印呪ノ刀

 健斗と氷柱と宇狗威が現場に来た時には近くにあった道場が半壊していて、ぽつりぽつり、と雨が降っていた。

 そんな中、体長2mは裕に超えている真っ白の犬の容姿をした妖怪と、小柄で口にマスクのようなものを付けている――健斗と氷柱は首をかしげた。


健斗「犬の妖怪と戦ってる奴って男か?それとも…」


 健斗と氷柱が首をかしげるのも可笑しくはなかった。なぜなら、犬の妖怪と戦っている、小柄で口にマスクのようなものを付けている女の子(?)男の子(?)は遠くから見てもわかるくらい美しい顔をしていたのだ。髪を縛っているから女の子――でも動きが男っぽいな。

 健斗と氷柱がしばらくの間、ぼーっと立ち尽くしていると、誰かが肩に手を置いた。びくっ、と体を恐縮してから背後を振り返ると、そこには威吹鬼の姿があった。威吹鬼はよっ、とあいさつをしてから、宇狗威と一緒にあの妖怪と性別不明の彼がどうして戦っているのかを簡潔に話してくれた。

 発端は新助という今、戦っている小柄な男の子が攻撃を仕掛けたからだ、と言う。男の子だったんだ、と健斗と氷柱は思った。威吹鬼と宇狗威の話を聞いているうちに状況がだいたい把握できた。


〈ザー〉


 バケツをひっくり返したような雨が降ってきた。

 丁度その時、遅れて来た一郎丸と和香が現れた。2人は頭に自分の着ていた羽織をかぶせて雨をしのいでいる。ふわっ、と健斗と氷柱の頭に何かがのった。


威吹鬼「こんなことで風邪をひかれちゃァな」


 威吹鬼は健斗と氷柱の頭に自分の羽織をかぶせたのだ。威吹鬼の羽織は生温かかった。


氷柱「ありがとうございます。威吹鬼さんは大丈夫なんですか?」

威吹鬼「俺は大丈夫だ。心配ありがとよ」


一郎丸「そんなことより、あいつらを止めねえと。このままじゃ道場どころか屯所まで壊される」


 一郎丸は氷柱たちの近くに来て言った。


菜紬菜「新助の心配より屯所の心配ですか?」(ニコ)


 菜紬菜は和香の隣に立った。前にいる健斗と氷柱に手を差し出す。


菜紬菜「はい」(ニコ)


 その手には『刀』が乗っかていて、2人は反射的にそれを受け取る。抜いてみよう、と一郎丸たちから少し離れた所に行き、柄を握り、刀を鞘から――

 一郎丸は目を見開いた。そして、


一郎丸「!だめだ!その刀を抜くんじゃねえ!」


叫ぶ。が、遅かった。2人は抜いてしまった。いや、健斗は抜ききれていなかった。


健斗「なっ何だこりゃ!」


 健斗が受け取った『刀』は見た感じ、2尺3寸(60cm)程度の打刀で、簡単に抜けるはずだ。だが、いくら抜いても刃先が見えず、そのうえ刀が蛇のようにぐにゃぐにゃ、と動く。


氷柱「えっちょっ…何ですか?この刀…」


 氷柱が受け取った『刀』も健斗と同じ造りで、こっちは簡単に抜けたが、刀を抜いた瞬間、刀からミミズのような蛇のような、細くて長いものが伸びてきて、氷柱が刀を持っている右腕に巻き付いてきた。

 健斗と氷柱は慌ててしまい、その拍子に頭にかぶっていた威吹鬼の羽織を落としてしまった。


一郎丸「てめえ、勝手に俺の部屋から取って、あいつらに…どういうつもりだ!」


 一郎丸はとても怖い形相をしながら菜紬菜の胸倉を掴む。誰が見ても怖れをなして逃げ出すような形相をしているにも関わらず、菜紬菜は笑みを浮かべていた。


菜紬菜「まあまあ、落ち着いてくださいよ、伊儀橋さん。あの2人に刀を持たせたのは、刀を扱うことができるかなーって思ったからです。それに…」


 菜紬菜は一郎丸の耳元でささやいた。


菜紬菜「あの刀は呪われてるでしょう?特に氷柱ちゃんが持ってる刀。あの刀は確か…刀を抜いた人に死ぬまで巻き付き、その人の生命力とかを吸い取っちゃう呪いがかかった刀でしたよね。もし、氷柱ちゃんが人間ならすぐに呪い殺されて死んじゃうけど、人間じゃない妖怪だったら…すぐには死にませんよね?」(ニコ)


菜紬菜はわざと一郎丸に問いかけるように言った。


一郎丸「そうだな」


 2人が話している間、健斗は刀を抜き続けている。そして、氷柱が持っている刀からは未だに細くて長いものが伸びていて、氷柱の胴を巻き付けている。


氷柱(菜紬菜さんにやられた…ああもう!)


 鬱陶しいくらいに伸び、巻き付いてくる刀に苛立ちを覚えた氷柱は、抜刀したまま走り出した。


健斗「おい!どこに行くんだ!」


 健斗は抜刀したまま走り出した氷柱に向かって叫んだ。氷柱は健斗の方を向かずに叫び返す。


氷柱「決まってるでしょ!新助君と犬の妖怪を止めるの!」


 氷柱は『新助』のことを『新助君』、と呼ぶことにした。だが、氷柱は何かが引っかかる。新助君と名を呼んだ時、何かの情景が頭に浮かんだ。


健斗「わかった!」


 健斗は根気よく刀を抜き続けた。いつ、刃先が見えるのだろうか。


氷柱「新助君!」

新助「!」


 名前を呼ばれて、新助は氷柱の方を見た。やはり何かが引っかかる。

――その一瞬を狙われたようだ。新助は犬の妖怪の攻撃が当たり、吹き飛ばされた。氷柱は地面に横たわっている新助をチラッ、と見ると、新助から犬の妖怪へと視線を移した。氷柱の目は紅い焔が揺らいでいた。

 刹那、氷柱は犬の妖怪の前足を斬った。犬の妖怪が悲鳴を挙げる。目に止まらぬ速さだった。

 これを見た菜紬菜は言う。


菜紬菜「氷柱ちゃん、刀、扱えてますね。それに、あの妖怪の前足を斬った時、速すぎてよく見れなかったよ。まるで瞬間移動したみたい」(ニコ)


 冗談のようで冗談ではないことはわかった。


健斗「おい菜紬菜!この刀、いつになったら抜ききれるんだよ!」


 いつまで経っても抜けきれない刀に対し、相当な苛立ちを覚えた健斗は菜紬菜の話など聞いていない。刀を抜くのに力を尽くしているからだ。


菜紬菜「永遠に抜けない…」

健斗「何だって!?」

菜紬菜「かもね」(ニコ)


 悪戯っぽい笑顔を作った。その様子に健斗はあきれた。

 すると――


健斗「!やった、抜ききった…」


 かすれた声で言った。やっとの思いで刀が抜ききれたのだ。


健斗「って休んでる場合じゃねえ!」


 健斗は刀を見た。相変わらずグニャグニャしているが、あれだけ抜いたはずの刀の寸法は、2尺3寸程度になっている。その様子から健斗は察した。


健斗「んなわけねえよな」


 健斗は大きく刀を振った。すると、刀は伸び、健斗から離れている木を斬った。

 健斗は正直、口から心臓が飛び出て来るくらい驚いたが、すげえ、と感嘆の声を漏らした。この刀は、遠距離攻撃に向いているようだ。

 健斗はその場で刀を振った。ビュー、と風を斬る音がする。刀の刃先は、犬の妖怪の方に向かってどんどん伸びていく。犬の妖怪を斬るつもりだった――が違う方向へ伸びていく。


氷柱「!ばっ」


 刹那、氷柱は健斗が持っている刀の斬撃を避けた。健斗の刀は氷柱のことを貫く勢いで伸びたのだ。


氷柱「バカ!何してんの!?」


 怒りながら言う。心中はもっと文句を言いたかったが、刀の斬撃は止むことはなく氷柱に向かって刃先が伸びてくる。敵は氷柱ではなく、犬の妖怪なのだが。氷柱は刀の斬撃を避けながら、犬の妖怪と戦った。

 健斗はどうにかしようと、1人で慌てていた。一方、一郎丸たちは平然として、氷柱たちを見ている。

 新助は地面に付けた体を起こすと、健斗と犬の妖怪の攻撃を避け、氷柱の近くに行った。


新助しんすけ「俺は楽々栗新助ららくりしんすけ。加勢してくれてありがとな、氷柱」


 自分の名を呼ばれて驚いた氷柱。目を真ん丸くしながら、


氷柱「私、君と知り合いだったっけ?」


首を傾げる――とは言ったものの、何かが引っかかる思いではいた。


新助「忘れちまったのか?俺だよ俺。小さい頃、一緒に遊んだり、妖怪殺したりして遊んでたじゃねえか」


 あっ、と氷柱は思い出した。新助と一緒に遊んだ記憶を。何かが引っかかっていたのはこのことか!氷柱の心のもやもやは消えた。


氷柱「ごめんごめん、すっかり忘れてた。んじゃ、久し振りに2人で暴れよっか」


 新助と氷柱は会ったことがあるようだ。一体、いつ、どこで会ったことがあるのだろうか。


氷柱「健斗君!とにかく、刀、納めて!邪魔だから!」

健斗「邪魔って…」


 氷柱の『邪魔』という言葉に傷つきながら、健斗は氷柱の言われるままに刀を鞘に納めようとした。


健斗「へ?何だこりゃ…」


 健斗は刀を自分のもとへ引き寄せたがびくともしない。それどころか、どんどん健斗は刀に引っ張られていく。 『健斗対刀』の綱引きが始まった。いや、綱引き、ではなく『刀引き』だ。

 ズリズリ、と健斗の足(草履を履いている)と地面がこすれる音がする。これ以上、引いてもだめだ、と悟った健斗は死を覚悟して…は言い過ぎだが、全身、怪我を負うことを覚悟して目を閉じ、体の力を弱めた。


新助「まさか氷柱も、昔の時代に来ちゃってたとはな…」

氷柱「新助君は覚えてくれてたんだね、私のこと」


 氷柱は健斗が持っている刀をにらむと、


氷柱(邪魔だな、本当にっ)


氷柱は向かって伸びる刀を蹴った。


新助「俺は、氷柱の匂いを覚えてただけだよっ」


 新助は犬の妖怪の顔を蹴った。


新助「ったく、俺のことを忘れちまうとか、ホント昔と変わんねえなァ、お前。名前覚えんのとかが苦手で、面倒臭がり屋で。そして方向音痴。いっつも元気だったよなァ」


 新助は遠い昔を思い出しているような口振りで言った。

 懐かしい、新助は氷柱の笑顔を見ると思う。前と変わらずの可愛い笑顔、見てるとホント癒される。

 それから2人は助け合いながら、犬の妖怪と刀相手に戦った。この光景に和香は、


和香「すごいね、あの2人。めっちゃ息が合ってる」


 感心したように言った。2人とは新助と氷柱のことだ。そんなことより、と菜紬菜は和香に顔を近づけて言った。


菜紬菜「ねえ、もう屯所の中に入らない?」

一郎丸「何言ってやがる。あいつらを置いて屯所の中に入るなんざできるわけねえだろ」


 一郎丸は菜紬菜の背後で異議を述べた。


菜紬菜「飽きちゃったんですよ。それにこれ以上、雨の中、外にいたら風邪ひいちゃいますよ。伊儀橋さんは僕たちが風邪ひいて、寝込んでもいいんですか?」


 くるり、と菜紬菜は一郎丸の方を向いてから言った。


一郎丸「良くはね…」


 一郎丸が言い切る前に菜紬菜は


菜紬菜「うわー、伊儀橋さんそれはないですよ。局長たる人が、可愛い隊士に向かって風邪をひけと、そして寝込んでもいいと言うんですか?」


棒読みで言った。


一郎丸「そんなこと、言ってねえ!お前、俺の話を聞…」


 菜紬菜は一郎丸の話など聞かずに言い続けた。


菜紬菜「伊儀橋さん、その性格と顔、直した方がいいですよ。僕が手伝ってあげます」


 菜紬菜はそう言うと、手を空に向けた。すると、雨の透明な雫が刀の形になった。菜紬菜は透明な刀を持つと、


菜紬菜「死んでください、伊儀橋さん。そうすれば、その憎たらしい性格と、見たものを金縛りにさせるような怖い顔がなくなって、新しい性格と顔が手に入りますよ」(ニコ)


 菜紬菜の殺意のこもった台詞セリフに笑顔。一郎丸は苛立ちを覚えた。一郎丸は眉間にしわを寄せて


一郎丸「てめえ…」


 菜紬菜に反論する言葉も見つからず、てめえ、の一言で終わった。


菜紬菜「何ですか?」(ニコ)


 2人の間に不穏な空気が立ち込める。

 一郎丸は菜紬菜をにらみつけたが菜紬菜は、いつもの笑みを浮かばせていた。


宇狗威「いっ伊儀橋さん、こいつァ本気で言ってねえからな」


 見かねた宇狗威が慌てて言った。


威吹鬼「そうだぜ、伊儀橋さん。菜紬菜は冗談しか言ってねえ、いつものことじゃねえか」


 威吹鬼も一郎丸をなだめる宇狗威に加勢した。和香はふふっと笑うと


和香「仲がいいですね」


 ん?、とその場にいる4人が和香の顔を見た。和香は赤く染まっていくのが感じる顔を手で覆い隠した。恥ずかしいのだ。


威吹鬼「何で、仲がいいんだ?」


 威吹鬼が和香に聞いた。


和香「それは…」


 和香は返答ができなかった。なぜなら、みんなに見つめられているからだ。それを見かねた菜紬菜は、


菜紬菜「和香ちゃんはみんなに見つめられると、恥ずかしくてしゃべれなくなっちゃうんだよね」(ニコ)


 和香はコクリ、と頷く。そうだった、と和香から菜紬菜を含めて4人が視線を逸らすと和香は話し出した。


和香「仲がいいから喧嘩も飽きない、それに…兄さまと菜紬菜さんの喧嘩の息が合いすぎていて、私たちもなんか、楽しくなってくるんです」(ニコ)

一郎丸「何で楽しくなるんだ?こっちは喧嘩してるのによォ」


 一郎丸は口をはさんだ。


和香「菜紬菜さんの言い訳と、兄さまの正論がぶつかるとおもしろいんです」(ニコ)


 一郎丸は片眉をおでこに寄せた。いまいち、和香が言っていることがよくわからないようだ。


菜紬菜「つまり、犬猿の仲の僕と伊儀橋さんでも、周りの人を楽しくさせることができるんですよ。喧嘩して」(ニコ)

一郎丸「てめえ、何で他人事のように言ってやがる」


 いつの間にか、菜紬菜の手から透明の刀が消えていた。


菜紬菜「だから、伊儀橋さん」(ニコ)

一郎丸「何だ」


 菜紬菜の笑みに嫌な予感を覚えながら聞いた。


菜紬菜「僕と死ぬまで喧嘩してください」(ニコ)

一郎丸「あァ?」


 少し間が空く。

 それから一郎丸はふっ、と笑うと言った。


一郎丸「約束できるか?」


 菜紬菜は首を傾げた。


菜紬菜「なにをですか?」

一郎丸「俺と死ぬまで喧嘩する、いいな」


 なるほど、と思うと菜紬菜は言った。


菜紬菜「いいですよ。この約束、忘れないでくださいね」(ニコ)


 まだ、雨は続いている。そう、バケツをひっくり返したような雨が。



氷柱「新助君、何でこの妖怪に攻撃仕掛けたの?」


 氷柱はずっと思っていたことを新助に聞いた。新助がこの妖怪に攻撃しなければ、こんなことにはならなかったのだ。


新助「こいつが俺のことをバカにしたんだ。んで攻撃した」

氷柱「ふーん」


 でもね、と氷柱は続けて言った。


氷柱「やり返しは、だめだよ」

新助「だって」


 新助は反論しようとしたが、止まった。そう、動きが止まったのだ。そして、目を大きく開いて氷柱の背後を指さした。


氷柱「?」


不思議に思った氷柱は、背後を振り返ろうとした――


〈シュッ〉


 氷柱の頬を刀の刃先がかすめた。氷柱の頬は切れ、血が紅い糸を描いた。


〈ゴツン! バタン!〉


 続けて痛々しい音が辺りに駆け巡った。


健斗「ごめん…氷柱、大丈夫か?」


 健斗は、よぼよぼの声でぼろぼろの体で言った。

 健斗は刀に引っ張られて、氷柱とぶつかってしまったのだ。つまり、健斗は氷柱のことを押し倒してしまった。


氷柱「いてててて…」


 氷柱の右手は刀を持っているため、氷柱は左手で頭をスリスリとさすると、健斗に目を向けて、


氷柱「何してくれるの」


と言った。怖い目つきだ。


健斗「だから、ごめんって」


 健斗はスッと立ち上がると、氷柱に向かって手を伸ばした。


健斗「ほら、掴まれよ」


 氷柱は戸惑いながら、健斗が伸ばしてくれた手につかまると立ち上がった。


氷柱「ありがとう」

健斗「はっくしゅん」


 健斗はくしゃみをした。


氷柱「こんな雨じゃ、風邪ひいちゃうよね」


 氷柱は血を手で拭うと言った。


健斗「顔…大丈夫か?」


氷柱「これくらい、平気だよ。あっそういえば…健斗君、刀どうしたの?」

健斗「そういやー刀、どこ行っちまったんだ?」


 健斗は心の中で刀、刀、と言いながら辺りを見渡した。氷柱にぶつかった拍子にどこかへ行ってしまったのだ。

 健斗が刀を探しているその間に氷柱は、新助のところに行く。


新助「大丈夫か?」


 新助は、氷柱の頬のけがを見ながら心配そうに言った。


氷柱「これくらい、すぐに治るよ」


 すぐに治る――きっと読者は、なぜすぐに治るのかを知りたいと思うだろう。氷柱は人間なはずだ。だがここは、すぐに治るんだ、と受け止めてほしい。


新助「そっか、氷柱は…」


 氷柱は、鉄のお面越しではあったが新助の唇に、自分の人差し指を置いた。


氷柱「内緒にして」


氷柱の頬のけがは治っていた。


新助「…わかった」


 新助は氷柱の目を見て言った。


氷柱「で、殺しちゃっていいの?この妖怪」


 犬の妖怪を見ながら言った。氷柱が犬の妖怪の前足を斬ったため、前足がない。だが、残りの3本の足で立っている。


新助「んー…」


 悩んでいる新助に氷柱は、


氷柱「仲間なら、殺さなくてもいいじゃん。ごめんって謝ればいいんだから」(ニコ)



健斗「あった!…あれ?可笑しいな…」


 健斗は刀を見つけたが、様子が変だった。健斗は刀の近くに行くと、さらに首をかしげた。


健斗「やっぱり…短い」


 刀をつんつん、とつつきながら


健斗「うん、短い」


うんうん、と頷くと、


健斗(何で、短いんだ?さっきまで、あーんなに長かったのによォ)


不思議に思いながら健斗は、刀を持った――それがいけなかった。



新助「そうだよな」


 新助は犬の妖怪に歩み寄ると、照れくさそうに言った。


新助「…ごめんな」


 犬の妖怪はしばらく、新助の瞳を見つめていたが、やがてキューン、と小さく鳴いた。すると、みるみるうちに、体長2mは裕に超えていた真っ白の犬の妖怪は、小型犬くらいの大きさになっていた。


新助「よしよし、いい子だ。ちょっやめろよ」(笑)


 犬の妖怪は新助の顔をペロペロ、となめた。思わず、新助の顔には笑顔が零れた。その間に氷柱は、刀を鞘に納めた。鞘に納めてもなお、刀から伸びてくる物体は氷柱の腕や胴に巻き付いている。


氷柱(ま、邪魔になってないからいいけど)


 意外にあっさりと、刀から伸びてくる物体を受け入れた氷柱だった。それから氷柱は、新助の方に目を向けると小さくなった犬の妖怪と、戯れている姿が目に入った。

 氷柱は新助のところに行くと、


氷柱「名前、あるの?」


犬の妖怪の名を聞いた。


新助「名前は白珠しらたまだ。可愛いだろ」


 新助は白珠に頬ずりした。


氷柱「仲、いいんじゃん」(犬の妖怪の白珠…ね。人間の言葉は話さなそう。じゃあどうやってこの子が新助君のことをバカにしたんだろ…)


 そんな謎が浮かびながらも、氷柱は白珠の頭をなでた。

 すると、氷柱たちの背後で健斗の声がした。ずいぶんと慌てている声だ。どうしたものか、と新助と氷柱は健斗の方を振り向くと――2人は慌てて健斗とは反対側に向かって走り出した。新助は白珠を抱えたままだ。


氷柱「何してるのー!?健斗くーん!」


 走りながら叫んだ。


健斗「俺は何にもしてねえよー!ただ…」


 健斗も叫んだ。


健斗「刀を持ったら、こんなふうになったんだよ!」


 健斗が持っている刀はぐにゃぐにゃとしていて、氷柱たちの方に伸びていく。だから氷柱たちは健斗から――刀から逃げるために走り出したということだ。


健斗「菜紬菜!これ、どうやって鞘に納めんだ!?」


 健斗に名前を呼ばれた菜紬菜は、仕方ないなあ、と言いながら健斗に近寄ってきた。


菜紬菜「ちょっと貸して」


 菜紬菜は健斗が持っていた刀をひょい、と取ると刀の柄を握った。


健斗「うわーすげえ…」


 健斗は思わず言った。そう、菜紬菜が刀の柄を握った瞬間から、刀はぐにゃぐにゃと曲がるのをやめ、ピンっと普通の刀に戻ったのだ。


菜紬菜「この刀を扱うときは、自分の心が大切なんだ」

健斗「心が?」

菜紬菜「そう、心がね」(ニコ)


 菜紬菜は続けて言った。


菜紬菜「僕が心の中で、右に行けって思ったら右に行くし…」


 刀は右に伸びた。もちろん、菜紬菜から見ての右だ。


菜紬菜「左に行けって思ったら、左に行く」


 刀は左に伸びた。健斗はなるほど、と頷きながら菜紬菜の話を聞いた。


菜紬菜「健斗君がこの刀を持つと、どうして氷柱ちゃんの方に行くのかな?」(ニコ)

健斗「…!」


  健斗は顔を赤く染めた。


菜紬菜「あれれ?健斗君、顔が赤いよ。風邪ひいたのかな?」(ニコ)

健斗「うっうるせえ!っていうかお前、知ってたんだったら何ではやく教えてくれなかったんだよ」


 なーんだ、そんなことか、という顔をしながら菜紬菜は、笑みを浮かべた。


菜紬菜「健斗君が思おもってる人、知りたかったんだー」(ニコ)

健斗「俺に想おもい人なんて、いねえ!」


 慌てて言い返した。


菜紬菜「僕は、君の好きな人を知りたかった、って言ってないよ。健斗君が今、誰のことを思っているのか知りたかった、って言ってるの」(ニコ)

健斗「お前、今の言い方じゃ、好きな人を知りたかった、って言ってるのと同じだろうが!」


 菜紬菜は刀を鞘に納めた。


菜紬菜「鞘に納める時も、鞘に入れって思えばいいんだよ」(ニコ)

健斗「俺の話、聞いてんのか!?」

菜紬菜「教えてあげたんだから、お礼、言ってほしいなあ。もしかして健斗君、親にお礼の仕方、教えてもらってないの!?ありがとうっていう言葉、知らないなんて…あはははは!」(笑)


 菜紬菜は笑った。


健斗「勝手に決めつけんじゃねえ!」

菜紬菜「じゃあ、ありがとうって素直に言ってよ。じゃないと…斬っちゃうよ」


 菜紬菜は、見たものに寒気を覚えさせるような鋭い目を健斗に向けた。口は笑っていたが、目は本気だ。


健斗「いっ…」


 健斗は短く絶句すると、


健斗「ありがとうございました」


と言った。決して心のこもった台詞セリフではなかった。


菜紬菜(人って単純だよなぁ)


〈次回予告!〉


「ってことで、氷柱ちゃんは僕の隊で預かります」


「決まり?」


「氷柱さんって女子おなごでしょ?」


「ここの組は妖怪がほとんどですから」


「廻り合い」


「そんニャことより、大変だニャ!」


「よこせ、女」


「また勝手に…」


新キャラクター登場!

健斗と氷柱は影狼組の隊に所属することになったが――

影狼組の決まりとは!?

そして、台所へ行くことになった氷柱の前に立ち塞がる妖怪隊士とは!?

さらなる戦闘が繰り返される予感が――

次回をお楽しみに!


読んでいただきありがとうございます。


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