あとがき

亡くなった人が他殺ならば、物理的、精神的に近しい人物が疑われる。


当然のこと。


ゲームでも、漫画でも、アニメでも、小説でも、当然の如く容疑者を問いただし、犯人を突き止める。


定石だ。


現実は違う。ほとんどの人は殺人を受け止めきれない。疑われる前に自首するのだ。


受け止められるのは、殺した側にそれだけの精神力があったか、殺人を選択肢にできるほど心が乱されていた時。殺された側がそれだけの敵意を集めていたか、殺されることを望んでいた時。


聞こう。友人から自分が嫌がることを意図的にされた時だ。


嫌悪感はあれど、殺意はあれど、殺人が選択肢に浮かぶだろうか?


否だ。


誰であれ殺意は湧けど、行動には起こさないのだ。


何が言いたいか。


どれだけ頼まれようと、亡くなった人の奥さんに


「他殺の可能性があってあなたが疑われています。」


なんて言いに行かないようにと、経験談を語らせてもらいたい。


綺麗な人だったはずだ。目は血走り、ひどい隈があった。後ろに束ねた傷んだ髪も、白髪が混じりひどいものだ。態度素振り全てから気力を感じず、彼の後を追ってしまうのではないかと心配になった。


彼女が容疑者?これほど憔悴しきっている彼女をどうやったら疑えるのだ?


俺はいつの間にか嘘をついて、自分の見たことを信じて彼の遺書を探していた。


おい、お前はこれほどまでに思われていたんだろう?どうして自殺なんてしたんだよ。泣きっ面に蜂なんて言葉では足りな過ぎるじゃないか。


俺は独断で調べまわった。


「小説家だったのか…え、坂口葉月!?」


小説を読まない俺でも知っている。


ハッピーエンドは大衆に向けた作品では当然であり都合が良かった。結果的に多くの小説がドラマ、映画などになっていたのだ。知らないはずがない。


俺は、そのときには既に、悲しい結末を迎えかけている二人の恋人のためには動いていなかった。


彼の経歴はすごいものだった。まるで物語のような、小説を読んでいるようだった。


「こいつ、中卒だったのか…。」


高校、大学は1年で中退し、即就職。1年後に辞めて会社設立?かと思えば無職になったり…大手企業に居た経験もあるというのに、最終的な身分がコンビニのバイトって…。何が目的だ?なぜそれほどまでに変化に拘ったのだ?漁れば漁るほど、一人の人生だとは思えないほどの経歴が出てきた。


見れば見るほどわからない。もしかして現世ですることがなくなったから自殺でもしたのか?


彼が行ったすべては見る限りうまくいきすぎていた。だからこそ気になった。


彼の小説のすべてがハッピーエンドなのは納得だ。


しかし、彼が書いた文章の大半は悲劇なのだ。


これほど成功して才能を持て余している人物が、なぜこれほど不幸な文章を書けたのかがただただ疑問であった。俺よりもよっぽど幸せで自由な生き方をしているのに…。


「…あの。」


「…。」


「あの、一つ思い出したことがあります。」


「…え?あ、すいません。考え事をしていました。」


疲れ切った彼女が口を開いたのは、拘束されてから1週間がたった時だった。


「遺書が机の中?」


上田芽衣から受け取った鍵で、彼女の寝室の机を開ける。中には小説についての資料が多くあった。俺はそれらに目もくれず、教えてもらった見た目と一致するファイルを探し出して中に綴じてあった紙を確認する。


「住所じゃん。」


ここからそう遠くない場所だった。遺書ではなかったが、遺書の置き場所なのかもしれない。俺は求めていたのだとは思うが、何に対してかはわからない答えが見つかるのではないかと、足早に上田家を後にしようとした。


「こ、こんにちは。警察の方ですよね?」


俺が上田家の家の鍵を閉めると、初老のおっさんが声をかけてきた。


「こんにちは。どうかなさいましたか?」


身なりがしっかりしているし、挨拶もできる。何かに困って相談に来たのだろう。


「もしかして、どなたか…いえ上田瑞樹さんが亡くなったのではと思い…。」


ああ、野次馬か。こういう時が一番困る。どれだけ親しかったと感じても、近所のおっさんは近所のおっさんであり、他人でしかないのだ。聞かれて情報の開示をしにくいことしっかりと考えて行動してほしいものだ。


何処から情報が漏れたかわからないが、既に確信に近い何かを持っているようだ。ここはおっさん以外にも情報が漏れることのほうがまずいだろう。俺は周囲の誰かに聞かれていないか確認し、おっさんに微笑む。


「少し場所を移動しましょうか。」


「ああ、やはり…。もう長くはなかったですが、いざその時になるとやはりつらいものですね…。」


「…長くはなかった?」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


その後、俺はおっさんと別れて住所に向かった。


向かっている最中、おっさんから教えてもらった情報の重さに困惑する。


公私混同をして思わず聞いてしまった。傍からみたら、職権乱用でしかない。しかしもう聞いてしまった以上取り返しはつかない。俺、罪に問われたらどうしよう…。


「心臓が悪かったなんてなあ…。」


彼は既に何度か入院しており、いつ死んでもおかしくない状態だったのだとか。定期診断を受けに病院に通っていたらしいのだが、半年前からぱったりと来なくなってしまったので、気になって家を訪問したらしい。


死因は毒。金属ナトリウムだとかなんとか、調合したものを使用したらしいのだが俺はよくわからなかった。ただ一つ言えることは、心臓病による死亡ではなかったことだ。


なぜ自殺をしたのだろうか?死の恐怖に耐えられなかったのだろうか?


俺が住所に辿り着くと、そこにはマンションがあった。遺書はここにあるのか?もしかして一部屋一部屋回れとでもいうつもりなのだろうか?


いや、冷静に考えろ。俺は警察なんだし、事情聴取として大家さんに話を聞けばいいじゃないか。


俺はマンションからでてマンションの名前を確認して電話を掛けると、10分ほどしてから大家さんが来てくれた。優しそうなおばあさんだった。


「上田瑞樹?知らないよ。」


「あ、写真を…この、芽衣さんもご存じじゃないですか?」


「見たことないね…。」


「何か身に覚えのないものを受け取っていたりもしていないですか?ここ最近、半年の間です。些細なことでいいのですが…。」


食い下がる俺に対して、申し訳なさそうに首を横に振るおばあさん。


「そうですか…。ご協力感謝します。」


大家さんがわからないのならば、自分の足で探せということだろうか?俺は遺書がありそうな場所と思いつつ、郵便受けに案内してもらうことにした。ここからは地道に頑張るしかなさそうだな…。


俺が伸びをしながら大家さんについて行っていると、足元の何かに躓いて転びかける。なんだ、この段ボール?


「大丈夫ですか、お巡りさん?はぁ…また坂口さんとこの郵便がたまってるよ。こまめに片付けるよう言っているんですが、ここ最近放置しっぱなしで…。」


「いえ、私の不注意で…えー、坂口さんとおっしゃいましたか?」


坂口?


「もしかして坂口葉月さんでしょうか?」


「ああ、何だ知り合いだったんですか?お巡りさんからも伝えてもらえませんか?このままでは他の住民から…。」


そこからはもう大家さんの話が全く入ってこなかった。ただただ興奮した。


繋がった。上田瑞樹の偽名だと思っていた坂口葉月が実在したのだ。しかも上田芽衣が教えてくれた住所にあるマンションに居たのだ。


無関係であるはずがない。遺書を持っているに違いない!




その後、坂口葉月と対面するものの、大した情報を得ることができずに扉を閉められてしまった。


俺は失敗したのだろうか?


できることはしたと思う。坂口葉月と話をして、警察が来ても二度と対応はしてもらえないと確信したから、彼女に自分の電話番号を渡した。一応郵便物の話も出したから、郵便物を張り込んでもう一度接触をすることも可能だが…。


落ち着け。俺は一般人の警察官であって、名探偵でも何でもない。


たまたま有名な小説家である坂口葉月である上田瑞樹の自殺を担当しただけの凡人だ。どれだけ大物の事件だろうと、特別なのはかかわった人間であって警察である俺じゃないんだ。勘違いしてはだめだ。


俺は警察である俺をいいようにこき使った先輩に、今日得た情報を報告するためすぐに警察署に帰ることにした。探偵ごっこはここまでだ。早く戻ろう。


俺が歩いて車に乗ったあたりで電話が鳴る。誰からだろうか?


「もしもし、坂口さん?…電話くださったんですね。…何か思い出したんですか?…え、遺書を受け取っていた?」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


俺は遺書とは思えないほど薄い封筒を、坂口に返そうとしたが断わられて呆然としていた。既に中身を確認しているのだろうか?


いや、そんなはずはない。封筒は開けられた跡がないからだ。宛先…もない。上田瑞樹としか書かれていない。幸いなのは彼が小説家であり、筆跡から特定することが容易な点であろうか。


俺は受け取っていなかったはずの上田芽衣に、夫の残した遺書を渡した。坂口以外にこれを受け取るべき人物を俺は芽衣以外知らない。彼女はそれを見た瞬間、躊躇なく封を切った。


本来見るべきではないのだろう。


しかし、他の警官は席を外したり、そっぽを向く中、俺は身を乗り出して彼女と遺書の中身を確認してしまった。


幸いなことに芽衣に気付かれなかったが、監視カメラにはばっちり映っていた。これが原因で処罰を受けることになって大変であったのは事実だが、それ以上に俺は不思議な物を見ることになった。


中には一枚の端が敗れた原稿用紙と、心臓血管外科の診断書、ドナーカードが同封されていた。


これだけでも不思議だったが、多くの文字が書ける原稿用紙に小説家である上田瑞樹が書いていた内容が一言だけであったことがさらに不思議であった。


『ハッピーエンドだろうか?』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

結末のない小説 脇役筆頭 @ahw1401

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ