第10話 律令

「ひいいっ」


 突然現れた力寿丸に国司は悲鳴を上げた。


「落ち着いてください。国司様」

「へっ?」


 だが、妙なる声が力寿丸の方から響き、国司は驚きと混乱した。おかげで悲鳴は収まったが。

 声の方を見て再び驚いた。

 呉羽が力寿丸に抱きかかえられていたのだ。


「く、呉羽様」

「お久しぶりです。国司様の任命式以来ですね」


 呉羽は都にいたとき、女官として朝廷の式典に関わっており国司が都で任命された時の任命式に関わっており、面識があった。

 呉羽は力寿丸に頼み降ろして貰うと、国司に近づいてと話を始めた。


「お、鬼に呉羽様が掠われたと聞きまして救出に来たのですが」

「はい、残念なことに襲撃されました。しかし、不幸な思い違いでした」

「思い違いですと」

「ええ、元々、この方、力寿丸様は国府の近くに住まわれていました。しかし国府を作る際に追い追われて山道へ。そこへ武士の護衛を伴った私たちが現れ、捕縛の兵と勘違いして襲ってしまったとのこと。不幸な行き違いです」


 呉羽に黙っているよう言われていた力寿丸は口を開かなかったが、なかなか巧み、悪く言えば味方を変えているように思えた。

 よく聞けば詭弁のように聞こえるが、立て板に水のように淀みなく言っているので真実味が増している。


「し、しかし、貴方を掠ったのは事実では」


 しかし国司の思い描いた絵と違うため、修正しようと国司は意見を述べる。

 だが、呉羽は穏やかな笑みを浮かべて説明する。


「護衛が去ってしまって立ち往生してくれたところを助けて貰っただけです」


 誘拐したのは事実だが、その後懐かれて住み込もうとしている事に力寿丸は言いようのない思いがこみ上げてくる。


「それより、問題は力寿丸様が住んでいた土地の事です」

「何か問題でも?」


 予想外のの話に、国司は慌ててに答える。


「はい。律令では、土地を収用する際には、適正な代償を与えるべしとされていました」

「ですが国府のあたりは誰も住まない土地で」

「いいえ、多数の方の証言から力寿丸様が住んでいたことが証言されております」

「そのような記録はありませぬ。何しろ、このあたりは化外の土地で、読み書きも出来ない者達が多く」

「それならば問題ありません」


 そう言って流麗な文字が書かれた紙を差し出した。


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