第8話 力寿丸の事情

 話を聞いた力寿丸は呉羽から離れた。


「どうしました?」


 力寿丸の行動に呉羽は初めて不安な表情を浮かべた。


「俺は、科野の国の国府の近くに住んでいた。あそこは土地も豊かだからな。平穏に暮らせた。だが、国の連中が律令を制定すると国府を作るためと言って、土地を奪いやがった」


 税と称して俺たちが取ってきた獲物や山の幸を奪っていく。抗議しても連中は武士を使って追い払う。

 そして力寿丸は、土地を追われてこの山の中に移り住んだ。


「連中に仕返しがしたくて奪ってやろうと襲ったんだが、話を聞いてしらけた」


 奪った連中から奪って仕返しをしようと奪いに行った。

 だが、結局連中が奪った物を力寿丸が横取りしただけだった。

 結局、国の連中が痛めつけた者、呉羽を余計に苦しめただけと力寿丸は思い、呉羽を離した。

 しかし、呉羽の方から力寿丸に抱きついてきた。


「なっ」


 背中の温かく柔らかい感触に力寿丸は動揺した。


「お、おい」

「悩まないでください。私は幸せです」


 力寿丸の背中で呉羽は言った。


「都を追われ、この地に流刑となり閉じ込められるハズだった私を救ってくれたのは貴方です。このご恩を返すため、私は何もかも捧げます」


 静かに呉羽はしかし断固とした思いで力寿丸に告げた。


「だから」


 縋るような表情を浮かべて力寿丸を求める呉羽。

 だが力寿丸は抱きしめようとはしなかった。

 呉羽のこれまでの事を聞いてしまったら、どうしても抱きしめる事は出来なかった。

 自分から縄張りを奪った連中と同類を奪おうと思って復讐しようと掠った相手が、同じよな境遇では同情心が先にきて、抱きしめようとは思えなかった。


「お願いします」


 だが、呉羽も自分を開放してくれた力寿丸から離れたくなかった。

 それどころか、救世主としてさえ思っており、抱きしめて欲しかった。

 何より天涯孤独の身になっており誰かと一緒になりたいという思いが強く、自分を連れ去ってくれた力寿丸を求めていた。


「大変だ!」


 その時、狼娘のスソミが力寿丸の洞穴に駆け飛んできた。


「って、何、人間の女を連れ込んでいるんだよ! 連中から二を奪ったって聞いていたけど」

「連中の中で捕らえられていたんだ。それで、どうしたんだ?」

「ああ、そうだ。麓から人間の連中がやってきている。武士の連中がやってきて山狩りを始めている。下手をすればここに来るかもしれない」

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