新ノ隊士

氷柱「頂きます」


 氷柱はお膳に乗せられていた箸を持つと、まず最初に梅干しを白いお米の上に置く。それからその梅干しの中にある種を取るようにしながら、ご飯に押し付けた。ご飯が紅く染まる、だが血の色みたいに赤くはない。鮮やかな紅色あかいろだ。


一郎丸「お前が食べている間に隊務について話す。いいな」

氷柱「はい」


 氷柱はお米を口の中に入れた。


一郎丸「隊務は影狼組の出陣羽織を着て行う。貰ったろ?」


 氷柱は曖昧に頷いた。氷柱の目が覚めた時、自分に毛布代わりに掛けられていたあの羽織が自分の…?と思ったからだ。後で新助君に聞こっと。


一郎丸「あの羽織は妖怪、幽霊、また妖怪が見える人にしか見ることができない特別製なんだ」


 凄い、と言おうとしたが氷柱はやめた。なぜなら一郎丸が氷柱の心の中を読むことができるからだ。だから心の中で凄いと言う。


一郎丸「隊務は1~5番隊、総出で行うわけじゃねえ。京の都、江戸、大阪。これらの場所が1番妖怪いやら幽霊やらが出るところだ。今日は、1、2、3番隊が巡察する番だな」


じゃあ私は今日、初の巡察に行く。


一郎丸「これから5日間働いたら2日間休んで、また5日間働いて2つ日間休んで。これを繰り返す」


なるほど。


一郎丸「1番隊は京、2番隊は江戸、3番隊は大阪、だな」


へぇ。私は京都に行くんだ。


一郎丸「そうしたいところだが、お前は俺と刀鍛冶のところへ行く。刀を買いに行くぞ」


はい。どんな刀を作ってもらえるんだろ…



菜紬菜「和香ちゃん、そろそろ起きたら?」(ニコ)

和香「ん…眠いです…」


 和香は寝言を呟くように目を閉じながら言った。


菜紬菜「和香ちゃん、どこも痛いところはない?」(ニコ)

和香「ないですけど…何かあったのですか?」


 和香は目をこすりながら言った。そして背伸びをするかのように腕を伸ばす。


菜紬菜「何もないけど、ずっと廊下の地べたで寝てるからさ。腰とか、痛くないのかなって思って」(ニコ)

和香「え?ここ、床の上…?」


 和香はようやく目を開けた。


菜紬菜「おはよう」



一郎丸「隊務は主に市中の巡察。影狼組に恨みを買ってる奴は少なくはねえ。お前も体験したように、あんな事態になる時がある。妖怪と幽霊を見つけ次第、祓え」


はい。


一郎丸「それから、人間隊士にはある飴を1つずつ持たせているんだ。あやかしお飴、まあ、昨日のあの飴の違う種類ってとこだな」


あの飴…そういえば、吉丸さんたち、あの後どうなったんだろ…


一郎丸「あやかしお飴、あれはあやかしになることができる飴なんだ」


え!?どうやって作るんだろ。気になるなぁ。


一郎丸「時機に連れて行ってやるさ。飴屋に」


それまでお預かりってことか。


一郎丸「今日はとにかく支度が出来たら俺の部屋に来い。酔い潰れてなけりゃ、あいつも紹介するつもりだったが…仕方ねえな」


何するんですか?


一郎丸「隊士を全員集めて、新入隊士を紹介する、といったところだ」


では、私の名前を「伊藤氷柱」にしておいてください。これが人間としての私の名です。


一郎丸「わかった。ところで、お前が鬼だってこと、知ってる奴は誰だ?」


新助君、伊儀橋さん、菜紬菜さん…だけだと思います。


一郎丸「じゃあ健斗、宇狗威、威吹鬼には伊藤氷柱の名で通っているんだな」


はい。


 一郎丸が術を使うことで、氷柱はご飯を食べていても返事をすることができた。

 隊務についての話はこれで終わり、と一郎丸が立とうとした時、


菜紬菜「和香ちゃんが起きましたよ、伊儀橋さん」(ニコ)


菜紬菜が一郎丸を呼び止めた。和香を見る。


和香「おはようございます。兄さま」


 まだ眠たそうな瞼を頑張って開けようとしている和香に、一郎丸は苦笑した。


氷柱「おはよう、和香ちゃん」(ニコ)

和香「おはよう」(ニコ)


 氷柱はご飯を食べ終えた。ごちそうさまでした、と手を合わせるのと同時に、背後の戸が開いた。


宇狗威「二日酔い、治ったぜ。伊儀橋さん」


 宇狗威と威吹鬼の姿が現れた。


威吹鬼「健斗も治ったぜ」


 氷柱の目を見て言った。


氷柱「…どうやって治したんですか?」

威吹鬼「俺の特性料理…と言っても、郡治が作ったんだけどな。でも、俺が考え出した料理だぜ」

氷柱「その料理を食べたから…」

健斗「ったく、味は不味くって吐きそうだけど、なぜか治ったんだよなァ、二日酔い」


 2人の背後から健斗の声が聞こえた。間もなく健斗が現れる。


氷柱「健斗君、大丈夫?」

健斗「ん~わかんねェ。頭の痛さとか、だるさとかは消えたけど、口の中に残ってるんだよなァ。あの料理の吐きそうなくらい不味い味が」

氷柱「そっか…」


 苦笑いした。


一郎丸「紹介もできそうだな。健斗、全ての身支度が終えたら俺の部屋に来い」

健斗「え?」

一郎丸「返事」

健斗「はいっ」


 いきなりピシッとした健斗。一郎丸は健斗の目を探るかのように見てから、歩いて行った。


 氷柱の足の怪我は癒えた。氷柱は手拭を懐に隠すと、履き物を脱いで立ち上がる。


氷柱「台所ってどこにありますか?」

威吹鬼「連れてってやるよ」

氷柱「いえ、場所さえ教えてくれれば」

威吹鬼「そうか…?」


 威吹鬼は台所の場所を教えた。ここから1番遠いところで、あっちに行けばいいんだぜ、と。

氷柱はお礼を言う、のとほぼ同時に新助の声が聞こえた。


新助「伊儀橋さん、いなくなった?」


 突如として現れた新助に氷柱は驚きながらも、


氷柱「いなくなったよ」


一郎丸がいなくなったことを告げる。


新助「よかったー」


 新助は氷柱の隣へ行く。その顔にはあのお面を付けていた。


健斗「なァ、新助。何でお面みたいなやつ、付けるんだ?」


 昨日から思っていた疑問を新助に聞いた。


新助「え?これ?…俺さ、虎狼と人間の間に産まれた半妖なんだ」

健斗「うん、知ってる」

新助「虎狼って血肉を喰らう妖怪じゃん?俺の頭が狂ってさ、みんなを食べちゃったら…って思うとすんげー怖い」

健斗「なるほどな…そのお面がお守りみてえな役割してるってことか」

新助「そうそう。俺の本当の力を封印してくれてるんだ」

健斗「ふーん」


 このお面は氷柱が作ったものだった。氷柱が術で作ったお面。新助の力を封印してくれている。


新助「そうだ。氷柱、俺の部屋にお前の羽織があったんだけど…」

氷柱「これ、台所に持って行ったら…でも、新助君の部屋、どこにあるかわからない」


 苦笑しながら言った。


威吹鬼「んじゃ、新助が台所に一緒に行ってあげりゃ、いいんじゃねえか?」

新助「いいぜ」


 新助はこっち、と氷柱を誘いながらどんどん歩いて行く。氷柱も新助の背を追って歩いて行った。



菜紬菜「じゃあ僕は帰らせてもらいますよ。ご飯を食べに、ね」(ニコ)


 菜紬菜は履き物を脱いで、それを片手に持つと、もう片方の手で氷柱の履き物を持った。そして自分の部屋の方向に向かって歩いて行く。


健斗「そうだ…俺の部屋ってどこにあるんですか?」

威吹鬼「じゃあここな」


 威吹鬼は自分の部屋の隣の部屋を指差す。


健斗「え?でも、誰かが…」

和香「威吹鬼さんのお部屋の近くには、誰もいないよ。夜、うるさくて眠れないから、誰も近寄らないんだって」


 なるほど、と健斗は思う。


健斗「んじゃ、俺も離れたはところに…」

威吹鬼「お前はここだ。隊長命令」

健斗「えー…」


 そういえば、健斗の所属隊は5番隊…威吹鬼が指揮する隊であった。


 健斗は渋々その部屋の中に入る。途端に健斗は咳をした。


健斗「ゴホッゴホッ…って、ちゃんと掃除しろよォ、威吹鬼さん」


 埃まみれの部屋の中を見て入って健斗は叫んだ。


威吹鬼「あァ、悪いな」


 健斗はその部屋から逃げるように出る。


健斗「後で、掃除しよっと」


 そう心に決める健斗。その時、威吹鬼は健斗の首裾を掴んだ。


健斗「え!?」

威吹鬼「顔とか洗いに行くぞ」


 宇狗威は威吹鬼の部屋から履き物を3足とると、地面の上に落とす。3人はそれを履くと、井戸へ向かって歩いた。



氷柱「ありがとね、新助君」

新助「お安い御用だって」


 2人は新助の部屋に向かって歩いているところだった。

 台所に食べ終えたお膳を渡し、代わりに新助はご飯が盛られたお膳を受け取る。新助が自分で食べるご飯だ。


新助「氷柱、ずっと思ってたんだけど…髪、縛らねえの?」


 新助はサラサラな氷柱の髪を見ながら言った。


氷柱「いやぁ、さ。菜紬菜さんにゴムを取られちゃって…」

新助「なるほど…んじゃ、俺のあげるよ」

氷柱「いいの?」

新助「あァ」


 氷柱は髪を縛っている新助を見た。新助の髪は長い。ゴムで縛っているほどだ。


氷柱「新助君って、髪が伸びんの、はやいよね」

新助「うん。困っちまうよなァ」


 顔は女の如く美しく、髪は長くて縛っている――まさに女だ。


氷柱「新助君。女装したことある?」

新助「え?女装?」

氷柱「だってさ…新助君、お母さん譲りで顔が…」

新助「よく言われんだよなァ…」


  新助は少し考える。


新助「ない…かな?」


 新助は女装したことがないと言った。


氷柱「ふーん」

新助「何だよ、その意外そうな顔」

氷柱「意外だよ。もし、新助君が女装したらすんごく可愛いと思う」


 でも、と氷柱は続けた。


氷柱「声聞いたら、絶対男だってわかる。あと喋り方」

新助「俺なんかより、氷柱の方が似合うと思うけどな」

氷柱「着る機会、ないよ」


 氷柱は胸の前に手を置きながら言う。


新助「女なのになァ。もったいねえ」

氷柱「そう?」

新助「着る機会あったら、着物姿、見せてくれよな」

氷柱「まあ、着る機会があったら、ね」



〈バシャバシャ〉


 水が跳ねる音が聞こえる。


健斗「こんなところに井戸があんだな」


 独り呟いた。3人は井戸の前で立ち話をしている。そのつい先程には一郎丸がいたが、3人が笑いながら井戸へ向かって来るのを察し、術を使って井戸から離れて行った。だから井戸には3人の他、誰もいない。


宇狗威「今日は俺が江戸を巡邏する番だぜ」


 嬉しそうにも聞こえず、嫌そうにも聞こえなかった口振りだ。宇狗威は威吹鬼と話していた。


威吹鬼「俺たちの隊は休みだ」


 威吹鬼は健斗の頭をがむしゃらに撫でる。威吹鬼の方が身長が高いため、健斗の頭を撫でるには丁度いいのだ。


健斗「やめろっ」


 健斗は嫌々威吹鬼の手を振り払う。威吹鬼は人の頭を撫でるのが趣味なのだろうか。何度も撫でられている。


威吹鬼「隊務がない日は、道場で剣術、または槍術を習うんだぜ」

宇狗威「でもよォ、昨日、新助の野郎が道場をぶっ壊しちまったから…」


 健斗は昨日の事件を呼んでいいあの出来事を思い出した。


威吹鬼「そうだったな。んじゃ、庭に隊士を並べて、刀の素振りをやらせるか。俺は剣術については全く知らねえど素人だからよ。和香に教えてもらえ」


 健斗は目を真ん丸くして、


健斗「和香に?」


意外そうに言った。


宇狗威「和香ちゃん、自分で刀を扱うことはできねえのに、教えることは上手だからな」

威吹鬼「あぁ。もし、槍術が習いたいんだったら、俺に言えよな。いつでもビシバシ鍛えてやっからよ」

宇狗威「威吹鬼は槍の達人だからな」


 威吹鬼は照れくさそうにニヤニヤとしていた。


健斗「いやァ、俺、妖怪い退治屋の家系だったから、槍とか刀とかの扱いは慣れてる…」

威吹鬼「妖怪退治屋…だったのか?妖怪が?」


 威吹鬼は健斗が妖怪、ということは知っている。というより、人間ではないことは察することができた。


宇狗威「いいじゃねえか。それより、健斗」


 嫌な予感が脳裏をよぎる。宇狗威はニヤニヤとしながら健斗を見ていた。


健斗「嫌な予感がするんだけどー」


 棒読みで言った。威吹鬼は苦笑交じりの笑みを浮かべながら、まあまあ、と健斗をなだめる。


宇狗威「威吹鬼と槍で勝負してみてくれよ」

健斗「やっぱり…」


 嫌な予感が的中した。


威吹鬼「おっ、いいなァ、それ。んじゃ、稽古の時にやろうぜ」

宇狗威「勝敗の結果、教えてくれよな」

健斗「はぁー…」


 健斗はため息を吐く。まだ、やるともやらないとも言っていないのに勝手に話が進んでしまった。少し苛立ちを覚える。


威吹鬼「そろそろ飯の時間だ。宇狗威は自分の部屋に帰れ」


 厄介払いするように手を動かしながら言った。それを見た宇狗威は唇を尖らせた。


宇狗威「威吹鬼、そりゃねえだろォ?」

威吹鬼「お前、今日が当番だろ?さっさと飯食って、隊士たちの面倒でも見てやれ」

宇狗威「…わがったよ」


 ふてくされた顔になったが、それも束の間。宇狗威は二ッと笑って手を振りながら歩いて行った。


威吹鬼「お前も伊儀橋さんに呼ばれてんだから、はやく仕度しろよ」


 またもや威吹鬼は健斗の頭を撫でようとする――が健斗は瞬時的にそれを避けた。


威吹鬼「やるな」


 感心するような声を出すと、威吹鬼はまた来た道を戻って行った。健斗もまた同じ、威吹鬼に付いて行った。



一郎丸「新しく入隊した伊藤氷柱と天風健斗だ」


 一郎丸は上座の上で2人のことを紹介している。無論、2人も上座の上に立っていた。

 

 一郎丸の部屋にて集まった健斗と氷柱は、一郎丸の指示で広い座敷に行く。するとそこには隊長たちを始め、影狼組平隊士たちが座っていた。妖怪、人間が混合して座っていることに2人は驚く。妖怪が人間を襲わないの不思議に思ったからだ。

 氷柱は髪を新助から貰った白い結い紐で結んである。氷柱は緊張した様子もなく、堂々としているのだが、健斗は顔を強張らせていた。どちらも袴をを着ていて、健斗だけ刀を差していた。


 紹介された2人は挨拶をするべく、一礼する。


氷柱「伊藤氷柱と申します。1番隊に所属しますので、1番隊の方々、よろしくお願いします。それから他の隊士さんたちも私と仲良くしてくださいね」


 口元に微妙に笑みを浮かべた。


菜紬菜「あれれ?氷柱ちゃんの名字は…」


 菜紬菜が何か――氷柱の名字は「氷堂」だ、と言おうとしたが、氷柱の恐ろしい視線と新助の手のおかげで菜紬菜の口は止まった。新助はこんなこともあろうかと、菜紬菜の隣に座っていたのだ。

 続いて健斗が自己紹介をする。


健斗「天風健斗ですっ。5番隊所属なので、5番隊の方々、そして他の隊の方々、妖怪人間問わずよろしくお願いしますっ!」


 一生懸命に話していることがあからさまにわかる自己紹介だった。


一郎丸「これにて新入隊士歓迎会は終了だ。今日、巡察当番な隊はよろしく頼む」


 広い座敷の奥の奥まで響き渡るような凛とした声。健斗と氷柱は一郎丸を凝視しながら凄い、と思った。


一郎丸「氷柱、今から行くぞ」

氷柱「はい」


 一郎丸が上座から降り、キョトンとしている菜紬菜に事情を話す。


一郎丸「刀を買ってくる」

菜紬菜「あの刀でいいじゃないですか」(ニコ)


 あの刀とは、吸魂鉄刀のことだ。


一郎丸「あの刀は使えねえ」

菜紬菜「…そういえば、氷柱ちゃんの腰に刀、ないなぁ」

一郎丸「わかったろ。いいからお前は隊務をしろ」

菜紬菜「はいはい。わかっていますよ」


 菜紬菜は氷柱に笑いかけると、広い座敷から出た。


一郎丸「健斗は威吹鬼と稽古でもしてろ」

健斗「はい」


 健斗は上座から降り、氷柱のことを横目で一瞬見ると、威吹鬼の背中を追って出て行った。


〈次回予告!〉


「お前に、頼み事がある」


「百華絢爛、ですか」


「怖気付いたか?」


「お前、ホントに人間かよ」


「言っとくけど、俺は真剣で戦うからな」


「御馳走様でした♡」


「はっくしゅん」


一郎丸と氷柱はある場所へと向かう――その途中、一郎丸は思いがけないことを口にする!?

一方の新助と威吹鬼と健斗の3人は影狼組屯所の庭で稽古をやっていたのだが…?

次回からは『2章 夢睡ノ舞』に変わります!

次回をお楽しみに!


読んでいただきありがとうございます。

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