Episode 2


「おまたせしましたわ、殿下。」


 講義棟のエントランスの角でひっそりと佇む青年に声を掛ける。


「…ミハイル。また悪いことをしたらいしね。」


 壁に背を預け腕を組みながら待っていたのは、この栄えあるデルドラント帝国の第一皇子であり皇太子の位を頂いているセリス・エル・デルドラント。


 私の婚約者フィアンセ様でございます。


 その隣に控えているのは従者のルカ。


 殿下の幼少の頃から今まで付き従ってきた方です。


 幼い頃はのほほんとした朗らかな方でしたのに、今ではこの学園内の情報であれば何でも把握している程の食えない殿方になってしまいました。


 互いのことをよく知っている間柄ではありますが、会ってそうそう悪いことだなんて人聞きが悪いですわ、殿下。


「そのようなことは一切致していません。もう、今日の皆様は私に意地悪ですわ。」


「その様子だとまた誤解させているだけの様だね。」


 そう言って殿下は大きなため息を一つ吐いた。


 セリス殿下とは8年もの間、皇宮の中で共に育った仲。


 出会いがそれはもう最悪過ぎて婚約が危ぶまれましたが、今ではとても仲良しなのです。


「ルメルシュ嬢に詰められたと聞いたが、きちんと自身の潔白を証明したのかい?」


「もちろんですわ!しかし、友人の為に自ら発言をする姿が素敵で思わず賞賛してしまいました。」


「ジェーンハルト様、私めにはあれは潔白と言うよりも挑発のように見えましたが…。」


 ルカが言いづらそうにそう言うと、殿下はお腹を押さえてくつくつと笑いだした。


 全く失礼な御方ですわ。


「殿下もそろそろジェーンハルト様を野放しにしないでください。このままでは令嬢が他の子息令嬢達に舐められたままですよ。現にルメルシュ男爵令嬢から皆の前で侮辱を受けてますし。」


 ルカったら、侮辱は受けてませんよ?


 でも声の様子を見るにここで反論してしまうと怒られてしまうのでぐっと堪えましょう。


 ルカは怒ると怖いですから。


 一方、殿下は顎に手を当て少し考えると表情を明るくさせてこう言い放った。


「そう言えば最近妙に視界にそのルメルシュ嬢が入ってくるんだよね。ルカ、何か知ってるかな?」


 殿下にそう言われてルカが顔を背ける。


 これは心当たりがある反応ですわね!


 何を知っているのでしょうか?


 気になりますわ。


「お二人共そんなに見つめないでくださいよ…。」


 俯きながら小声で出てきた一声がこれとは。


 見つめてるだなんて、無意識でしたわ。


 そんな穴が開くほど見つめてたでしょうか??


「ルカ、知っているんだろう?正直に教えておくれ。」


 満面の笑みで問いかける殿下。


 とても圧を感じてしまい恐いですわ……。


 流石のルカも殿下の圧力には勝てず、おずおずと話し始めた。


「その、とてもおこがましい話なのですが…。ルメルシュ嬢が殿下をお慕いしている様でして、実は少し前から令嬢から殿下へ恋文を渡してくれと何通も受け取っておりました。」


 数十通もある文の束を懐から出しながらルカがそう白状した。


 いつ報告しようか戸惑っている内に溜まってしまったという。


 婚約者がいながらも自身に思いを寄せる女性からの恋文を受け取っていたと知られれば、幾ら皇太子殿下といえど威厳が無くなってしまう。


 また、素直にこの事を男爵家のご当主様に報告する事によって令嬢側を無闇に貶める様な行為をする事も宜しく無い。


 従者という立場上、双方に気を遣うとなると黙っているしかなかったのでしょう。


 そしてルカが今までのルメルシュ嬢からの文を預かっていたということは殿下は一通も目を通していないということ。


「こんなにたくさん送ってくれるなんてとても情熱的な御令嬢だね。ミハイルもこれくらい僕に好意を向けてくれたらなぁ。」


 殿下がチラリと私の方を見遣る。


 まぁ、私の殿下への愛情が少ないとでも言いたいのでしょうか?


 ならば私も何か送った方がよろしかったのかしら?


 毎日お会いしているので普段から贈り物をするという行為に考えが行き届いていませんでしたわ。


「申し訳ありません殿下。淑女たる者、殿方への気配りが足りていませんでしたわ。善処致します。」


 制服のスカートを両手で摘み軽く膝を折り頭を下げる。


 しかし殿下は溜息をつくだけ。


 余程ご立腹なのでしょうか?


「そういうことじゃないんだけどなぁ。」


 何故か殿下は少しだけ寂しそうな顔をしていた。

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