君に恋をした理由は

@odayuu

君に恋をした理由は


 彼女に恋をしてしまったようだ。一目惚れというやつだろう。ぼくは朝の散歩を習慣としているのだが、散歩コースにある公園で春から見かけるようになった子だ。艶やかな栗色はウェーブがかかっていて、カジュアルな服装は見ていて自然と穏やかな気分になっていく。その容姿は桜を背景にしても華やかな輝きを放ち続ける。

 ぼくはいつもより早起きして身だしなみを整えていた。今日こそは彼女に声をかけようと決心していたのだ。彼女と出会って二週間が過ぎた。その間何も進展はない。ぼくはかなりの人見知りなので目を合わせることさえ不安になってしまう。しかし、不安ならその分しっかり準備をすれば良いことだ。ぼくがどれだけ彼女との会話のイメージトレーニングを重ねてきたことか。一般的な会話ならばユーモアを交えてしゃべることだってできるだろう。他には筋トレもした。前に比べて筋力もついたし、自信もついた。姿勢も良くなったようだ。

 やれることはやったはずだ。あとはもう考えても仕方ない。モーニングルーティンの時間だ。外の天気は、、、晴れだ!

 長距離のランニングでもしているような気分だった。一歩進むたびに心拍数が上昇していく。公園の前に立ったとき深呼吸をしたが、効果があったのかはわからなかった。桜のピンクはもうほとんど見なくなってしまったが、緑豊かで広々とした公園の風景を目にして少しだけリラックスできた気がする。我に返って顔を引き締めて背筋を伸ばす。彼女のいるベンチに向かう。

 彼女はいつも通りベンチに腰掛けていた。白のワンピースを着ている。野鳥や自然を観たり、水の流れや木の葉が揺れる音を聴いているようだ。だんだんと近づいていく。ベンチは二人掛けなのでとなりは行きづらい。最初はプレッシャーを書けないように距離をとるべきだろう。彼女の斜め前に立ち、体は向かい合わないようにした。頭からつま先まで熱い血液が流れているのを感じる。だがもう後戻りはできない。自分を奮い立たせる。3・2・1バンジー!

 「何を..天気...見てるんですね?」

やらかしてしまった。「良い天気ですね」と「何を見てるんですか」がごちゃごちゃになってしまった。さらにおどおどした態度でしゃべってしまった。不審者だと思われて通報されないだろうか。気持ち悪いと思われているのは確実だが。彼女は大きな目をさらに大きく開けてこちらをじっと見ている。それから、数秒後

「え、何て言いました?」

澄んだ声で聞いてきた。困ったような笑顔を浮かべている。まだチャンスはあるかもしれない。ぼくはこれまでのイメージトレーニングを探った。このシチュエーションも想定してあったはずだ。しかし、何も出てこない。大勢の前でスピーチの内容がまったく思い出せなくなるように、緊張のあまり頭が正常に働かないようだ。だが悩んでいる暇はない。そしてぼくはこんな小手先のテクニックではダメなんだと開き直り、素の自分で正面から向かうことにした。

「あっあの、毎朝会うからお話ししてみたいなって思ってて。ぼく、ヤマトって言います。」

意外と言葉が出てきた。彼女は微笑んだ。

「私も同じこと思っていました。でも人見知りだから声かけられなくて。」

うれしい気持ちになった。彼女がぼくと似ていると思ったからだ。それからぼくらはお互いの話をした。彼女が四月に引っ越してきたこと。名前はハナということ。四人家族だということ。趣味や好きな食べ物。彼女についていろいろ知ることができた。彼女とこんなにもたくさん話すことができるなんて夢のようだ。本当に楽しい時間だった。

 

 毎日ハナと会って話をした。ぼくらは性格が似ているところがあり、共感できるところが多くかった。ハナを知れば知るほど彼女への想いは強くなっていった。

 彼女はぼくのことをどう思っているのだろうか。恋愛の対象なのか。それとも仲の良い友達なのだろうか。ぼくと話しをするときは、楽しそうに喋るし、ぼくの言葉をちゃんと聞いてくれている。彼女にはじめて声をかけてから一ヶ月が経とうとしている。ぼくは彼女とさらに深い仲になりたい。今こそ前回をはるかに上回る勇気を出して、言葉にすべきではないだろうか。

 カレンダーを見る。今日が五月十二日土曜日。彼女の誕生日は五月三十日水曜日である。告白するならこの日がいいと思った。ぼくは計画を練り始める。まず、プレゼントを渡す。プレゼントはいい香りのする花がいいだろう。心理学的にはプレゼントで返報生の原理が働き、花の香りでポジティブな気分になるので成功する確率はグンと上がるだろう。こんなやり方では卑怯かもしれないが、ぼくは失敗したくないのだ。また、ここまでやってフラれたなら諦めることもできる。まあ三回は挑戦するけど。

ぼくは心の底から彼女を愛していた。

 

 ぼくは最近よく病院へ連れていかれる。何回もよくわからない検査をさせられた。家族はぼくに何も詳しいことは説明してくれない。テレビのドキュメント番組で余命がわずかしかない患者にその家族が心配要らないと言うやつだろうか。ぼくは全く体の異常を感じていないが、何かまずい病気にかかったのだろうか。ハナへの告白まであと十日である。死ぬならその日までは持ち堪えてほしい。今日はプレゼントの花を選びに行こう


 五月二十六日。もうすぐ運命の日だというのにぼくは病院のベットの上にいる。これから手術を受けるらしい。家族は大丈夫だよと言っているが、とても悲しげな表情を浮かべている。手術についての不安より四日後の朝に間に合うかどうかが不安だった。そういえば今日は朝の散歩に行けなかったことを思い出した。明日もいけないのだろうか。彼女にちょっと会えないだけで寂しさで空虚な気持ちになる。毎朝ぼくは彼女から元気をもらっていたのだとしみじみ思う。

 

 五月二十八日。手術は無事成功したらしい。だがぼくはまだ病院のベットの上にいる。体に力が入らなくて立つことができない。昨日はもっとひどかった。完全な無気力状態になってしまっていたのだ。それに比べれば今日は徐々に回復してきているので少し安心だ。明後日には間に合うだろう。しかし、とんでもなく大きな問題が一つだけあった。


 五月三十日。無事回復することができた僕にとって今日は人生で一番と言っても過言ではないほど大切な日、のはずだった。ハナはぼくにとってかけがえのない友達である。しかし、彼女を本気で愛していたときの自分の感情が思い出せないのだ。どうして彼女を好きになっていたのか、そもそも好きになるってどういうことなのか全く理解できなくなってしまった。いつものベンチにいるハナを見つけた。誕生日のお祝いした。プレゼントは用意しそびれてしまったがとても喜んでいるように見えた。友達との会話はやはり楽しい。



 ここ四日間ヤマトくんたちは朝来ていない。元気にしているだろうか。彼はおそらく私に好意を抱いているが残念ながら私にはもう恋愛感情というものは生まれない体になってしまっている。でも彼とは気が合うしこれからも仲良くしていきたいと思っている。自然の音に耳を澄ましていると左から鈴の音が聞こえてくる。ヤマトくんが来たとすぐにわかった。見るといつもは前に立ってリードを引っ張るように歩いてくる彼が、飼い主と並列になって歩いている。

「大丈夫?」

と声をかける。

「ちょっと入院しててね。もう元気だよ。」

彼の目は以前私に向けていたギラギラした熱いものではなく、穏やかで優しいものになっていた。彼とついに本当の友達になることができたとハナは思った。最高の誕生日プレゼントだ。



 

 

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