妖怪ノ鬼「3」

氷柱「健斗君は伊儀橋さんの部屋の場所、覚えてるんだね」

健斗「何となくだけどな」


 2人は肩を並べて月明かりが照らされない、部屋と部屋に囲まれた内廊下を歩いていた。

 今、2人は一郎丸の部屋へと向かっていた。氷柱は一郎丸に呼ばれて、健斗は用事があると言って。


氷柱「すごいなぁ、私は全然覚えてない」


 氷柱は健斗に部屋の場所を覚えていて感心したようだ。健斗のことを褒めた。


健斗「すごいだろー」


 自画自賛。少し胸を張りながら健斗は言った。氷柱に褒められるのが嬉しいかったから、つい調子に乗ってしまったようだ。


健斗「俺さ、暗記力は人並み以上なんだよなァ」


 氷柱は健斗の『人』という言葉に違和感を覚え、聞き返した。


氷柱「健斗君は人じゃないんじゃないの?」(笑)


 無論、健斗は死神だという。真か否かはわからないが。


健斗「まァ…そうだけど…んー…」


 健斗は曖昧に答えた。何かを言いかけているような――健斗は腕を組んで考え事をした。


氷柱(そんなに悩むことかな…はっきり言っちゃえばいいのに。俺は妖怪じゃねえって)


 まっ私には関係ないか、と最終的には思った氷柱だったが、少し気がかりではあった。健斗が曖昧な返事をしたばかりに。

 氷柱はそういえば、と切り出した。健斗は腕を組むのをやめ、氷柱を横目で見た。


氷柱「健斗君はどうして伊儀橋さんに用があるの?」


 氷柱は真正面を見て健斗に問う。


健斗「だって俺、まだ自分の部屋の場所聞いてないからよォ。聞かねえと、ご飯も食べれねえし、寝ることもできねえだろ」

氷柱「ふーん…健斗君は5番隊所属…だったよね?」

健斗「そっ、俺は5番隊、つまり威吹鬼さんの隊に所属だ」

氷柱(なら、健斗君は威吹鬼さんの近くの部屋になるのかな?私は菜紬菜さんの部屋の隣だし…)


 そうは思っていたものの、氷柱にとって健斗の部屋がどこになるのかなどどうでもよかった。どこになろうと氷柱には関係ない。別に氷柱の命に関わるわけでもないし、健斗のことを好いてもないし――まあ、まだ2人が出会って1日程度。

 氷柱は健斗を好く気持ちは全く芽生えていない。氷柱は健斗のことを『ただのバカ』と認識しているのだから。これからどのように変わっていくのだろうか――一方、健斗は氷柱のことを『友達、可愛い子、笑顔が好き』と認識している。つまり健斗は氷柱のことを好いているのだ。


健斗(氷柱の部屋の近くがいいなァ…って俺、気持ち悪っ。これじゃァまるで、俺が氷柱にストーカーしようとしてるみてェじゃねえか…この考えはやっめよ)


 自分がどれだけ氷柱のことを好いているのか…思い知らされてしまう。

――そんなことを思っていると一郎丸の部屋に着いてしまった。健斗は大きく息を吐いた。もう伊儀橋さんの部屋に着いちまった、とがっかりしているのだ。氷柱は健斗の方を向いて言った。


氷柱「ありがとう」(ニコ)


氷柱の笑みを見た瞬間、健斗は意識が飛びそうになった。だって氷柱の笑顔が――それと氷柱にお礼を言われた!、氷柱の役に立てたんだ!、と喜んでもいた。

 健斗の心は舞い上がっていた。

 健斗は一郎丸に用があることを忘れて、氷柱にまた明日!と言いながら一郎丸の部屋のさらに奥の廊下を走り去ってしまった。


氷柱(健斗君、伊儀橋さんに用があったんじゃ…)


 氷柱は小さくなっていく健斗の背中をただ見ていた。

 物静かな夜の響きに氷柱は耳を澄ませた。ふーと深い息を吐くと、失礼しますと言いながら戸を開ける。それから氷柱は一郎丸の部屋の真ん中に、腰を下ろした。



菜紬菜「で、なにかあったんでしょ?和香ちゃん」(ニコ)

和香「はい、まぁ…」


 菜紬菜は誰か――和香と話していた。

 先程、菜紬菜とぶつかった者は和香だったのだ。和香が菜紬菜にぶつかってしまった経緯は知らぬが、菜紬菜はなにかあった、と思っている。


菜紬菜「僕が当てるから、和香ちゃんは口を閉ざしてね」(ニコ)


 そういいながら菜紬菜は和香の唇に人差し指を置いた。和香の心は高鳴っていた。


菜紬菜「伊儀橋さんが沼に落ちて、泥だらけになって、泥田坊になって、妖怪退治屋に殺されて、局長は和香ちゃんになった!」(ニコ)


 和香の唇から指を離し、腕を組みながら菜紬菜は言った。だが、和香は首を横に振った。


菜紬菜「えー…じゃあね、伊儀橋さんが天誅法度に背いて、切腹するはずが逃走して、影狼組総勢で伊儀橋さんを追い殺すことになった!」(ニコ)


 またも和香は首を横に振った。


菜紬菜「んー…伊儀橋さんが死んじゃったの?それ以上のおもしろい話はないと思うんだけど…」(ニコ)


 和香は苦笑した。菜紬菜の冗談にはだいたいどこかに『伊儀橋さんが』って入ってるような――和香は答えを言った。


和香「健斗君の好きな人を知っちゃったかもしれないです」(ニコ)

菜紬菜「健斗君の想い人は氷柱ちゃんでしょ?」


 菜紬菜の即答に驚きながらも和香は言った。


和香「たぶんそうです…どうしてわかったのですか?」

菜紬菜「僕も勘付くよ。だってあの2人、結構いい感じなんじゃない?前からの知り合いっぽいし」

和香「確かに!そうですよね!」


 菜紬菜の意見に賛成する和香。無論、菜紬菜も今回ばかりは冗談を言っているようには見えない。


菜紬菜「健斗君は氷柱ちゃんへの心配が大きいし、氷柱ちゃんは裏で誰かを好くような子だし…ね」(ニコ)


 まだ健斗と氷柱と会って1日も経たない。では、どうして菜紬菜は健斗と氷柱の性格を知っているような話し方ができるのだろうか。やはり、菜紬菜は適当に言っているのだろうか。


和香「私は健斗君の瞳を…」


 覗いてしまいました、と和香は恥ずかしいとばかりに顔を手で覆った。


菜紬菜「ふーん。そういえば、和香ちゃんは心(しん)・透視術(とうしじゅつ)の使い手だもんね」(ニコ)


 はい、と和香は返答した。


菜紬菜「いいなぁ、和香ちゃんは。だって、そっちの方が実用性あるじゃん。僕なんか、八神思想はちがみしそう天空術てんくうじゅつだもん。全然実用性がない」


 そうですか?、と和香は手の指の隙間から目を覗かせた。心・透視術、八神思想・天空術、とは一体どんな術なのだろうか。


菜紬菜「いっそのこと、和香ちゃんを食べてその能力を使えるようにしたいよ」(ニコ)

和香「へ…冗談…ですか?…それとも…」

菜紬菜「冗談じゃなかったら…」(ニコ)


 菜紬菜は顔を和香に近づけた。


菜紬菜「和香ちゃんはどうするの?僕に食べられる?」(ニコ)

和香「…」(顔、近いよぉ…恥ずい…)


 和香は顔を林檎りんごの如く紅くしていった。


菜紬菜「なぁーんてね、冗談だよ」(ニコ)


 和香の顔から離れて行った菜紬菜の顔は、いつもの笑みを浮かべていた。


菜紬菜(和香ちゃんったら、素直で可愛いなぁ…氷柱ちゃんとは大違い)「あっれれ?どうしたのー和香ちゃん。顔が真っ赤っかだよ。もしかして風邪ひいちゃったとか?」(ニコ)

和香「かっ風邪なんてひいてませんよ!」

菜紬菜「じゃあどうして顔が真っ赤っかなの?」(ニコ)

和香「そっそれは…さっき顔をぶつけたからです」

菜紬菜「顔を…?」


 はい、と和香。無論、和香は顔をぶつけてなどいない。実のところ、恥ずかしくて顔を紅くしていたのだ。

 意外な答えが返ってきた、と心底驚いてはいた菜紬菜だったが、まぁいいや、と和香に言った。


菜紬菜「和香ちゃんは自分の部屋に帰るところでしょ?」

和香「はい」(よかった、信じてくれた!)


 嘘ついたのをばれていないと思っている和香。


菜紬菜「よかったら送っていく?僕も今から自分の部屋に帰るところだし」(ニコ)

和香「菜紬菜さんがいいと言うなら…御一緒したいです」

菜紬菜(やっぱり素直だなぁ…)「いいよ。一緒に行こ」(ニコ)

和香「はい!」

 

 2人は歩き始めた。

 今はの刻…人間ならば寝ている時間なはずだ。だが、妖怪は今から動き出す者が多い。なぜなら妖怪は、夜行性だからだ。ならば鬼はどうだろう。特に、半妖の鬼は昼行性なのか、夜行性なのか。


氷柱「失礼します」


 氷柱は凛とした声で言った。そして開けて閉めた戸を背に座った。前には一郎丸が座っている。無論、氷柱の刀は腰から離れないので左腰に差しっぱなしだ。

 部屋には行灯があり、焔が揺れていた。


一郎丸「どこ行ってたとは聞かねえ、今から言うことに対してだけ答えろ」

氷柱「はい」


 多少、氷柱には一郎丸が怒っているように見えた。まあ、この人はいつも怒ってるか、とすぐに思ったが。


一郎丸「お前、本当に氷堂家の末裔か?」


 何を言うんだろう、そうドキドキしていたが、何も問題はなかった。


氷柱「はい」


 即答する氷柱。


一郎丸「本当だな」


 確認するようにもう1度聞く一郎丸。


氷柱「…嘘つく理由がどこにありますか?」


  氷柱の答えを気に入った一郎丸は硬い表情から、柔らんだ。口元は笑みを浮かべている。


一郎丸「何年生まれだ」

氷柱「1873年です」

一郎丸「まだ生まれてないんだな」

氷柱「生まれていません」


つまり、氷柱は148歳という計算になる。もう誕生日が来ている場合の時は。(1873年ー2021年)


一郎丸「そうか。未来…お前らがいた時代は、鬼は存在しているか?」

氷柱「鬼一筋の純粋の鬼は…ほんの少ししかいませんね。半妖や鬼の血が薄い半妖はいます」

一郎丸「お前は氷堂家の半妖なんだろ?術は何を使う」

氷柱「言霊血操術ことだまけっそうじゅつです」

一郎丸「聞いたことがない名の術だな…どんな術なんだ?」

氷柱「私の血の香りが漂っている、血のにおいを嗅いだ、または私の血が付着したものを言霊を使って操ることができる術です」

一郎丸「なるほどな…今、その術を使って何かできるか?」

氷柱「できますけど…」(ご飯を食べたいなぁ、その前に)

一郎丸「やってみろ」

氷柱「はい…」


 氷柱は刀の鯉口を握り、刃を少し出した。その容姿は鬼だそして、刃に右手の親指を押し付けた。親指から少量の血が流れた。氷柱はその血を自分の刀と鞘に付ける。その様子を一郎丸はじっと見ていた。


氷柱『離れろ』


 途端に今の今まで腰につるのようなものでへばりついていたものが、どんどん氷柱から離れて行き、最終的には氷柱から腰の鞘刀もろとも離れた。

 一郎丸はほう、と感心したように言った。


一郎丸「それがお前の能力か」

氷柱「はい…」(頭がクラクラする…)


 氷柱の視界が暗くなった。一郎丸の氷柱!、という声が頭に響くが氷柱は目を閉じた。



健斗(あー!いっけね、伊儀橋さんに部屋の場所、聞いてくんの忘れた…どーしよー…)


 一郎丸の部屋から離れたところで止まり、自分の行動を悔いている健斗。


健斗(俺の部屋…廊下で寝るようか?)


 はー、と息を吐く。ここは月明かりが照らされる――先程いた庭とは別の庭だ。

 ふと、健斗は目を瞑り耳を澄ませた。心地よい風が健斗をかすめる。そして木の葉と葉が風に吹かれて揺れる音。

 健斗は再び歩き出すと、1番奥の部屋から聞こえてくる聞き覚えのある声に首をかしげた。


健斗(この声は…)


 健斗はさらに奥へと進み、その声がはっきりと聞こえる地点まで来た。やはり声の主は――


新助「宇狗威さん、もうそれくらいにしとけって」(笑)

宇狗威「男たるもの、これくらいでやめるわけにはいかねえだろ?」(笑)

威吹鬼「新助、お前もこれくらいにしといた方がいいんじゃねえか?明日に響くぜ」

新助「俺は平気だって。威吹鬼さんは酔ってないのかよ」

威吹鬼「自分でも酔ってんのかわからねえよ」

宇狗威「おい、威吹鬼ィ。いつものやってくれよォ」(笑)

新助「おっ待ってました!」(笑)

威吹鬼「ったく、仕方ねえな」


と、新助、威吹鬼、宇狗威のゲラゲラと笑う声が聞こえる。いかにも楽しそうな声だ。

 この部屋だけは灯りが燈されており、他の部屋は物音すら聞こえず、灯りもついていなかった。


健斗(泊まっとこ、見っけた!)


 健斗は勢いのまま戸を開けた。



和香「ありがとうございました」


 和香は深々と頭を垂れた。


菜紬菜「僕は別にお礼を言われるようなことはしてないよ」(ニコ)

和香「菜紬菜さんと話せてよかったです」(ニコ)

菜紬菜「僕も和香ちゃんと話せてよかったよ。また話そうね。今度は…んーそうだなぁ、ぶつかってきてもいいけど、僕が押し倒されない程度にね」(ニコ)

和香「あっ…はい…」


 菜紬菜はじゃあね、と言い残すと和香の部屋を後にした。ついでに言うと和香の部屋は月明かりが届く、庭の近くにある。菜紬菜も庭の近くの部屋なのだが、和香とは真反対の位置にあった。


菜紬菜(さぁて、氷柱ちゃんはどこに行っちゃったんだろー。全然捜す気にはなれないけど。氷柱ちゃんが和香ちゃんみたいに可愛い性格してたら、捜す気になれたんだけど…まいっか。部屋に戻ってゆっくりしてよっと)


 菜紬菜は自分の部屋へと向かった。



トラ「氷柱の部屋はどこニャ?」

七奈三郎「私に聞かないでください」

海翔「僕も知らんよ」

郡治「俺も知らぬなァ」

トラ「役に立たないニャね…」


 1匹と3人は自分たちの部屋に戻っていた。この部屋は特に広いわけでもなく、ましてや狭いわけでもない。

 3人は相部屋で、仲良いい友達関係であった。

 今、布団の中で会議的なものを行っている、トラと3人――


トラ「さっきのは妖怪ニャよね…どうして妖怪がいるニャ?」

七奈三郎「君も立派な妖怪だと思いますが…」

トラ「とニャかく!どうしてニャ?」

七奈三郎「影狼組は人間共に妖怪も入隊できます」

海翔「混合なんだよね、この影狼組」

郡治「だから局長は法度をおつくりになった」

七奈三郎「天誅法度、ですね」


 七奈三郎は天誅法度の壱~伍の法度の内容を言った。


トラ「ニャンと恐ろしい法度ニャ…これを破ったらどうなるニャ?」

郡治「それが、わからぬのだ。局長が申した通りになると思うが…」

海翔「僕だったら許してあげるよ」

七奈三郎「それじゃあ、法度になりませんよ」

海翔「そっか」

郡治「とりあえず、今日は寝付きたいな。時期に夜も明けるだろうし」

七奈三郎「賛成です。では…」


 3人は眠りに落ちた。


トラ(僕も…)


 トラも眠りに落ちた。

 今は夜更け。3人と1匹の寝息が、風の音に紛れて夜を駆けていった。


健斗「入る!」


 健斗は戸を開けた後、そう叫んだ。賑やかだった部屋が静まり返る。


新助「ん?健斗じゃん、どったの?」


 健斗の鼻にツンと香る酒のにおい。

 新助と宇狗威は目下を赤くして、片手に盃を持っている。威吹鬼はなぜか上半身裸で、腹には墨で顔が書かれていた。

 新助は普段、口元だけ隠すために面を付けている。だが、今は外しているようだ。白梅のように白い肌、鮮やかな紅の唇――声を聴かなかったらやはり女にしか見えない。無論、新助は口紅など付けてはいない。元の唇の色がそうなのであろう。

 それにしても、どうして面を付けているのだろうか。新助に対しても謎が多い。

 健斗は何してんだ?こいつら、と言いたそうな顔でその場に立っていた。


宇狗威「おっ健斗も飲みたくなったのか?」(笑)

新助「そっかァー、じゃあみんなで飲もうぜ」

健斗「俺は何にも言ってねえじゃねえか!勝手に決めんな」

新助「何だよォ、健斗」

宇狗威「お腹すいてんのか?」(笑)

新助「絶対そうじゃん。ほら、食えよ」


 新助は健斗に握り飯を渡そうと、腰を上げた。そして、健斗に握り飯を渡す。

 健斗がお腹を空かせているのは図星だった。


健斗「あっありがと…」


 その握り飯を健斗は受け取ると、3人が食卓を囲んで座っているところに入った。


新助「ほら、酒」


 新助は酒の入った盃を健斗に渡したが、健斗はそれを押しのけた。


健斗「飲めねえよ。飲んだら法律で罰則だぞ?未来から来たくせにわかんねえのかよ」


 健斗はまるで自分が人間です、と言うような口振りで言った。


新助「それって人間様限定だろ?妖怪には関係ないって」

健斗「お前も一応、人間の血が入ってんだからな」


 新助は人間と妖怪の間に生まれた半妖だった。何の妖怪の血が混ざっているのかは、まだ明らかになってないが。


新助「もう十分大人だよ。人間と違って俺は長生きだからな」

宇狗威「見た目はガキだけどな」(笑)


 宇狗威にガキと言われてムッとした新助。


新助「俺がガキなら宇狗威さんと威吹鬼さんはオジサンだよ」

威吹鬼「お前にオジサン扱いされるとは、癪に障るな。実際、お前は俺より歳とってるだろ」


 実のところ、新助の年齢は148歳、つまり氷柱と同い歳で同じ酉年だった。


新助「でも見た目は若いだろ?歳は若いのに、見た目が老けてる宇狗威さんは…っ」

宇狗威「新助、それ以上言ったら…?」


 宇狗威は新助の首に自分の腕をかけていた。


新助「じょっ冗談だよ、冗談」


――その間に健斗は握り飯1つを食べ終えていた。目の前には美味しそうな食卓が並ぶ。健斗はゴクリと唾をのんだ。


威吹鬼「食べてェんだったら、取って食っちまえよ。こいつらいつもこんな感じだし、飯の奪い合いしてるし、今だったら取れるぜ」


 上半身裸で言う威吹鬼。


健斗「それより、どうして上半身裸なんだよ」

威吹鬼「それはな、これが男の芸って奴なんだ」

健斗「…あっそ」


 興味ない健斗。今、興味あるとしたら氷柱か飯か――


健斗「いっただっきまーす!」


 健斗は威吹鬼に渡された箸を使い、目の前に並ぶ食卓の中から魚を選び、それを掴もうとした。



一郎丸「氷柱、いい加減目ェ覚ましやがれ」

氷柱「ん…はっ…」

一郎丸「やっと起きたか…」


 氷柱はあきれたような顔を浮かべている一郎丸に目をやった。


氷柱(私、寝てた?…)


 自分の行動を思い返してみる――やはり寝てしまった、ではなく気絶していたようだ。


一郎丸「ご飯食いてんだろ。ほら、そこにある握り飯でも食え」


 一郎丸は氷柱の近くに置いておいた握り飯を見た。


氷柱「ありがとうございます…」


 今、氷柱はとても頭が痛い。おそらく、先程使った力の反動だろう。

 では、どうして氷柱が気絶したのか。それは力の使いすぎだ。力を使いすぎると体が悲鳴をあげ、気絶する。または、理性を失い、暴走する。

 これは半妖にしか起こらない症状だが、暴走し始めると誰にも止められない。そう、つまり自分で暴走を止めなければならないのだ。

 大抵、暴走を止める方法としては人間の血を口にする、というものがある。鬼は人間の血を主食・主菜とし、人間が食べるものを副菜とする妖怪だ。

 氷柱は握り飯を食べ終えると、一緒に添えてあったお茶を飲んだ。


氷柱(いつの間におにぎりとお茶を…)


 どれくらい気絶していたのかはわからぬが、1時間程度は気絶していただろう。


一郎丸「それほど気絶していなかった」


 氷柱の心を読んだのか、一郎丸はそう言った。氷柱は湯呑を畳の上に置くと、正座をし言った。


氷柱「伊儀橋さんの能力…他の鬼の皆さんの能力はどのようなものなんですか?」

一郎丸「俺は神通力の中の3つの力を使うことができる。1つ、神足通じんそくつう。2つ、天眼通てんがんつう。3つ、他心通たしんつう

氷柱「やはり、半妖だから力も…」(神足通を使って素早く移動、そして私の心を読んだか…)

一郎丸「そうだな」


 やっぱりそうなんだ…氷柱ははぁーと深いため息を吐いた。


一郎丸「和香は心・透視術の使い手だ。つまり他心通しか使えねえ。だが、和香の場合、相手に触れるか、または相手の瞳を見るかで心が読み取れる」

氷柱(だから和香ちゃんは人と目を合わせるのが苦手なんだ…気持ちはわからなくもない)

一郎丸「菜紬菜は八神思想・天空術だ。あいつァ鬼一筋の生まれで、四神家の1つ蘭家の頭だ。八神思想・天空術は八つの神の力を思った通りに操ることができる。晴、曇、雨、雪、雷、風、霜、霧の八つだ。だから天気が急変したり、異常な天気の時は、だいたいこいつが操って起こらせてる。ほら、さっきもあっただろ?雨がいきなり止んだってのが。それもあいつの仕業だ。ったく、遊びやがって」


 この後も、一郎丸の愚痴は続いた。


一郎丸「幹部隊士としての自覚を持たねえは、いつも冗談ばかり言って人を怒らせるは、道場にはろくに顔を出さねえは…」

氷柱「道場は壊れてますよ…」

一郎丸「そうだったな」(そいやァ、あいつ来ねえな)


 あいつ、とは新助のことだ。


氷柱「あの…菜紬菜さんがなかなか教えてくれなかったので、伊儀橋さんに聞きたいんですが…」

一郎丸「あ?何だ、言ってみろ」

氷柱「影狼組の法度とは一体…」

一郎丸「あいつ、教えなかったのか…ったく、本当に世話の焼ける奴だな、あいつァ。法度ってのはな…」


 一郎丸は天誅法度の内容を氷柱に教えた。


氷柱「そうなんですね…ありがとうございます」(粛清…何されるんだろ…怖っ)


 では、と氷柱はまた一郎丸に質問した。


氷柱「あの刀はどういった…?」

一郎丸「あの刀はなァ、呪われた刀だ。お前が持っていた刀は吸魂鉄刀きゅうこんてっとう。名の通り魂を吸う刀で、1度抜いたらそいつが死ぬまで魂を吸うから離れられねえはずなんだが…」


 刀は氷柱の腰から離れている。


氷柱(結構な強い呪いだなぁ…だから反動が大きかったのかな…?)

一郎丸「お前のその能力は、死ねと言ったら死ぬのか?受けた相手は」

氷柱「死にますけど…その分、私に反動が来きます。だから私は…死ぬんじゃないんですかね…?」

一郎丸「ちなみにさっきの術からの反動はどれくらいだ?気絶したのは燃料切れだったんだろ?」

氷柱「はい、そうですね。気絶したのはただの燃料切れで、反動は頭痛です」

一郎丸「そうか…さっきの話に戻るが、健斗の刀の呪いはな…」


一郎丸は先程の呪われた刀について話し出した。

 一郎丸と氷柱に眠気は襲わない。2人は人間でもあり、妖怪でもあるのだから。


〈次回予告!〉


「だったら俺も奪ってやる!」


「いや、こいつは人間という化け物だぜ」


「退け、ガキ隊長」


「あやかしお飴…?」


「お前は菜紬菜の代わりになれ」


「そりゃァ、11本だろ?」


「やっぱりこいつ、酔ってんな」


(氷堂家は…あっあった)


弱肉強食の世界なのか…?

宇狗威対新助の食事の奪い合い炸裂!そこに健斗が参上!?

盃を交わすは仲間。だが、食事を奪い合うは敵。

次回をお楽しみに!


読んでいただきありがとうございます。

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