2章 夢睡ノ舞

氷柱ノ刀

一郎丸「お前に、頼み事がある」


 氷柱が使う刀を買いに、黄泉の桜の霧隠れ町へ来た一郎丸と氷柱。その道すがらに、一郎丸は言った。

 氷柱は戸惑う。なぜなら、


氷柱「伊儀橋さん、私、昨日入隊したばっかりの隊士です。こんなに私を信用していいんですか?」


昨日、この時代にタイムスリップして来たため、影狼組での生活も浅く、氷柱への信頼も浅いはずだ。なのになぜ、こんなにも氷柱の信用しているのか。


一郎丸「信用しちゃいけねえって理由、あんのか」

氷柱「ないですけど…」

一郎丸「俺は自分で言うのもなんだが、人の本質を見抜くことができる。術を使ってもいるが、これが俺の特技ってやつなんだろう」


 2人は歩いていた。行先は刀屋。


一郎丸「お前は信頼できる奴だって、会った時からわかってた。仲間を捨てるような奴じゃねえ、裏切るような奴じゃねえ。心が綺麗な奴だってな」


 氷柱の心は嬉しいと騒ぎ立てていた。


氷柱「ありがとうございます」

一郎丸「頼み事はな…」


 一郎丸はキリッと顔が仕事の顔に戻ると、


一郎丸「潜入捜査をお願いしたい」


頼み事の大まかな内容を言った。


一郎丸「百華絢爛という、迷界が存在する」

氷柱「百華絢爛、ですか」

一郎丸「知ってるのか」

氷柱「名だけは聞いたことがあります」

一郎丸「そうか。その迷界は、九尾弧が作った迷界であり、今も尚、九尾弧が守っている」


 九尾弧(きゅうびこ)――9つの尾を持ち、何千年と生きている妖狐だ。


一郎丸「だが、そこは修羅場と言っても過言ではない」


 修羅場、ね。氷柱は動揺せず聞いていた。


一郎丸「表向きは色街だ」


 色街とは、女が芸を売ってお金を稼ぐところだ。


一郎丸「だが、九尾弧は色街に来た人間共、妖怪、幽霊を食っていると噂があってな。実際、潜入してくれてる男がそう言っていた。名は七扇千景」


 七扇って鬼族四神家の1つあの七扇?


一郎丸「そうだな」


 氷柱の心を読み取った一郎丸は言った。


氷柱「その千景っていう鬼が潜入しているなら、どうして私を…?」

一郎丸「あいつは男だ。男は客、女が芸。つまり、男は表向きの『色街』としか見れねえ。だが女は色街以外の中を探ることができるだろ?」

氷柱「そうですけど…」

一郎丸「和香でもできるって言いたいんだろ?」


 はい、と氷柱。


一郎丸「和香…あいつァ、こういうやつに向いてねえんだよなァ。恥ずかしがり屋で、屋敷に呼ばれても固まって何にもできねえ。噂によると、邪魔な者は容赦なく食らうって話だから、和香は一発で死ぬよ。戦えねえしな」

氷柱「そうなんですね…」

一郎丸「だから、お前の命の保証もねえ。やるか?」

氷柱「…私がやらなければ、他に誰がやるんです?」


 氷柱は一郎丸の目を真っ直ぐ見る。


一郎丸「そうだなァ。新助にでもやらせるか?」

氷柱「はははっ」


 氷柱は笑った。一郎丸も口元が緩んでいた。


氷柱「やります。私にやらせてください」


 一郎丸はうん、と力強く頷く。


一郎丸「1週間後、百華絢爛にて潜入捜査に任命する」

氷柱「はい」


 正式に潜入捜査が決まった。一郎丸は清々しい気持ちを胸に宿しながら、目と鼻の先にある刀屋に目を向けた。

 氷柱は一郎丸の視線から、あそこが刀屋なんだなと思う。氷柱はどんな刀があるか楽しみな気持ちと、きちんと潜入捜査の役を演じきれるかな、と心配の気持ちでいた。



健斗「これが槍…って戦闘の時に使う槍で稽古をするのか!」


 健斗は驚きの声を漏らす。


威吹鬼「怖気付いたか?」


 ニヤニヤと笑いながら健斗を見る威吹鬼。その手には健斗と同じ薙刀(なぎなた)が握られている。その薙刀は穂(刀で言う刃の部分)の長さ1尺4寸(約42.4cm)、柄(刀で言う握る部分)の長さ6尺(約180cm)のものだ。健斗にしては、少し長いように感じる。威吹鬼は丁度いい長さだ。


健斗「そうだなァ。怖気付いたかも」


 挑発したような言葉に、健斗はそのお挑発を取り消すような言葉と口調で言った。

 健斗の予想外の返答に少し驚いたが、そんなことなどもろともせず、威吹鬼は槍の先を健斗に向ける。


威吹鬼「逃げるんだったら、今のうちだぜ」


 ふん、と鼻で笑う健斗。


新助「やっちゃえ!健斗!」


 新助は観客役と審判役として、2人がいる庭の前の縁側に座っていた。新助は巡察当番ではないため、暇だったのだ。                      

 自己紹介が終わり、座敷を出た時だった。威吹鬼が新助のことを呼び止め、新助にこのことを告げた。新助は快くそれを引き受け、今に至っている、ということだ。


健斗「いいのか?本気出しちゃって」


 今にもかかってきそうな威吹鬼に言った。


威吹鬼「本気出さねえで、どうやって俺の相手するんだっ」

健斗「えっ」


 威吹鬼はもう健斗にかかって来た。健斗は驚いて自分の足に引っかかるが、威吹鬼の攻撃を避けられたのでこれは良しとしよう――なんて考えているうちも、健斗は威吹鬼の素早い動きに目を疑う。


健斗「お前、ホントに人間かよ」


 ぼそりと呟く。健斗はまだ威吹鬼に攻撃を1つも仕掛けていない。


威吹鬼「世迷言言ってねえで、かかって来やがれ!」


 威吹鬼は健斗にお構いなしに攻撃を繰り出す。


健斗「おっと」


 健斗の顔に向かって穂先が伸びて来た。健斗はしゃがんでそれをかわす――健斗は威吹鬼に遊ばれているような気がし、苛立ちを覚えた。健斗は柄を握りなおすと、威吹鬼の腹目掛けて穂先を伸ばす――避けられた。これも人間とは思えない身のこなしだった。


威吹鬼「あの体勢で槍を伸ばすとは、やっぱり慣れてるな」


 威吹鬼は健斗を褒める。2人は間合いを取った。


健斗「人間なのに、何でそんな身のこなしができんだよ」


 健斗は威吹鬼が本当に人間なのかを疑う。威吹鬼は苦い笑いを表に出すと、


威吹鬼「人間だよ」


健斗に言う。


健斗「嘘にしか思えねえなっ」


 健斗は先程の威吹鬼のように不意を突く。やり返した、と健斗は思ったが、それも束の間だった。

 威吹鬼は健斗の槍の穂先を、自分の槍の柄で受け止めると、健斗の槍を横に薙ぎ払う。そんなの在りかよ!と健斗は叫んだが、槍を掴むのに精一杯で威吹鬼の槍が自分の目の前にあることには気づかなかった。

 時が止まる。新助は、


新助「止まれ!」


と2人の槍の柄を握っていた。



威吹鬼「勝負あったな」

健斗「くっそォ…」


 健斗は悔しそうに威吹鬼を上目使いで見る。そんな健斗にも目をくれず、新助は言った。


新助「いやァ、惜しかったなァ、健斗。威吹鬼さんに勝つのはまだまだはやいな」


 新助は健斗を励まそうとしていたのだが、健斗は余計なお節介だった。ごちゃごちゃと言う新助に苛立ちを覚えた健斗は、終に怒りを露わにする。


健斗「少し黙ってろ!」


 いきなり怒鳴られて、新助は健斗に言い返す。


新助「励ましてやってんのに、黙ってろはねえだろ!?」

健斗「お前がごちゃごちゃとうるさかったから言ったんじゃねえか!」

新助「うるさくねえ!」

健斗「うるさい!」


 2人は睨み合う。


新助「勝負すっか?」


 いきり立った新助が健斗に提案した。


健斗「いいじゃねえか」

新助「言っとくけど、俺は真剣で戦うからな」

健斗「おう」


 槍の次は刀で勝負をする――威吹鬼は楽しませてもらう、と新助が先程座っていたところに座ると、2人を見た。

 新助は自分の腰に差してある刀を抜刀する。健斗は昨日、菜紬菜から貰った刀――永遠超蛇兼風丸――を、菜紬菜が教えてくれたことを頭に浮かべながら抜刀する。

 2人の間合いを、風が通り抜けた。


「へい、いらっしゃい」


 一郎丸と氷柱の2人は、たくさんの刀が並べられた刀屋――兼風堂かねかぜどう――の店頭を見る。店頭にはたくさんの刀が並べられ、店主が呼びかけをしていた。


一郎丸「おい、兼風丸」


 その店主――兼風丸――を一郎丸が呼ぶ。兼風丸、という名を聞いた時、氷柱は昨夜のことを思い出した。健斗の永遠超蛇兼風丸を作ったのは、兼風丸だと聞いたからだ。


兼風丸かねかざまる「一郎丸…」


 兼風丸は一瞬驚いたような顔になったが、すぐに元に戻る。

 兼風丸は妖怪だった。容姿はかえる――に似ていた。


兼風丸「久しいのう、一郎丸よ。元気にしておったか?」

一郎丸「ああ。それより、こいつの刀を買いたいんだが…」


 一郎丸は隣にいる氷柱に目を向けた。その時、氷柱は一郎丸の口元が笑みを作っているのが見えた。 

 兼風丸は氷柱のことをジロジロと見る。顔を見て、次は体を見て――全身を見終わった時、兼風丸は、


兼風丸「女子おなごを連れ歩くとは、こりゃ雨が降るのう」

一郎丸「なっ…」


 兼風丸の言葉に一郎丸は短く絶句する。氷柱はこの台詞に苦笑した。菜紬菜が言いそうなことだと思ったからだ。


兼風丸「ほっほっほ。それにしても、大層美人な女子じゃなァ。名は何と言う?」


 無表情で名を――伊藤氷柱と名乗ろうとすると、


一郎丸「中に入らせてくれ。話はそれからだ」


一郎丸が言った。兼風丸はほっほっほ、とまた笑うと、こっちじゃ、と言って2人を店の中へと案内した。



兼風丸「ここに座っておくれ」


 失礼します、と氷柱は正座して座る。どうやらここは、客の接待用の個室のようだ。畳に円い障子がある和風の部屋だった。


兼風丸「で、その子の名は?」

一郎丸「氷堂氷柱だ」


 氷柱は一郎丸を横目で見る。一郎丸も氷柱を横目で見ていた。どうやらこの兼風丸は信頼における人物らしい。


兼風丸「ほう、氷堂か。で、用件は?」

一郎丸「さっき言ったろ。刀を買いにだ」


 あきれたように言う。


兼風丸「そうじゃった」


 と、兼風丸は氷柱を真剣な面差しで見る。


兼風丸「ん~どんな刀がいいじゃろうな…」


 やがて、思い出したように手――水掻きが付いている蛙の手――をポンと鳴らすと、


兼風丸「待っておれ」


部屋を出て行った。



――しばらくすると、兼風丸が戻って来た。


兼風丸「この刀はのう…」


 と話そうとすると、


一郎丸「刀って、ねえじゃねえか」


一郎丸が兼風丸に言う。氷柱も同情した。


兼風丸「ほっほっほ。お主には見えぬか、一郎丸よ。なぜか知らぬが、この刀、夢睡むすい淳爽じゅんそう凪氷なぎひはのう、作ったわしにしか見えぬと言うのじゃ」

一郎丸「は?」

兼風丸「そして触れられぬ。これがもし、氷柱さんが見えていて、触れたなら、この刀を無償であげよう」


 一郎丸は氷柱を見る。


兼風丸「さァ、どうぞ」


 兼風丸の目は氷柱を捉える。兼風丸にはわかっていたのだ。

 氷柱は兼風丸が持っているという刀を手に取ろうとした――


氷柱「!」


 氷柱を青い光が包み込む。そして、氷柱には見えた。その夢睡淳爽凪氷が。


一郎丸「何っ」


 一郎丸は驚きを隠せないようで、


一郎丸「どういうことだ」


と兼風丸を厳しい目で見る。


兼風丸「刀が氷柱さんを選んだ…のかもしれぬのう。今の氷柱さんには見えているじゃぞ?刀が」


 一郎丸は氷柱を見やる。氷柱は手に持った何か――刀を見つめているかのように、目を逸らさず、ただ驚いたような顔でいた。


兼風丸「さァ、抜いてみておくれ」


 氷柱は頷くと、2人から少し離れる。それから、刀の柄を握ると、


〈シュリン〉  


刀を抜く音が聞こえた。一郎丸はさらに驚く。


兼風丸「これなら、例えお腰に刀を差していたとしても、バレぬなァ」


 そう、呑気なことを言っている兼風丸に、


一郎丸「わかってただろ」


そう問いかける一郎丸。


兼風丸「…まァ、な」


 一郎丸は顔を少し緩め、氷柱を見る。


一郎丸「ホントにタダで貰っていいんだな」


 氷柱を向きながら確認するように言った。


兼風丸「もちろんじゃ」


 兼風丸は立つ。一郎丸も立った。氷柱は急いで刀を納めると一郎丸の背後に立ち直す。


一郎丸「ありがとな、兼風丸」

兼風丸「ほっほっほ。こちらもありがとう、じゃな。こんなに可愛い女子を見せてもらって」


 兼風丸は氷柱に顔を近づける。


兼風丸「御馳走様でした♡」


〈ゴツン〉

     

兼風丸「いってェ…のう。年寄りをもっと大事にせい」


 一郎丸は兼風丸の頭を自分の刀を柄で殴った。

 一郎丸は兼風丸の言葉にふん、と鼻で言う。


一郎丸「そのスケベ心、直しやがれ」

兼風丸「はいはい」



 新助は鶺鴒せきれいの剣を使う。鶺鴒の剣、とは常に剣先を動かし、相手に悟られないようにする剣のことを言う。鳥に動きに似ていることから、鶺鴒の剣と呼ばれるようになったそうだ。

 健斗は少しも動かず、下段で新助を相手にしようとしていた。


 新助が先に地を蹴る。


新助「おりゃぁぁぁぁ!」


 新助は刀を上に持ち上げ、下にいる健斗へと振り下げる――が健斗はそれを刀で受け止め、新助が動けないのを狙い、


健斗(新助の後ろに!)


刀を新助の背後に伸ばした。


新助「!ずっりィ!」


 新助は跳躍する――さすが妖怪だ。新助は空高く跳んだ。


健斗「くっそォ」


 新助は着地した。健斗は刀をもとの長さに戻し、背後にいる新助に剣先を向ける――健斗は腕を思いっきり伸ばし、かつ伸びろ、と心の中で思った。健斗は新助に突きをくらわそうとしたのだ。


新助「そうはさせるかっ」


 新助は自分に真っ直ぐ向かって来る刀を背に走り出した。それからある程度行った時に、勢いよく左に曲がる――次は健斗の方へ向かってきた。刀も新助を追って、健斗の方へ向かってきている。

 健斗は悟る。このままじゃ、自分に刀が刺さってしまう、ということを。だから健斗は刀に元に戻れ、と心の中で命令した――が、刀はそのまま新助を追っている。


健斗「え?」


 このままでは新助――は何かの策があるのだろうから、健斗までが刀で貫かれてしまう。そもそも、なぜ言うことを聞かないのだろうか。


健斗(菜紬菜…)


 忌々し気に健斗は心の中で呟いた。



菜紬菜「はっくしゅん」

郡治「大丈夫ですか?」


 巡察をしに、京の都へ来ていた菜紬菜たち1番隊。

 突然くしゃみをした菜紬菜を気遣い、郡治が言った。


菜紬菜「大丈夫だよ。たぶん、どこかの誰かさんが、僕のことを噂したんだと思う」

郡治「俺たちを恨んでいる妖怪は少なくないですからな…」

菜紬菜「まぁね」(ニコ)



――向かって来る自分の刀に新助。健斗はどうしようと考えていた。


――威吹鬼は縁側に座って見ていた。2人の戦闘の様子を。だが、明らかに何かが可笑しくなっていくのがわかる。

 ふと、威吹鬼が健斗の刀の先を見た時だった。ん?と目を疑う。健斗の刀、永遠超蛇兼風丸の剣先が――


威吹鬼「蛇の顔、だと!?」


 威吹鬼は2人の戦闘を止めようと、縁側から駆け出した。

 その様子に、新助は何かが起きたと判断し、威吹鬼が自分の背を見ていることに気が付いた。チラッと背後を覗くようにして見る――新助は驚いた。剣先が蛇の頭の形になっていたのだ。新助は威吹鬼に視線で合図を送ると、


新助「健斗っ」


自分の刀を放り投げ、健斗に抱きつくように庇う。


健斗「うわぁ!」


〈ドスン〉


辺りには砂埃が立ち昇った。


〈次回予告!〉


「わしと夫婦にならん…」


「お前には間者になってもらう」


「素手で殴り合うのもそう悪くはねえぜ」


「血をください」


「え?マジ?」


「腕自慢というか、筋肉自慢というか――」


密偵の役を引き受けた氷柱。

一郎丸はそのことについて詳しく説明する。

その一方、屯所では新助と威吹鬼と健斗の3人がゴタゴタを起こし…

純風に吹かれてやってきた春。

彼らの春はどのようなことが起こるのか!?

新章ここに参る!

次回をお楽しみに!


読んでいただきありがとうございます。





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