Episode 10


 落ち着いたところで私はイヴァノン嬢とエリス殿下を昼食へ誘うと、互いを怪訝な目で見つつも縦に首を振ってくれた。


 因みにベルベネット嬢は珍しく婚約者の方と一緒に過ごしています。


 お会いしたことはございませんがとても朗らかな方とお聞きしました。


「アーバス様は先日特待で編入されてきたとか。何がご実家での事情が?」


 沈黙に耐えられなかったのか、食堂へ向かう途中イヴァノン嬢がエリス殿下へ話しかける。


 またあのいがみ合うような会話が展開されるのかと思いきや、先程までの事は気にしていないのか普通に応えていた。


「別に?わたしの意思でこの学院に来たよ。元々騎士を目指していたけど学問に没頭するのもありかなって。だけど、」


 ピッとエリス殿下が指を指す方向にあの方たちの姿が見えてくる。


 そう、殿下とルメルシュ嬢の仲睦まじい姿が。


「あれ、見たり聞いたりしてて凄く不愉快。」


 声を大にして言ったからか周りにいた生徒は勿論、指をさされていた殿下とルメルシュ嬢もこちらを向いた。


 一気に注目を浴びてしまった事に焦る私とイヴァノン嬢を他所に再びエリス殿下は声を上げる。


「婚約者を放って他の女と笑うお前も、人の男にちょっかいかけてるお前も見てて不愉快。」


 なぁ、ミハイル。


 甘く、蕩けるような声と共にエリス殿下のお顔が降ってきたことに理解が追いつかないまま軽く唇が触れた。


 触れたのかどうかもわからないくらい軽い接吻キス


「あ、あの…」


「誰も彼もミハイルを見ないで悪口ばかり。まぁ、その方があんたにとっては都合がいいんだろう?アイリーン嬢。」


 エリス殿下は笑いながらそう言いつつも目はずっと殿下たち二人をにらみ続けている。


「っ、初対面でその言い方は無いんじゃないですか?!」


 対してルメルシュ嬢は隣に立つ殿下の腕に抱きついて反論していた。


 殿下はというと私達を見ても顔色は変わらず、整った表情でこちらを見るだけ。


 何故か胸が痛んだのは気のせいと思いたい。


 こんな事で感情を揺らしては立派な淑女にはなれませんわ。


 完全に日和ひよってしまっている私とは違い、エリス殿下は堂々と二人を見据えていた。


「だって本当の事じゃない。騎士団にいた時に何度か君の名前を聞いたことがあるけど、そこではあまりいい噂を聞いていない。」


「へぇ、どんな噂なんだい?」


 初めてセリス殿下が声を発した。


 ちらりと見遣るといつもと変わらない優しいお顔をしている。


「とある騎士の話しだけど、自分の婚約者の友達だと思って接していたが実はその婚約者を除け者にしていた張本人だった…とか。他にもあったけど大体は印象の良くない話ばかりだったよ。」


「そんなの言い掛かりです!ア…ワタシはお友達の関係者の方とも仲良くなりたくて声を掛けていただけなのに!そんな風に言われるなんてっ。」


 瞳にいっぱいの涙を溜めながら訴えかけるルメルシュ嬢はまさに悲劇のヒロインの様ですわ。


 謂れ無い事を言われて悲しくない女性なんていませんもの。


 そのお気持ちわかりますわ!


「エリ…アーバス卿、可弱い女性をその様に言ってはいけませんわ。」


 危ない…危うくエリス殿下と呼んでしまうところでした。


 少し前の事は既に忘れてルメルシュ嬢とエリス殿下のやり取りをどう止めようかと考える。


 急な展開に私は考えが追いつかず、戸惑うことしかできません。


 この状況をどうやって収めれば良いかもわからない。


 エリス殿下は一体何をお考えなのでしょうか?


「ミハイルは優しいね。それに比べてアイリーン嬢は自分の事ばかり。救えない子だ。」


「そんな物言い、あんまりですわ!アイリーン様は何も悪くないのに!!」


 見兼ねたルメルシュ嬢のご友人が反論をしてくる。


 それもそうですわ。


 私も友人がこの様に言われていれば言い返しますもの。


 しかしエリス殿下はそれすらも冷たくあしらってしまう。


「悪くない?じゃあ仮にあなたに婚約を交している人がいるとして、知らない女がその人に言い寄ってきても同じことが言えるのかい?」


 ほんと頭お花畑だよね。


 そこまで言うとエリス殿下が私にこれ以上ない優しい声で囁く。


「お望み通り彼をくれてあげなよ。それで、わたし達は如何なるか一緒に高みの見物でもしてよう。」


 周りがどよめく中、優しく私を抱きしめたエリス殿下の表情はとても恐ろしくて、優しくて、綺麗でした。

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