妖怪ノ鬼「1」

菜紬菜「ってことで、氷柱ちゃんは僕の隊で預かります」

氷柱「えっ」


 氷柱は短く絶句した。

 何とか新助と犬の妖怪、白珠の仲を取り戻すことができた氷柱たちは、雨で濡れてしまった服(袴)を着替えなおし、一郎丸の部屋で会議をしていた。

 一郎丸はふすまに背を向けて、その左隣は和香、その隣は威吹鬼が座っている。一郎丸の右隣は菜紬菜、健斗は文机に背を向けて、氷柱はその隣、そして宇狗威と新助は戸に背を向けて座った。

 会議の内容は、新入り隊士(健斗と氷柱)の属する隊(1~5番隊)を決めることだった。健斗と氷柱の紹介も含まれる。


一郎丸「わかった」


 先程の菜紬菜の意見に納得した一郎丸は、菜紬菜率いる1番隊に氷柱を所属させることにした。


氷柱(いや、何で勝手に決めるんですか、伊儀橋さん。私、同意も何もしてませんけど)

菜紬菜「じゃあ、先に帰らせてもらいますよ」(ニコ)


 菜紬菜は何か企んでいるような笑みを浮かべ、氷柱の腕を掴んだ。そしてスッと戸を開け、


一郎丸「まだ話は終わってねえ!」


そのまま菜紬菜と氷柱は一郎丸の部屋から出て行ってしまった。


 2人が行ってしまった後の一郎丸の部屋は、静まり返っていた。



 しばらく歩くと氷柱が


氷柱「どういうつもりですか!?」


菜紬菜の腕を振り払いながら言った。氷柱はなぜ、自分を菜紬菜率いる1番隊に所属させたのかを聞いている。


菜紬菜「どういうつもりって…僕は君に変なことをするつもりはないけど」


 菜紬菜は氷柱の目を見ながら言った。


氷柱「変なことって何ですか」


 厳しい視線で菜紬菜を見る氷柱。


菜紬菜「聞きたいの?」(ニコ)


厳しい視線で見られていても、笑顔を絶やさない菜紬菜。


氷柱「遠慮しときます」


 氷柱は即断った。菜紬菜は、氷柱から左の部屋(菜紬菜から見て)へと視線を移すと言った。


菜紬菜「ここが僕の部屋。君はその隣なんだけど…」


 菜紬菜は自分の部屋から右隣りの部屋、そして氷柱の顔を見た。


菜紬菜「時間、空いてるよね。だから僕の部屋で…って氷柱ちゃん、どこ行くの?」


 氷柱は自分の部屋に入ろうとしたが、菜紬菜に見つかってしまった。


氷柱「もちろん自分の部屋ですよ」


 なぜ氷柱が自分の部屋に入ろうとしたかって?それは、嫌な予感がしたからだ。


菜紬菜「幹部には逆らえないって決まりがあるんだけど、その決まりを破るのかな?氷柱ちゃん」(ニコ)


 氷柱の目の色が変わった。


菜紬菜「早速、伊儀橋さんに報告っと」

氷柱「待ってください」


 菜紬菜の袴の裾を掴んで言った。


氷柱「決まりって何ですか?」



健斗「決まり?」


 菜紬菜と氷柱がいなくなった後、残りの6人は会議を再開させていた。


一郎丸「そうだ。影狼は神を守るために天皇や幕府に命を受けて結成されたって、さっきも言ったよな?」


健斗はうんうん、頷く。一郎丸は頷いたのを確認すると、


一郎丸「そして、人間も妖怪もいろんな奴が組に属しているから、ある決まりを作ったんだ」



菜紬菜「その決まりがあまりにも残酷すぎる内容なんだよねー」(ニコ)


菜紬菜の話を聞くために、菜紬菜の部屋に入った氷柱は正座をしながら話を聞いていた。


菜紬菜「全部、伊儀橋さんが考えた法度はっとなんだよね。あの伊儀橋さんが」

氷柱「はあ…」


 伊儀橋さんが、と言うところに悪意が感じられた。


菜紬菜「その法度の内容は…」

氷柱(内容は…)


 氷柱はゴクリと唾を飲み込んだ。菜紬菜は真剣な顔で氷柱を見た。


菜紬菜「本当に残酷なんだよね。さすが伊儀橋さん、考えることが残酷すぎる。僕もそこは尊敬するよ」(ニコ)

氷柱「そこはってことはその他に尊敬すこと、な」

菜紬菜「ないよ」


 氷柱が言い切る前に、菜紬菜は答えた。


氷柱「ないんですかっていうか、残酷すぎる内容の法度って何なんですか」


 なかなか教えてくれない菜紬菜に苛立ちを覚えながら聞いた。


菜紬菜「えー氷柱ちゃん、気になるのー?」(ニコ)


 棒読みで言った。


氷柱「菜紬菜さんが気になるように言ったんじゃないですか!?」


 菜紬菜に怒鳴りつけた。


菜紬菜「ふーん。氷柱ちゃん、僕のせいにするんだ」


 意外な返答に驚きながらも、氷柱は言葉を返した。


氷柱「しますよ。私は事実を言ってるんですからね」


 しばらく、沈黙が続いた。



新助「俺たちは決まりじゃなくて、天誅法度てんちゅうはっとって呼んでる」


と、新助が横から口をはさんだ。


一郎丸「ああ。それで…」

新助「そういえば、健斗が所属する隊って決まったの?」


 また口をはさんだ新助。一郎丸は話がなかなか進められなくて、苛立ちを覚えた。


威吹鬼「何言ってんだ?新助。それならさっき、決まったぜ」


 新助の問いに答えた威吹鬼。


新助「ええっ」


 驚いた表情を見せながら言った。


宇狗威「そうだぜ、新助」


 と、新助の首を自分の腕に引っ掛けながら言った宇狗威は、ニヤニヤとしている。


健斗「俺は威吹鬼さんの5番隊に属することになったんだ」


 健斗は新助のことを見ながら言った。新助と健斗は先程、名を交わしているので互いの名は知っている。


宇狗威「なァに言ってやがる。お前が伊儀橋さんに怒られてる間に決まったんだぜ」


 健斗がどこの隊に属するかは、一郎丸が新助に『なぜ白珠と喧嘩して、あんなことになったのか』、そして『半壊した道場はどうするつもりだ』、ということを話している時に決めた。

 決めてた時、たまに伊儀橋さんの怒鳴り声も聞こえたなー、あれは怖かった…、と健斗は思っていた。

 そして新助は、伊儀橋さんの目が言葉にならねえくらい怖かったなー…と思っていた。


新助「ふーん…っていうか離せ、腕」


 新助は宇狗威の腕を手で払うが、なかなか離してくれない。


宇狗威「ったく、新助はまだガキだなァ。話、聞いてないとかよォ」

新助「俺はガキじゃねえ」


 ふてくされたようにそっぽを向いて言った。


新助「伊儀橋さんが俺に怒ってた時に決まったってことは、伊儀橋さんだってそのこと知らなかったんじゃないの?」


 新助の問いに答えたのは和香だった。


和香「でもね、新助君。そのあと、健斗君は5番隊に所属することが決まりましたーって威吹鬼さんが言ってたよ」

新助「あれ?そうだっけ?」

和香「うん、そうだよ。ね、兄さま」(ニコ)


 和香は一郎丸の顔を覗いて言った。


一郎丸「そうだ。新助、次から人の話を聞けよ」


 と言ってから一郎丸は、天誅法度について話し出した。



菜紬菜「ねえ、氷柱ちゃん」

氷柱「何ですか」


 沈黙が続いていた最中、最初に口を開いたのは菜紬菜だった。


菜紬菜「喉渇いたから、お茶持ってきてくれない?」

氷柱「…今、何て?」


 氷柱は聞き直した。自分が今、聞いたことが空耳だったのではないか、と思ったからだ。


菜紬菜「だから、喉が渇いたからお茶持ってきてって言ったの」


〈・・・〉


 なぜ今喉が渇くのか、そしてなぜ自分で持ってこないのか、氷柱は不思議で仕方なかった。


氷柱「自分で持ってくればいいじゃないですか」


 言い返した氷柱をジロリと見ると、


菜紬菜「幹部隊士に逆らったら…」


何かを言いかける。


氷柱「何ですか、そのあと」


 気になるところで話すのを止やめる菜紬菜に苛立ちを覚えている氷柱が言った。


菜紬菜「このあとは、お茶持ってきてからね」(ニコ)


 これは逆らえない、と悟った氷柱は仕方なく


氷柱「どこにあるんですか」


とお茶があるところを聞いた。


菜紬菜「台所」

氷柱「台所はどこにあるんですか」

菜紬菜「自分で考えてよ。ほら、そこら辺の隊士に台所ってどこにありますかって、聞けばいいじゃない」


 氷柱はもうとっくに覚えている苛立ちをさらに覚えながら、菜紬菜の部屋を出た。本当はそのまま自分の部屋に入って休みたかったけっれど、法度について知りたかったため台所を探して、お茶を持ってくることにした。



一郎丸「影狼組『天誅法度』

壱、士道に背くことを許さず。

弐、命令に背くことを許さず。

参、勝手に組を脱することを許さず。

肆、勝手に金策致すことを許さず。

伍、組の機密を他人に申すことを許さず。

以上、5つの条に背いた者は局長、副局長、幹部隊士にて粛清を申し上げる」

健斗(ん?この法度、新選組の局中法度に似てねえか?あの鬼の副長、土方歳三が作ったっていう局中法度に…)



氷柱(ここ、どこだ?)


 氷柱は思った通りの結果になっていた。そう、屯所の中で迷っているのだ。


氷柱(ここら辺にある部屋の戸からは波動が感じられないから、人がいるんだな。中にいるのが人なんだったら、台所まで連れて行ってもらおうかな)


 うん、そうしよう、と決心すると戸に手をかけ左に曳いた。


氷柱「あの…」


 ん?、と先程までにぎやかだった部屋がシーンと静まり返る。中にいたのは氷柱の予想通り人間だった。数えて、1人、2人、3人…中には3人の男たちがいた。

 3人の視線が氷柱一点を見る。氷柱は息を整えると、


氷柱「私、新しく入った者で台所の場所がわからず、迷ってしまいました。どなたか私に台所の場所、教えてくれませんか?」


 台所の場所を尋ねた。3人は顔を見合わせると、氷柱の方を向いてニコっと笑った。そして3人のうちの1人、愛想の良さそうな顔をもった人が答えた。


郡治ぐんじ「俺は峰川郡治みねかわぐんじ。俺たちでよければ台所まで連れて行きますよ」

氷柱「お願いします!」


 郡治を含めて3人はよっこらしょ、と腰を持ち上げた。そして、


海翔かいと「僕は立林海翔たてばやしかいと。3番隊所属隊士」


七奈三郎ななさぶろう「私は新井七奈三郎あらいななさぶろうと申します。4番組所属隊士です」


 他の2人も名を名乗った。氷柱も名(伊藤氷柱)と所属組(1番隊)を名乗ると、氷柱を真ん中に廊下を歩き出した。3人は氷柱よりも少しだけ背が高かった。


郡治「氷柱さんは俺と同じ1番隊所属隊士ですか…。菜紬菜さんはちょっと子供っぽい性格ですよね。いつも冗談ばかり申しておられる」


 困った顔を浮かべながら言った。


氷柱「確かに…」


 氷柱は同情した。


氷柱(そういえばこの刀のこと、ちゃんと聞いてなかったなー…菜紬菜さんに後で聞こっと)


 なぜ、この時氷柱がそう思ったのか。それは郡治たちの腰にある刀を見たからだ。


海翔「氷柱さんって、女子おなごでしょ?」


 氷柱の左隣で海翔が聞いた。


氷柱「そうですけど…何か?」

海翔「ううん。何でもないよ」


 首を振りながら言った。


七奈三郎「女子おなごなら、大変ですね。ここの組は妖怪がほとんどですから」


苦笑しながら海翔の隣で言った。


氷柱「妖怪には慣れているので、全然平気ですよ」(ニコ)


 胸の前で手を振りながら言った。


郡治「まあ、何か困ったことがあれば俺たちに聞けばいいし、菜紬菜さんや他の幹部隊士に相談すればいいし」

氷柱「はい。頼らせてもらいます」(ニコ)


 でも、と郡治は真剣な顔で続けた。


郡治「天誅法度には、気を付けてください」

氷柱「その天誅法度って何ですか?」


 菜紬菜に何度も聞いても教えてくれなかった天誅法度について知ることができるかも、という期待を胸に抱いた氷柱は、目を輝かせて聞いた。


海翔「天誅法度のこと、知らないの?」

氷柱「菜紬菜さんがなかなか教えてくれなくて…」


 目を伏せて言った。


七奈三郎「それはお困りでしょう。よかったら教えてあげましょうか?」

氷柱「はい!お願いします!」


 それでは、と3人が天誅法度について、氷柱に教えてあげようとした――が、



一郎丸「この法度をしっかり頭に入れろ」

健斗「はい」


 健斗は心の中で、何度も天誅法度の内容をつぶやいた。


新助「しっかり入れねえと、後で大変なことになっからな」


 やっとのことで、宇狗威の腕が新助の首から離れたようだ。

 健斗は新選組みたいに切腹とかすんのかな…、と思っていると、


一郎丸「今から、影狼組かげろうぐみ出陣羽織しゅつじんばおりを渡す」

健斗「え?はっはい」


 出陣羽織?何だそりゃ、と思っていたため、慌てた返事になってしまった。


一郎丸「ほら」


 一郎丸は用意していた羽織を健斗に渡した。


健斗「ありがとうございます」


 健斗は出陣羽織だと言う灰色の羽織を羽織ってみた。背には『廻』と縫ってある。


健斗(何で『廻』なんだ?どうせなら影狼組の『影』とか『狼』とかにすればいいのに)

一郎丸「廻り合い」

健斗「え?」


 一郎丸はまるで健斗の心の中を読んで、その問いに答えたように言った。


一郎丸「この影狼に入ったのも、そして俺たちに廻り合えたのも何かあるはずだっていう意味で『廻』って漢字にしたんだ」

健斗(廻り合い…何かかっこいい!)


 健斗はひらひらとさせながら羽織を見ていた。


一郎丸「氷柱にも渡したいんだが…」

新助「おっしゃー今から行こうぜ!氷柱の部屋に!」


 スッと立ち上がると、新助が言った。


威吹鬼「新助」

新助「ん?何だよ威吹鬼さん」


 戸を開け、今にも駆け出しそうな新助の襟首を掴みなら威吹鬼は言った。


威吹鬼「女の子ってもんはな、いきなり自分の部屋に来られても嬉しくも何とも思わねえぞ」

新助「そうなのか?和香」


 新助は和香の方を見ながら言った。


和香「そうですね。まあ、人によりますけど」(ニコ)

新助「氷柱はどうだろう…」

健斗「お前、氷柱の友達だったんだろ?それくらい知ってるだろ」


 新助と氷柱が現代で仲が良く、時々遊んでいた友達、と先程言っていたので健斗も知っていた。


新助「氷柱の家に行ったことはねえ」


 どうだろう…、と考えていると一郎丸が、


一郎丸「氷柱の部屋に行くぞ」


え?、となぜ?、という言葉が出てきた。


一郎丸「ここで考えても仕方ねえだろ。立ち止まって考えるより、前に進んで事に当たる方がいい」

健斗「当たって砕けろってことか」


 一郎丸は立ち上がると、氷柱の部屋へと向かった。もちろん、新助や健斗など合わせて5人も一郎丸を追った。



〈ベチッ〉


氷柱「!」

海翔「何かが」

郡治「氷柱さんの顔に…」


 氷柱の顔に何かが飛びついた。氷柱はそれを自分の顔からはがすと、その何かを見た。見た瞬間、氷柱は驚いてその何かを落としそうになった。


氷柱「どうして私の顔に飛びついてきたの?」


 氷柱は少し厳しめな目で見つめた。



和香「そういえば、トラ君はどこに行ったの?健斗君」

健斗「あ?」


和香は健斗と肩を並べながら言った。


健斗「知ーらね」

和香「え?」

健斗「さっき外出ただろ?そん時、雨降りそうだったじゃねえか。まあ結果的には降ったけど。猫は水に濡れるのが嫌いだから、あいつどっか行ったんだよなァ」


 トラは猫又だけどな、と付け加えていった。


和香「じゃあ健斗君は知らないんだね、トラ君の行方」

健斗「ああ。あいつ、どこ行っちまったんだろうな」



七奈三郎「この猫は一体…」

氷柱「この子は猫又っていう妖怪なんです。トラって言います」

トラ「そんニャことより、大変だニャ!」


 小刻みに震えるトラを見ながら氷柱は、


氷柱「何が大変なの?」


冷静に落ち着いた声で言った。自分の顔に飛びつくほど大変なことが起こったんだな、と思っているからだ。


トラ「5分くらい前…」


 4人はトラの話に耳を傾けて聴いた。


トラ「僕は廊下を歩いていたニャ。そしたらいきなり…」


『チビ猫ォーっ、どこ行きやがった!』


 どこか近くで、とても大きくて恐ろしい声が聞こえた。4人と1匹は体を恐縮させる。


トラ「ニャァーっ!来たニャァー!」


 トラは飛び上がって叫ぶと、氷柱の肩に乗った。


七奈三郎「逃げましょう、たぶん今の声の主は妖怪です」


 逃げようと提案した七奈三郎に対し、海翔は、


海翔「戦おうよ。僕ら武器持ってるんだから」

郡治「妖怪相手にどうやって…」

海翔「いつも僕たち戦ってるじゃん」

七奈三郎「それは簡単に殺せるとても弱い妖怪です。そして、ここにいる妖怪は影狼組の隊士ですよ。隊士と戦うのは、局長の怒りに触れるのと同じです。ここは逃げるのが適当かと」


 そう論じている間に、声の主はやってきた。氷柱たちの前にいるのは妖怪2人。

 1人は人間たぶんの容姿をした蛇の妖怪。口元から長くて細い舌がシュルシュルと出ている。体に付いている鱗うろこは体を守る鎧のように硬そうだ。

 もう1人はおそらく先程の声の主だろう。見た目は体がごつい人間だが、波動は蛇男とは比べ物にならないくらい強い。氷柱はこの男を鬼だと思っている。

 最初に口を開いたのはごつい妖怪の方だ。


「おめえら、ここら辺にチビ猫を…って、肩にいるじゃねえか」


 ごつい妖怪は氷柱の肩にいるトラを指差しながら言った。


氷柱「いますけど、何か?」


 氷柱の目はきちんとその妖怪の目を捉えていた。


「よこせ、女」

氷柱「私の名は女じゃありません。氷柱です」

吉丸きちまる「おっと、これは失礼。俺の名は吉丸きちまるだァ。おめえ、新入りかァ?」

氷柱「そうです」


 吉丸は鼻で笑うと、氷柱に言った。


吉丸「新入りは俺たちの言ったことに従え。そのチビ猫をよこせ」

氷柱「嫌です。どうしてあなたに渡す必要があるんですか?」

吉丸「はっはっは」


 吉丸は高笑いした。氷柱をバカにしている。


吉丸「どうしてだとよ、猛蛇」


 隣にいる蛇男――猛蛇という妖怪の肩に手を置きながら言った。


猛蛇もうじゃ「どうしてわいたちがあんたらに説明しなきゃならぬのか、教えていただきたい」

氷柱「理由がわからないからです」


 ここで、氷柱の心の中で思っていることを紹介しよう。


氷柱(うざいな、こいつら。抜いちゃっていいかな、刀。でも、後がめんどくさそうだな。よしっあいつらを挑発させて怒らせよう。んで私を殺そうとしたから刀を抜いて、戦いましたって言えばいいか)


氷柱はとても苛ついていた。


氷柱「この猫から話を聞きましたが、あなたたちはこの子をいじめるつもりだったんですよね」(ニコ)


 氷柱は作戦のうちなのか、笑みを浮かばせながら言い続けた。


氷柱「強いものが弱いものをいじめてどうするんですか?強いものは弱いものを守らねばなりません。なのになぜ、あなたたちは弱いものをいじめるんです?バカだからですか?今、私が言ったことを知らなかったからですか?」(ニコ)


 氷柱の笑顔が余計に2人の妖怪を怒らせる。郡治たち3人は口をポカーンと開けて、黙っていた。それから、3人は氷柱のことを気丈な女子さんだ…と感心していた。トラはというと、氷柱の肩で震えていた。


吉丸「俺たちを説教してんのか?笑止。今からお前にこの隊の法度を教えてやらァ」


 吉丸はずかずかと氷柱に歩み寄ってきた。猛蛇はその場でニヤニヤとしている。氷柱は刀の柄に手をかけた。


吉丸「おっとっと、抜くかァ?抜いてもいいが、後悔するぜ」

氷柱「あなたが鬼だからですか」


 ほう、と吉丸は声を漏らした。


吉丸「そうだ、俺は鬼だ。わかっててくるとは、おめえバカだな」

氷柱「バカというなら、私の姓を聞いて腰を抜かさないでよ」


 郡治たちは聞こえていたはずだった。だが、動揺する様子もない。


氷柱「氷堂氷柱、知ってる?氷堂家」


 吉丸の目が見開く。


吉丸「あのっ」


 だがふっと我に返り、にやりと笑った。


吉丸「半妖か?だったら弱いな」

菜紬菜「バカにしない方がいいよ」


 ん?、とその場は静まり返った。


菜紬菜「氷柱ちゃんは、吉丸君よりずうっと強いんだから」(ニコ)


 いつの間に来ていたのか、菜紬菜が郡治たちの間を通り抜けて、氷柱の隣にいた。


氷柱「菜紬菜さん…」

菜紬菜「氷柱ちゃんがいつまで経っても来ないから、心配してきちゃった」(ニコ)

氷柱「心配しなくても、大丈夫です。私は子供じゃないんですから」


 ぷんぷん、と怒る氷柱。


菜紬菜「せっかく心配してあげたのに」


 がっかりしたようにも聞こえず、棒読みで言った。氷柱はため息を吐く。


菜紬菜「吉丸君」

吉丸「菜紬菜!口はさむんじゃねえ!」

菜紬菜「別に、口はさむつもりはないよ。…吉丸君は戦いたいんだよね」

吉丸「そうだ」

菜紬菜「いいよ、戦ってあげる」


 菜紬菜は氷柱の肩に乗っているトラを持ち上げると、


菜紬菜「ほら、行ってよ、氷柱ちゃん」(ニコ)


聞き直したくなる言葉を吐いた。


〈・・・〉


氷柱「え!?私ですか!?」

菜紬菜「そうだよ。君以外、他にいる?」


 え…菜紬菜の「戦ってあげる」から、菜紬菜自身が戦うと思っていた氷柱は驚いた。


氷柱「また勝手に…」

吉丸「容赦しねえぞ!」


 おりゃーっ!と雄たけびをあげながら吉丸は氷柱に向かって走り出した。めんどうだな、心底思いながら氷柱は、向かって来る吉丸が振り上げた拳を避けた。



一郎丸「入るぞ、氷柱」


 一郎丸たち6人は氷柱の部屋の戸の前に立っていた。一郎丸は何度も氷柱に(一郎丸は氷柱が自分の部屋にいると思っている)声をかけたが返事は返ってこない。苛立ちを覚えた一郎丸はついに部屋の戸を開けた。


〈ズトン!〉


一郎丸「いるんだったら返事ぐれえしやがれ!氷柱!」


〈・・・〉


 氷柱の部屋に顔をのぞかせた和香は言った。


和香「あれ?氷柱ちゃんがいない。氷柱ちゃんもトラ君もどこ行っちゃったんだろう?」

健斗「氷柱がいない!?」


 健斗も慌てて氷柱の部屋に顔をのぞかせた。


健斗「本当だ!氷柱がいねえ!」

新助「よっしゃあー!氷柱を捜しに行ってくる!

一郎丸「おいこら待て!新助!」

威吹鬼「伊儀橋さん、遅かったぜ」

宇狗威「新助の野郎、行っちまった」


 新助の姿はすでになかった。どうやら一郎丸が言う前に新助は走って氷柱を捜しに行ってしまったようだ。


一郎丸「氷柱を見つけたら俺の部屋に来いと言っておけ」

和香「はい、私氷柱ちゃんのこと捜してきます」

健斗「俺も!」

威吹鬼「俺と宇狗威は1回伊儀橋さんの部屋の方に行ってくるから、お前らは反対側の台所の方を捜してくれ」


 和香と健斗は台所へ、威吹鬼と宇狗威は一郎丸の部屋の方へ行った。一郎丸は自分の部屋で待つことにしたようだ。


一郎丸「ったく、あいつはどこ行ったんだ?」


 一郎丸は氷柱のことはもちろん、菜紬菜とトラの行方も捜していた。


一郎丸(菜紬菜に氷柱、氷柱がちゃんとしてっから菜紬菜の隊に入れておこうと思ったんだが…)


 腕を組みながら一郎丸が1人、考えていると不意に雨が止んだ。先程までたくさん降っていたというのに。


一郎丸(菜紬菜…遊びやがって)


 雨雲が消え、澄んだ空から三日月が顔を出す。



氷柱(あれ?雨が止んだ…)


 ふと氷柱は菜紬菜を見た。菜紬菜は笑みを浮かばせながら、すっかり晴れた空に浮かぶ三日月を見ていた。


〈次回予告!〉


「…殺していいんですか」


「大丈夫よ、きっと」


「いっ、伊儀橋さん?…」


「健斗君って、氷柱ちゃんのこと――」


「これが君の能力…」


氷柱の秘密が少し明かされる。

氷柱は吉丸と猛蛇と戦うことになってしまった。

それに秘められた菜紬菜の意図とは!?

そして、氷柱を捜す隊士たちの行方は!?

次回をお楽しみに!


読んでいただきありがとうございます。

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