腹黒皇子セリス・エル・デルドラント
Diary 1
第一印象はお淑やかな令嬢だった。
香しい花の香りが漂う春の日、婚約者となる令嬢との初の顔合わせに僕は胸を踊らせていた。
「お相手の令嬢はジェーンハルト公爵のお嬢さんよ。皇族とはいえ、くれぐれも失礼の内容に。」
母上に連れられて王城にある応接室へと向かう途中に色んな事を考える。
どんな髪色なのか、どんな性格なのか、背丈はどれくらいか。
皇宮で自分と年の近い人物と会うことは滅多にない故、それはもう自由に想像を膨らませた。
遂に対面するというときには心の臓が口から飛び出してしまうかと思ってしまう程緊張もした。
応接室の扉が開かれ遂に令嬢と対面する。
目が合った瞬間、僕の心は彼女に奪われてしまった。
澄み切った雪のような白を纏った髪色、熟れた林檎の様な赤の瞳、その全てに魅了された。
「てーこくのとうとき月と星へごあいさつ申し上げます。ミハイル・ジェーンハルトでございます。」
鈴のなる様な可愛らしい声。
自己紹介の段階で僕は彼女の虜になってしまった。
彼女と結ばれるなんて世界一の幸せ者だと錯覚したくらいだ。
「はじめまして。セリス・エル・デルドラントと申します。貴女にお会い出来て光栄です。」
あまりの緊張に顔は強ばり、声色も死んでしまっている様に聞こえてしまった。
それでも彼女は優しく微笑んでくれていた。
あぁ、なんて優しい令嬢なのだろうか。
益々彼女のことを好きになる自分がいた。
小一時間の会談が終わった後、彼女は一緒に同伴をしていた公爵に連れられて部屋を出ていってしまう。
扉が閉まるその瞬間まで僕は彼女を見送った。
「セリス。貴方、令嬢の事をとても気に入ったみたいね。あと、始終顔が薔薇のようにあかかったわよ。」
母上にクスクスと笑われ余計に顔が赤くなり、そんなに顔に出ていたのだろうかと恥しくなる。
だがあの愛らしさだ。
どんな男児だって顔を赤くするに決っている。
何度でも言おう。
僕は世界で一番の幸せ者だ。
これからの彼女との生活を想像しながら僕も応接室を後にした。
この後は特に予定が入っているという訳でもなかったので適当に王城内を歩いていく。
庭園へ差し掛かったところで心を奪っていった張本人の姿を見つけてしまった。
少し様子を見ていると彼女は何かを追いかけている様に見えた。
お淑やかにしていた彼女は勿論素敵だったが、年相応に
もっと彼女と話してみたい。
もっと彼女のことを知りたい。
今思えばそう思ったのが運の尽きだったのだろう。
僕は恐れることもなく彼女の方へと歩み寄る。
「ぴよっぴよ♪ぴよぴよぴ〜♬ぴ〜ひょろろ〜♫」
その歌声はお世辞にも上手とは言えないものだった。
彼女の近くにほかに誰かいるのだろうか?
僕はさらに近づく。
「ふんふんふ〜ん♬ぴっぴよぴょ〜♪」
本当に下手くそな歌だなぁ。
「あ、ことりさん!待って〜!」
この声…下手な歌の主と一緒だ。
一目拝んでやろうと影から姿を表すと、僕に気付いた相手が目を大きく開け……その、奇妙なポーズで固まってしまった。
どういうことなのか分からず思考が停止してしまう。
「セリス殿下!?えっと…、みておられましたか?」
そう言いながら奇妙なポーズを取っているのは紛れもなく僕の婚約者だった。
脳裏に焼き付けたあの淑やかな彼女ではない。
じゃああの変な歌も彼女が?
いや、そんなことはない筈だ。
きっと近くに従者がいるに違いない!
「君、連れの者はどうしたんだい?」
「つれ…?私はお父様と二人できましたのでその他はだれも一緒ではありませんわ。」
なんてことだ。
では先程目に入ったあの奇妙なポーズと歌声は同一人物だったということか?
僕の中で何かが崩れていく気がした。
「そんな事より!みてしまいましたわよね?」
「えぇ、しっかりと。」
彼女はこの世の終わりのような表情で俯く。
「決してあやしい踊りをしていた訳でもしょーかんのぎを行っていた訳でもないのです。あの、今日はしていませんわ。」
は?!
今日はと言うことは別の日にはやっていたのか?!
「あの、信じてはいただけないのでしょうか?」
自分で言うのもなんだが、当時の僕は純粋で彼女の余りにも突飛な行動に思考が追いつかず何がなんだか分からなかった。
そして彼女の言い訳もよく分からなかった。
「信じる信じないというか……。少し距離を置いてもいいだろうか、ジェーンハルト嬢。上手く言えないが、その…貴女が怖い。」
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