第6話 事の前

「おれはお前、呉羽が欲しいんだ」


 鬼の力寿丸はそう言って呉羽を抱き寄せた。


「なかなかの抱き心地だな」


 抱きしめた呉羽の身体は少し小さいが、ほどよい肉感があり、抱き心地が良かった。

 顎に手を当てて、自分の顔に引き寄せ改めて顔を間近で見るが、美しさは際立っている。

 触れた肌もきめ細かくて触り心地が良かった。

 ただ表情は少し困惑していた。


「お待ちください」

「だめだ、拒むのは許さん」

「いえ、出来れば準備をいたしたく思いますので、少し時間を」

「準備だと」

「はい、暫し外にてお待ちを」

「……良いだろう」


 そう言って力寿丸は、素直に外に出た。


「あ、お待ちください」


 出て行こうとした力寿丸を呉羽は呼び止めた。


「出来れば、身体を清めてもらえませぬか?」

「何故だ」

「抱かれるにしても、出来れば良い方に抱いてもらいたいのです。それとこちらも」


 絹の狩衣を力寿丸に渡した。


「縫って作り上げました、大きさが分からないので、少しおかしいかもしれませんが、着てみてください」

「お、おう」


 穏やかな笑みを浮かべて狩衣を持たされた力寿丸は、今度こそ外に出て行った。


「ふん、こうやって外に出しておいて、その間に逃げるつもりだろう」


 呉羽が自分を外に追い出した理由を力寿丸はそう推測した。

 だが、洞穴の出入り口は一カ所だけだし、この山は自分の庭のようなものだ。

 逃げ出してもすぐに捕まえる自信がある。

 素直に出て行ったのは、逃げる呉羽を追いかけ、捕まえた後でタップリと楽しむためだ。


「逃げた先でタップリと楽しんでやる」


 洞穴に意識を向けつつも、呉羽を追いかける妄想を力寿丸は頭の中で膨らませた。

 それでも言われたとおり、川で身体を洗い、与えられた狩衣を着てみる。

 思った以上に身体に合っており、違和感は無かった。

 力寿丸の身体を見ただけで寸法を決め、短時間で縫い上げた呉羽の腕に力寿丸は驚いた。


「どうぞ」


 その時洞穴から呉羽の声が響いてきた。


「逃げなかったのか」


 逃げる好機のハズだが、洞穴から声がしたことに力寿丸は不思議がった。


「ははあ、俺が入ってきたところを殴って気絶させ、そのあと逃げるのか」


 そう予想した力寿丸は襲ってきたところを、逆に組み伏せようと考え、警戒しつつ入っていった。

 だが予想外の事態が起きた。


「な」


 部屋に入るとそこは先ほどとは全く違う空間になっていた。

 膳は片付けられ、真ん中に布団が敷かれ、そこに薄い肌着だけを纏った呉羽が正座をして座っていた。

 、布団の横に置かれた高炉から甘美な香りを放ち、洞穴の中には甘い香りで満ちあふれていた。


「どうぞよろしくお願いします」


 呉羽は三つ指でゆっくりと頭を下げた。

 動作がゆっくりしていたため肌着の間から、呉羽の谷間が力寿丸には見えてしまった。

 そして、頭を下げた呉羽の艶やかなうなじがまぶしい。高く結われた金髪は黄金の滝のように背中に流れ、泉のように広がっている。

 見たことの無い美しい光景に力寿丸は息をのんだ。

 洞穴に立ちこめる香の香りと、呉羽から漂うほんのり甘い香りが混ざって力寿丸の頭を朦朧とさせ、フラフラと呉羽の方へ歩み寄っていった。

 力寿丸が近づいてくると呉羽はようやく顔を上げ、にこりと割ると、目を閉じ、肌着を脱ぎ始めた。

 肩の部分まで脱ぐと、力寿丸は腕を伸ばして掴んだ。

 先ほども触ったが、より艶が良くなっており、身体を拭っている事が分かる。


「あんっ」


 呉羽は色っぽい声を出してその時を待った。

 力寿丸は、自分の顔を、呉羽の顔に近づけた。

  

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る