新人戦編 ―後編―

第27話 調査

 ――5月11日




 エリザベスは王都から馬車でならまる2日、空飛ぶ竜車でも1日は掛かる街――『アレスティア』に来ていた。




 そしてここ、アレスティア郊外にひっそりと建つ建造物こそがアルヴィスが暮らし育った、また彼女の思い出ともなっている孤児院がある場所だ。




 だが用があるのは孤児院ではない。この街の現状を、とどのつまりアレスティア現領主を確認するためだ。




 エリザベスは3日前の晩、アンヴィエッタからこの街の領主が代わりアルヴィスとの思い出の場所が消え去るかもしれない事を聞き、翌早朝に王都を馬車で発ったのだ。だがいくら彼女がラザフォード学院が誇る序列4位にしてAランク魔法師といえど、学院生が勝手に王都を出ることは禁止されている。




 なので彼女は名目上Eランク任務の依頼調査ということになっている。もちろん任務自体は既に昨日こなし終えている。そのせいでアレスティアに着くのが本来掛かる時間よりもさらに半日遅れてしまったが、それでも今はまだ午後の3時過ぎ。時間にはまだまだ余裕があった。




 エリザベスは街の風景を懐かしみながら歩いていると、王都よりは小さめだが街の任務依頼所――通称ギルドを見つけた。




 ギルドには魔法師以外にも依頼のため、周辺の町や村からいろいろな人物がやってくる。つまりいろいろな情報も集まりやすいということだ。




 ギルドに入ると左が任務受付場、右はロビー兼ちょっとした居酒屋スペースになっていた。普段なら魔法師の彼女は迷うことなく左へ曲がり掲示板をチェックするところだが、今は情報収集が先だ。エリザベスは右のロビーへと歩き、街の住民が集まっている数ヵ所のうちの1つに近づいた。




「あのー、ちょっとお話いいですか?」




「ん? なんだい嬢ちゃん。おじさんたちに何か用かい?」




「ナンパなら大歓迎だぞ? ガッハッハッ!」




 エリザベスが声を掛けたのは3人組でテーブルを囲む中年男性たちだ。昼間だと言うのにすでに酔っぱらっているのか 、彼らの顔は少々赤い。




 エリザベスは少し声をかけたことを後悔しながら、けれど表情には出さず笑顔で会話を続けた。




「もぉ、おじ様達ったら。そんなんじゃないですよ。ちょっと聞きたいことがありまして。この街の領主様についてです」




 エリザベスが敵になるかもしれない領主に何故様を付けるのかと言うと、一般的に他領地のギルドに貴族は来ない。王都ともなれば話は別だが、貴族は自分の領地を納めるものなのでギルドで依頼をこなす必要はなく、戦争くらいでしか名を上げようとしないのだ。




 つまりアレスティアくらいの街ギルドには一般人しかいない。そんなところで本人がいないといえど目上の貴族に様付けせず呼べば、反乱者か自身が上の貴族かと思われやすい。隣国のさらに王都から離れた街とはいえ、エリザベスの4年前の国破壊事件はあまりにも有名なので〈暴虐の姫〉と 知られれば誰も話してはくれないだろう。それどころか恐れられ街が混乱する大騒ぎになるかもしれない。そうなれば領主にも当然気づかれ、今回わざわざ見に来た意味がなくなってしまうというわけだ。




 幸い〈暴虐の姫〉としてのエリザベスの顔は広くは知れ渡っていない。隣国の王たちや、比較的近い地に領土を持っていたアヒムら一部の貴族たちだけだ。




 そんなことからこの街ではエリザベスは他所から来た街娘と偽るつもりなのだ。




「最近、領主様が代わったとお聞きしました。何があったのですか?」




「ん? あー、あの最悪の領主様のことか」




「おいっ、お前そんなこと言っていいのか? 領主様の耳にでも入ったら殺されるぞ」




「構わねぇ。どうせ誰も言いやしねえよ。街のやつ全員が思ってる本当のことなんだからな」




(随分と今の領主は嫌われているのね)




「で、嬢ちゃん。何があったのか、だったな」




「ええ」




 領主の悪口を言っていた男が酒を一口飲み、話を再開した。




「たしか半年くらい前の夜だったな。そうだそうだ、去年の暮れだ。いきなり隣街の領主がここの領主に喧嘩売ってきたんだ。まぁ、領土争いってやつだな」




「いきなり、ですか?」




「ああ、そうだ。特に何かいざこざがあった訳じゃねえはずさ。俺たち住民同士は普通に仕事のやりとりをしてたからな。そんな中いきなり隊を引き連れてやってくるもんだから、なんの準備もないこっちの領主様は半日と持たず討ち取られて新たな領主の誕生ってわけだ」




「あー、あの時の館が焼け落ちたときの炎は凄かったなぁ。今でも鮮明に覚えてるぜ」




「じゃあ今はこの街に領主邸はなく、隣街なのですね?」




「そういうことになるな。でも気を付けろよ嬢ちゃん、今の領主様は簡単に民を殺す。その上納税も高いと来た。そして野心がスゲェ。今は確か男爵様のはずだがいつかは公爵様にでもなりてぇんじゃねえのか? 元々のここの領主様、位が上の子爵様だってのに殺して領地を広めたんだからな。嬢ちゃんが近くの街に住んでるってんならいつかは襲われるかもしれねぇ」




「はい、ご忠告ありがとうございます。それにお話も」




 エリザベスは3人組に笑顔を浮かべると、懐にごそごそと手を入れた。




「これ、少ないですがお話を聞かせてくれたお礼です。ここのお支払にでも使ってください 」




 そう言いながら懐から出した財布から金を取りだし、テーブルにスッと置いた。




「おいおい嬢ちゃん、5万ゴールドってあんた、支払いに使えって額じゃねぇぞ。ここの酒代何回分だよこりゃ!」




 男の1人がテーブルに置かれた金をみるなり驚いてエリザベスを見上げる。




「いいんです。私、こう見えて魔術学生ですから。これも任務の必要経費ということでどうか受け取ってください」




 エリザベスが自分と制服を指すように胸元に手をあてアピールすると、男たちは彼女の姿を改めて見るように上から下へと視線を滑らせた。




「そういえば嬢ちゃん、見馴れねぇ格好してると思えばそうかい、学生さんかい。――ってことは嬢ちゃん! あんた、まさかどこかの貴族様じゃあッ!?」




 男の1人がエリザベスが貴族の娘ではないかと気付き驚くと、他の2人も今まで自分達がタメ口で話、無礼を働いていたのではないかと慌て席をガタッと揺らす。




「いえッ、そんな慌てないでください! 大丈夫です、私はただの学生ですよ」




 エリザベスは慌てて今にも床に膝をつきそうな勢いの男たちを宥める。




 たしかに公爵の娘だったとはいえ、今は亡国の爵位を無くした元お姫様。つまりただの学生だ。嘘を付いているわけではない。




 だが先ほどからの彼女の立ち居振舞いが、どこか良い家の者ではないかとまだ男たちに思わせていた。




 自分が〈暴虐の姫〉だと言うことを知られたくないエリザベスは、この場を早々に去ろうと思った。




「金それのことは本当に気にしないでください。――私、今も依頼中なんです。すみませんがそろそろ失礼しますね。お話、ありがとうございました」




「あ、ああ。俺たちもありがとな! これでまた飲み直すとするぜ。ガッハッハッ!」




 男たちは新たに酒の注文のためギルドスタッフを呼び、乾杯をし直していた。




 エリザベスはその姿を横目で確認すると。ギルドを後にした。

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