妖怪ノ鬼「4」

健斗「いっただっきまーす!」


 健斗は焼き魚目掛けて箸を伸ばした。そしてひょいと魚を持ち上げると、左手に持ったお皿に置く。その魚を次は口へと運ぼうとした――が、


健斗「ってあれ?ねえ!」


先程まで箸に挟んでいた魚がななくなっていた。


宇狗威「へっへーん、俺様から食い物を取ろうなんざ100年はやいぜ!」


 宇狗威は魚を口に入れた。2、30cmあるであろうその魚をたった1口で――健斗はそんなことよりも、いつ箸から奪ったんだ?、という疑問の方が頭に浮かんだ。


新助「ああ!それ俺の!」


 健斗が取った魚は新助のお膳に乗せられていたもので、それを宇狗威が食べた。


新助「だったら俺も奪ってやる!」


 いつ宇狗威の腕から解放されたのか、新助は箸を持たずに手を伸ばした。その先は宇狗威のお膳に乗せられている――やはり焼き魚だ。あと少しで魚が掴める!というところで、宇狗威が先を越した。

 パクリとまたもや1口で魚を食べる。


新助「骨ごと食うのかよ…気持ちわりィ」

健斗「それでもこいつ、人間か…?」

威吹鬼「いや、こいつは人間という化け物だぜ」

新助「上手い!」(笑)


 あはははは、と高笑いする健斗たち。宇狗威は何笑ってんだ?という顔で見ていた。


健斗「そういやァさ」


 笑い終えた健斗が話を切り出した。


健斗「新助、伊儀橋さんとこ行ったの?」


 健斗は不意に頭に浮かんだ疑問を聞いた。


新助「あっ…」


 部屋が静まり返る。どこかで予想していた答えが返って来た。


宇狗威「伊儀橋さんとこ?」

威吹鬼「まさかお前、忘れてたとか…言わねえよな…?」

新助「あっやっべェー!忘れてた!」


 酒の酔いがどこかへ吹っ飛んだ。

 新助は戸を荒々しく開け、廊下を猪突猛進に駆け出した。


〈・・・〉


威吹鬼「今度こそ殺されるかもな」

健斗「伊儀橋さんとこに氷柱いっからな…そこまではいかねえんじゃないの…かな…?」

宇狗威「氷柱ちゃん見つかったんだな。よかったぜ」

威吹鬼「ホント、よかったな」


 威吹鬼は健斗の頭に腕を乗せた。

 新助の廊下を走る音が、静かな夜の闇に響く。まだ月は庭を照らしていた。



菜紬菜「だーかーら、氷柱ちゃんの行方は知らないって」(ニコ)

吉丸「答えろ!クソ野郎!」

菜紬菜「…今の言葉、取り消さないと…斬っちゃうよ」(ニコ)

吉丸「ぐっ…」


 氷柱がかけた術から目を覚ました吉丸、猛蛇の2人は偶然出くわした菜紬菜に、氷柱の行方を聞いていた。

 口元は笑みを浮かべ、目は殺意がこもっている。ひるんだ吉丸は後ずさった。


菜紬菜「なぁーんてね、冗談に決まってるでしょ」(ニコ)


 でも、と菜紬菜は続けた。


菜紬菜「僕に聞く前に自分で捜せばいいじゃない。ほら、伊儀橋さんとか。伊儀橋さんは僕と違って隊士全体を知り尽くしてるわけだし」(ニコ)

吉丸「ちっ…行くぞ」


 吉丸は猛蛇に言うと、菜紬菜を避けて一郎丸の部屋へと向かおうとした。


菜紬菜「氷柱ちゃんを殺したいんだったら、僕が相手になってあげるよ」(ニコ)


 吉丸は背後を振り返る。


菜紬菜「一応だけどね、氷柱ちゃんは僕の隊所属だから、なにかあったら僕が顔出さないといけないでしょ?」(ニコ)


 吉丸はふん、と鼻で返事をする(?)と猛蛇と共に廊下を歩いた。

 吉丸と猛蛇からは殺気が感じられる。やっぱり氷柱ちゃんを殺そうとしてるんだろうなぁ、と菜紬菜は思うと笑みを浮かべた。


菜紬菜(さぁて、僕ははやいとこ部屋に戻ろっと)


 菜紬菜は再び自分の部屋へと歩き出した。菜紬菜の笑みは絶えることなく、夜の闇を飾っていた。



一郎丸「健斗の刀はな、ようかいの魂が入っている刀で永遠超蛇えいえんちょうじゃ兼風丸かねかざまるってんだ。俺も詳しくは知らねえが、妖界で有名な兼風丸って奴が作った名刀らしい。わけあって俺のところに来たんだが…あの刀は使い方が難しいんんだよなァ。何しろ自分が思ったところに伸びて行っちまうから、相当とうな集中力が必要なんだ。あいつ…」


一郎丸は腕を組んだ。


一郎丸「健斗に使うことができると思うか?」

氷柱「…慣れれば、使えるんじゃないんですかね…?」

一郎丸「まァ、使えねえ場合は違う刀を使わせればいい話なんだがな」


 そうですね、と氷柱。


一郎丸「お前は何の刀を使いてェのか言ってみろ。この吸魂鉄刀でいいのか?」

氷柱「それじゃあわざわざ離した意味がないですよ」

一郎丸「だったら何の刀を…?」

氷柱「何か他にありませんか?」

一郎丸「そうだな…特注で刀でも頼むか?別に刀じゃなくてもいいんだが」

氷柱「刀じゃないんだったら…何になるんですか」

一郎丸「弓矢、槍、鉄扇…あとは術を使うことができる品物とかだな」

氷柱「そうですか…」


 鉄扇とは鉄の扇のことだ。なぜ鉄扇が武器になるのかは理解できなかったが、氷柱は本気で何を武器にしようか考えた。

 それから――


氷柱(菜紬菜さんはわかっててあの刀を渡したとすると…ひどい人だなぁ…)


健斗と氷柱が刀を抜いてしまったのは自業自得だが、それを仕掛けたのは菜紬菜だ。菜紬菜の冗談に引っかかってしまった。


氷柱|(んー…やっぱり…)「伊儀橋さん、やっぱり私は…」


と氷柱が言いかけた時――


〈ドタバタ ドタバタ〉


廊下で荒々しい足音がしたかと思うと、あっという間にその足音は一郎丸の部屋の前で止まった。そしてその勢いのまま戸を開けた。


新助「伊儀橋さん!すまねえ!」

氷柱「え…?」

新助「つっ氷柱!?うわっ…」

氷柱「ちょっ…」


〈ドタン〉


――これはどういう状況なのか。

 氷柱は戸を背に座っていたが、足音が聞こえてからは上半身だけ戸の方を向いていた。

 その足音が突然止まったかと思うと、次はズトン!と勢いよく戸が開いたではないか。

 そして伊儀橋さん!すまねえ!、と叫びながら戸から顔を出した新助はその勢いのまま一郎丸の部屋に1歩踏み入れる。

 唐突に氷柱が目の前にいることに気づいた新助だったが、もう遅い。新助は氷柱にダイブしてしまった。

 つまり、今の新助と氷柱の格好は――新助が四つん這いになり、その腕と腕の間にいるのが氷柱というわけだ。

 壁ドンなる床ドン――と想像していただくとわかりやすいだろう。


新助「氷柱…ごっごめん!」


 新助はすぐさま起き上がると、少し後ずさった。


氷柱「いっ伊儀橋さん?…」


 氷柱は背中から感じる一郎丸の怒りに身を震わせた。おそらく新助も感じたのだろう。


新助「伊儀橋さん…?どっどうして怒ってんの?」


 ひきつった笑みを浮かべる新助。


氷柱(この状況…どうすればいいのかな?…私ってここにいていいの?…新助君と伊儀橋さんに挟まれてるんだけど…)


 氷柱は一郎丸の方を向く気にもなれず、そのまま新助の方を見ていた。

 開きっぱなしの戸から、ひんやりとした冷たい風が流れ込む。新助のひきつった笑みは絶えることなく、ひんやりとした冷たい風を飾っていた。


氷柱(伊儀橋さんの圧力で体が動かない…)

新助「わっ悪かったって。謝るからさァ、許してくれよ」

一郎丸「…」


 一郎丸はうんともすんとも言わない――そんな時だった。局長、いらっしゃいますよなァ、と廊下から聞こえたのは。

 新助は廊下に顔を出した。そこにいたのは――


吉丸「退け、ガキ隊長」


廊下には吉丸と猛蛇がいた。

 吉丸は新助を押すと、一郎丸の部屋に入った。一郎丸の部屋の戸の前に立ちふさがっていた新助は、一郎丸の部屋に入りたい吉丸にとって邪魔でしかない存在だった。だから押した。

 押された新助は再び氷柱の方へと体勢を崩した。まずい!氷柱にぶつかる!、と思っても体勢を崩した新助はそのまま倒れていくしかない。

 ごめん!氷柱!、と思った新助だったが、氷柱に謝る必要はなくなった。なぜなら――


一郎丸「幹部を押すとは、どういった経緯だ?吉丸」

氷柱「伊儀橋さん…?」


 氷柱はポツリと呟いた。あのまま新助が氷柱に倒れていたら、間違いなく氷柱は新助の下敷きになるはずなのに、氷柱は一郎丸の背後にいた。

 刹那、一郎丸は氷柱の腕を引っ張り新助の下敷きになることを食い止め、神足通を使い氷柱の前に来た。


吉丸「こりゃァ、失敬。実は俺たち、氷柱と言う鬼の半妖を捜していまして、どこにいるか知りませぬかねィ?」

氷柱(吉丸と…絶対猛蛇もいる。あの妖怪たち、私を殺しに来たのかな…?)

新助「いってェな!何してくれんだよ!」


 起き上がった新助は怒鳴った。その怒りよりもまず、どうして氷柱にぶつからなかったのか、不思議に思わなかったのだろうか。


吉丸「どこにいんですかァ?局長」


 吉丸は新助のことを無視する。新助は当然怒るだろう。ガキ隊長と言われたといい、押されたといい、無視されたといい――

 氷柱は一郎丸の背後にいたので、吉丸には見えていなかった。吉丸は戸と廊下の間にいる。猛蛇は廊下にいた。


一郎丸「さァな、さっき俺の部屋から出てったとこだから、そこら辺にいんじゃねえのか?」

吉丸「ありがとうございやーす」


 吉丸は適当にお礼を言うと、一郎丸の部屋から出て行った。その背後にはしっかりと猛蛇が付いて歩いて行く。


新助「あっの野郎、待ちやが」

一郎丸「新助」


 一郎丸は今にも駆け出して行きそうな新助の襟首を掴んだ。


一郎丸「無駄な争いは避けろ」

新助「でっでも…」

一郎丸「座れ、氷柱の隣にでも」


 氷柱は一郎丸の隣に立っていた。


新助「そういやァ、どうして俺は氷柱とぶつかんなかったんだ?…」


 今頃か、という顔をしている一郎丸と氷柱。


氷柱「とにかく、座ろ。ね」


 苦笑しながら氷柱は言った。


新助「へーい」


 新助と氷柱は戸を背に座った。一郎丸も、先程と同じように座る。


一郎丸「お前のせいで、怒る気にもなれなくなった」


 お前のせい、とは新助のせい、ということだ。


新助「どうしてだ?俺、怒られるようなことしたっけ?」


 ああ、もういい、と一郎丸は言うと、先程の話を再開した。


一郎丸「で、お前は…」

氷柱「私は刀を使いたいです」

一郎丸「そうか、だったら…」

新助「この刀、使えばいいじゃん!」


 新助は一郎丸の手前に置いてあった、あの刀を手にした。


一郎丸「ばっバカ!その刀を抜いたら!」

氷柱「ダメだよ!新助君!」


 あの吸魂鉄刀の柄を持ち、今にも抜きそうな新助から氷柱は刀をとった。


新助「何でだよォ、この刀使えばいいじゃんか」

氷柱「あのねぇ…」


 氷柱は新助がわかるように丁寧にこの刀について教えた。


新助「えっ!まじ!?」

氷柱「危ないなぁ…まったく」


 その間、一郎丸は2人の会話の様子を見ていた。


一郎丸「お前ら、相当仲いいじゃねえか」

氷柱「そう…ですか?」

一郎丸「どんな仲だ?」

新助「氷柱と再会して…えっと…」

氷柱「27歳までは一緒にいましたけど…その後は…会っていませんね」

一郎丸「27年間、一緒にいた…のか?」


 それから会っていないとすれば、氷柱が新助のことを覚えてないのも無理はないだろう。約121年間、会っていないのだから。


新助「そうそう。氷柱と俺は赤子のころからの友達だ。な?」

氷柱「そうだね。親同士が…知り合いだった、という感じですね」

一郎丸「なるほどな。じゃあ、なぜ別れた?2人一緒にいればよかっただろ」


 この言い方はまるで新助と氷柱が交際していたが別れた、みたいな感じだ。無論、交際などしていない。友達――を超えて親友の関係だ。


新助「そういやァ…」

氷柱「どうして私たち、別々になったんだっけ?…」

新助「忘れた」

一郎丸「まァいい。とりあえず、氷柱、お前は別の刀を使うことにするんだな」

氷柱「はい」

一郎丸「よし、決まりだな」

氷柱「ありがとうございます」


 氷柱は深々とこうべを垂れた。


新助「そういえばさ、どうして吉丸たちは来たのかなァ…?」

一郎丸「何か、あったか?氷柱」

氷柱「あり…ましたね、はい」


 氷柱は吉丸と猛蛇との戦闘のことを教えた。


一郎丸「そんなことがあったのか…ったく、菜紬菜の野郎、また勝手なことをしやがって」

新助「腕は鈍ってないようだな、氷柱。明日でも、俺と勝負しねえか?」

氷柱「そのことだけど…伊儀橋さん」

一郎丸「何だ?」

氷柱「私のことを鬼の半妖扱いではなく、人間扱いしてほしいんです」

一郎丸「…なぜだ」

氷柱「私が生きていた時代も、人間として生きていました。だから、こっちの時代でもそうしたいんです」

新助「氷柱のことを鬼の半妖とわかっているものはどうするんだ?吉丸と猛蛇、あいつら何しでかすかわからねえぞ」


 それは新助も同じことだが…と一郎丸と氷柱は思いながらも、話を進めた。


一郎丸「菜紬菜がいたら、斬っちゃいます?、というだろうが、そうはできねえ。だが、方法はある」

氷柱「どんな方法ですか?」


 氷柱は目を輝かせて言った。


一郎丸「ちょっと待ってろ」


 一郎丸は腰をあげると、文机の隣にある小さな引き出しを見た。そして、何かを掴んでも位置に座る。


一郎丸「飴だ。だが、普通の飴じゃねえ、迷界・白百合白菊の宴町ってとこにある飴屋のあやかしお飴だ」

氷柱「あやかしお飴…?」


 聞いたことがない飴、そして店だ。


新助「でもさァ、伊儀橋さん。その飴、なめたら最後全部の記憶を…」

一郎丸「問題ねえよ。氷柱の血を借りればな」

氷柱「…なるほど!」

新助「なるほどって氷柱、わかったのか?」


 氷柱にはわかって、新助にはわかってないようだ。

 一郎丸が持っている飴はなめるとすべての記憶を忘れてしまう飴らしい。

 だから氷柱の出番だ。氷柱の術、言霊血操術ならその飴の効果を変えて、氷柱が鬼の半妖だということを忘れさせることができる、ということだ。

 氷柱はそれを新助に教えると――


新助「なるほど!なァーんだ、簡単な話じゃねえか」

一郎丸「新助、てめえの鼻で吉丸たちを捜して俺の部屋に呼んで来い」

新助「えー…何で俺が」

氷柱「新助君の鼻が頼りだからに決まってるでしょ!」


 氷柱は新助をおだてた。


新助「そうなのか!?伊儀橋さん!」

一郎丸「そうだ」

新助「わかった!すぐ見つけてくっからな!」


新助は一郎丸の部屋から猛スピードで出て行った。


〈・・・〉


 新助がいなくなって少し静かになった一郎丸の部屋。

 氷柱は一郎丸が吉丸と猛蛇にあげ、なめさせる飴に自分の血を付けた。


〈説明〉

おそらく、読者の方はこんなことを思うのではないか。

『氷柱の術・言霊血操術で記憶を失くせばいいじゃないか』と。

氷柱の術は一定の時間だけ効果がある。

例えば、氷柱が敵の妖怪に『止まれ』と言ったとする。

すると、その敵は止まるがそれは一定の時間だけだ。その敵が強ければ自分に反動が来るため、長い時動きを止めることはできない。

つまりいうと、『忘れろ』と吉丸たちに言ったとしても、術の効果が切れれば元に戻ってしまう。

だから飴に氷柱の血を付着させ、『忘れろ』と言えばその飴の効果(記憶がすべて消える)が変わり、「氷柱は鬼の半妖だ、を忘れる」ということになるのだ。

もう少し加えて話すと、氷柱の術をかける相手が人、動物、妖怪、幽霊とかだとする。

それらに共通する点、それは自分の意志を持っていること。意志を持っている者を操るには、自分に反動が来ることを覚悟して行わなければならない。

ならば、物など自分の意志を持っていないものはどうなのか。それらに術をかけても氷柱に反動が来ることはなく、氷柱の意志で操ることができるのだ。かけた術を解くこともできれば、かけた術を永遠そのままにだってできる。

飴に意志はあるか…確定的にない。もし、飴がいきなり話し出したら恐ろしくてその飴を食べれないのではないか。

だから氷柱の血を飴に付着させ、術を使い飴の効果を操る。

わかっていただけただろうか。

〈終〉


氷柱『忘れろ』


 氷柱は術を使い、飴の効果を変えた。

 なめると、全ての記憶を忘れる→なめると、氷柱は鬼の半妖だ、ということを忘れる


氷柱「伊儀橋さんはどうして私を引っ張って隠したんですか?吉丸さんたちが私を捜していることを知っていた…とかですか?」

一郎丸「んなわけねえだろ。俺はただあいつらの殺気を感じ取っただけだ」

氷柱「ありがとうございます」


 私のことを助けてくれてありがとうございます、と氷柱は言っている。


一郎丸「礼を言われるようなことはしてねえよ」


 氷柱を助けたつもりはない、と否定する一郎丸。


一郎丸「そんなことより、菜紬菜の隊に入れてすまなかったな」

氷柱「え?…」


 まさか一郎丸が謝るとは思っていなかった。しかも、意外なことに対してだ。

 確かに氷柱は菜紬菜の隊か、と肩を落としてはいたものの、とにかく頑張ろう、と立ち直っていたのだ。氷柱は立ち直りがはやいのだった。


氷柱「どうしてそんなことを気にしているんですか?」

一郎丸「お前は菜紬菜の代わりになれ。あいつァ、隊務はろくにしねえ、道場には顔を出さねえ、幹部の自覚はねえ、冗談しか言わねえから物事を本気で考えねえ…」

氷柱「はぁ…」(さっきも聞いたような…伊儀橋さんはこう言いながらも、菜紬菜さんのことが心配で仕方ないのかなぁ…絶対そうか)

一郎丸「だからお前の出番だ。お前は菜紬菜の代わり、もしくは菜紬菜を説得して行動を改めさせることができると思ってな」


 氷柱はこんなに私のことを頼っているんだ、と実感する。そして、改めて伊儀橋さんは人の良さを見抜くことができる、という羨ましさと憧れと、尊敬できる人だなぁ、と思う。


氷柱「期待にお応えできるよう、頑張ります」

一郎丸「何かあったらすぐに俺を呼べ、いいな」

氷柱「はい」(ニコ)


 今は丑の刻――丑三つ時は幽霊が現れる時間でもある。

どこかで誰かが泣いているような声が聞こえる。


一郎丸「鬼哭だ。影狼組陣地には入れねえよ。だから気にすんな」


 鬼哭とは、死人が恨めしさに泣くことを言う。


氷柱「どうして私はここに入ることができたんでしょうか…」

一郎丸「それに関しては不思議に思っている。お前たちはもしかしたら、何かに呼ばれてきたのかもな」


 この時世の中でどう生きていくか。

 氷柱は一郎丸の顔を見た。一郎丸の顔から新助が遅い、と書かれているのだろうか。一郎丸が新助に対して苛立ちを覚えているのが手に取るようにわかる。

 一郎丸の部屋にある行灯が、一瞬消えた気がした。

 新助の声と吉丸の声が聞こえる。氷柱は一郎丸の隣へ行き、身を構えた。

 さて、どうやってこの飴をなめさせようか。

 一郎丸と氷柱は1つずつ飴を持ち、吉丸と猛蛇が来るのを待った。



宇狗威「で、氷柱ちゃんとの関係はどうなんだよ」

健斗「だーかーらー会って1日くれェだって」

宇狗威「んなわけねえよなァ、威吹鬼」

威吹鬼「隠してんのか?健斗」  


 威吹鬼はがむしゃらに健斗の頭をなでた。


健斗「やめろよ」


 威吹鬼はニヤニヤしている。同じく、宇狗威もニヤニヤしていた。

 新助が威吹鬼の部屋から出て行って半時が過ぎただろうか。新助がいなくなってもなお、威吹鬼と宇狗威は酒を飲み続けている。


宇狗威「好いてんだろ?氷柱ちゃんのこと」

健斗「なっ何で俺が…」


 健斗の顔は紅く染まっていく。


威吹鬼「そりゃそうだよな。あんな可愛い嬢ちゃん、あんまりいねえし」

宇狗威「和香ちゃんも可愛いぜ」

健斗「可愛いかもしれねえけど、俺は別にって感じだ」

威吹鬼「やっぱり好いてんじゃねえか」

健斗「うっうせェな!俺が誰を好きになろうと、お前らには関係ねえだろ!」

宇狗威「氷柱ちゃんはどうなんだ?健斗のことを好いてんのか?」

健斗「知ーらね」

威吹鬼「これからってとこだろうな。何かあったら俺を頼れ、宇狗威よりは頼りになるからよ」


 自分で言うのかよ、と健斗は思った。


健斗「威吹鬼さんはどうなんだよ」

威吹鬼「俺は普通に可愛いと思うぜ。身長がそこそこ高くて、顔が大人びていて」

健斗「そうじゃねえよ。氷柱のことをどう思ってんのかじゃなくって、好いてる人がいんのかって聞いてんだ」

威吹鬼「俺はいねえよ。俺は百華絢爛ひゃっかけんらんの芸子と遊ぶ方がいいからな」

健斗「百華絢爛…?」


 初めて聞いた言葉に健斗はなんだそりゃ、と言った。


威吹鬼「知らねえのか…?」

宇狗威「とんだ世間知らずだな」(笑)

健斗「何なのか教えてくれよ」

宇狗威「ようは花街ってことよ。女の子が生きていくために芸を売るところ」


 ああ、と健斗は思い出したように言った。


健斗「江戸時代とかにあるナントカ屋とか、だろ?」

威吹鬼「そうだな」


 ふーん、と健斗は考えた。

 もし、氷柱が芸子の格好をしていたら…どんなに可愛いだろうか。


威吹鬼「今度、連れてってやるよ」


 健斗には威吹鬼の声が聞こえていなかった。氷柱の可愛い姿が見たい、という一心でいたからだ。


宇狗威「それまでには、健斗も酒を飲めるようにしなきゃだな」

威吹鬼「お前、飲んだことないだけでホントは飲めるんじゃねえのか?」

健斗「…」


 健斗は何も言わない。それに苛立ちを覚えた威吹鬼は健斗の頭に一発入れた。


〈ゴツン〉


健斗「いってェ…何してくれんだよ!威吹鬼さん!」

威吹鬼「何ってお前、俺たちの話聞いてねえからだろうが」

健斗「は…?いつ話してたんだよ」

威吹鬼「新助じゃあるまいし、ちゃんと人の話は聞いとくもんだ」

健斗「…すみませんでした」

威吹鬼「それでいい。で、酒を飲む気になったか?」

健斗「酒を…?飲む…?」


 どうしてその話になったのか、理解できない健斗。


健斗「何でそんな話になったのかは知らねえけど、俺は飲まねえよ」

宇狗威「まあそういわずに、飲んでみろよ」


 グイグイと宇狗威に酒の入った盃を押された。


健斗「ああもう!しつけェな!飲めばいいんだろ!飲めば!」


 健斗は宇狗威の手から盃をとると、一気に飲み干した。


威吹鬼「バカ!一気に飲んだら酔いが…」

健斗「…んー美味くもねえし、不味くもねえ…何とも言えぬ味だなァ、こりゃァ」


 健斗は何ともなかったような普通の顔で、酒の味をどうとかを言っている。


宇狗威「こいつ、酔わねえのか?…」

威吹鬼「1杯目だからわからねえけど…」


 宇狗威は健斗の盃に酒を注いだ。それをまたもや一気に飲む。

 その後も、どんどん酒を飲ませ完全に酔わせようとした威吹鬼と宇狗威だったが失敗したようだ。健斗の顔の表情は変わらなかった。


威吹鬼「こいつ、酔わねえのかもな…」

宇狗威「健斗、俺様の腰にある刀は何本に見える?」


 本当に酔っていないのか、宇狗威は確かめるように言った。


健斗「俺のことをバカにしてんのかよ。そりゃァ11本だろ?」


〈・・・〉


威吹鬼「何で刀を11本も差してんだよ!イカやタコじゃあるまいし、そんなに差してるわけねえだろうが!」

宇狗威「やっぱりこいつ、酔ってんな」

健斗「ばっ嘘だよ嘘!」


健斗は慌てて言った。


健斗「小さい刀合わせて2本だ」


 先程言った11本を取り消して、言い直した。


宇狗威「何だよ、心配して損したぜ」

威吹鬼「俺たちにわざと嘘を吐いたのか」


 威吹鬼は指をゴキゴキと鳴らした。


健斗「だっ、だったら何だよ」


 少し後方へ下がりながら言った。


威吹鬼「ほう、いい度胸してるじゃねえか。俺に喧嘩で勝つなんざ、100年はやいぜ」


 威吹鬼はのそのそと健斗へ近づいて行く。


健斗「おっ俺は妖怪だ!人間様に勝つなんて朝飯前よ」


 健斗の声は震えていた。


威吹鬼「だったらかかってきやがれ!」


 威吹鬼の声が廊下に響く。さて、この後はどうなってしまったのだろうか。



菜紬菜(氷堂家は…あっあった)


 自分の部屋に帰り、何かを探している菜紬菜。


菜紬菜(えっとー氷堂家は東に属する鬼で、青龍の魂を守っている…か。僕は西属性で白虎の魂を守ってる。氷柱ちゃんと真反対の方角だなぁ…だから性格がどうも合わないんだ。氷柱ちゃんって今の氷堂家の頭領の子なのかな…?まぁいいや)


 手に持った古い巻物を、蝋燭の燈し火で照らした。


菜紬菜(白虎の魂と朱雀の魂、そして麒麟の魂はここにあるけど…青龍の魂って氷柱ちゃん、持ってたりするのかな?)


 菜紬菜が心の中で問いても、答えは返ってこない。ふーと息を吐きながら菜紬菜は寝っ転がり、天井を見上げた。


菜紬菜「まあね、氷柱ちゃんの部屋は隣なわけだし、そんなことはいつでも聞けるんだよね」


 菜紬菜は目を閉じた。布団も敷かず、蝋燭も消さずに眠りに落ちてしまった。

 蝋燭の灯りが、菜紬菜の顔を照らしている。蝋燭の灯りに吹きかけるように、菜紬菜の寝息は深く沈んだ。


〈次回予告!〉


ここまで物語を進めながら鬼と言う名の妖怪について説明してきた。

だが、まだわからないところもあるだろうと思い、次回は妖怪の鬼について説明しようと思う。

その次の話からは物語に戻る。

次の次の回をお楽しみに!


読んでいただきありがとうございます。


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