第19話 上奏文
「科野の国の国府は酷い状況のようですね」
都である紫香楽京で報告を読んでいた鏡子は、ため息を吐いた。
坑道から出てきた大量の水は川に流れ込み周囲の土砂を巻き込んで土石流となり下流へ怒濤の勢いで流れていって、国府へ到達した。
濁流は川から溢れ、国府へ雪崩れ込み国の役所である国庁は勿論、国分寺、総社も濁流で洗い流した。
特に堅牢に作られた朝廷の建物が流されたのだからあばら屋のような、町の家屋は完全に流された。
多くの町民が家を無くし数千人が被災者となってしまった。
「報告では、坑道を掘っているとき呉羽達が水を流し込み、濁流となったとありますね」
掘り抜こうとして湖に繋がったとは思わなかった国司は、力寿丸達が、坑道へ対抗して穴を掘り水を流し込んだと思い、報告書に書いていた。
ただ、鏡子は呉羽への対抗心から無意識に力寿丸の部分を呉羽と読んでいた。
「国府は壊滅状態であり、国司は被害の拡大を防ぐため、民を率いて避難しているようです」
「逃げ帰るのにたいした言い草だな」
国府が壊滅すると、国司はすぐに逃げ出した。
本来は朝廷の許可が無ければ任地を離れることが出来ないのだが、都に知らせるためとして勝手に離れた。
「使えない国司は都に着き次第処刑するとして、問題は科野の国ね。呉羽達がこのまま抵抗勢力になるか」
科野の国には朝廷に刃向かう化外が多くいる。
呉羽が国司達を撃退し、その土石流が国府を壊滅させたと知れば、朝廷に下っていない、化外達が呉羽達に集う可能性がある。
いや、すでに集まりつつあるかもしれない。手紙が国府から都に届くまでには日数が掛かり、その間に事態は悪化しているかもしれない。
「直ちに手を打たなければ」
嬉しそうに鏡子は言う。
このまま呉羽達を朝敵、逆賊にすれば討伐軍を編成し、強力な軍事力で呉羽を殺すことが出来る。
「そのためにも、上奏文は特に力を入れなければ」
鏡子は、新たな紙を取り出し、上奏文をしたため始めた。
「占いの結果、直ちに討伐軍を編成し科野の国の打つ滅ぼすべし、と出ました」
「そうなのか」
帝は驚いて言う。
「呉羽はかつて朝廷に仕えた者ぞ。何故、朕に弓を引く」
「しかし、彼女は呪いの儀式を行い、国を混乱に導こうとした大罪人です。本来ならば資材となるところを陛下の慈悲によって救われましたが、性根は治らなかったようです」
「しかしのう」
帝の言い澱みから帝が呉羽のことが忘れられないようだということが鏡子には分かった。
そこで、鏡子は強めに言うことにした。
「呉羽は恐るべき鬼女となっております。現に国司の軍勢を水で押し流し、その余波で国府は洪水に遭い、流され多くの民が塗炭の苦しみを受けております。民に安寧をもたらすのが帝の役目。民を苦しめる鬼女を討ち滅ぼすことこそ帝の役目でしょう」
「う、うむ」
鏡子の進言と迫力に帝は圧倒された。
また、民に安寧をもたらすことこそ帝だという自負心もあり、民のためと言われると弱い。
「……わかった。科野の国の化外に対し討伐令を出そう。指揮官は誰が良いか」
「夷討伐の功績のある阿部比羅夫がよろしいかと」
「よし、では阿部比羅夫を征夷大将軍として軍を起こすことを命じる。直ちに諸国より兵を集め、科野の国に向かわせよ。だが、くれぐれも民を傷つけぬように」
「分かっております。阿部比羅夫にはそのように申し送りましょう」
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