妖怪ノ鬼「2」

吉丸「よそ見すんな!お前は戦う俺だけを見ろ!」


 菜紬菜を見ていた氷柱は吉丸に怒鳴られた。

 菜紬菜のおかげで戦うことになってしまった氷柱は全くやる気がない。ただ吉丸の攻撃を避けるだけ。


菜紬菜(郡治君たちがいるから本気を出さないのかなぁ…)


 菜紬菜は郡治たちを見た。郡治たちは吉丸と氷柱の戦闘に釘付けになって見ている。


菜紬菜「ねえ、郡治君」

郡治「何でしょうか、菜紬菜さん」

菜紬菜「氷柱ちゃんたちの戦闘に巻き込まれたら大変だから、自分の部屋に戻っててよ。あと、この猫もね」(ニコ)

トラ「ニャ?」


 菜紬菜はトラを持ち上げると、郡治に渡した。


郡治「っはい、わかりました」


 珍しい、菜紬菜さんが俺たちのことを心配してくれている。郡治は戸惑いながらもトラを抱えて、自分の部屋に帰って行った。


 郡治たち3人の姿がなくなるのを確認すると、菜紬菜は言った。


菜紬菜「氷柱ちゃん、本気出しちゃっていいよ。郡治君たちいなくなったし」


 それから、と菜紬菜は続けた。


菜紬菜「そこの…何て言ったっけな…」


 菜紬菜はずっと吉丸と氷柱の戦闘を見ていた猛蛇の方を見て言った。


猛蛇「わいは猛蛇と申す者。幹部隊士でありながら、何故なにゆえわいたちの名を覚えておらぬ」

菜紬菜「幹部には敬語を使おうね」(ニコ)

猛蛇「…」

菜紬菜「猛蛇君、吉丸君と一緒に氷柱ちゃんを殺していいよ」(ニコ)

氷柱「え?」

菜紬菜「だって氷柱ちゃん、吉丸君だけじゃ弱すぎて相手にならないから、本気出してないんだもん」

吉丸「殺していいのか?この女」


 氷柱は吉丸と距離を置き、菜紬菜の隣に行った。そして、菜紬菜をにらみつけた。


猛蛇「殺したら、上の方たちから何か言われるのではないか?」

菜紬菜「言われるわけないよ。僕が言わせない。それに、妖怪殺しが目的で影狼やってるのに、君たちみたいな妖怪が殺せなくてどうするのって話」(ニコ)

猛蛇「では遠慮なく」


 猛蛇は息を深く吸った。


〈・・・〉


氷柱「何勝手なことを言ってるんですか」


 氷柱は菜紬菜の耳元で言った。


菜紬菜「怖いの?氷柱ちゃん」(ニコ)

氷柱「…殺していいんですか、あの妖怪を」

菜紬菜「もちろんダメだよ」(ニコ)

氷柱「…?」


 何を言っているのか氷柱にはわからない。吉丸たちには氷柱を殺していいと言って、氷柱には吉丸たちを殺してはいけないと言っている。


菜紬菜「とりあえず、吉丸君と猛蛇君を戦闘不能、つまり気絶させちゃってよ。それぐらいのことはできるでしょ?」(ニコ)

氷柱「…はぁ、わかりましたよ」

菜紬菜「頑張って」(ニコ)


 氷柱は吉丸と猛蛇を見た。2人とも、る気満々だ。


氷柱(これじゃあ、屯所を壊してでも私を殺そうとするかもなぁ…外でやろうって言ってみようかな)「もっと広いところでやりましょうよ。例えば外とか」

吉丸「そうだなァ、広いところで殺やろうぜ」


 氷柱に意見に納得した吉丸と猛蛇は外へ出た。菜紬菜と氷柱も外へ出た。

――氷柱のやろう、と吉丸のろう――氷柱は広いところで戦おう、というのに対し吉丸は広いところで殺し合おう、と言っている。

 氷柱は抜刀した。そして、目を閉じた。集中、氷柱は目を開けた。その目は真っ赤に染まっている。氷柱の歯と爪は鋭く、おでこには角が2本生えている――鬼だ。


菜紬菜(すごいなぁ、氷柱ちゃん。理性を保ってる。相当な集中力と精神力を持ってるんだなぁ)


 氷柱から放たれる波動は、吉丸と猛蛇を圧倒させた。


吉丸「ほう、ははっ、おもしろくなってきたぜ!」

猛蛇「シュルシュル…」


 猛蛇はみるみるうちに巨大な蛇の姿になった――今日は巨大だらけだ。白珠の本気、2mを超える姿と今回の猛蛇の姿。


氷柱(めんどくさそう、あの猛蛇。今のうちに戦闘不可能にしよっと)


 氷柱は自分の刀で自分の腕を裂いた。途端に氷柱の血の香りが辺りに漂った。



新助「氷柱っー!」


 新助はイノシシみたいに猪突猛進をして氷柱を捜していた。


新助「氷柱っ、ここか!?」


 新助の慌ただしい足音と声が屯所中に響く。

 今はいぬこく、つまり午後7~9時頃の時間帯だ。寝ているものも少なからずいるだろう。迷惑なものだ。



威吹鬼「いねえな、氷柱」

宇狗威「氷柱ちゃん、どっこ行っちまったんだ?」


 威吹鬼と宇狗威は肩を並べながら、廊下を歩いていた。


威吹鬼「なァ、見ろよ」


 威吹鬼は宇狗威の腕を掴んで、空を指差した。


宇狗威「晴れてきた…」

威吹鬼「さっきの雨はどうやら、菜紬菜の仕業らしいな」

宇狗威「あーあ、これを知っちゃあ伊儀橋さん、めっちゃ怒るだろうな…」


 2人は夜空に浮かんだ三日月を見上げた。


健斗「氷柱がいねえ!どこ行きやがった!?」


 健斗は1人、慌てていた。


和香「大丈夫よ、きっと」(ニコ)

健斗「本当か!?和香」


 健斗の隣で落ち着いてニコっとしている和香は、健斗を落ち着かせるために言った。


和香「この影狼の屯所内には、凶悪な妖怪がたくさんいるから氷柱ちゃんはきっと、その妖怪と戦って疲れ果ててどこかに行っちゃったんだよ」(ニコ)

健斗「嘘だろーっ!?」


 健斗の頭の中は真っ白になった。

氷柱が強い妖怪と戦って、血を流していたら…

氷柱が助けを求めていたら…

氷柱が妖怪に食べられそうになっていたら…

氷柱が妖怪に殺されそうになっていたら…


健斗「うわぁーーーー!」


 健斗は無我夢中になって走り出した。それを待ってーっと追う和香。

 健斗が角を曲がった。途端に痛々しいゴツン、という音が廊下内に響く。和香もその角を曲がると、目を退けるものが立っていた。


健斗「いてて…気を付け…ろ…」


 健斗は目を見開いた。口はポカーンと開いている。


健斗「いっ伊儀橋さん?…」


 まずい――健斗は一郎丸にぶつかってしまったのだ。一郎丸は何も言わず、いつもの目の圧力よりも遥かに上回る圧力で健斗をにらんだ。

 健斗は体が固まってしまった。辺りは静まり返っていた。                  

 一郎丸から放たれる威圧感。この静かさがまた恐ろしい。怒鳴ってくれた方がまだましかもしれない。


健斗「す…すみませんでした…」


 健斗はおでこを床に付けながら言った。


〈・・・〉


 一郎丸は何も言わない。しばらく沈黙が続いた。



吉丸「自分で自分を傷つけるとは、お前バカだな」


〈ポタ ポタ ポタ〉


 氷柱の腕から赤い血が流れ落ちる。


菜紬菜(氷柱ちゃん…どういう術が使えるのか楽しみだなぁ)


 氷柱を見ながら笑みを浮かべる菜紬菜。この戦いの目的は氷柱の鬼としての能力を知るため、調べるために菜紬菜が勝手に仕掛けたのだ。それを知らない氷柱は今、まさに術を使おうとしているところ。

 氷柱は右手に持っていた刀を左手に持ち替えると、右手の人差し指と中指を出した。そして『言霊ことだま』と空間に書いた。普通ならただ指で空間をなぞっただけであって、その空間になぞった文字が浮き出ることはない。だが、『言霊』という文字は浮き出ている。その文字は真っ赤に染まっていて、まるで血がべっとり空間に貼り付いたようだ。


菜紬菜(言霊…へぇー。見たことがない術だなぁ)


氷柱『眠れ』


 途端に氷柱の目の前にあった『言霊』の文字は『眠れ』に変わり、大蛇おろちへと化した猛蛇に向かって行った。そして猛蛇の体をすり抜けると、その文字は消えた。


〈ドタン〉


 猛蛇は元の姿に戻り、地面に倒れた。吉丸には何が起きたのか全く分からない。


氷柱「戦うの、めんどうだから猛蛇さんには寝てもらいました」


 氷柱は刀を右手に持ち替えて言った。


氷柱『風起こし』


 氷柱の周りに渦状の風が起こった。砂埃が舞う。


吉丸「ゴホッゴホッ」


 吉丸が砂埃に気をとられているうちに!、と氷柱は宙高く跳び、砂埃が治まったところで吉丸の上を跳んでいた。


吉丸「!」


 だが吉丸も氷柱に攻撃するつもりだ。相打ちになってもいい!吉丸はそう考えていた。だが氷柱は相打ちになるのなんか御免ごめん


氷柱『移動』

吉丸「!どこに…」


 突如氷柱が吉丸の視界から消えた。


氷柱「はぁっ!」

吉丸「後ろ!」


〈ガツン〉


吉丸「がはっ…」


 吉丸は地面に倒れた。

 氷柱は術を使って移動し、吉丸の背後に来た。そしてその背後から刀で吉丸を攻撃。無論、菜紬菜に殺すなと言われているので氷柱は、峰打ちで吉丸を気絶させた。

 血振りをしてから刀を鞘に納めた氷柱。その容姿はいつもの人間の姿だった。



 健斗は土下座している。一郎丸はそれをただ見下ろしているだけだ。


健斗(伊儀橋さーん、何か言ってくれよォ…)


 そんな状況の時、誰かの慌てている声が聞こえた。そして足音も。その声と足音はどんどん近づいてくる。


健斗(まさか…だとしたら、やべェことになっぞ)

新助「氷柱ーっ!」


 明らかにこの声は新助だ。


健斗(来んじゃねえ!新助!)


 健斗は心の中で叫んだが、その声は新助に届かず――新助は健斗たちがいる廊下の曲がり角を勢いよく曲がり、健斗を踏んづけ、そのまま一郎丸へ突っ込んでしまった。


新助「あれっえっ?えーっ!」


 スッと一郎丸は突っ込んでくる新助を避けた。だから新助は床に顔からダイブしてしまった。


〈ゴツン〉


健斗(やっやべェ…伊儀橋さんから放たれる威圧感が殺気へと変わった…)

新助「いてててて…何で健斗がそこにいんだよ」


 健斗は顔を上げ、新助を見た。


一郎丸「新助、俺がてめえにいつも言っていることは何だ?」

新助「え?…っとね…怒られないようにしろだっけ?」

一郎丸「人の話を聞けって言ってるだろうが!!」

新助「いっ」


 新助は体を起こした。


新助「いつ俺が人の話を聞かなかったんだよォー。今日はちゃんと聞いて行動したって」

一郎丸「氷柱を捜しに走って行っちまっただろうが!」


 一郎丸の声が廊下に響き渡る。


新助「伊儀橋さんが俺に言うの遅かったからじゃんか!」


 一郎丸のせいにし始めた新助。


健斗(何で伊儀橋さんのせいにすんだよ。本当に殺されっぞ)

一郎丸「だったら何でてめえは俺が言う前に走り出す?」

新助「氷柱が心配だったからだよ」

一郎丸「聞かぬことは後学にならず どんなことでも聞いておきゃァ自分のためになるんだよ」


 だから人の話を聞け、と一郎丸は言った。


新助「そうなのか!?伊儀橋さん、それはやく言ってくれよ!」

一郎丸「前に話したことがあるが」


  再び一郎丸から威圧感(殺気も含まれている)が放たれる。


新助「え?あったっけ?伊儀橋さんの記憶が間違ってるだけじゃねえの?」

一郎丸「あァ?」

新助「だから、伊儀橋さんが…モゴモゴモゴ…」


 健斗は新助の口元を面(マスク的なもの)ごしながら手でふさいだ。じたばたと暴れる新助の耳元で健斗は囁いた。


健斗「これ以上、伊儀橋さんを怒らせんじゃねえ。お前、殺されてェのか?」

新助「誰に殺されんだよ」

健斗「伊儀橋さん」

新助「何で局長が隊士を殺すんだよ」

一郎丸「殺すわけねえだろうが」


 健斗は新助だけに話しているつもりだったが、一郎丸にまる聞こえだったようだ。


一郎丸「これは新助に対する説教だ。お前は口をはさむんじゃねえよ」

健斗(俺への説教は?だって伊儀橋さんに思いっきりぶつかったよな…忘れてる?)

一郎丸「お前への説教はまた明日だ。それまでには氷柱も部屋に戻るだろうし、氷柱を連れて一緒に俺の部屋に来い」

健斗(やっぱり忘れてなかったか…)「…はい」


 健斗は嫌だな…と心底思いながらしぶしぶうなづいた。


新助「お前、何かしたの?」

健斗(俺が土下座してても気づかなかったのかよ。っていうかこいつ、俺のことを踏んずけて行ったよな。まだ謝られてねえんですけど)

一郎丸「とにかく、今日は飯食べてはやく寝ろ」

新助「じゃあ、俺への説教もなしってことで」

一郎丸「ダメに決まってるだろうが。お前は飯が食べ終わってからゆっくり話そう」

新助「えっ遠慮しとく。俺、今日、氷柱と約束があっから…」


 約束というのは新助が吐いた嘘。


一郎丸「じゃあその約束を断ってから俺の部屋に来い」


 一郎丸はどこかへ行ってしまった。



健斗「約束ってなんだよ」

新助「そんなの嘘に決まってるじゃん」

健斗「嘘…」(こいつ、ずりィ)

新助「そんなことより、飯だ飯!飯はみんなで食った方がいいから、いつも俺は威吹鬼さんの部屋で宇狗威さんと一緒に酒飲みながら飯食ってるんだぜ。健斗も来いよ」

健斗「いや、俺は氷柱捜してェから」

新助「氷柱もお腹はすくから、たぶん氷柱の部屋の前で待ってれば来っと思うけど」

健斗(じゃあ何でお前は走り回ってたんだよ)

新助「じゃあな、健斗。また明日」

健斗「おう」


 新助の背を見送りながら、健斗はふと思った。


健斗(絶対あいつ、伊儀橋さんに言われたこと忘れてんな)


 健斗は立ち上がると、背後を振り返った。


健斗「和香。ずっとそこにいたのか?」

和香「いたよ」(ニコ)

健斗「ふーん」


 和香はねえねえ、と健斗に詰め寄って言った。


和香「健斗君って氷柱ちゃんのこと、好きでしょ」

健斗「はァ!?なっ何であいつのことを俺が…」


 健斗の顔はどんどん紅く染まっていく。


和香「ふふっ。じゃあね」(ニコ)


 和香は健斗から離れて行った。


健斗(俺はあいつのことを…)


 健斗は廊下を突き進み、夜空の下へ行った。暗黒の闇に輝く星と三日月はとても綺麗だった。


健斗(氷柱みたいに輝いてる…)


 健斗は夜空を見上げながら思った。


健斗(俺はその輝いているものを、ただ見てるだけなのか?…)


 心の中で空に問いかける。


健斗(やっぱりこの気持ち、恋なのか?…)


 健斗は恋の気持ちを知った。



菜紬菜「これが君の能力…」

氷柱「はあ、誰にも言わないでくださいよ」

菜紬菜「どうして?」

氷柱「どうしてって…」


 2人は肩を並べて廊下を歩いていた。行先は自分たちの部屋。

 先刻、氷柱は吉丸と猛蛇と戦乱になり、氷柱の勝利でこの戦いは終わったのだ。


氷柱「私のことは人間にしといてほしい、それだけですよ」

菜紬菜「人間って言ってたらもったいないくらい、氷柱ちゃんは強いのに」(ニコ)

氷柱「冗談はよしてください」

菜紬菜「冗談は言ってないんだけど」


 氷柱の足はどんどん速くなっていく。終いには走り出した。まるで菜紬菜から逃げているかのように。


菜紬菜「氷柱ちゃーん、1人で帰れるの?」(ニコ)

氷柱「子供じゃあるまいし、帰れます!」(菜紬菜さん、絶対何か企んでる。私の能力を知っちゃったからなぁ)


 氷柱の腕の傷は治っていた。

 実のところ、氷柱は帰り道などわからない。今はただ、適当に走っているだけだ。菜紬菜はそれを察していた。


菜紬菜「本当に1人で帰れるの?って氷柱ちゃーん、待ってよぉ」(ニコ)


 氷柱は菜紬菜のことを無視して走ってどこかへ行ってしまった。


菜紬菜「まったく…後で僕の命令には全て聞くように、言っとかなきゃ」


 菜紬菜は氷柱を追いかけるのをやめて、くるっと踵を返し、来た道を戻り始めた。


菜紬菜(氷柱ちゃんと僕の部屋があるところは、さっきの廊下を曲がったところ。だから氷柱ちゃんは…威吹鬼さんの部屋辺りまで行っちゃうのかな?)


 そんなことを考えながら歩いていると、曲がり角から急に現れた誰かとぶつかった。きゃっとその誰かは短い悲鳴と共に、すみません!と言った。


菜紬菜「ん?…なーんだ、君ね。珍しいね、君が廊下を走るなんて。なにかあった?」(ニコ)


 例えば、と菜紬菜は続けた。


菜紬菜「例えば、好きな人ができたとか、誰かの好きな人を知っちゃったとか…」


 菜紬菜はいつもの笑みを浮かべながら、ぶつかってきた誰かと立ち話をした。



新助「威吹鬼さーん!宇狗威さーん!」

威吹鬼「新助?…」

宇狗威「お前、どこ行ってたんだよ」

新助「氷柱を捜してたんだよ」


 氷柱を捜していたら伊儀橋さんとぶつかって、そっから健斗に氷柱捜しを預けて、ここに来たんだ、と続けて言った。


威吹鬼「ちょっと待て」

宇狗威「新助、伊儀橋さんとぶつかったって本当かよ!」

新助「本当だけど…何かあんのか?」

威吹鬼「それで無事なんだったら、伊儀橋さんらしくねえなァ」

新助「伊儀橋さんらしくない?そんなのどうでもいいじゃん。とにかく、はやく飲もうぜ」


 新助は威吹鬼と宇狗威の背中を押しながら言った。


宇狗威「威吹鬼、いい加減女にもてる方法を教えてくれよォ」

威吹鬼「俺は女にもてようなんざ、思ったことねえよ」

宇狗威「嘘つけ」

威吹鬼「本当だ」

新助「威吹鬼さんのもとからの性格がいいんだよ、たぶん」

宇狗威「いや、他に何かあるってェの。なァ、威吹鬼」

威吹鬼「俺は思ったことを口にしているだけで、これと言った点はねえよ」


 3人は威吹鬼の部屋に入った。



 菜紬菜から逃げて来た氷柱は、菜紬菜の姿が見えなくなるとほっと息を吐いた。そして1人、見知らぬ廊下を歩いて行く。


氷柱(ここ、どこだろ…この際、屯所内を散策してどこがどこだかわかるようにしようかな)


 その時、氷柱のお腹が鳴った。


氷柱(お腹すいたなぁ…力を使ったから…)


 氷柱は吉丸と猛蛇との戦乱時に、自分の本当の力を使ってしまったことを後悔していた。


氷柱(でも、あのまま戦ってたら結構時間かかっただろうし…ぱってやって気絶させちゃえば、めんどくないし…)


 氷柱は大の付くほどの面倒臭がり屋であった。そのためやむを得ず力を使い、吉丸と猛蛇のと戦乱に勝ったのだ。


氷柱(あの時の判断は間違ってない!)


 氷柱はうんうん、と頷くと自分を納得させた。

 

 月の光が氷柱を照らす――ふと、氷柱から見て左側にある庭を見ると誰かが立っていた。その誰かは雲1つない夜空に浮かぶ三日月を、じっと見つめている。氷柱はその誰かに声をかけた。無論、氷柱は廊下から庭にいる誰かに声をかけたのだ。 

 氷柱のすみません、という声が静寂な夜の空間に刻まれる。誰かは視線を三日月から氷柱へと移す。あっ、と2人は声をあげた。


氷柱「健斗君!?」

健斗「氷柱!?」


 2人は同時にお互いの名を声に出した。庭で1人三日月を見上げていたのは、健斗だったのだ。健斗は廊下にいる氷柱に歩み寄った。そして履いていた草履を脱ぐと、氷柱と2人で縁側に座った。


健斗「月見てたんだ。今日の月はさ、何か綺麗でよ」(お前みたいに輝いてる。綺麗なんだ)

氷柱「そうだね」(ニコ)

健斗「ってかお前、どこ行ってたんだよ。心配しただろ」

氷柱(どこ行ってたって言われても…妖怪と戦ってた、とか言えないしなぁ…)「屯所の中を歩いてたんだよ、菜紬菜さんと一緒に」(ニコ)


 氷柱は嘘を吐いた。


健斗「そっか…ん?じゃあ菜紬菜はどこに行った?」

氷柱「さぁね」

健斗「そういやァ、伊儀橋さんが俺の部屋に来いって言ってたっけなァ。影狼の出陣羽織が渡されんだ」

氷柱「じゃあ健斗君が今着てる羽織が、出陣羽織なんだね」


 氷柱は健斗が着ている羽織を見ながら言った。

 全体的に灰色の出陣羽織。決してカラフルで派手な色ではなかったが、灰色一色なのでどこか寂しい。『廻』の文字は真っ赤で染まっているので、全体的に灰色の出陣羽織に縫い付けてあればとても目立つ。ここがこの羽織で言うチャームポイントだ。


健斗「伊儀橋さんとこ、行くか?」

氷柱「行かないと、伊儀橋さん怒るでしょ」


 と言ったものの、氷柱は一郎丸の部屋の場所を知らない。自分の部屋もどこにあるのかわからないのだから。


健斗「俺も、伊儀橋さんに用があっから、一緒に行こ。お前がいいって言うなら」

氷柱「いいよ」


 2人は同じことを思った。やったーと。

 氷柱のは、健斗に一郎丸の部屋の場所を教えてもらえる!というやったーで、健斗のは氷柱と一緒に話して行ける!というやったーであった。

 2人は肩を並べて歩き出した。健斗は草履を持って。氷柱は一郎丸に質問したいから、その質問の内容を考えて。



一郎丸(氷柱は鬼。鬼の中でも鬼族四神家おにぞくしじんけと呼ばれし本家の1姓、氷堂の姓を名乗っている。この四神家は東西南北にそれぞれ一家、宝を守る役として存在している。だから他の鬼より強い。他には蘭あららぎ姓、七扇ななおうぎ姓、彪禰小路あやねこうじ姓があるが…)


 自分の部屋で1人、考え事をしていた。


一郎丸(もし、氷柱が氷堂家の血筋であるなら…半妖とはいえ、それなりに強いはずだ。そしてこの先未来にも、鬼族が生き残っているとわかる。ったく、氷柱はどこ行っちまったんだ?)


 鬼という名の妖怪――まだ何かあるはずだ。

 宝を守る役、それはどんな役でどんな宝を守っているのか。

 氷堂姓、蘭姓、七扇姓、彪禰小路姓――それぞれどの方角に身を置き、どんな力を持っているのか。


 一郎丸は目を閉じた。


〈次回予告!〉


「僕に食べられる?」


「言霊血操術です」


「役に立たないニャね…」


「天誅法度、ですね」


「健斗じゃん、どったの?」


「いっただっきまーす!」


(そういやァ、あいつ来ねえな)


鬼と言う名の妖怪の謎。そして、鬼に秘められた術。

影狼組での初の夜を過ごす、健斗と氷柱。

それぞれの初夜はどのような形で始まるのか!?

次回をお楽しみに!


読んでいただきありがとうございます。

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