Diary 5


『てーこくのとうとき月と星へごあいさつ申し上げます。ミハイル・ジェーンハルトでございます。』


 初めて会うというのに、ミハイルとは違い自分の事しか考えられないような挨拶にまず幻滅させられた。


 これは僕が皇子だからと驕っている訳ではなく、貴族としての常識にガッカリしたのだ。


 幾ら元平民だからといってその様な態度は社交界では許されたものではない。


「初めてお目にかかります。セリス・エル・デルドラントと申します。以後お見知りおきを。」


「勿論、皇子様のことは知ってます!この様に二人でお話ができるなんて、お手紙を出し続けた甲斐がありました!」


 本当に自分のことしか考えない女だな…。


 おっと、思わず口の悪さが漏れてしまった。


 ここは丁寧に扱わねば。


 まずは彼女からの信頼を得るのが先決だ。


「貴女からの手紙は拝見しています。余りにも熱烈な気持ちが綴られていたので一度お会いしてみたかったのです。」


 嘘だ。


 彼女からの手紙は一切読んでいない。


 まぁ、嘘も方便と言うし特に興味もないので構わないだろう。


 虫唾が走るが、まるで恋人に見せるような微笑みを浮かべてやればルメルシュ嬢は頬を赤く染めた。


「そんな、嬉しいです。叶わない恋とわかってはいたけど諦めなくて良かった!」


 いや、その恋心は早急に諦めてほしい。


「あのっ!改めまして、皇子様!アイリは王子様のことが好きなんです。宜しければお付き合いしてください!!」


 この女、僕に婚約者がいることを分かってていっているのか?


 然し流石にそこまで頭がお花畑というわけではないだろう。


 一応確認してみるか。


「お気持ちは嬉しいが僕には生憎親が決めた婚約者がいるんです。お答えできないのが悔やまれます。」


「親が決めた…。それは皇子様の意思で決めた方ではないんですよね?」


「えぇ。」


 何を言おうとしているんだ。


 様子をうかがって見ると彼女はとんでもないことを言い出した。


「無理矢理引き合わされた相手とお付き合いなんておかしいです。結婚は好きな人とするものなのに!!」


 それは自由を獲得している一般市民の考え方だろう。


 矢張り頭の中はお花畑のようだ。


 因みに貴族だって恋愛結婚はする。


 但しそれは形様々で親の反対を押し切り納得させた末の結婚であったり、政略結婚の中で愛が芽生え恋愛に繋がることもある。


 この国では愛のない結婚をする貴族のほうが少ないだろう。


 政略結婚だからといって必ずしも好きあっていないということはないのだ。


 だが彼女には分からないらしい。


「貴族界では当たり前の事です。ルメルシュ嬢はとても自由な思想を持っているのですね。」


「だって、好きじゃない人とお付き合いなんて私なら耐えられないもの。皇子様は違うのですか?」


 さてどう答えるのが正解か。


 本当なら正直に政略結婚でも愛は生まれると教えてあげたいが、この女には通じないだろうし信頼を獲得するのに遠回りな気がする。


 ここは肯定するのが吉か。


「いいえ、お互いに惹かれている者同士であれば寄り添うものだと僕も思いますよ。」


 …まぁ嘘ではない。


 僕とミハイルは惹かれ合っていると確信しているし。


 断じて嘘などではない。


 彼女の問いかけを肯定したお陰か、ルメルシュ嬢の表情が明るくなる。


「やっぱりそうですよね!良かった、皇子様も同じように考えてくれてて!それで…あの、告白のお返事は貰えますか?」


 この場でもう返答を貰おうとしているのか。


 なんというか……気が早いな。


「そうですね。僕はまだ貴女とは初対面ですし、お互いのことを知れたその時にきちんとお返事させてください。」


 結局振るのがオチなのは目に見えているが、とりあえず模範回答でもしておこう。


 対して彼女は何が嬉しいのかとても上機嫌だ。


「はい!では明日から一緒にランチを取りませんか?アイリ、皇子様とは学級が違うからずっとは一緒に入れなくて……。」


 学級が一緒であれば四六時中僕の隣にいようとしてたのか?!


 いや、まぁ好いてる異性と常に居たい思うのは変なことではないしな。


 これもミハイルの潔白の為と思えばお安いものだ。


 僕はルメルシュ嬢の提案に乗った。


 そしてこの日の翌日から僕とルメルシュ嬢は共にランチを取るようになった。

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