Episode 8


「お姫様を護れるように只管剣を振ってたよ!そだ、聞いてくれる?この間王室主催の武術大会に参加したんだけど勝ち抜きで一番になったんだ!!」


 見てほしいと言わんばかりに懐からキラキラと光るバッジを見せられる。


 其処には王家の紋章がしっかりと刻まれていた。


 剣術をやっていたということは軍人さんのお家の生まれなのでしょうか?


 その疑問はいつの間にか声に変換されていたようで、エリスさんはそれについてあっさりと答えてくれた。


「何言ってるの?セリスと双子なんだから皇族に決まってるじゃん。いや、顔は全く似てないって言われるけど。」


 ……聞き間違いでしょうか?


 今皇族と聞こえたのですが。


 それに殿下と双子??


 思考が止まっているとエリスさんはぴょこぴょこと私のもとへ近づき顔の前で手を振る。


「おーい。生きてるか〜。」


 声をかけられはっと意識が戻ってくる。


「まぁミハイルの事だから言い出すまで気が付かないんだろうなぁとは思ってたけどね。」


 エリスさんは小さく咳払いすると改めてと自己紹介を始めた。


「デルドラント帝国第二皇子エリス・ルド・デルドラントと申します。以後お見知りおきを。」


 華麗にお辞儀をしてみせるセリスさんですが私はそれどころではありませんでした。


 何故ならエリスさんが皇族という事もですが殿下に弟君がいた事、その弟がエリスさんという事を今の今まで全く知らなかったからです。


 恐らく知らないのは私だけ。


 公爵家の娘としてとても恥ずかしいですわ!


 珍しくオロオロと戸惑っているとクスクスとエリスさんは笑う。


「ごめんね?その反応が見たくて周りにはわたしが言い出すまで黙ってるように言ってたんだ。」


 意地悪く笑うエリスさんは殿下とは違い何処か妖艶な雰囲気を纏っていた。


 殿下と双子と言うことは同じ年の筈なのに、年上の殿方とお話している気分になってしまうのはどうしてなのでしょうか?


 殿下とはまた違う高貴さに少しばかりたじろいでしまうのは許していただきたいですわ。


「早速なんだけど…。あれ、どういう事?」


 笑っていたエリスさんは何処へやら。


 そう聞く彼は無表情で私に問い掛けてきた。


 あれとは何のことなのでしょうか?


 その疑問は自然とエリスさんに伝わっていた様で聞かずとも教えてくれた。


「鈍感すぎ、一つしかないでしょ。セリスとアイリーン嬢だよ。」


 殿下とルメルシュ嬢?


 それでもまだ疑問が晴れない私の様子を見るとエリスさんは溜息を吐いた。


「自分の婚約者に他所者の女がくっついてるのによくのほほんと出来るね。わたしなら腸煮えくり返るよ。」


 そう言って出されていた紅茶を乱暴に啜る。


 エリスさんが言いたいことは分かりましたが、そんなに焦ることなのでしょうか?


「エリスさ…失礼致しました。エリス殿下、そうは仰られますが彼女がどう行動をしようと私達の婚約が破棄されることはあり得ませんわ。」


 これは皇帝陛下とお父様が交した契約。


 二人は学院時代の旧友だと聞く。


 臣下を、友を裏切る行為など皇帝陛下はされない。


 そういう方だということはお父様からよく聞かせてもらっている。


「成る程。君は抜けてると思う所もあるけどやっぱり強かな女だ。」


「強かだなんて。ただ私は淑女として、殿下とまたお話ができるその日まで静かに待つだけですわ。」


「淑女…ね。」


 エリス殿下は少し考えるフリをするとにんまりと笑った。


「セリスがミハイルを蔑ろにするならわたしが拐ってしまおう!」


 名案だとでも言わんばかりにエリス殿下は目を輝かせる。


 人の婚約者をと先程まで言っていた彼はもういないらしい。


 然し拐うとは一体どういう事なのでしょう?


「ミハイル。いや、ジェーンハルト嬢。暫くの間わたしと一緒に過ごしていただけないだろうか?」


 そう言うとエリス殿下は私の前で膝を付き手を差し伸べた。


 まるで求婚する騎士の様に見えてしまった。


 私が何も言えずにいると答えを待たずに立ち上がり部屋を出ようとする。


「答えは聞かないでおくね。じゃ、また明日。今夜は良い夢を。」


 パタリと閉じられた扉を追うように見つめてしまう。


「また明日…。またこちらに伺われるのかしら?」


 私は構いませんが他の方の目があるのにあの方は恐くはないのでしょうか。


 まぁ幼い頃も慎ましいとは程遠い人でしたし、昔の様に遊ぶのも悪くはないのかもしれません。


 この時の私はまだエリス殿下の言う『一緒』という言葉をそこまで深く捉えることはしていなかった。

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