Episode 5


 私、こう見えて教養マナーには厳しいのです。


 家庭教師チューターに教わったでしょうが、今一度ご教授して差し上げますわ。


「ルメルシュ嬢、貴女は何をしておられるのですか?」


「え?」


ぱちりとお互いに目が合う。


 ルメルシュ嬢が私のことを今認識したみたいですが関係ありません。


 怒るわけでも、優しく言うわけでもなくただ淡々と礼儀作法についてルメルシュ嬢へ説こうとした。


「殿下はイヴァノン嬢とお話されています。淑女たる者、並ぶ殿方が何かをされてる場合はお邪魔にならないようにするのが適切です。貴女は殿下にくっついて何をしているのですか?」


 ルメルシュ嬢は状況を指摘されるとすぐさま殿下から離れ身なりを整えだす。


 しかしその表情は悪びれることも無く真っ直ぐ私の目を見ていた。


 「ご機嫌よう、ジェーンハルト様。ワタシはただ恋しい殿下に寄り添っていただけです。」


 その発言に会話中のイヴァノン嬢は勿論、一緒に付いてきてくださっていたベルベネット嬢や周りにいた学友の方々も目を見開く。


 それもそうでしょう。


 彼女は皇太子殿下の婚約者である私に堂々と殿とさも自分が恋人であるかのように言い放ったのだから。


 周りがルメルシュ嬢の発言に動揺する中、当事者である私はというと特に何か思ったところはありません。


 何故ならば彼女がそう言ったところで私の立場が揺らぐことが無いからです。


「そうでしたか。しかし貴女も此処レーライン学院という小さな社交場では一人の立派な淑女。人目がある場でそのような行為は慎むべきです。」


 この発言、教師らしく言えたのでは?


 成る程、生徒を叱る教師と言うのはこの様な感じなのですね。


 ルメルシュ嬢もきっと家庭教師の言葉を思い出してくれる筈ですわ!


 だが、私が予想していた返答とは全く違う言葉が返されてしまう。


「でも、お慕いしている人と常に一緒に居たいと思うのは当然のことだと思います!」


 ……。


 あの、私が間違っているのでしょうか?


 こんな風にはっきりと言われるとどうしたらいいか分からなくなってしまいますわ。


 私が呆然としているとイヴァノン嬢が声を張り上げていた。


「貴女っ、なんて事を仰ってるの!ジェーンハルト様がどのような方か分かっての発言でしょうね?!」


 またですわ。


 このやり取りどこかで見たことが…。


 何でしたっけ?


「テレーゼ様の言う通りですわ!ジェーンハルト様は殿下の婚約者フィアンセ、つまり未来の皇太子妃となるお方ですのよ?!」


 だんだん思い出してきましたわ。


「…そうだったのですね。でも殿下は言ってくれました!お互いに惹かれている者同士であれば寄り添うものだって!!」


 そう、物語の主人公であるヒロインは自身の恋路に困難があっても立ち向かうのです!


 誰にも屈しないその姿勢、見事ですわ!!


「素晴らしい!!」


 思わず頬を上気させ拍手をしながらそう言ってしまっていた。


 でもそうせずにはいられませんでした。


 あまりにも彼女が勇ましいので感動してしまいましたわ。


 世の女性で自己主張がはっきりと出来る方はそういらっしゃいません。


 殿下はそんな素敵な方と交流を深めていたのですね!


 それならば毎度一緒にいるところを見るのも納得ですわ。


 それに比べて私ったらなんて横暴な事をしてしまったのでしょう。


 醜くもルメルシュ嬢の粗を見つけ、皆様の前で辱めを受けさせてしまって…。


 こんな事では淑女失格です。


 殿下にも呆れられてしまいますわ。


 殿下、水を指すような真似をして誠に申し訳がありません。


「あの、ジェーンハルト様?」


「皆様、お騒がせしましたわ。殿下にも非礼をお詫び申し上げます。」


 イヴァノン嬢とベルベネット嬢が呆気に取られる中、私はスカートを摘み膝を折ってお辞儀をする。


「ルメルシュ嬢。失言の数々、大変失礼いたしました。軽率な行動を取るお方なのかと少し勘違いしていたみたいです。」


 参りましょう、お二人共。そう声を掛けると殿下達にもう一度お辞儀をして食堂の中へと向かった。


 社交界は決して女性にとって優しいものではない。


 何かを言えばそれは噂となり忽ち広がってしまう。


 そして敵意を向ける者が聞けばそれはより一層凶悪なものになる。


 そんな泥沼な世界にこうして臆することなく堂々と主張が出来る女性はほんの一握り。


 これからもその姿勢、応援いたしますわ!

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