湯屋ノ乱
氷柱「あーっ、気持ちかった」(ニコ)
和香「そうだね。それにいつもより楽しかった」(ニコ)
氷柱「うんうん」(ニコ)
2人はふふっと笑った。
今しがた、妖怪が行き来する銭湯屋に行って、帰ってきたところだ。
氷柱「新助君とか、もう屯所に戻ってるかなぁ…?」
銭湯には菜紬菜と新助も行った。
和香「どうだろう…」
2人は
氷柱「そういえば、何でこの世界の空は暗いの?夜みたいに」
和香「えーっとね…」
和香は考えた。氷柱が言った問いに対して――だが、なかなか答えが見つからない。
和香「んーっとね…」
氷柱は背後に何かがいることに気づく。恐らく妖怪。これは間違いないだろう。
菜紬菜「妖怪のお客さんが来やすいようにだよ」
和香「わっ…」
菜紬菜の声が聞こえた、と思った瞬間、和香の肩に菜紬菜の手が置いてあった。背後にいたのは菜紬菜だったようだ。
和香「いつ、私の後ろに…?」
菜紬菜「和香ちゃんったら、気づいてなかったの?氷柱ちゃんは気づいてたみたいだけど」(ニコ)
和香「えっ!?」
和香は氷柱の顔を見た。ホントに気づいてたの?、和香の顔にはそう言葉が張り付いていた。氷柱は苦笑していた。
菜紬菜「和香ちゃんは変なとこ勘が鈍くて、逆に氷柱ちゃんは変なとこ勘が鋭いよねぇ」(ニコ)
氷柱「新助君はどこに?」
菜紬菜「うわー氷柱ちゃん、僕の話無視したー。ひどーい」(ニコ)
完全に棒読みです。これは。
氷柱「そりゃ無視しますよ。菜紬菜さんの冗談に一々付き合ってられませんから」
菜紬菜「…ふーん。初めて言われたよ、そんなこと」
氷柱「え?」
菜紬菜「ホント、君って変わってるって言うか、僕が思ってた通りに行かせてくれない人だなぁ」
氷柱「いいですから、新助君はどこ…」
言いかけた時、闇の向こう側で言い争いをしている声が聞こえた。だが、言い争いをしている者の1人の声がどこかで聞いたような――
新助「あァ?もう1回言ってみろ!」
「言ってやるよ。半妖のガキなくせに生意気ぶってんじゃねえ。俺たち本物の妖怪に口出しするな」
氷柱「新助君が言い争いをしてる…?」
菜紬菜「言わんこっちゃない。じゃ、帰らせてもらおうか…」
屯所に帰ろうとする菜紬菜を、氷柱は止めた。
氷柱「新助君を助けに行きますよ」
菜紬菜「どうして僕が行かなきゃならないのー」
氷柱「菜紬菜さんは本物の妖怪で、しかも鬼の頭ですよ。誰と言い争いをしてるのかはわかりませんが、菜紬菜さんがいた方がいいんです」
菜紬菜「ふーん…まったく、氷柱ちゃんは人使いが荒いんだから」
あっ、でも僕は鬼だから鬼使いかぁ、と独り言を言いながら、菜紬菜は声が聞こえた木々の中に入って行った。無論、その後を和香と氷柱が追っていく。
走っていた。氷柱の髪は風に吹かれて揺れている。
氷柱「菜紬菜さん、私のゴム、どこやったんですか」
菜紬菜「無くした」
辺りが暗くて、菜紬菜の表情こそは見えなかったが、恐らくあのいつもの悪戯っぽい笑みを浮かべているのだろう。そう思うと、氷柱は腹立たしくなった。
氷柱「じゃあこれから、どうやって髪を結えばいいんですか」
菜紬菜「知ーらない」
とことん酷い隊長だ…
氷柱は立ち直りがはやい、のはご存じだと思う。
氷柱は前を向いて走った。先程のようなことは気に留めず、今は新助を助けに行く、そう心に刻んだのだった。
郡治「ふわぁーぁ」
七奈三郎「起きましたか?皆さん」
郡治「いや、まだ海翔とトラが…」
目が覚めた2人は、まだ起きていない1人と1匹を見た。
七奈三郎「そろそろ起こさないと、朝のご飯作りが遅くなり、怒られてしまいます。とりあえず、起こしましょう」
賛成、と郡治は起きたてで、少し眠い目をこすりながら海翔とトラを起こし始めた。
七奈三郎「トラ君、トラ君。もう朝ですよ。」
郡治「海翔ー、ご飯作るぞー」
海翔「まだ寝てたいー」
海翔からは返事が返って来た――が、
郡治「寝るな、局長に怒られるぞ」
海翔「じゃあ郡治さん、先行っててよぉー」
七奈三郎「士道に背くことを許さず、天誅法度にあります。朝ご飯を作らなければ…どうなるかわかりませんよ」
海翔「えー、もう僕たち背いてんじゃーん」
郡治「あのな…あのお方に逆らったらな、俺たちが殺されるのではなく、家族が…」
七奈三郎「とにかく海翔君は、はやく起きましょうね」
海翔「はーい」
海翔はやっと、布団から出た。
それから3人は寝巻から袴へと着替え、更に
郡治「トラは…俺の懐にでも入れておくか。起こすの、可哀想だし」
まだ寝ているトラを両手で包むと、郡治は自分の懐に入れた。
海翔「トラ君がまだ寝ていいんだったら、僕も…」
七奈三郎「ダメですよ」
七奈三郎は布団を片付けた。
海翔「ふわぁー…」
大きなあくびをする。
郡治「行くぞ」
郡治は海翔の腕を掴み、引っ張っていきながら部屋を出た。七奈三郎はその後を追う。
行き先は影狼組の台所だ。
宇狗威「おぇー、気持ちわりぃ…」
威吹鬼「おいおい、今日の隊務、どうするつもりだ」
健斗「2人の声が頭に響くから、少し声の音量下げてくれってェの」
宇狗威「俺だって、頭がグワングワンするぜ…」
威吹鬼「ったく」
気を失っていた健斗は先程目が覚めた。だが、昨日の酒が体から抜けておらず、二日酔いの状態に至っている。これに関しては宇狗威も同じ状態になっていた。
威吹鬼は――
威吹鬼「俺は元気でピンピンしてんだけどなァ。健斗は2日目に来る体質か」
凄く元気そうだ。
威吹鬼は酒に強い。新助も威吹鬼と同じで酒に強かった。宇狗威は自分ではわかっていないが、酒に弱い。健斗は、飲んだ時は変わりないが、その後が苦しい、そのような体質らしい。
健斗「くっそォー…昨日、飲まなけりゃ…こんなことには…」
今更後悔しても遅い。
宇狗威「威吹鬼…いつものあれ、持ってきてくれ。頼む」
威吹鬼「あいよ。俺に任せな。健斗の分も取ってきてやるかんな」
そう言い残して、威吹鬼は部屋を後にした。
宇狗威と健斗は布団に寝転んで、威吹鬼の帰りを待った。
氷柱「新助君!いるの!?」
菜紬菜「いるから声が聞こえるんでしょー」
氷柱「声は聞こえても、この闇の中、どこにいるのか中々わからないから言ったんです」
菜紬菜「ふーん」
氷柱たちは走っていた。この銭湯屋の空間を。(銭湯屋は迷界の中にあります)
ここは妖怪が来やすいよう、いつでも暗闇の状態、いわば夜の状態になっているらしい。だから辺りが真っ暗で、新助の姿も近くにいる菜紬菜や和香さえどこにいるのか見失ってしまう。
菜紬菜「和香ちゃん、ちゃんと付いてきているよね?」
確かめるように、菜紬菜は言った。
〈・・・〉
ん?菜紬菜と氷柱は同じことを思った。
和香からの返事が返ってこない。つまり、和香は迷子になっている!、と。
菜紬菜「悪いけど、氷柱ちゃん。先に行ってて。僕は和香ちゃんを探すから」
氷柱「でもっ」
菜紬菜「新助と一緒に逃げるか、絡んでる妖怪を殺すか。その時の状況に応じて、見計らってね」
氷柱に一閃の風が吹き下ろした。
菜紬菜は来た道を戻って行った。
はぁ、氷柱は深いため息を漏らした。
菜紬菜「和香ちゃーん、どこにいるの?」
氷柱と別れた菜紬菜は、和香捜索のため来た道を戻っていた。戻りながら和香の名を口にし、和香の居場所を特定するつもりらしい。
菜紬菜「もういいーかい」
その後、菜紬菜は小さな声で「まーだだよ」と言った。
菜紬菜「そっかぁ、まだなんだね。じゃあ、数を数えるから、その間に隠れてね」
1人で何をしているんだろうか。かくれんぼ?
菜紬菜「いーち、にーぃ、さーん、しーぃ」
菜紬菜の声が辺りに響き渡る。
菜紬菜「ごーぉ、ろーく、しーち、はーち、きゅーう、じゅう」
時が満ちたね、と菜紬菜は背後を振り返り言う。
菜紬菜「和香ちゃんを、返してもらうよ」(ニコ)
「無理、と言ったら、どうするつもりですか?蘭さん」
白い歯を見せずに笑いながら、和香を横抱きした女がこちらを向いている。
菜紬菜「いいから、離して。美冬さん」
美冬、という名なのだろうか。彼女は。
美冬「覚えていてくれたのですね。私のことを」
菜紬菜「当たり前だよ」
美冬「今度こそ、和香は貰っていきます。
菜紬菜「そんなの無理に決まってるでしょ。伊儀橋さんに説明するのめんどくさいし、そもそも和香ちゃんは渡さないから」
美冬「ではどうするおつもりで?私を殺しますか?」
菜紬菜「新助君を怒らせたのも、君の策略でしょ?」
美冬「いいえ。私はただ影狼組に恨みがある妖怪に、楽々栗新助はあそこにいますよ、と言っただけです」
菜紬菜「それが策略って言うの。僕を殺すための、ね」(ニコ)
美冬「やだなぁ、何を根拠にそう申しているのですか?」
菜紬菜「もー、うるさいなぁ。君、質問多すぎ」
美冬「別に、答えてもらわなくてもいいですよ。和香を貰っていきさえすれば、私は質問なんかしませんから」
菜紬菜「だから、和香ちゃんは渡さないって言ってるよね!?」
菜紬菜は背中に手を伸ばすと、刀を取り出した。その刀を抜刀しながら、菜紬菜は美冬へと突進する。
美冬「和香がどうなってもいいと、申されるのですね」
菜紬菜の足は止まった。
美冬はニヤッと、今度は白い歯を見せて笑っていた。その顔は、悪魔の笑みと言っても過言ではない。
僕の笑顔より、悪魔みたいな笑顔だなぁ。でも、伊儀橋さんを勝ることはない。
菜紬菜は頭の中で伊儀橋さんの笑顔を思い浮かべた――そう思うのも束の間、美冬は和香の腕を掴んだ。
菜紬菜「まさか、とは思うけど…」
和香は気絶しているのか、目を閉じている。だから抵抗するのは不可能。
菜紬菜「やめろっー!」
菜紬菜は刀を投げ捨て、美冬と和香がいるところへ駆けた。
新助「おりゃァー!かかって来やがれ!」
妖怪たちの雄たけびの声が聞こえる――それに負けないくらいに氷柱は声を出した。
氷柱「新助くーん!」
山彦になって氷柱の声が轟く。
新助「氷柱?」
新助は氷柱の声が聞こえた、と思い辺りを見渡す。氷柱を捜すためだ。
氷柱「新助君!」
もう1度、新助の名を口にした氷柱。
新助「氷柱!」
新助も氷柱の名を口にし、お互いの居場所がわかるようにした。
氷柱(新助君の声だ。近い)
氷柱はやっとの思いで木々を抜けた、地面が見えるところへ来た。そこには――
氷柱「新助君!」
新助「おう!氷柱!」
多勢に無勢ながら余裕感を放つ新助は、今、妖怪たちに囲まれている。氷柱が想像していた数よりも多い敵。
氷柱「今、そっちに行く!」
氷柱は近くにあった、とても高くまで伸び育っている木を登った。
「あいつ、何をするつもりだ」
妖怪たちは口々に氷柱を見ながら言った。
新助「よそ見してねえで、俺の相手しろォ!」
新助は妖怪の1人(妖怪を1人、2人、と人間と同様に数えていきます)の顔を殴った。続けて、その殴った妖怪の上に乗っかり、近くにいた妖怪を足で殴る――戦闘が始まった。
その間も、氷柱は木の上に登って、登って、登って行った。
――ついに、上まで来た。氷柱は戦っている妖怪たちを上から見下ろす。それから息を整え、化物の姿になった。
赤い目だけが闇の中からでも見ることができ、その目を見た妖怪は言った。
「鬼だ」
氷柱はその高い木から飛び降りる。無論、自殺するわけではない。考えあってこその行動だ。
落ちながら氷柱は自分の首を爪で裂く。首が吹っ飛ぶほど、深傷ではない。
血の雨が降る。辺りには鬼縛りの花の香が漂った。
氷柱『風起こし』
妖怪たちと新助が戦っているところに竜巻が発生した。砂埃が舞う。
だが、新助の近くにいなかった妖怪も数人見られる。竜巻が治まるのを待ち構え、竜巻が治まった時に新助を殺すため備えているのだろう。
氷柱『貫け』
氷柱の血が刀の形になり、その妖怪数人に突き刺さった。この刀は氷柱が操っている。
氷柱『裂け』
刀は一と描くように横へ移動する。悲鳴と共に血と肉体の破片が辺りに飛び散った。
氷柱『浄化』
氷柱が『浄化』と言ったときは、今放った術、己の血がすべて消えることを示す。
氷柱は地面に着地したと同時に、新助がいるであろう竜巻の中に入って行った。
氷柱「新助君」
新助を見つけた氷柱は新助の手を掴み、走り出した。消えかけた竜巻を通り抜け、そのまま木々の中に入る。
新助と氷柱がいなくなった。辺りは灰の塊が見受けられる。新助に絡んでいた妖怪は殲滅された。新助と氷柱の手によって。
新助「氷柱、結構力使ったけど、大丈夫か?」
荒い息をしている氷柱に新助は言った。
氷柱「はぁ、はぁ、はぁ…私より、新助君は…?私の攻撃を受けて、大丈夫…だった?…」
新助「そりゃびっくりしたけど、俺はこの通り、元気だぜ」
氷柱「そっか…よかった…」
新助「氷柱は変わってねえなァ。面倒臭いって言って、派手にやるんだから」
氷柱「新助君は…この派手さが好きなんでしょ?…」
新助「そうそう。俺はこれが好きだ。でも、あの妖怪たちを殺すまで、逃げたくなかったなァ」
氷柱「その心配は…御無用。あれは私が全部殺したはずだよ…ふぅー」
新助「さすがっ。氷柱は仕事を片付けんのはェな」
氷柱「そう?」
荒い息も治まって来た氷柱。ここで、新助はあることに気づく。
新助「氷柱!」
氷柱「何?」
新助「お前、足が…」
新助は鼻が利く。そして、暗闇でも普通の明るい時と同様にものを見ることができるのだ。
氷柱の足は青く赤く腫れあがっていた。恐らく、着地したときにできたものだろう。一方、首の傷は跡形もなく治っていた。
新助「1回止まれ」
新助の足は止まり、氷柱も止まった。2人は手をつないでいたため、片方が止まればもう片方も止まらなければならない。
新助は木を背に氷柱を座らせ、氷柱の足の様子を見た。
氷柱「ご飯を食べればすぐに治るよ」(ニコ)
氷柱は笑っていたが、足の怪我は相当なものだ。そして、氷柱の笑みもいつもとは違う、少し無理をしている笑みだった。
新助「俺が背負って行く。だからお前は歩くな」
氷柱「そんな、いいよ。私、鬼だし」
新助「鬼でも…」
氷柱の足の怪我は両方で、歩くのさえ、ましてや走るのさえ痛かったはず。
新助「ほら、乗れ」
新助は氷柱に背中を見せてしゃがんだ。でも、と氷柱。まだ、背中に乗ることを拒んでいる。
新助「いいから、乗れって」
――氷柱は根負けした。氷柱は新助の背中に乗る。
氷柱「重くない?」
新助「平気、平気」
新助は氷柱を背負いながら、氷柱が言う方向に向かって歩いた。
菜紬菜「やめろっー!」
菜紬菜は手に持っていた刀を投げ捨て、美冬と和香へ突進してくる。
そして、もう手が届く!目と鼻の間だった。美冬は和香を離し、和香を握っていた手を素早く菜紬菜の心臓へと移動させる。それから美冬はニヤッと笑いながら言った。
美冬「
菜紬菜「!」
美冬「蘭さんには、私の愛をあげましょう」
菜紬菜の心臓を囲むように、周りには青色の桔梗の花が咲き誇った。その瞬間、菜紬菜の体は重くなり、吐き気が襲ってきた。菜紬菜は地面に手を着く。
菜紬菜「君の愛なんか…いらない…んだけどなぁ…」
美冬「蘭さんなら、和香を守るために自分を犠牲にすると思いました」
菜紬菜「それも…策略だったか…でも、君の術なんか…どうってこと…!」
ゲホッゲホッ。菜紬菜は急に肺が苦しくなり、咳をした。咳を抑えた手を見ると――紅く染まっていた。
美冬「どうしましたか?蘭さん」
菜紬菜「なんでも…ないよ…」
血の味がする…菜紬菜はそう思う程、笑みが零れた。
菜紬菜「あははははは!」
菜紬菜はお腹を抱えて笑う。何がそんなに可笑しいのかやら、美冬は顔をしかめた。
美冬「何が可笑しいのですか?蘭さん」
苛立っているような声だった。
菜紬菜「え?…だってさ、僕初めてなんだよ?吐血したの」(ニコ)
は?と美冬は返した。
菜紬菜「自分の血って、こんな味なんだねぇ。ちょっと癖になる。やっぱり僕は鬼だってこと、思い知らされるよ」(ニコ)
美冬「ということは、私が初めて蘭さんに深手を負わせた、ということですね」
菜紬菜「君が初めてなのは確かだけど、深手は負ってない」
美冬「吐血したと申しておられるのに、深手と申されないとは…相当悔しいのでしょう?」
菜紬菜「別に、和香ちゃんはこっちに渡ったし。一件落着だよ」
菜紬菜は地面に倒れた和香を横抱きした。それを何もせず、ただ見るだけの美冬。
美冬「今度お会いましたら、また」
菜紬菜「次は斬っちゃうから、覚悟してるんだよ。美冬さん」
美冬「では、その時まで和香をよろしくお願いします」
美冬は消えた。一瞬で。美冬がいなくなったのと入れ替えに、氷柱を背負った新助と新助に背負われている氷柱が姿を現した。
もしかすると、この2人に邪魔をされたくなくて、美冬は逃げたのかもしれない。
新助「あっ、菜紬菜だ」
氷柱「菜紬菜さん?」
新助「おーい、菜紬菜ー」
菜紬菜は新助の声でやっと2人がいることに気づく。
菜紬菜「新助ー、氷柱ちゃーん」(ニコ)
菜紬菜は声で合図するかのように2人の名を口にした。
菜紬菜はもう血など吐いていない。吐いているわけなかった。菜紬菜は鬼だ。それから、血を履いている姿を見られるわけにはいかない。菜紬菜はいつもの笑みを浮かべながら、2人に向かって歩いた。
菜紬菜「うわぁー、新助が氷柱ちゃんをおんぶしてるー」(ニコ)
新助も歩いてくる菜紬菜に近寄った。
新助「仕方ねえだろー。氷柱、怪我しちゃったんだから」
菜紬菜「そうなんだー」(ニコ)
あまり顔は見えないが、菜紬菜のどこいも光がないのだウザい笑顔を浮かべているんだろうな。そう思う程、氷柱は腹立たしくなってきた。
氷柱「何ですか。文句でもあるんですか」
菜紬菜「文句なーし。さ、屯所に帰ろ」(ニコ)
新助「めーし、めーし、めーしっ!はやく帰ろうぜ!」
菜紬菜と新助はいそいそと歩き出す。はやくご飯を食べたいのだろう。
氷柱「ちょっと待ってください」
氷柱が新助の背中で言った。
菜紬菜「なぁーに?」(ニコ)
氷柱「和香ちゃんは…」
無論、ここはいつでも夜なのだ。しかも、月も星も何もない、どこにも光がないのだ。
氷柱には和香の姿が見えなかった。辺りが暗すぎて。
菜紬菜「ここにいるよ。僕が抱っこしてる」
氷柱「そう…なんですか」
氷柱は少し驚いた。菜紬菜が和香を抱っこしてる。何があったんだろうか。そして、氷柱は新助に背負われてる、となると、なんか、変な雰囲気が漂っている気がする。みんなに誤解されそうだな…
菜紬菜「和香ちゃんったら、こんなところで寝てるなんて、ホント寝るの好きだなぁ」(ニコ)
菜紬菜は和香はここで寝ていた、と言う。本当なら、美冬という謎の女が連れ去ろうとしていたのに。なぜ、美冬の名を出さなかったのか。美冬が和香を連れ去ろうとしていた、と言っていれば、その美冬にたとえ顔がわからなくても、注意して生活したはず。わざわざ嘘を言わなくてもよかったのではないか。
氷柱「冗談は言わないでくださいよ」
菜紬菜「冗談じゃなくって、真実を僕は言ってるの」
新助「真実味ねえな。本当か?」
菜紬菜「僕が言ってるんだから、そうなの」
新助「ふーん。珍しいなァ、菜紬菜が冗談じゃないことを言うなんて。な、氷柱」
氷柱「うん。そうだね」
菜紬菜と新助は止まっていた足を再び動かす。
菜紬菜「あーあ、お腹空いちゃった。どうしてくれるの?新助」
新助「え?俺?」
菜紬菜「だって、君が争いを起こすから、こうなったんでしょ」
新助「だってあいつら…」
菜紬菜「まあ、僕たちは妖怪の世界で嫌われ者だからね。その嫌われ者が、目の前に現れたら…殺したくなるよね」(ニコ)
新助「う…ん?」
菜紬菜「新助のことだから、自分からだったんでしょ?」
新助「何が?」
菜紬菜「だから…もういいや」
新助「おい、何だって」
菜紬菜「さぁー何でしょうか?」(ニコ)
新助は教えてくれよ、とずっと菜紬菜に頼んでいたが、菜紬菜は答えもせず、ただ空を見ていた。
郡治「さァーてと。朝ご飯、作るぞ」
影狼組の台所へ来た郡治と七奈三郎、海翔の3人と、この3人の他にいる影狼組の人間隊士が今から朝ご飯を作るところだ。
七奈三郎「あなたはこれを、君はこれを」
七奈三郎は人間隊士の中のリーダー的存在だ。
郡治「俺終わった!まだ何かあるか?」
七奈三郎「では、作り終わった方はご飯を盛ってください」
郡治「わかった!」
郡治は何でもはやく作業を終わらせることができる。
海翔は――
海翔「ネギきれないよぉー」
マイペースすぎて、はっきり言うと役に立たない。
郡治「ああもう!海翔は何もしなくていいから、邪魔にならないようにだけしてろ!」
海翔「はーい」
いつもこんな感じだった。七奈三郎は隊士に指示をし、郡治は事を素早くこなす。海翔は何もせず、ただ突っ立っているだけ。
そんな慌ただしい中、ずかずかと入ってきた人物。
海翔「威吹鬼さん?」
台所に現れた人物は、威吹鬼だった。
七奈三郎「どうか致しましたか?」
七奈三郎が威吹鬼に声をかけると、威吹鬼はニヤッと笑って言った。
威吹鬼「宇狗威と、新しく入ってきた妖怪が飲みすぎてよ。いつものあれ、作ってくんねえか?」
七奈三郎達、ましてや他の人間隊士が新しく入ってきた妖怪、健斗のことを知る余地もなかった。まだ、正式に紹介されていないからだ。
七奈三郎「わかりました。いつものあれですね」
威吹鬼「それを2つ」
七奈三郎「はい」
七奈三郎は白いお米をお茶碗に盛っていた郡治を呼ぶと、「あれ」を作って欲しいと頼んだ。それを郡治は承知する。
郡治「少々お待ちくだされ」
威吹鬼「あいよ」
郡治は「あれ」を作る準備をした。
それから、あれやこれやと何かの作業をし、「あれ」を作った。
〈次回予告!〉
「至急、氷柱の飯を作ってくれ!」
「お前の方がとっくに隊長失格だ!」
「時と場合によっては見捨てます」
「伊儀橋さんがね、笑うと、絶対に雨が降るんだよ」
「氷柱…!?…幻…じゃない…?」
「少しは察してくれ」
人間隊士はご飯を作る。
湯屋から帰って来た氷柱たちはとりあえず座った――その後ろの部屋は威吹鬼の部屋だった。その部屋の中には健斗が酔い潰れていて…?
一方の一郎丸と菜紬菜は朝から喧嘩三昧!?
今日も大変な1日が始まる。
次回をお楽しみに!
読んでいただきありがとうございます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます