんだけど?」


眉間にシワを寄せ鋭く尖らせた舞彩の視線に僕の心臓の鼓動が一気に早くなった。

それは彼女に惹かれているとかそういうのではなく、自分の詰めの甘さに今更後悔したものだ。

急いで次の言葉を捜すが、唇が震えて出てこない。

そこにフォローを出すように太一が口を開ける。


「まぁ、舞彩の言うことも分かるけど、颯汰のことだから単純にそのままキャンパスの自由見学でもしてたんじゃないのか?」


状況が状況なので苦笑いしながらも太一は僕に同意を求める視線を送る。

僕は何度も頷く。


「本当に? じゃあ最初からそう言ってよね」


舞彩はやれやれといった表情で溶けた氷をストローを咥えて吸い上げる。

僕は苦笑いしかできなかった。同時に居心地が悪くなり、ドリンクバー行ってくると言葉を残すとそそくさと席から立った。


* * *


店から出ると入店時の青く染まっていた空から一変し、朱色に染まった空が広がっていた。


「じゃあ、俺はこっちの道だから。今日はありがとうな、また休み明けでも」


「うん、じゃあね」


「勉強ちゃんとしろよー」


お前もな、と言葉を残して太一は自転車に跨って走り去っていった。

僕と舞彩は太一が去った後、舞彩の行こうかの一言が最後でしばらく沈黙の時間が続いた。

さっきのこともあり、正直気まずかった。なんせ僕は未だに彼女、冬野 美海との間に起こったことを未だに赤裸々には告白していない。そしてそれをこれからも告白する気はなかった。

それは単に意地の問題というよりは、さっきはああいう風に言ったものの、やっぱり彼女に対する罪悪感と僕の彼女への関心がリンクせず、内心戸惑っている自分がいたからだ。

我ながらすごくめんどくさい。

そんなことを思っている時、舞彩は長々と続いた沈黙を破った。


「あのさ、やっぱり颯汰はまだ隠していることあるよね?」


「……」


必死に次の否定の言葉を探したけど、今度こそ言葉は出なかった。


「そう、やっぱりそうだったんだね」


「……なんで分かったの?」


「太一と合流する前にね、見ちゃったんだ。颯汰と女の子が一緒にベンチに座ってたのを」


「そっか……」


「私、怒ってるの分かるよね?」


「悪かったと思ってる。でも、僕もまだ気持ちの整理が追いついていなくて、つい……」


「何があったのかはまた聞くけど、それよりあの子ってもしかして冬野 美海?」


僕は目を大きく見開き舞彩の両肩に手を置いた。

後々考えると我ながらヤバいとさえ思う。だけど、今はそんなことより彼女を、冬野 美海を知っている人物がこんなに身近にいることに動揺を隠しきれなかった。


「あいつを知ってるのか!?」


「やっぱりそうだったんだね……」


消えゆくような声で呟き、俯きながら胸に置いた手は微かに震えていた。

こんなに弱々しい舞彩を僕は初めて見た。


「どうしたんだ?」


「お願いがあるの」


舞彩は僕の手を強く握り自分の胸まで持っていく。

握られた手はとても冷たかったが、舞彩の女性としての身体の柔らかさや暖かさが衣服を通してでも感じられ、僕は動揺して変な声をつい漏らす。

が、舞彩はそんなことも気にせず続ける。


「お願いだから……冬野 美海ともう関わらないで!」


目には涙の膜が張られていて段々と強くなっていく力で本気なのだと察した。

でも、何故こうまでして彼女から避けようとするのか。気になってしまった。


「それはどうして?」


「それは……とにかく。お願いだから……やめ……て……欲しいの」


嗚咽を漏らしながら舞彩の身体は徐々に崩れていった。

わけが分からないままにも時間は過ぎてゆく。僕の傍らで声を殺しながら静かに涙を流す舞彩に僕はなんて言ってあげれば良かったのだろう。

舞彩はその後すぐに泣き止むと鼻をすすりながら赤く腫れた目をこすった。


「ごめん、格好悪い所見せちゃった。今日のところは忘れて。でも、また話は聞くからね」


そう言い残して舞彩は走り去っていった。

僕は依然として立ち尽くしていた。彼女の謎が解けることはなく、逆に謎と不安が募るだけだった。







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