第7話 呉羽の事情

「どうしてそこまでするんだ」


 呉羽に顔を近づけた力寿丸は尋ねた。


「……何か、気に障るようなことをいたしたましたか?」


 不安そうに呉羽が尋ね返してきた。


「お前は掠われたのだ。なのにどうしてそこまで献身的にするんだ」


 供を追い払われ掠われて、山奥へ連れ去った相手にも関わらず、献身的に世話をしようとする呉羽の事を力寿丸は不審に思って尋ねた。

 尋ねられて呉羽は伏せ目がちに話し始めた。


「……私の母親は海を越えた加羅のある大陸の奥地の色目人です」


 加羅は大陸有数の大国で、文化、学問に優れ、その都には学ぼうと周辺国から多数の人々が来ていた。

 色目人も同じで、この国や加羅の国の人々か黒か茶の瞳をしているのに対して、青い目をしているため、色目人と呼ばれていた。


「加羅の都に来た母親は留学で海を越えて学んでいた父と出会いました。二人は結婚し、父の帰国に合わせて渡海して、この国の都に行き生活を送りました」


 やがて二人の間に生まれたのが呉羽だった。

 父親が貴族であったこともあり、周囲からの反発もあったが、呉羽は何不自由なく成長した。

 留学生に選ばれる程の能力があった父親は学問を深く修め、母親も博識であり呉羽に様々な事を教えていった。

 呉羽も二人の能力を受け継いでいたためか、あっという間に教えられた知識を吸収し、成人の年になると朝廷の女官に推薦された

 母親に似た容姿に育った事もあり、黒目黒髪の人々の中では非常に目立った。

 しかし、両親の教育もあり仕事を滞りなく勤め上げ、才色兼備の女官として名声は広がり、いずれ帝の妃になるのでは、と言われていた。

 だが、呉羽の存在に周囲の嫉妬は高まった。

 徐々に、いじめを受けるようになっていく。

 そして、ある年に流行病が起こり、両親が亡くなり後ろ盾がなくなった呉羽は、濡れ衣を着せられ、流刑を命じられた。

 流刑先として指定されたのは科野の国。

 力寿丸に襲われたのは、流刑先へ向かう途中だったのだ。


「戻ったとしても私は国府に作られた屋敷に軟禁され、外に出ることは出来ないでしょう。ならば、このままここにいる方が幸せなのです」


 穏やかな笑みを呉羽は浮かべて言った。

 心の澱を吐き出せたせいか、何処か晴れ晴れとした表情になっていた。


「……」


 呉羽の話を聞いた力寿丸は手を離した。

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