局長ノ妹

 健斗と氷柱は袴を着た。健斗は青藍の袴を、氷柱は空色の袴を。

 青藍とは紫みを含んだ暗い青色のこと、空色とは昼間の晴れた空を思わせる紫味の薄明るい青色のことをいう。

 着替えながら2人は、起きたときのことを話した。どうやら2人とも、布のようなもので目をふさがれていて、一郎丸の金縛りを受けていたようだ。

 着替え終わると、菜紬菜が戸を開けて顔をのぞかせた。


菜紬菜「似合うよ、袴姿」(ニコ)

氷柱「ありがとうございます」


 菜紬菜は、ついてきて、と言うように歩き出した。健斗と氷柱は菜紬菜の後を追った。


菜紬菜「ねえ、僕、聞きたいことがあるんだけどいいかな?」(ニコ)

氷柱「はい、なんですか?」


菜紬菜はニッコリとほほ笑むと話し出した。


菜紬菜「君たちと一緒に落ちてきたものがあったんだけど…」

健斗「落ちてきたもの?」


健斗は菜紬菜に聞き返した。


健斗「落ちてきたものって何だ?」


 菜紬菜の足は止まった。それに合わせて、氷柱たちの足も止まる。


菜紬菜「えーっとね、しっぽが長くて、茶色と肌色の縞模様でね…」(ニコ)


 健斗と氷柱は菜紬菜の言った『落ちてきたもの』の容姿を思い浮かべた。


菜紬菜「ニャーって鳴く、猫みたいだけど、猫じゃないものってなあーんだ」(ニコ)


 菜紬菜はなぞなぞのクイズを出すかのような口調で言った。健斗と氷柱は顔を見合わせると、


健斗「トラ!」

氷柱「猫又!」


と答えた。


菜紬菜「氷柱ちゃん、正解」

健斗「そんなこったどうでもいいから」

氷柱「その猫又の子、今、どこにいるんですか?」


 氷柱は目を輝かせながら菜紬菜に聞いた。菜紬菜はニッコリとほほ笑むと、氷柱の問いに対して答えた。


菜紬菜「宇狗威さんと威吹鬼さんに預けちゃったからなー。今頃、食べられてるかも」(ニコ)

健斗「えっまじかよ!」


 健斗は菜紬菜の話を本気にした。氷柱は、


氷柱「本当のことを話してくださいよ」


ほほをふくらませながら言った。氷柱には菜紬菜が冗談を言っていることがわかるようだ。


菜紬菜「伊儀橋さんに、俺の部屋に来いって言われたけど…つまんなそうだから、後回しでいっか。じゃあ、氷柱ちゃん、健斗君、僕についてきて。その猫又に会わせてあげるから」(ニコ)


 そう言うと菜紬菜は、歩き慣れた廊下を淡々とした足取りで歩き始めた。それに合わせて氷柱たちも歩き出す。



菜紬菜「もうすぐ、雨が降りそうだね」(ニコ)


 菜紬菜は渡り廊下を歩きながら言った。空は分厚い雲で覆われている。


健斗「菜紬菜、さっきからずーっと歩いてるんだけど、まだトラのとこに着かねえのかよ」

菜紬菜「影狼の屯所って意外と大きいんだよ。そして、トラっていう子、誰なの?」


 氷柱と健斗は『トラ』のことを話した。


菜紬菜「ふーん」

氷柱「あの、菜紬菜さん、宇狗威さんっていう人と、威吹鬼さんっていう人ってどういう人ですか?」


 氷柱は菜紬菜に聞いた。


菜紬菜「宇狗威さんと威吹鬼さんは…そうだな…なんでも食べちゃう妖怪かな」(ニコ)


「菜紬菜、お前、俺たちのことを何だと思ってる」

「俺様たちはそもそも妖怪じゃないぜ」


菜紬菜に反論する声が聞こえた。氷柱と健斗は立ち止まって、声が聞こえた方を振り向いた。

 怖そうな顔立ちをした人と、元気そうな顔立ちをした人がいる。どちらも、とても身長が高い。


威吹鬼いぶき「俺は鶴宮威吹鬼つるみやいぶき。影狼組5番隊隊長だ」


怖そうな顔立ちをした人が言った。続いて元気そうな顔立ちをした人が、


宇狗威うぐい「俺様は、影狼組2番隊隊長、晴嵐宇狗威せいらんうぐい


と言った。健斗と氷柱も名を交わす。この時、氷柱は『伊藤』を名乗っている。

 威吹鬼は無造作に縛っている長い髪を後ろになびかせている容姿で、腰には1つの刀を差している。

 宇狗威は緑色の鉢巻きをおでこに巻いていて、髪は短かった。全体的に緑、というような感じだ。2人とも、筋肉質な胸や腹が露出しており、寒そうだった。

 氷柱はこの2人に事情を説明する。事情とは、猫又トラを捜しているということ。トラは今、どこにいるのかを聞いた。


威吹鬼「お前らが新入隊士か」

宇狗威「まさか、女の子もいるとはな。和香ちゃんも喜ぶぜ」

威吹鬼「屯所内が華やかになるのはいいんだが、気ィつけろよ。ここにはおっかねえ妖怪やら人間やら、いっぱいいるからな」


 そういうと威吹鬼は、健斗と氷柱の頭を撫でた。顔は怖そうだった威吹鬼だが、性格は全く怖くない。頼りになるような人だと健斗と氷柱は思う。


菜紬菜「とくに伊儀橋さん」(ニコ)


冗談を言っているときはいつも笑ってる気がする。氷柱は菜紬菜の笑みを見ながら思った。


威吹鬼「そういえば、お前らが捜してる猫又はついさっき、伊儀橋さんに渡したぜ」

宇狗威「そんで、氷柱ちゃんたちのことを知った。俺様たちは今から、新助の野郎を道場から連れ出してくるんだ。伊儀橋さんの命令で。ったく、伊儀橋さんは人使いが荒いよな。自分で行けばいいのによォ」


 まあまあ、と宇狗威のことを隣でなだめる威吹鬼。2人の仲が良いことがわかる。


菜紬菜「はやく連れてこないと、伊儀橋さんに殺されますよ」(ニコ)

宇狗威「それもそうだな。威吹鬼」

威吹鬼「あいよ。じゃ、また後でな」


 威吹鬼と宇狗威は、氷柱たちに向かって手を振った。氷柱たちも手を振り返す。


菜紬菜「まあ、殺されるのは僕の方かもね。伊儀橋さんのところに猫又が行ったなら、僕たちも、伊儀橋さんのところに行こっか」(ニコ)


 健斗と氷柱は頷くと、また、廊下を歩き出した。今度は、伊儀橋さんの部屋に向かって。



一郎丸「遅い。あいつら、どこを歩き回ってるんだ?いくら待っても来やしねえ」


 苛立ちののこもった声だ。その様子に見かねた、一郎丸の隣にいた一郎丸の妹、和香がなだめようと


和香わか「まあまあ兄さま、そんなに怒らなくても大丈夫ですよ」(ニコ)


 笑顔をつくりながら言った。


和香「たぶん、菜紬菜さんたちは私たちのことを忘れて、どこかで遊んでるんだと思います」(ニコ)

一郎丸「…お前、俺をなだめようとしたんじゃねえのか?」


一郎丸は和香に問いかけた。


和香「?なだめてるじゃないですか」

一郎丸「それじゃ、なだめてるって言わねえよ」


 一郎丸はあきれたように言った。

 すると、遠くの方から足音が――その足音はどんどん近づいてくる。


一郎丸「やっと来たか…」

菜紬菜「入りますよ、伊儀橋さん」


 菜紬菜が戸を開け、一郎丸の部屋に入ってきた。続けて、健斗、氷柱も入ってきた。

 一郎丸の部屋は畳6枚分、つまり6畳の部屋だ。一郎丸は戸の反対側にある、襖ふすまに背を向けて座っている。その(一郎丸から見て)左隣は和香。

 菜紬菜は一郎丸の右隣に座った。健斗は文机を背に向けて、氷柱はその隣、と順に座っていった。健斗と氷柱は一郎丸の部屋の中をキョロキョロと見渡している。


一郎丸「菜紬…」

菜紬菜「僕のせいじゃないですよ」


 一郎丸よりも先に菜紬菜は口を開いた。


菜紬菜「健斗君がどうしてもって言うから屯所内を歩き回ってたんです」(ニコ)

健斗「何で俺を巻き込むんだよ。っていうかお前がつまんなそうだからって言って、トラを捜しに行ったんだろ」

氷柱「そういえば…」


 氷柱は思い出したことを言った。


氷柱「伊儀橋さん、猫又知りませんか?私たちと一緒に落ちてきた、と菜紬菜さんが言っていて…猫又を捜すために屯所内を歩き回ったんです。そしたら…」


 さすが氷柱。氷柱はあっさり遅れた理由を説明した。氷柱は威吹鬼と宇狗威に会い、猫又トラは伊儀橋さんに渡した、と聞いたことを話した。


一郎丸「猫又は俺の妹が持ってる。和香」


 健斗と氷柱は和香を見た。

 薄桃色の袴を着ていて小柄な体によく似合う。そして、少し茶色の長い髪はさらさらしていて――健斗と氷柱はお人形さんみたいだな、と思った。それと同時に、伊儀橋さんに似てるな、とも思った。もちろん、一郎丸より優しくて、可愛い顔をしているが。


和香「そっそんなに見つめられると…恥ずかしい…」


 和香は手で顔を覆い隠した。


氷柱「和香ちゃん、猫又、どこにいるの?」


 氷柱は和香に顔を近づけて言った。和香は手を顔から懐へと移すと


和香「この子でしょう?」


 和香は懐から何かを出した。


健斗「って何でそっから…」


 和香はふふっ、と笑うと言った


和香「この子、あったかいからここに…ね」(ニコ)

健斗「へー」


 健斗は納得した。トラは和香の両手に乗ってゴロゴロ、と喉を鳴らしながら寝ている。


氷柱「可愛い…」

和香「そうだね」


 2人は顔を見合わせて笑った。


健斗「おーい、トラー起きろー」


 健斗は気持ちよさそうに寝ているトラをつんつん、と指でつついた。氷柱はやめなよ、と健斗の肩を揺さぶりながら言う。

 その間、一郎丸と菜紬菜は威吹鬼たちが遅い、と話しながら冗談を言うな、と一郎丸は菜紬菜に怒っていた。


和香「トラ君っていうんだね…そうだ」


和香はスッと立ち上がると、


和香「私は伊儀橋和香いぎはしわか。影狼組3番隊隊長」

健斗「おっお前、隊長なのか!?」


 健斗は驚いて隣にいた氷柱にぶつかった。


氷柱「痛い、何してるの」


 氷柱は冷たい目で健斗をにらむ。


健斗「だって…こんなチビが隊長なんだぞ、そりゃびっくりするに決まってるだろ」

氷柱「チビって言わないの」


怒りながら言った。


トラ「そうニャよ、健斗」


トラは和香の手から和香の肩へと乗り移った。トラは健斗につつかれたからか、起きたようだ――その時だ。ドッタンバッタン、と今にも転びそうな足取りが聞こえたのは。


宇狗威「たっ大変だぜ、伊儀橋さん!新助の野郎と…」


 戸を荒々しく開けて言った。それは宇狗威だった。宇狗威は呼吸を整えてもう1度言った。


宇狗威「新助と犬みたいな妖怪が血祭りを挙げてる!はやく止めねえと!」


 急がなければ!、と氷柱と健斗は宇狗威の後を追った。

一郎丸と和香は左脇に刀を差すと、遅れて宇狗威の後を追った。菜紬菜は一郎丸と和香が部屋を出て、しばらく経ってから後を追った。


〈次回予告!〉


「ダメだ!その刀を抜くんじゃねえ!」


「すぐには死にませんよね?」


「忘れちまったのか?」


「仲がいいですね」


「これくらい、すぐに治るよ」


新キャラクター登場!

氷柱のことを知っているという人物現る!?

そして、2人に渡された刀の呪いとは!?

次回をお楽しみに!


読んでいただきありがとうございます。

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