第37話 目覚めのキス

 エリザベスは眼を覚ますと、見覚えのない天井が視界をうめつくした。




「……ここは?」




 知らない場所で眠っていたことに驚きつつも、上半身を起こす。




 するとスゥーと頬に一滴の涙が伝った。




 エリザベスは涙を掬う様に拭う。




「あれ……私、泣いてたんだ……」




 そこでエリザベスはハッと思い出したように隣のベッドを向く。




 隣では、今も寝息をたてながら眠るアルヴィスの姿が。




 エリザベスは胸を撫で下ろした。昨日の出来事が嘘じゃなかったのだと。




「そっか……私たち、宿屋に泊まったんだっけ……」




 昨夜のことを思い出した彼女は音をたてないようにベッドから出ると、アルヴィスが眠る隣のベッドへ腰を下ろした。




 あどけない15歳の眠る顔を見詰めながら、彼の頭を優しく撫でる。




「まだこんなに子供なのになぁ……1人で倒しちゃうんだから」




 エリザベスは「ありがとね、アルくん」と呟くと、そっと額にキスをした。




「んっ……んぅー……ふはぁ~……」




「わ!? わわっ!? おっ、おはよー、アルくん!」




「おはよ、エリザ。――ん? どうした? そんな慌てて。なんか顔赤いぞ?」




 いきなり起きはじめたアルヴィスに、エリザベスは狼狽しベッドから跳び離れる。




 そんな彼女にキスをされていたことなど微塵も感じていないアルヴィスは、彼女の様子に首を傾げながら毛布を勢いよく剥ぐと、部屋の窓を開け朝日を迎え入れた。




 外から聞こえてくる小鳥の囀りを朝のバックミュージックに、落ち着きを取り戻したエリザベスと共にアルヴィスは壁にかけていた制服上着を着衣した。




「さてっと、どこか飯食いに行こうぜエリザ。昨日の昼から何も食べてなくて倒れそうなんだ。っとわりぃ、エリザの方が食べてないよな」




 自分の失言にばつが悪そうに頭を掻くアルヴィス。




「ううん、気にしないで。私もお腹空いちゃった。でも私、あまりお金持ってきてないからどこか手頃なところにしよ?」




「すまん、俺がちゃんと用意してれば。学院を飛び出してきてしまったから手持ちが……。ここの代金もエリザなのに」




「いいの。アルくんが来てくれなきゃ私はきっと……。だから、本当に気にしないで。――ところでアルくん、飛び出してきたって言ってたけど、そういえば新人戦はどうだった? 君なら結構いいところまでいけたんじゃないかな?」




 エリザベスは少々わくわくとした面持ちで顔をアルヴィスへと近付けた。




「ん? いや? まだやってないけど?」




「え!? やってないってまさか!? まだ開催もしてないってこと!?」




「ああ。昨日が13日だったから……明日じゃないか?」




「あ、明日!? なら朝食どころじゃないよアルくん! 早く戻らなくちゃ!」




 エリザベスは偉く慌てた様子で言う。




 その様子にアルヴィスは訳が分からず、素直に聞き返すことにした。




「俺が出れなくても誰か代わりがいるだろ? アヒムのようにさ。なんでそんなに慌てるんだよ?」




「確かに君の代わりに寮長が誰かを出場させようとするとは思うけど……。けど、きっと誰もやりたがらないよ。新人戦には多くの貴族が見に来るもの。そんな場所で、負けると分かっていて出場してくれる物好きな生徒なんてそうそういないはず。無様に負ければ家の恥になるからね」




「なら、ロキのやつが1人で代表になるだけだろ?」




「1人だけシードになんて出来ないよ。その家自体を差別してると見に来た貴族に思われちゃう。だから、きっと新人戦自体なくなるはずだけど、今度は呼んだのに開催しないなんてそんなこと、きっと周りは納得しないわ。学院が襲われるかも……」




 エリザベスは王都が戦場となっているところを想像したのか、少し顔が青ざめている。




「おいおい、そんな大事になんて――」




「なるの」




 アルヴィスが冗談を笑うかのような口ぶりで話すと、エリザベスはいたって真面目な顔つきで言葉を遮った。




 その彼女の表情に、アルヴィスも一瞬戸惑うが真面目なものへと変わった。




「どういうことか教えてくれ、エリザ」




 やっとちゃんと聞く気になったアルヴィスを確認したエリザべスは、無言で頷くと話を続けた。




「王都、ううん、学院はね、ある種の抑止力にもなっているの。国内で今も領土の奪い合いをする中、情報はすごいアドバンテージになる。だから、領主は自分の子供を学院に入学させて、その情報の探り合いの場としているわ。もちろん、私たち生徒のほとんどが自覚はないけど……。そんな次期当主が、そして戦力が集まる場所をいきなり攻めたりはしない。滅ぶだけだからね。けど、攻めたい貴族が同じきっかけさえあれば、王都を落とす為に手を組んで落としにくるかも。そのきっかけはどんな些細なことでもいいの。多くの貴族が同時に同じきっかけができればね」




「すべては自分が王になるため、か」




 エリザベスの話を珍しく黙って聞いていたアルヴィスが、事の重大さを理解したように彼女の話に付け足す。




「その原因を君が作ろうとしてるんだよ?」




 そんなアルヴィスに、エリザベスは冗談っぽく言う。




 これにはさすがの彼でも苦笑だった。




 苦笑に微笑で返したエリザベスは、「急ぐよ」とばかりにアルヴィスの背中を押して扉へ向かわせた。

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