Diary 3
「で…でんか?」
彼女の声で思考の中から引き戻される。
「え?あ…今日の事はきにしないで。ダンスを踊る機会なんてこれからたくさんあるんだし。」
僕はそう言ってドレスを握り締めていた彼女の手をとる。
「今日は僕と踊ってくれてありがとう。また一緒に踊ってくれますか?」
彼女の中の悲しみを溶かすように、それはそれは優しく微笑みかけて尋ねる。
ジェーンハルト嬢はキョトンと顔を一瞬だけ呆けさせたが、直ぐに年相応の可愛らしい笑顔になった。
「私で良ければぜひ。」
その日からか僕の頭から彼女のその時の表情が消えることは無かった。
たまに思い出しては顔がニヤけてしまうのだ。
泣いたあの顔がとても可愛らしくて、あんなにも変だと思っていた相手なのに急に愛しく思えるようになった。
数カ月に一度の逢瀬で彼女と会う度に、彼女の泣いたあの顔が見たいと思ってしまう。
然しこの
デビュタントも終わり、社交界にも顔を出すようになった頃だろうか。
僕は1つうわさを流してみた。
『皇子の婚約者は少々気が難しい性格』と。
勿論細心の注意は払っている。
この噂の元は僕で彼女の気を引きたくて言ったことだと言うこともセットで伝えるよに言ってある。
変な噂を流すなと怒って最後にまた泣いてくれるかも知れない。
だがこの予想は外れることになる。
「殿下!紳士たるもの女性を苛めるのはよろしくないですわ!」
ある日の昼下がりに自分の宮の庭で紅茶とお菓子を嗜んでいると、勢い良く現れた彼女はそう言ってきた。
少しばかり走ってしまったのか顔が上気している。
あぁ、そんな表情の貴女も可愛らしい。
のほほんとそんなことを思ってしまう。
「もう、お好きな方の気を引きたいならもっと優しく接しないとダメですわよ!私は1人の帝国民として殿下の恋は全力で応援いたしてますから色々と伝授してさしあげますわ!」
……ん?どういうことだ??
なんだか言い方に少し疑問が生じているのは僕だけだろうか?
それだと僕が他の女性を慕っている様に聞こえるのだが。
「殿下!女性にはまず優しく接しないといけませんわ。お噂で聞いたような相手をよく思われない様な言い方はしてはいけません。」
あぁ、これは完全に誤解されている。
話が伝わるにつれて文言が改変されてしまったのだろうか。
いじけて欲しくて流した噂がまさかお説教に繋がってしまうとは…。
攻略が難しそうだなと更けていると軽い叱咤の声が飛んでくる。
「殿下の為を思って進言しているのに無視はあんまりです!」
「すまない、女性を貶めるような物言いは良くないんだよね。それからどうすればいいかな?」
改めて耳をかそうと尋ねるとそれはそれは可愛らしい表情で沢山話してくれた。
何個か『私であれば〜』と自身の反応を教えてくれたりと、彼女はとても懇切丁寧に教えてくれる。
僕は特にその内容を頭に叩き入れた。
まさか自分を好いている男性に口説き方を教えているなんて夢にも思っていないだろう。
僕にとっては好都合だからそのまま続けてもらうとする。
「あと、何かの記念日にはお花を贈るといいですわ!」
「花?宝飾品の方が喜ぶのでは?」
「宝飾品ももちろん喜ばれますが、意味の込められた花束を差し上げる方がロマンチックですわよ。」
成る程。
では来月の彼女の誕生日には花束を贈るとしよう。
そうして長い月日をかけて彼女から教わった口説き方で彼女を口説いていった。
別の女にうつつを抜かしているという誤解もその内に解けて、学院に入った今では相思相愛というところまで漕ぎつけた。
彼女を、ミハイルを口説く内に彼女の本質を見ることもできた。
ミハイルは判断が凄く極端だということ。
マイペースを通り越して我が道を行く性格だということ。
成長するにつれて公爵家の令嬢としての誇りを高く持つようになったということ。
出会った頃よりも更に美しくなったこと。
言動では分かりづらいが、僕のことをとても大切に想ってくれていること。
本当ならずっと側に居たいが、そういう訳にもいかないので学院では登下校時に待ち合わせて一緒の時間を過ごしていた。
休みの日は彼女が毎度皇宮へ皇太子妃教育を受けに来るので、休憩時や皇太子妃教育が終わった後に逢瀬を交わす時間を作った。
僕の中ではもう婚儀まで秒読み間違い無し…の筈だったのだが大きな問題にぶつかってしまった。
そう、ミハイルの噂だ。
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