Diary 2
✽✽✽
まさか彼女があのような人物だったとは…。
ショックが大き過ぎて僕はなんと一週間も自室に引き篭もってしまった。
若干の人間不信を患ったのだ。
まぁ社会勉強とでも思えば良かったのだろうが、生憎まだまだ素直な少年だった僕にはそんな現実逃避ができなかった。
「ねー。芋虫ごっこあきたー。いいかげんに出てきなよセリスー。」
ベットの上でシーツに包まっている僕を容赦なく揺する弟のエリス。
双子の弟で唯一の兄弟だ。
双子というだけで色違いではあるものの、着る服、装飾物、靴に至るまでエリスと同じものを身に着けていた。
容姿は思いの外そこまで似ていない。
僕は母親譲りの夜を映したような濃い蒼の髪色に月を思わせる
デルドラントの聖女と謳われる程の美貌をそのまま受継いだ僕の容姿とは反対に、エリスは世紀の英雄と呼ばれた父上の容姿を頂いていた。
髪も僕とは正反対の晴天を思わせるスカイブルーに瞳は太陽を分けたような
これも完全に父親譲りのものだ。
双子だと言うのにここまで相対する子供もそうはいないだろう。
極めつけは僕達のミドルネームだ。
これは皇族の関係者のみ知ることだが双子が生まれた場合、魂の色を交わらせない為にミドルネームが与えられる。
僕は『エル』でエリスは『ルド』。
これだけでは何の変哲もない名前だが、実はそれぞれ聖書や逸話の登場人物の名前を頂いているのだ。
僕のエルは
弟のエリスは伝承上の英雄シグルド様からだ。
勿論意味もある。
僕へは国を守る守護者になるように、エリスには悪を裁く英雄になるように、と。
将来の期待が込められているのがよく分かる。
僕やエリスが互いを呼ぶにあたってはあまり関係はないのだが、実際は名前が似ているおかげで
「セリスー!今日はサラのおやつが食べられるんだよ?!出てこないとひとり占めしちゃうぞ!」
「え?!だめだよ!僕も食べる!」
勢いよくシーツから抜け出せばエリスに抱きしめられた。
否、捕縛された。
「本当にセリスは甘いものがすきなんだな!」
そう、僕は無類の甘い物好きである。
いじけて引き篭もっている時は度々こうして誘き寄せられるのだ。
それは学院に入ってからも変わらなった。
「なー、機嫌直しなよ。そんなんじゃミハイルに嫌われるぞ。いや、もう嫌われているか?」
「うるさい。貴様に分かるか?好きな人の側を離れてどうでもいい女の横に居るのがどれだけ苦痛か。」
「はいはい。」
学院の敷地内の外れにある東屋で弟のエリスとお茶を飲みながら情報交換をするのは日課だ。
少し離れたところでルカが人が来ないか見てくれているおかげでこうして人目を避けて話ができている。
以前から怪しげな動きをしている令嬢を調査しようと一時的にミハイルの側を離れているがこれが中々にキツい。
令嬢アイリーンと接触して約2ヶ月経つがホームシックならぬミハイルシックを起こしている。
「出会った当初は気味悪がってたくせに、何があったら盲目になるほど好きに……。あ、お前の性癖が発覚したのミハイルが原因だっけ。初めての人ってなら納得だわ。」
コイツは性癖がだなんだと言うがそこまで大したものではない。
あれは夜会のデビュタントの時だったか。
パーティーを締め括る最後の1曲を踊っている最中にことは起きた。
足運びを誤ったミハイルが僕の方へと倒れ込んでしまったのだ。
咄嗟に支えたおかげで大事には至らなかったが、パーティーが終わった後一応様子を見に彼女に充てがわれた部屋へ向かい中へ入ると、彼女は部屋の隅で蹲って泣いていた。
「そんなに泣いては目を腫らしてしまいますよ?」
変だと思った令嬢でも僕の婚約者なので声をかけないわけにはいかない。
彼女への慰めの一言なんてその程度にしか思っていなかった。
「しかしっ、…クズっ…せっかくの殿下の、…おひろめの場を私のこうどう一つで台なしにしてしまって……もうしわけありませんでした。」
そう言って謝罪する彼女は沢山涙を流したのか、既に目は充血して目の周りも赤く腫れ上がっていた。
その姿に僕は言いようも無い気持ちに襲われた。
大きな瞳から溢れる沢山の雫に仄かに紅くなった頬、僅かに震える小さな唇。
それら全てが僕の視線を釘付けにしてしまう。
彼女が悲しんでいるのにどうして僕は…なぜ僕は喜んでいる?
初めて自分の事がよく分からなくなった。
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