朝日ノ出

一郎丸「術を使って、あいつらを止めることができるか」


 一郎丸は吉丸たちが来るであろう戸に目を向けながら言った。

 あいつらとは、吉丸と猛蛇のことだ。


氷柱「できます」


 氷柱は鋭い爪を使って自分の左手首を切った。赤い血が伝うにつれ、血のにおいが部屋に広まった。

 人間の血のにおいは、とにかく生臭い。よく鉄のにおいがする、とか言うであろう。

 だがどうだろう。氷柱の血のにおいは全くもって生臭いにおいがしない。ましてや――


一郎丸(こいつの血のにおい…鬼縛りの香りがする)


鬼縛りの香りがするという。

 においの感じ方は人それぞれだが、鬼縛りという花は ――とにかく、生臭いにおいではないのは確実だ。

(鬼縛りという花のにおいは、いいにおいだそうです。明確なにおいを表せなくてすみません…)

 鬼縛りの香りがするのであれば、これが氷柱の血のにおいだと気づくことはあるまい。初見ならば。そして、鬼縛りの香りが漂ってきたらフワーンといい気持ちになると思う。これで相手を油断させることができる。


氷柱(とは言っちゃったけど…大丈夫…かな…?)


 氷柱は少し心配していた。先程から術を続けて出している。いや、氷柱とて連続で技を出すなど慣れていることであった。が、その時の反動のことを心配しているのだ。


氷柱(結構眠いんだよなぁ、今)


 氷柱は先程から眠かった。顔には表さないが。たぶん、反動が来る前か後に完全に寝てしまう。氷柱はの心配事はそれであった。

 戸が開いた。氷柱は吉丸と猛蛇の顔を見た瞬間、言った。


氷柱『動くな』


 空間に漂う鬼縛りのにおいが『動くな』の文字に変わった。そして、吉丸と猛蛇に当たる。新助も術に当たってしまった。

 3人の動きは止まった。その間に――口の中に放り込んだ。飴を。

 その途端、氷柱は倒れた。ということは――術も解ける。新助は自由になった体で吉丸と猛蛇の体を避け、氷柱の隣へ行った。


新助「大丈夫か!って寝てる?…」


 新助は氷柱の体を起こした。やはり寝ている。


一郎丸「新助、そのまま氷柱を部屋に戻して寝かせてやれ。それと、これを」


 一郎丸は新品の影狼組出陣羽織を新助に投げ渡した。新助はそれをキャッチすると、氷柱の体を持ち上げた。そして、吉丸と猛蛇の間をくくりぬけ、廊下に出た。

 新助は氷柱を横抱きして、廊下を歩んだ。行先は――恐らく氷柱の部屋だ。



威吹鬼「だったらかかってきやがれ!」


 威吹鬼は叫んだ。


健斗「お、おう!やってやらァ!」


 戸惑いながらも健斗は威吹鬼に向かって突進した。威吹鬼にぶつかる!――


「うるさいぞ、貴様ら」


 今にも威吹鬼にぶつかりそうだった健斗と、健斗を殴りそうだった威吹鬼の動きが止まった。宇狗威は目をパチクリさせていた。

 声は戸の向こう側から聞こえる。

 威吹鬼は戸を開けた。すると、そこにいたのは――月明かりに照らされ、髪が金色こんじきに染まっている。そして、上品な蓮の花描かれている着物を着ていて、見るほど男の美しさを持っている人だとわかった。


威吹鬼「千景…」


 その男は千景という名なのだろうか。威吹鬼はその男の方を見ながら言った。


「伊儀橋に用があって参っただけだ。貴様らのような雑魚に用はない」


 そう言って男は颯爽と行ってしまった。

 男が行ってしまった後、健斗は威吹鬼に聞いた。


健斗「あいつ、誰だ?」


 威吹鬼は答えない。


健斗「威吹鬼さん?」

威吹鬼「もう、寝るか」

健斗「え?俺の話は…」

威吹鬼「お休み、健斗」


 宇狗威は威吹鬼の合図で行灯の中に燈された蝋燭を吹き消した。寝るとなったらはやいんだな、と健斗は思う。

 お膳も下げず、お猪口やら何やら散らばったままでよく寝られるよ。って、もう寝てるし。俺はこんなとこで寝るなんざごめんだね。元はここで寝るつもりだったけど、仕方ねえ、廊下に出てみるか。

 健斗は廊下に出た。そして1つ、あくびをする。

 さっきの男、誰だろう――健斗は戸に背を凭れながら、眠りに落ちていった。



新助「って言われたけど…氷柱の部屋どこだっけ?…」


 新助は氷柱を横抱きしながら氷柱の部屋の在りかを探っていた。


新助「わかんねえ。ああもう!俺の部屋でいっか、とりあえず」


 新助は自分の部屋へと向かって行った。その途中、思いもよらない人に出会う。


新助「お前、まさか!…」

「何だ、犬。俺は貴様などに用はない、そこを退け」


 いかにも見下すような目つきで新助を見た男。


新助「俺は犬じゃない。何回言えば気が済むんだよ」

「俺は事実を言っているのみ、貴様は口答えをするな」

新助「こっちも事実を言ってんだよ。俺は犬じゃねえ、虎狼と人間の間に生まれた半妖だ」

「狼は犬の1種と言うであろう?だから貴様は犬だ」

新助「ああもう!うるせェんだよ!」


 男は顎に手の甲を乗せて言った。


「貴様が抱いている半妖…新入りか?」

新助「だったら何だよ」

「鬼の半妖、か。女鬼だな」

新助「まさか、邪(よこしま)な気持ち抱いてんじゃねえだろうな」

「貴様の方が邪だ。俺の行く手を阻み、女を抱いている犬がな」


 犬、というところに悪意が感じる。


新助「だーかーら、俺は犬じゃねえ!」

「ふん」

新助「そして抱いてねえ、抱っこしてんだ。寝てるから」

「どちらも同じことだ」


 そう言って男は新助を押しとばす。新助はしりもちをついた。

 男は新助のことなど目にとめず、暗い廊下の闇へと足を進ませた。


新助「いってェー…!氷柱は!?」


氷 柱は無事だった。よかった、と胸をなでおろす新助。


新助「にしても…」(氷柱の寝顔、可愛いなァ…って邪な気持ちはよせっつうの!)


 新助は首をブンブンと振ると、立ち上がった。そして、再び歩き出す。


新助(袴着てんのに、女だってわかんだもんなァ。そんくらい、氷柱は可愛いってことか。そういやァ、千景は何でここにいんだ?あいつ、確か九尾弧の行方を追って…ま、いっか。俺には関係ねえことだし)


 新助はここで1つ、大きなあくびをした。



 新助と氷柱がいなくなり、吉丸と猛蛇、一郎丸が残されたこの部屋。

 吉丸と猛蛇はあの|飴をなめさせられ、気を失っていた。

 一郎丸が大きなため息をする。その時、廊下から漂ってくる異様な気配に気づいた。


「伊儀橋、いるな」

一郎丸「お前、何でここにいる」


 男は戸を開けた。そして、吉丸と猛蛇を踏みつけながら一郎丸の部屋に入ってきた。


一郎丸「何の用だ」

「いつまで俺を百華絢爛にいさせるつもりだ?」


 何だそんなことか、と一郎丸は言った。


一郎丸「九尾弧が死ぬまで、だな」


 男は戸を閉まる前に吉丸と猛蛇を廊下に放り投げ、それから閉めた。そして、一郎丸の目の前に座る。


「九尾弧はどこで目が光っているかわからん。だから貴様に和香でもいいから女を寄こせと言ったであろう」

一郎丸「和香は無理だ」

「結構な妹思いだな」

一郎丸「ちげェよ。あいつには間者なんざ、できっこねえって言ってんだ」

「新入りの中で、女鬼がいるな」

一郎丸「何でお前が知ってる」

「先程見かけた。名は何という?」

一郎丸「氷堂氷柱だ」

「氷堂、か」


 男は口元に笑みを浮かべた。


一郎丸「近頃、お前のところに氷柱を送る。それまでは」

「ふん。待ってやる」


 男は気が済んだようで立ち上がると、一郎丸の部屋を出て行った。

 男がいなくなった部屋。吉丸と猛蛇は廊下で気を失っている。


一郎丸「吉丸と猛蛇…」

 

 この2人をどうしようか、考えていた。このままほったらかしにもできないし――


一郎丸「ったく、どいつもこいつも世話が焼けるな」


 一郎丸は廊下に出た――が、そこで待ち受けていたのは思いもよらぬ出来事。それは――


一郎丸「…いねえし…」


 吉丸と猛蛇の姿はどこにもいない、という謎の展開――思いもよらぬ出来事だった。

 一郎丸は頭をかいてから、もう1度廊下を見た。下、上、右、左…やはりいない。

 一郎丸にとってはラッキーであった。一郎丸は吉丸と猛蛇を部屋まで送る、または起こして部屋に戻るよう言うつもりだった。だが、あの飴の効果が効いているのか、確かめたかった気持ちもあった。


一郎丸(あいつらがいねえってなりゃ、俺は寝るか。どこ行ったのかは知らねえが、たぶん大丈夫だろ)


 一郎丸は布団を敷いた。そして、行灯の中に灯る蝋燭を吹き消す。一郎丸は目を瞑った。



新助「つっかれたァー…」


 新助は自分の部屋に着き、畳の上に氷柱を下ろした。

 うーん、と背伸びをする新助。それからまた1つ、あくびをした。


新助「寝よっと」


 新助も寝転がると、氷柱の隣へ転がった。そして、そのまま夢の中へ――



 朝の光が差し込み、健斗の目をかすめた。健斗は目が覚める、と同時に体が重いことに気づいた。


健斗「何だこりゃ…」


 体が重い、頭が痛い、気持ち悪い、目まいがする。

 健斗は背に凭れていた柱に支えられながら、やっとの思いで立った。


健斗「二日…酔い?…」


 その時、目の前の戸が開いた。威吹鬼の部屋の戸だ。戸を開けたのは――威吹鬼のようだ。威吹鬼はすぐに健斗の存在に気づき、2人は目が合う。


威吹鬼「健斗…」

健斗「威吹鬼…さん…」


 健斗はフラっと体が倒れた。威吹鬼が倒れる寸前で健斗を支えるが、健斗は気を失っていた。



氷柱「ん…」


 氷柱は太陽の光を浴びて、目が覚めた。目を開けると、まず新助の顔が見える。


氷柱(どうして新助君が…?)


 氷柱は体を起こすと、辺りを見渡した。

 何もない寂しい部屋――自分の部屋?――だったら新助君が寝ていない。新助君には自分の部屋がある。となると、ここは新助君の部屋?

 氷柱は新助を起こそうと、新助の肩に手を置く。


氷柱「し…」


 氷柱は新助の顔を見てあきれた。涎が垂れそうで、とても気持ちの良さそうな顔をしている。きっといい夢を見てるんだろうなぁ…

 その時、氷柱のお腹が鳴った。ご飯が食べたい。


氷柱(でも、ご飯ってどこでもらうの…?)


 やはり新助を起こすしかないか…再び新助の顔を見る。


氷柱(確か新助君は…寝坊助だったような…)


 氷柱は自分の脳内に刻まれた、新助を思い浮かべた――やっぱり寝坊助だ。


氷柱(起こすの大変そう…)


 氷柱は無理矢理起こすのではなく、なるべく自然に起こそうと新助の耳元に顔を近づけた。


氷柱「新助君、新助君、新助君。朝だよ、起きて」


 新助はびくともしない。氷柱は新助の名を呼び続ける。

 新助君、新助君、ねえ、新助君ってば。起きてよ、朝なんだから。氷柱はだんだん苛立っていく。


氷柱「もう…全然起きない…」


 とうとう氷柱は最終手段を試す。無理矢理起こすこと。それは――


氷柱(この方法は使いたくなかったが、仕方ない)「ん…」


 氷柱は新助の鼻をつまみ――自分は新助の唇に唇を重ねた。つまり、新助は息を吸えない状態に至っている。

 数秒後、新助の手がぴくっと動く。そして、そのまま氷柱の肩を掴み、新助は跳び起きた。


新助「はぁ、はぁ、はぁ…」


 新助は荒い呼吸をしている。氷柱はやっと起きた、と思っていた。


新助「はぁー…」


 荒い呼吸が治まって、新助は氷柱の目を見た。


新助「おっお前…やったか?」

氷柱「何を?」

新助「キっキス、しただろ」

氷柱「最終手段として、やっちゃっただけ」

新助「やっちゃったって…簡単にできんのかよ」

氷柱「新助君とは長い付き合いだから…って理由もあるし、お腹空いたからさ、はやくご飯食べたくて」

新助「そ…うか。いつ起こしてたんだ?俺のこと」

氷柱「私が起きてからずっと」(ニコ)

新助「寝坊助だからなァ、俺。そう簡単には起きられねえんだ」

氷柱「私がキスすれば起きるんだね」(ニコ)

新助「ばっあれは呼吸ができなかったから起きただけで、キスされたから起きたってわけじゃねえぞ」


 新助の顔は紅く染まっていく。氷柱はニコっと笑みを浮かべると、立ち上がった。


氷柱「お腹空いた、はやくご飯食べたい」


 新助も立った。


新助「今回のことは内緒だぞ」

氷柱「当たり前だよ」(ニコ)


 氷柱は戸を開けた。


菜紬菜「何が、内緒なの?」(ニコ)


 戸を開けた瞬間、いつからいたのかやら菜紬菜が立っていた。



菜紬菜(ん?…何か、焦げ臭いなぁ…)


 室内に籠る異臭を嗅いで目が覚めた菜紬菜。


菜紬菜「うっ…ゴホッゴホッ」


 菜紬菜はむせりながら、部屋の戸を開けた。

 そして、外の空気を吸う。すーはー、すーはー。


菜紬菜「ふー」(死ぬところだった…)


 菜紬菜は背後を振り返った。


菜紬菜(蝋燭、消すの忘れちゃった)


 菜紬菜は蝋燭を消すのを忘れた。となると、今までずっと蝋燭は燃えていた、ということになる。蝋燭を燃やしていると、出るのは一酸化炭素。部屋中に一酸化炭素が充満すると――人間は死ぬ。無論、妖怪だって酸素を吸って二酸化炭素を吐き出す。だから妖怪も一酸化炭素をたくさん吸うと、死ぬ。


菜紬菜「ん?」


 菜紬菜は蝋燭の近くに灰があるのに気づく。そして、あの巻物がないことにも。


菜紬菜「あーあ、僕やらかしちゃった。あの巻物、伊儀橋さんのなのに燃やしちゃった」(ニコ)


少しばかり――いや、喜んでいる。菜紬菜は一郎丸の巻物を燃やして喜んでいる。


菜紬菜「あはははは!」(笑)


 あっそうだ、と菜紬菜は袴を正しながら思った。


菜紬菜(氷柱ちゃんに見せてあげよっと。今回のいたずらは、結構いい感じだし)


 何がいい感じなのかやら――次は髪を正した。よし、これで大丈夫。

 菜紬菜は開けっ放しの戸に目を向け、廊下へ出た。そして、氷柱の部屋がある右手の方の部屋へ行った。

 空は光が見え始めている程度。完全に夜は明けていなかった。

 菜紬菜は部屋に氷柱がいると思い、まだ寝ているのであれば脅かしてあげよう、と思っていた。

 スー、と静かに戸を開ける。するとどうだろう。


菜紬菜(氷柱ちゃん、いない…どこで寝たんだろ。廊下で寝たとか)


 菜紬菜は氷柱の部屋を出て、いろいろなところへ行くことにした。氷柱を捜すために。



 もう、完全に夜が明けた。氷柱ちゃんは、どこだろ…ん?誰かの声がした。

 菜紬菜は誰かの声が聞こえた部屋の戸に耳を澄ませた。


氷柱「新助君、新助君、ねえ、新助君ってば。起きてよ、朝なんだから」


 これは氷柱ちゃんの声だ。ここは新助の部屋だし、氷柱ちゃんは新助の部屋で寝たんだ。雑魚寝?

 菜紬菜は様子を見ることにした。


氷柱「もう…全然起きない…」


 新助は寝坊助だからね、そう簡単には起こせないんだよ。

――しばらくして、新助の荒い呼吸が聞こえてきた。


新助「はぁ、はぁ、はぁ…」


 氷柱ちゃん、何したんだろ。まさか、新助の呼吸を止めた?術を使って。


新助「はぁー…おっお前…やったか?」

氷柱「何を?」

新助「キっキス、しただろ」

氷柱「最終手段として、やっちゃっただけ」

新助「やっちゃったって…簡単にできんのかよ」

氷柱「新助君とは長い付き合いだから…って理由もあるし、お腹空いたからさ、はやくご飯食べたくて」

新助「そ…うか。いつ起こしてたんだ?俺のこと」

氷柱「私が起きてからずっと」(ニコ)

新助「寝坊助だからなァ、俺。そう簡単には起きられねえんだ」

氷柱「私がキスすれば起きるんだね」(ニコ)

新助「ばっあれは呼吸ができなかったから起きただけで、キスされたから起きたってわけじゃねえぞ」


 キス…?って何だろ…


氷柱「お腹空いた、はやくご飯食べたい」

新助「今回のことは内緒だぞ」

氷柱「当たり前だよ」


 戸が開いた。新助と氷柱の顔が見える。


菜紬菜「何が、内緒なの?」(ニコ)


 いつからいたのかやら、菜紬菜が立っていた。

 今にでも、この戸を閉めてやりたい。思わず戸を手にかけてる左手に力が入る。氷柱はこの気持ちを抑え、この笑みに嫌な予感を覚えながらも、菜紬菜に聞いた。


氷柱「いつからそこにいましたか?」

菜紬菜「ん?」(ニコ)


 これ、絶対聞かれてた…キスがどうとかって話…氷柱は少し顔を紅くした。


菜紬菜「キスって何?」(ニコ)

氷柱「それは…」


 氷柱は返答に困る。もし、菜紬菜にあのことを言ったら…絶対にみんなの耳に広まる。それだけは避けたい。

氷柱が上手くごまかそうと、口を開けようとした――が、


新助「菜紬菜、そんなことも知らねえの?キスってのはな…」


 先に新助の口が開いてしまった。まずい、と氷柱は大きな声で菜紬菜に言った。


氷柱「キスってのはですね、魚のキスってことですよ」

菜紬菜「キス…?って魚、いたっけ?」

氷柱「いますよ」

菜紬菜「ふーん。僕には教えてくれないんだ」

氷柱「今、教えたじゃないですか」

菜紬菜「氷柱ちゃんがそんなにひどい人だったなんて…」(ニコ)

氷柱「菜紬菜さん…」


 苛立っているような、あきれているような顔をした氷柱。新助は不思議そうな顔をしながら氷柱を見た。


新助「氷柱、キスは…」

氷柱「内緒でしょ」


 小声で言った。あっ、そうだった、と新助は苦笑した。


氷柱「菜紬菜さんも一緒に行きましょう?ご飯を食べに」

菜紬菜「いいよ。でもその前に」


 菜紬菜は氷柱に近づき、氷柱のヘアゴムを取った。何するんですか、とヘアゴムを菜紬菜の手から取り返そうとしたが、菜紬菜の手が氷柱の顔を覆い、取れなかった。


菜紬菜「朝風呂行かない?」

氷柱(そういえば、昨日お風呂入ってない…)


 氷柱はお風呂に入りたいと思った。


氷柱「どこにあるんですか?お風呂」

菜紬菜「この影狼組にはないよ」


 え?ないのにどうやってお風呂に入るの?


菜紬菜「銭湯屋さんがあるんだよ。妖怪専用の」(ニコ)

氷柱「そうなんですか」

菜紬菜「うん。氷柱ちゃんは初めてだから、和香ちゃんと行ったら?」

氷柱「そうしたいです」

菜紬菜「じゃ、決まりね。和香ちゃんとこ、行こ」


 菜紬菜は氷柱のヘアゴムを人差し指にかけ、クルクルと回しながら歩いた。



 和香の部屋の前に着いた。


菜紬菜「開けるよー」

氷柱「ちょ、ダメですよ」

菜紬菜「なんで?」


 氷柱はいきなり部屋の戸を開けようとする菜紬菜の腕を掴んだ。


氷柱「いきなり開けたら、びっくりしちゃいますよ」

菜紬菜「じゃ、どうすればいいのー」

氷柱「まず自分の名を名乗って、中にいる人に入っていいと許可を得てから…」

菜紬菜「そんなの待ってられないし」


 菜紬菜は氷柱に掴まれていない左腕で和香の部屋の戸を開けた。あー、と氷柱は菜紬菜をにらむ。菜紬菜は笑みを浮かべていた。


新助「和香ー」


 和香は寝ている。


菜紬菜「和香ちゃんも朝は苦手なんだよねぇ。どっかの誰かさんみたいに」(ニコ)

新助「誰だ?」


 いや、新助君でしょ。氷柱は天然バカな新助に心の中でつっこんだ。


菜紬菜「どうやって新助を起こしたの?氷柱ちゃん」(ニコ)


 菜紬菜は氷柱の腕を掴んだ。


菜紬菜「教えないと、殺しちゃうよ」(ニコ)

氷柱「…どうやって殺すつもりですか」

菜紬菜「食べてあげるよ。全部」(ニコ)


 この時、新助は慌てていた。


新助「菜紬菜、冗談はよせっつーの」

菜紬菜「新助、君が言ってよ。氷柱ちゃんに何されたの?キスって何?」

新助「そっそれは…内緒だ」

菜紬菜「氷柱ちゃんがどうなってもいいのかな?」(ニコ)


 氷柱の腕を掴んでいる手に力が入る。


新助「あー!わかった、教えっから。これでいいんだろ?」

菜紬菜「そう、それでいいんだよ」(ニコ)


 新助はふー、と息を吐いてから言った。


新助「唇と唇を重ねることを言うんだ」

菜紬菜「唇と唇を…?」

新助「口吸いだよ」

菜紬菜「そんなことしたの?氷柱ちゃん」(ニコ)

氷柱「…」


 氷柱の顔は紅く染まっていく。


新助「氷柱は俺の鼻もつまんでたから、息ができなくなって起きたってわけだ」

菜紬菜「ふーん。氷柱ちゃん、新助のことが好きだったんだ」(ニコ)

氷柱「何でそうなるんですか!」

菜紬菜「違うの?」(ニコ)

氷柱「違います」


 違うんだ、と新助は少しがっかりしたような――


菜紬菜「だよねー。だって氷柱ちゃんは健斗君一筋だもんね」(ニコ)

氷柱「ちがっ…」

新助「そうなのか!?」

氷柱「違うよ!」

菜紬菜「じゃあ、試してみていい?和香ちゃんで」(ニコ)

氷柱「何をですか」

菜紬菜「そのキスってのを和香ちゃんで試すの」(ニコ)

氷柱「誰がするんですか」

菜紬菜「僕しかいないでしょ?氷柱ちゃんと新助とでキスしたんだから」(ニコ)

氷柱「誰にも言わないでくださいよ」

菜紬菜「えー、こんなおもしろいこと、そうそうないのに」

氷柱「おもしろいことじゃないです!」

菜紬菜「はいはい」


 菜紬菜は氷柱の腕を離した。そして、和香のところへ行く。


新助「本気でやるつもりか?あいつ」

氷柱「恥ずかしいとかないのかな…」


菜紬菜は和香の顔を見る。準備ができたと、自分の顔を和香に近づける――が、


和香「ん?…菜紬菜…さん?…」


和香の目が開いた。どんどん顔が紅く染まっていく。


菜紬菜「あーあ、起きちゃった。せっかくキスって奴を試そうとしたのに」(ニコ)


 菜紬菜は続けた。


菜紬菜「おはよう。今から朝風呂行くんだけど、和香ちゃんも行くよね?」(ニコ)

和香「…」


 和香は顔を隠した。


菜紬菜「ほら、行くよ」


 菜紬菜は和香の手を握ると、立った。もちろん和香も立つ。菜紬菜に連れられて、和香は廊下へと来た。


氷柱「和香ちゃん…大丈夫?」

和香「もぉー全然大丈夫じゃないよぉー」


 あははは、と氷柱が苦笑する。


新助「行こうぜ、銭湯」

菜紬菜「そうだね」(ニコ)


 菜紬菜を先頭にして、新助、和香、氷柱が続いた。



 赤い鳥居をくぐった。それから菜紬菜は言った。


菜紬菜「銭湯屋さん、銭湯屋さん。おいでになってくださいな」(ニコ)


 こんなんで銭湯屋さんが出てくるの?氷柱は菜紬菜がふざけて言っているだけだと思った。


――しばらくすると、菜紬菜たちをとても強い風が取り巻いた。砂埃が目に入らないよう、氷柱は目を瞑る。


――目を開けると、そこは「湯」と描かれた看板がぶら下がっていて、建物からは湯気が立ち上っていた。そして、周りには人ではなく、妖怪たちがたくさんいた。


氷柱「うわぁ…」


 氷柱は思わず言った。

 建物は空高くまで高さがあり、先程まで明るかった空が闇に染まっていた。だが、提灯がいろいろなところに置かれているから、足元は十分に見える。


菜紬菜「じゃあ、お風呂あがったら各自屯所に戻るってことで、いいよね?」(ニコ)

氷柱「どうやって帰るんですか?」

菜紬菜「和香ちゃんが知ってるから大丈夫。あと、2人は離れちゃダメだよ。妖怪って言っても、2人は半…」


 菜紬菜は氷柱の目線に気づく。そうだった、と菜紬菜は言い換えた。


菜紬菜「妖怪に襲われないようにね」(ニコ)

氷柱「はい」


 氷柱が半妖だ、ということは内密に、ということだったので、菜紬菜は言い換えたのだ。


新助「じゃーなー氷柱。気を付けろよ、妖怪にはな」

菜紬菜「君も気を付けてよ。妖怪同士の喧嘩に巻き込まれないでね」

新助「わかってるよ」

菜紬菜「言っておくけど、君が妖怪に襲われても、僕は関係ないから見捨てる」(ニコ)

新助「ヘイヘイ」


 菜紬菜と新助は看板をくぐり、銭湯屋に入って行った。

 和香と氷柱も続けて入る。入った途端、温泉のにおいが4人の鼻に香った。


〈次回予告!〉


「海翔ー、ご飯作るぞー」


「おぇー、気持ちわりぃ…」


「半妖のガキなくせに生意気ぶってんじゃねえ」


「いーち、にーぃ、さーん、しーぃ、ごーぉ、ろーく、しーち、はーち、きゅーう、じゅう」


「鬼だ」


「その心配は…御無用。あれは私が全部殺したはずだよ…」


「蘭さんには、私の愛をあげましょう」


「いつものあれ、作ってくんねえか?」


謎の女、現る。

湯船につかり、屯所へ帰ろうとした最中、新助が言い争っている声が聞こえ、氷柱他3人が声が聞こえる方へ向かう。

だが、和香と途中ではぐれてしまい――菜紬菜と別行動を試みる氷柱。

氷柱は新助を、菜紬菜は和香を捜して湯屋の空間を走り回る。

新助を取り巻く妖怪。その妖怪を指示した謎の女、美冬。

新助と氷柱の前に立ち塞がる妖怪、和香を人質に取られた菜紬菜。

湯屋でも戦闘が繰り広げられる!

次回をお楽しみに!


読んでいただきありがとうございます。

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