Episode 1


「聞いたか?またジェーンハルト嬢が下級生を虐めたらしいぞ。」


「それ聞いた、本当にやる事が汚いよな。しかも公爵家の令嬢。あんな令嬢が皇太子殿下の婚約者とか殿下が憐れだよ。」


 ヒソヒソヒソヒソ。


 私が通った道の後は私の噂話や卑下する言葉で溢れかえる。


 声を掛ければ小さな悲鳴を上げられ、目が合うとサッと逸らされてしまう。


 でも、私はそんな事をされる覚えが無いのです。


 学友の方を虐めるだなんてとんでもない。


 むしろその様な行為は絶対許しませんわ。

 



「あの!」


 突然そう声を張り上げられ、見知らぬ令嬢に道を阻まれてしまいましたわ…。


 近距離でそんな大きな声で呼ばれるようなことしたでしょうか。


「はい、御用でしょうか?」


 しかし無視は宜しくありません。


 淑女たる者、常に朗らかに、美しく、優しい笑顔で対応するべし、です。


「先日、スピカ寮のクラウディア様に酷く当たったと伺いました!他にもたくさんの令嬢を傷つける行為をしたとか。貴女はみんなにこんな事をして何が楽しいのですか?!」


 あら?


 あらあらあら??


 どういうことなのでしょうか?


「あの、ごめんなさい。私そのような事は一度たりとも行ったことはございませんわ。何かの間違いなのでは?」


「そうやって皆の前だからと猫を被るのは良くありません!本当の事を言ってください!!アイリはこれ以上お友達が傷つく顔は見たくないんです!」


 同じような言葉をどこかで耳にしたことが……。


 そう、これはあれですわ!


 最近巷で流行っているロマンス小説を題材にした舞台に出てくる台詞にとても似ていますわ!!


 実際だとこの様な感じなのですわね!


 学友の方達の為に立ち向かう可憐な少女。


 素晴らしいですわ!


「ふふっ、素敵ですわね。」


 そう溢すと令嬢の顔色が少し悪くなる。


 自分の感情を優先して周りを気にせず話を続けてしまう完全無意識の悪い癖。


 今回も抑えることは出来なかったようです。


「学友の方を思って自ら前に出て意見を言う。とても優しく勇敢な心をお持ちなんですわね!尊敬に値します。」


「…何が言いたいんですか?」


「いいえ、ただあなたの様な女性は素敵ですと言いたいのです。それでは。」


 そう言って、令嬢に軽く膝を折って礼をしてその場を後にした。


 もう少し楽しく談笑をしていたかったのですが、生憎これから殿下と待ち合わせがありましたので早々に退場せざるを得ません。


 それにしてもときめきが抑えられない。


 あぁ、この胸の高鳴りは何でしょうか。


 ワクワク、とはまた違う。


 うーん、わかりません。


 一方、私の去った後の現場は氷河期の様に場が凍りついていたようです。


「見たか?ルメルシュ嬢に問い詰められても笑っていたぞ。」


「否定しないあたり、やはりジェーンハルト嬢は陰湿な方なのだな。」




「アイリーン様、大丈夫でした??急にジェーンハルト嬢の前に出ていかれてわたくし心臓が止まりそうになりましたわ!」


「もし今後手を出されそうになった時は私たちが守りますからね!!」


「ありがとう、みんな。でも大丈夫だよ!アイリがきっとあの子を更生させるから!!絶対みんなを守るね!」


 こうして私のいないところで悪者というイメージがまた一回り大きくなるのでした。


 本当に心当たりがないのですが…。


 因みにクラウディア嬢に関しては、彼女が何方かのクロークを手に鋏で何か不吉な事をなさろうとしていたので止めただけで。


 でも実際はクロークは彼女の所有物でしたし、鋏も仮装用の衣装を作るために用意していただけでした。


 あの時思わず声を荒げてしまいましたが、それに対してはクラウディア嬢に謝罪をしています。


 誠意が伝わらなかったのでしょうか?


 うーん。


 やはり何度考えても分かりません。


「はぁ、私ったら淑女としてまだまだですわね。この様なままでは陛下にも殿下にも顔に泥を塗ってしまいます。」


 教養をもう一度初めから学ぶ必要がありそうです。


 淑女たる者、勉学に励み家を支えられる様な女にならなければ。


 殿下に嫌われてしまいますわ。

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